クレオパトラ@アラビア

 

クレオパトラ@アラビア

 


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ケイトー。。。 クレオパトラは自殺したのじゃなくて、瓜(ウリ)二つの女を身代わりにしてローマ人を欺き アラビアに逃げていたわけぇ~?


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いや。。。 僕はそういう話は聞いたことがないけれど。。。

だってぇ、タイトルを見れば、そうとしか考えられないじゃない!? それに、日本でも源義経が実は影武者を身代わりにして、本人は北陸の海から日本海を渡って中国へ行き、ジンギスカンになったと言うじゃない。。。

 


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あのねぇ~、“判官びいき”と言って、義経が若くして亡くなったので可哀想だと思って、義経ファンが、どこかで生きていて欲しいと願ったために、いろいろな伝説が生まれたのですよ。。。

だから、そういう伝説がクレオパトラにもあっても不思議じゃないでしょう?

だけど、クレオパトラが自殺しないで、瓜(ウリ)二つの女を身代わりにしてローマ人を欺き アラビアに逃げていたという伝説は 聞いたことがないよ。。。

じゃあ、どういうわけで、思わせぶりなタイトルをつけたわけぇ~。。。?

あのねぇ~、実は、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

ゼノビア


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ゼノビアというのはラテン語における呼称で、パルミュラ語碑文ではバト・ザッバイ(ザッバイの娘)と呼ばれている。

父のザッバイはシリアに勢力を持つアラブ系部族の族長で、母はギリシア人だったという説が有力である。

しかしエジプト語に堪能であっただけでなく、クレオパトラやプトレマイオス朝の後裔であると誇称したことなどから見て、エジプト出身であったとの説もある。

 

エジプト語のほかにラテン語、ギリシア語その他の外国語に通じ、側近として重用した新プラトン派の哲学者ロンギヌスの指導を受けて学問にも明るい才女であった半面、アラブの族長の娘という生まれと育ちから、幼児より乗馬や狩猟に親しみ、夫に従ってクテシフォンへの遠征にも参加したと伝えられる。

『ヒストリア・アウグスタ(ローマ皇帝群像)』という史料によれば、ゼノビアの顔色は浅黒く、瞳は黒く輝き、歯は真珠のように白く、声は澄んで男のようであったという。

さらに18世紀の歴史家ギボンは、その著書『ローマ帝国衰亡史』の中で彼女について、美貌においてクレオパトラに劣らず、貞節と勇気においてははるかに勝る、まさにオリエント屈指の女傑と評している。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


115-116ページ 『物語 アラビアの歴史』
著者: 蔀 勇造
2018年7月25日 初版発行
発行所: 中央公論新社

僕は歴史は日本史も世界史も、かなり知っているつもりで居たのだけれど、このゼノビアという女性については知らなかった。。。 シルヴィーは聞いたことがある?

ないわよ。。。 私も初耳だわァ~。。。 ゼノビア本人は、クレオパトラの子孫だと言っていたのねぇ~。。。

そうらしい。。。 エジプト語も話せたというし、『ローマ帝国衰亡史』によれば「美貌においてクレオパトラに劣らず、貞節と勇気においてははるかに勝る、まさにオリエント屈指の女傑」だったのですよ。

。。。で、実際には、どのような女性だったわけぇ~?

『ウィキペディア』には次のように書いてあります。

ゼノビア


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ゼノビア(ラテン語: Zenobia)は、3世紀に存在したパルミラ王国の「女王」と呼ばれた人物である。

パルミラにあるギリシア語・パルミラ語合璧碑文では、パルミラ語(アラム語パルミラ方言)で「最も傑出した敬虔なる女王、セプティミア=バト=ザッバイ」と記されている。

 

前半生

アラビアのベニサマヤド部族の長ザッバイを父、「長い美しい髪を持つ娘」と称された母の間の娘として240年頃に生まれたとされる。
名前はラテン語で「Iulia (or Julia) Aurelia Zenobia」、一般には「ἡ Ζηνοβία」(ギリシア語)、「Zenobia」(ラテン語、結婚後は「Septimia Zenobia」)と呼ばれることとなった。
なお、公文書には「Bat-Zabbai」(Al-Zabbaの娘の意味)との表現も見られる。

