尻の芸術

 

尻の芸術

 


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デンマンさん。。。 今日はふざけるのでござ~ますかァ~?


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いや。。。 ふざけるつもりはありません。。。 真面目な話をするつもりですよ。。。

でも。。。、でも。。。、上の画像を見たら、デンマンさんが絶対に悪い冗談を飛ばすと思うのですわァ~。。。

いや。。。 悪い冗談も飛ばしません。。。

つまり、今日は真面目にお話をするのでござ~ますかァ~?

そうです。。。

分かりましたわ。。。 で、いったい、どういうわけで可笑しなタイトルをつけたのですかァ~?

実は、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

うしろ姿

 

私は、いいなと思うと首筋にくる。(略)
あちこち廻って疲れたのか、その日私は機嫌がよくなかった。(略)
マリー・アントワネットの園遊会のお茶道具などという、どっちでもいいようなものがご大層に飾られれていて、少し腹が立ってきた。
オリエント館だけは丁寧にみて、また明日出直してこようと思っていたら、閉館を知らせる合図があった。

人気のなくなった美術館はどこが出口なのか見当もつかない。
こんなところに閉じ込められてしまったら恐いな、と思いながら歩いていたら、いきなり目の前に女のお尻があった。

 


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大理石の女性像だったが、これがなんとも見事なのである。
威あって猛(たけ)からず。
黄色味を帯びた石が実にあたたかい。

みぞれの降る冬の夕暮れである。
石造りの部屋の小さな明かりとりから弱々しい光の中でそれはやわらかく静かに立っていた。
首筋がスウッとした。

見ている人間は私一人である。
絵や彫刻をたった一人で鑑賞したのは、生れて初めてであった。
このことも感動を深めた。(略)
ミロのヴィナスだったのである。(略)

ミロのヴィナスは、あの瞬間私のためだけにあったのである。
まわりには人もなく音もなく、時間もなかった。
紀元前1世紀だか2世紀につくられ、1820年に、ミロス島で畠をたがやしていた農夫によって発見されたというこの像が、日本からやってきた一人の女のために、立って見せてくれたのである。

それも、はじめは名を名乗らず、まずうしろ姿の美しさで挨拶し、私の首筋にその美しさを判らせてくれたのである。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


131-133ページ『眠る盃』
著者: 向田邦子
2016年9月15日 第2刷発行
発行所: 株式会社 講談社

あらっ。。。 ミロのヴィーナスのお尻だったのですわねぇ~。。。

そういうことだったのですよ。。。


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『ヴィーナスのえくぼ』

ところでデンマンさんが貼り付けた引用文中のお尻はルーブル美術館のミロのヴィーナスのお尻なのでござ~ますかァ?

いや、違うのです。。。ビーナスはヴィーナスでもナポリ国立考古学博物館にあるヴィーナス像の尻です。。。 「カッリピージェのヴィーナス(Venus Kallipygos)」と名付けられています。 これは、ギリシャ語で 文字通り“美尻のヴィーナス”という意味です。 この彫像は前から見るよりも後ろから眺めると なぜ そういう名前がついたか一目瞭然なのです。。。 ほどよく丸みを帯びて、つやつやとした美尻につい触れたくなるような。。。

 


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デンマンさん。。。 嬉しそうに説明するのは結構ですけれど、ヨダレをたらすことはござ~ませんわァ~。。。

失礼しました。。。 ついつい見とれてしまったので。。。

つまり、上の“美尻”を鑑賞するために、この記事を書こうと決めたのですか?

いや。。。 そればかりではないのです。。。 ちょっと次の“美尻の女性”を見てください。。。


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あらっ。。。 デンマンさんはこの女性の“美尻”にもヨダレをたらすほど惹かれるのでござ~ますかァ~?

うへへへへへ。。。 いけませんか? これは あの有名なドミニク・アングルが1814年に描いた『グランド・オダリスク』という絵なのです。

この絵にデンマンさんは特別に惹かれているのですか?