父・ザッバイの祖先は2世紀後半にローマ市民権を取得したとされ、セプティミウス・セウェルス帝の皇后として知られるユリア・ドムナとも近い関係であったと伝わる。
父ザッバイは少なくとも229年にシリアの部族長であった。

母はギリシア人だったという説が有力であるが、ゼノビアが古代エジプト語に堪能であったこと及び古来のエジプト文化に大変精通していたことからエジプト出身であったとの見方もある。
いずれにせよ、ゼノビアの前半生・出生には不明点が多い。

エジプト語以外にもラテン語・ギリシア語・シリア語・アラビア語に通じ、学問にも秀で、側近で哲学者でもあったカッシウス・ロンギヌスの指導を受けてホメロスとプラトンの比較論や歴史書を著したとされる(いずれも散逸)。

 

パルミラの「女王」

ゼノビアの名前が初めて史料に出るのは258年にパルミラ一帯を治める有力者であったセプティミウス・オダエナトゥスの後妻として入った時となる。
その後、ゼノビアにとって初子となるルキウス・ユリウス・アウレリウス・セプティミウス・ウァバッラトゥス・アテノドラス(以下ウァバッラトゥス)も生まれた(オダエナトゥスには前妻との間に1子(ヘロデス Hairan が有)。

オダエナトゥスはガッリエヌス帝に叛旗を翻して皇帝を僭称したティトゥス・フルウィウス・ユニウス・クィエトゥスの討伐やサーサーン朝の首都クテシフォンへ2度も攻め入る等の功績を挙げてガッリエヌスの信頼を勝ち得た。
それら遠征にゼノビアはパルミラ軍に同行しただけでなく、軍装を纏い、その智謀でオダエナトゥスを支えた。

267年にオダエナトゥスが甥・マエオニウス(Maeonius)によって暗殺、またヘロデスも同時に殺害され、パルミラはNo.1及び後継者を相次いで失う混乱状態に陥った(ゼノビアが仕組んだともされる)。
ゼノビアはウァバッラトゥスをオダエナトゥスの後継者に据えると共に自らはその共同統治者となることで、一連の事態を収拾することに成功した。

ガッリエヌス(在位253年 – 268年)の治世下より上述したような功績もあってガッリエヌスよりローマ帝国東部属州を委任されていたオダエナトゥスはパルミラを根拠地として既に半独立(パルミラ王国)の状態であった。
西方属州にはガリア帝国が割拠、北方属州へはゴート族等の北方異民族の侵入が相次ぐ中、268年にはガッリエヌスが暗殺された。

ゼノビアはローマの迷走に乗じる格好で「サーサーン朝の侵略からローマ東部属州を護る」という名目で皇帝直轄領アエギュプトゥス(エジプト)及びカッパドキアやパレスティナ、カルケドン等のローマ東部属州・都市に軍を派遣して次々と「領土」を拡大していった。

ゼノビアは自らを「エジプトの女王」と称し、またこれらの事件から「戦士女王(Warrior Queen)」とも呼ばれた。
実際にゼノビアは騎馬術にも優れた才能を示したという。

ゼノビアはカルタゴの女王ディードーやアッシリアの女王セミラミス、プトレマイオス朝のクレオパトラ7世の後継者を自称したとされる。

 

ローマとの戦争

270年にローマ皇帝となったルキウス・ドミティウス・アウレリアヌスは北方異民族の侵入を撃退すると、ローマから分離・割拠した西のガリア帝国、東のパルミラ王国に目を向けた。
アウレリアヌスはパルミラに降伏を勧告したが、272年にゼノビアはローマ帝国皇妃の称号である「アウグスタ」を自称、ウァバッラトゥスには「アウグストゥス」を名乗らせると共にこれを記念した貨幣を発行し、ローマに対抗する姿勢を見せた。

272年、アウレリアヌスはパルミラへ親征し抵抗したビザンティオン等を陥落させた。
ゼノビアはウァバッラトゥスと共に軍を率いてローマ軍を迎え撃った。
ゼノビア自らが陣頭に立って士気を鼓舞し、戦闘指揮はアエギュプトゥス攻略で活躍したザブダス(Zabdas)に委任したが、2度の戦い(アンティオキア近郊及びエメサ)にいずれも大敗を喫し、ウァバッラトゥスは戦死した(捕虜となった後に死亡したともされる)。