もちろん、素晴らしい絵だと思っているのですよ。。。 でもねぇ~、“美尻”に惹かれているだけじゃなく、この画家の事でかつて次のような記事を書いたことがある。。。


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現実に丸善に足を踏み入れると、どうしたことか、

私の心を持たしていた幸福な感情は消え失せ、

画集を一冊手にとってバラバラとめくるだけでも

大変な労力を必要とし、

本を抜き出しては元の場所に戻すことさえできなかった。

 

以前は好きだったアングルの画集にまでも憂鬱を感じるに至り

抜いたまま積み重ねた本の群れを眺めていた。

 

梶井基次郎という作家は『檸檬』という鋭い感受性と詩情あふれる美しい作品を書いたのだよ。 この作品はゆるぎない美しさをたたえ、昭和初期の文壇に一石を投じたと言われている。

その事とオイラとどういう関係があるのですか?

オマエは“アングルの画集”を見たことがないだろう?

見たことがありません。。。 第一、“アングル”という画家の名前を聞いたこともありません。

そうだと思ったよ!

どうして、そうだと思ったのですか?

簡単なことだよ! オマエはコメントの中で次のように書いている。


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I. A.も言ったように、白人女性の裸の写真が

pin-upされたbachelor用のapartment/condominium

のなかで、猥雑卑猥な文や煽情的な絵が満載された

websitesを書きながら、一人自慰にふけっているのは、

一体、何処の老人の方なのでしょうか。

オマエが“白人女性の裸の写真がpin-upされた”と書いてるけれど、オマエが言うpin-upは実は 1889年にポ-ル・ピール(Paul Peel)という画家が書いた“ベニスの風呂上りの女(A Venetian Bather)”という作品なのだよ。

マジで。。。? まるで現代画家が書いたようじゃありませんかア!

それで オマエは“pin-up”だと誤解してしまったのだよ! ポ-ル・ピール(Paul Peel)という画家はカナダ生まれの画家で1860年11月7日に生まれている。 1892年10月3日にパリで肺炎をこじらせて亡くなってしまった。 梶井とほぼ同様に満31歳で亡くなっている。

ポ-ル・ピール(Paul Peel)の作品

 


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  自画像


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。。。んで、そのカナダ人の画家とアングルの画集と、どのような関係があるのですか?

アングルはフランスの画家でポ-ル・ピールよりも有名で、次のような作品を残している。

ドミニク・アングル

Jean-Auguste-Dominique Ingres


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(1780年8月29日-1867年1月14日) 86歳没)

フランスの画家。19世紀前半、当時台頭してきたドラクロワらのロマン主義絵画に対抗し、ダヴィッドから新古典主義を継承、特にダヴィッドがナポレオンの没落後の1816年にブリュッセルに亡命した後、注目され、古典主義的な絵画の牙城を守った。

入念に組み立てられた肌理・テクスチャと徹底的に研鑽された描線、そして緊密な調子の諧調によって成立する空間は、「端正な形式美」を湛えている。

この様式美はセザンヌによって「肉体を全く描かずに済ませた」と批判されるほど徹底している。

アングルの美術史理解はアングルの作品群から伺い知れるように公汎であり、且つ結束性が高く、加えて非常に示唆的である。

顔料やバインダーの運用方法もまた多様であり、数百年の隔絶がある巨匠達の作品の研究にも余念がなかった。

その研究の成果として、組織的且つ合理的な方法を「保存が完璧」と讃えられる制作と言説によって的確にのこしている。

他方では、ポスト印象主義者たちやキュビスト、現代美術家の根底的な方法やアイデアに決定的な影響を与えており、アングル芸術の影響範囲、射程は底知れないものがある。

アングルの作品とその個性は、同時代の体制派、反体制派の必ずしも芳しくない評価にもかかわらず、影響は非常に甚大で、彼に先行する画家と彼に続く画家の代表作にさえ決定的な影響を与えた事例も少なくない。

 


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出典: 「ドミニク・アングル」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

見れば明らかなように、アングルの作品は明らかにポ-ル・ピールに大きな影響を与えている。

つまり、その事を言うために、わざわざ梶井基次郎の『檸檬』を持ち出してきたのですか?


『レモンと孤独な老人』より
(2016年1月26日)

要するに、太田将宏さんはデンマンさんのマンションを訪れた時に ポールピールの絵を見て “白人女性の裸の写真がpin-upされた”という印象と“猥雑卑猥”という感覚に惑わされて 絵の中に表現された鋭い感受性と詩情あふれる ゆるぎない美しさを完全に見落としていたと言いたいのでござ~ますかァ?

その通りですよ! だから、太田老人が次の絵を見れば、当然“白人女性の裸のpin-up”としか思わないのですよ。。。

 


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でも。。。、でも。。。、上の絵ってぇ、ちょっとヘンではありませんかァ~?

どこが。。。?

ちょっと背中を見てくださいなァ。。。長すぎると思いませんか? それに、手足もそうですわァ~。。。 しかも極端な なで肩ですわァ~。。。

あのねぇ~、卑弥子さんがそのように感じるのはもっともです。。。 実は、アングルが上の絵をローマで描いてから、この絵をはフランスに送ったのだけれど、当時のフランスの美術批評家の間でも、全く評価されなかった。。。

やっぱり、背中が長すぎるのですわわよう。。。

たぶん、当時のフランスの美術評論かも そう思ったのでしょう。。。 でもねぇ~、アングルは、解っていて そう描いたのですよ。。。

どうして。。。?

なぜなら、解剖学的な正確さよりも理想的な美しさを追求したのです。。。 そのため、実際の人体ではあり得ないような形になる事も厭わなかった。

確かに、きれいな事はきれいですわ。。。 お尻が強調されていて、見る人の目を引き付けてしまうような絵ですわァ~。


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。。。でしょう!? 実際、解剖学的な正確さよりも理想的な美しさを追求するという考え方は 後世のピカソらキュビズムの画家達に高く評価されたのですよ。。。 つまり、『グランド・オダリスク』という絵は美術史上重要な作品なのです。。。

つまり、この事を言うために 長々と説明してきたのですか?

もちろん、それだけではありません。。。 アングルの影響は今日まで続いているのですよ。。。 ちょっと次のクリップをじっくりと観てください。。。

 


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もし、この動画を観て 太田老人のように“猥雑卑猥”という感覚しか呼び起こさないとしたら、その人は芸術の美的感覚が欠如しているのです。。。 そういう人は人間の。。。特に女性の ゆるぎない美しさを味わうことのできない 文化的に貧弱な人間だと思うのですよ。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。 

でも、やっぱり女性の美しさは“ヴィーナスのえくぼ”とスタイルの良さですわァ~。。。

あなただって、そう思うでしょう!?

ええっ。。。 「そんな事は、どうでもいいから、もっと他に面白い話をしろ!」

あなたは、そのように あたくしにご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。

分かりましたわ。

では、話題を変えて 天の川の不思議に迫るクリップを お目にかけますわ。。。

 


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どうでした?

ええっ。。。 「夜眠れなくなるから、そういう動画は見せるな! 気分直しに何か他に もっと面白いことを話せ!」

あなたは、あたくしに向かって、更にご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。!

分かりましたわァ。。。 あなたが、そうおっしゃるのだったら、まずジューンさんの次の写真をご覧になってくださいまし。。。

 


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千夜一夜物語の衣装を着たジューンさんに魅せられて、女性に成りすます男性が たくさん居るのでござ~ますわァ!

ええっ。。。 信じられないのですかァ?

じゃあ、ちょっと次のYouTubeのクリップを見てくださいまし。。。

 


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いかがでござ~ますかァ~?

男性が女装していると思いますかァ?

あたくしは、素直に信じることができませんわァ~。。。

どうですかァ~? けっこうなものでしょう!?