ゼノビアはパルミラへと逃れて、籠城準備を整えた。
ローマ軍はパルミラを包囲したが、兵站線が延びきっていたことに加えて、現住のアラブ人による攻撃が包囲を困難とした。

ゼノビアはサーサーン朝からの支援も期待したが、エジプトを攻略したプロブスが軍を率いてパルミラへ到着して兵站線が確保できたこと及び軍勢が飛躍的に増加したことで、ゼノビアは敗色を悟りペルシアへ逃亡を図ったものの、ユーフラテス川を越える前にローマ軍に捕縛された。
その後パルミラ市もローマに降伏して273年にパルミラ王国は瓦解することとなった。

 

その後の余生

ゼノビアはローマへと連行され、274年にガリア帝国もローマへ統合したアウレリアヌスの凱旋式(274年)でローマ市内を引き回された。
その際にゼノビアは黄金の鎖で自らを縛り、その美貌と威厳をローマ市民に示したという。
なお、ゾシモスはローマへの連行中にゼノビアが死亡したと伝えている。

凱旋式の後はローマ国内のティブル(現:ティヴォリ)のウィッラ・ハドリアナの近郊に高級な別荘(ヴィラ)を与えられ、社交界でも活躍する等、贅沢に暮らした。
また、ゼノビアはローマの元老院議員(名前は伝わっていない)と再婚し、数人の娘(やはり名前は不詳)にも恵まれ、その娘もローマの高貴な身分の人間と結婚したと伝えられる。
いずれにしてもゼノビアに勝利したアウレリアヌス(275年に暗殺)よりも長く生きたことは確実と言える。

 

その他

オダエナトゥスにはヘロデス及びウァバッラトゥス以外に子がいないことから、ゼノビア(及びゼノビアの子孫)が夫の名を取って付けられた人物とも考えられる。
また、5世紀のキリスト教の司教であるフィレンツェの聖ゼノビウス(337年 – 417年)はゼノビアの子孫とされる。

アウレリアヌスは書簡に「ローマ人は『一女性と戦っているだけ』と(アウレリアヌスを)侮蔑するが、ゼノビアの性格と実力を知らないからである」と書き残した。

18世紀の歴史家エドワード・ギボンは『ローマ帝国衰亡史』の中でゼノビアの美貌について「(ゼノビアがその末裔と自称した)クレオパトラに劣らず、貞潔と勇気は遙かに勝り、全ての女性の内で最も愛らしくそして英雄的とされた。
歯は真珠のように白く、大きな黒い両瞳は不思議な輝きに満ち、魅力的な甘美さがこれを和らげていた」と記述、また「オリエント世界で屈指の女傑」と評した。

シリアの500ポンド紙幣にはゼノビアの肖像が描かれている。


出典: 「ゼノビア」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

でも、どういうわけでケイトーはゼノビアに興味を持ったわけぇ~?

あのねぇ~、僕は知らなかったけれど、ゼノビアを知っている人は、けっこう日本にも居たんだよ。。。

マジで。。。?

例えば、次の画像を見てくださいよ。。。

 


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戦士女王ゼノビアと書いてあるわねぇ~。。。 でも、この女王ゼノビアってぇ、同名の別の人物かもしれないじゃない!?

あのねぇ~、僕もそう思ったからネットで調べましたよ。。。 でも、ゼノビアと名乗る女性は歴史上、パルミラの「女王ゼノビア」しかいない。。。

。。。で、戦士女王ゼノビアという日本語版のゼノビアの画像は、アニメのDVDのカヴァー写真なのォ~?

いや。。。 どうやら女王ゼノビアをアニメ化したゲームになっているんですよ!

 


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要するに、日本では、何が何でも歴史上の女傑や英雄をアニメ化してゲームにしてしまうのねぇ~!?

確かに、パルミラの「女王ゼノビア」は、アニメ化してゲームにしやすい人物かもしれないよねぇ~。。。

つまり、この事が言いたかったわけぇ~?

もちろん、そればかりじゃありません。。。

他にも言いたい事があるわけぇ~?

あのねぇ~、ちょっと調べてみただけでも、パルミラの「女王ゼノビア」は西洋でも、以外に有名なのですよ。。。

その根拠は。。。?

日本でアニメ化してゲームになる以前に、ヨーロッパではイタリア(当時はヴェネツィア共和国)のバロック音楽の作曲家・トマゾ・アルビノーニが 1694年にパルミラの「女王ゼノビア」を取り上げてオペラにしたのです。。。

 


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トマゾ・アルビノーニ

1671年6月8日 – 1751年1月17日


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トマゾ・ジョヴァンニ・アルビノーニ(Tomaso Albinoni)は、イタリア(当時はヴェネツィア共和国)のバロック音楽の作曲家。

作曲家としての生前の地位のわりには、生涯についてはほとんど分かっていない。
裕福なヴェネツィア貴族の家系に生まれ、父アントーニオ(1634年 – 1709年)は紙商人でもあった。
ヴァイオリンと声楽を学ぶ。

1694年に作品1を、コレッリのパトロンとして有名なピエトロ・オットボーニ枢機卿(大叔父はローマ教皇アレクサンデル8世)に献呈する。
1700年にマントヴァ公の宮廷ヴァイオリニストとして雇われ、作品2の器楽曲集をマントヴァ公に献呈。
1701年には、非常に人気を呼んだ『組曲』作品3を作曲し、トスカーナ大公フェルディナンド3世にこれを献呈した。

ヴェネツィア聖マルコ大寺院の楽長アントニーノ・ビッフィを立会人に、1705年に結婚。
ヴェネツィアでは、ビッフィ以外の音楽家との交流はなかったようだが、多くのイタリア都市においてオペラ作曲家として名を上げ、たとえばヴェネツィア、ジェノヴァ、ボローニャ、マントヴァ、ウディーネ、ピアチェンツァ、ナポリなどでは有名だった。
この頃になると器楽曲をふんだんに作曲し、1705年以前に、ほとんどのトリオ・ソナタやヴァイオリン協奏曲を作曲したが、その後は1719年まで、独奏楽器のためのソナタやオーボエ協奏曲を作曲したにすぎない。
1720年代から作曲家アルビノーニの足取りはつかめなくなる。

多くの同時代の作曲家とは異なり、アルビノーニには教会や貴族の宮廷に地位を得ようとした形跡が見当たらず、独自の財源によって、独力で作曲する自由を得ていた。
その後は1722年にバイエルン選帝侯マクシミリアン2世エマヌエルに招かれ、オペラを指揮した。
12曲からなる『協奏曲集』は、選帝侯に献呈されている。

1742年にフランスで、アルビノーニのヴァイオリン・ソナタ集が「遺作」として出版されたことから、研究者から、アルビノーニはその頃には亡くなっていたと推測されてきた。
しかしアルビノーニは、ヴェネツィアで人知れず生き延びていた。
生地のサン・バルバラ小教区の記録によると、アルビノーニは1751年に糖尿病により、「79歳」で(おそらく書き損じ)亡くなったとある。

 

作品と影響力

アルビノーニは50曲ほどのオペラを作曲し、そのうち20曲が1723年から1740年にかけて上演されたが、こんにちでは器楽曲、とりわけオーボエ協奏曲が最も有名である。

アルビノーニの器楽曲は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが非常に関心を持っていた。
バッハは、アルビノーニの主題によるフーガを少なくとも2曲遺しており、しかも、しばしば学生の和声法の実習において、アルビノーニのバス課題をよく利用した。


出典: 「トマゾ・アルビノーニ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

1694年というと、あの有名な「高田馬場の決闘」があった年ねぇ~。。。

 


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あれっ。。。 シルヴィーは何でそんなことを知ってるわけぇ~?

私はチャンバラ映画が大好きなのよ。。。

知らなかったなァ~。。。

。。。で、最近、パルミラの「女王ゼノビア」は西洋でも人気があるわけぇ~?

マンスール・ラフ=バーニー (Mansour Rahbani) が2007年にパルミラの「女王ゼノビア」を取り上げてオペラを作りました。

 


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日本でもヨーロッパでも知ってる人は知ってるのねぇ~。。。

そういうことですよ。。。


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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたは、パルミラの「女王ゼノビア」を知っていましたか?

ええっ。。。 「そんなことは、どうでもいいから、他に、もっと楽しいことを話せ!」

あなたは、そのように強い口調で私に命令するのですか?

分かりましたわ。

シルヴィーさんが出てくる面白い記事は たくさんあります。。。

次の記事の中から面白そうなものを選んで読んでください。


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