いつまでも見とれていても仕方がありませんわよゥ。

あなたのために古代史の面白い記事を用意しました。

ぜひ お読みください。

では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

『ペルシャ人の楊貴妃』

『ん?佐伯今毛人』

『文学と歴史とウソ』

『百人一首ミステリー』

『芭蕉と遊女再び』

『映画とロマン@仙台』

『源氏物语中的性描写』

『忘れられた歴史ロマン』


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『おばさんパンツ@サンホセ』

『聖徳太子のチューター』

『オナラの曲芸』

『死海』

『漱石とオナラ』

『絵里香さん』

『美女とオナラ』

『アンバパーリー』

『ゆっくりと愛し合う』

『見ちゃだめ!』

『二重マチ付きズロース』


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『麻生元総理』

『ネットのバカ女を捜して』

『額田王の歌』

『聖女と娼婦』

『済子女王@萌える』

『ん?堀内亜里?』

『松平春嶽が黒幕?』

『旅行者的早餐』

『なぜ蝦夷なの?』

『プリキュアとヒトラー』

『戦争絶対反対よね』

『怨霊の歴史』

『色欲@歴史』

『紫式部と敗戦』

『ラピスラズリと源氏物語』


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『性と愛@古代史』

『仙台を離れて』

『美人とブス@大奥』

『絵の中のウソ』

『阿倍仲麻呂@ベトナム』

『バイクガール』

『六条御息所』

『卑弥子さんの大学』

『元寇と捕虜』

『マキアベリにビックリ』

『痴漢が心配』

『びた一文』

『卑弥子@ブカレスト』

『エロい源氏を探して』

『ラピスラズリの舟形杯』

『平成の紫式部』

『隠元豆と国性爺合戦』

『おばさんと呼ばれて』


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『女帝の平和』

『アタマにくる一言』

『悪女レオタード@昌原市』

『スウィートビーン』

『ガチで浦島太郎やし』

『ご苦労さま』

『デンマンのはなし』

『卑弥呼の墓』

『室生犀星と人間学』

『松平春嶽ダントツ』

『英語は3語で伝わる』

『くだらない物』

『漢字で体操』

『面白い漢字テスト』


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『日本のエロい文化』

『女のオナラ』

『紫式部と宮本武蔵』

『頼朝の死の謎』

『パンツと戦争』

『海外美女 新着記事』

『日本語を作った男』

『江戸の敵を長崎で』

『芸術は尻だ』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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Typhoon & Emperor

 

Typhoon & Emperor

 


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Kato. . . You’ve visited Japan at the wrong time, huh?


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You’re telling me, Diane. . . I arrived in Tokyo from Vancouver on October 8. . . Three days later, Typhoon Hagibis made landfaqll at Izu Peninsula.


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Typhoon Hagibis (台風19号)

 

Typhoon Hagibis was a large and powerful tropical cyclone that was considered to be the most devastating typhoon to hit the Kantō region of Japan since Ida in 1958.

Hagibis caused additional impacts to Japan, after Faxai struck the same region one month prior.

The nineteenth named storm and the ninth typhoon of the 2019 Pacific typhoon season, Hagibis developed from a tropical wave located a couple hundred miles north of the Marshall Islands on 2 October.

The system reached tropical storm status late on 5 October as it travelled westward.

Soon afterwards, Hagibis underwent a period of rapid intensification, which brought Hagibis to its peak intensity on 7 October.

After maintaining the peak intensity for about three days, Hagibis began to weaken due to less favorable environment.

On 12 October, Hagibis made landfall at Izu Peninsula as a Category 2–equivalent typhoon.

 


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Hagibis became extratropical on the following day.

Still recovering from the impacts of Faxai, Hagibis caused widespread damage across Japan, particularly in the Kantō region.

As of 20 October 2019, at least 83 people have been confirmed dead and 11 others went missing in Japan.

Early on 12 October, Hagibis triggered a tornado in Ichihara City.

About half an hour before Hagibis made landfall, a magnitude 5.7 earthquake occurred off the coast of Chiba Prefecture, worsening the dangerous condition even more.

 

Shelves in shops around Tokyo were quickly cleared, as people bought supplies ahead of Hagibis making landfall.

Forecasts across eastern, western, and northern Japan called for strong winds and torrential rain that would likely cause flooding and mudslides.

JR Group, Japan Airlines, and All Nippon Airways suspended services.

JMA weather forecaster, Yasushi Kajiwara, said, “It is a level 5 situation; some sort of disaster may have already taken place. People are strongly advised to act to protect their lives right away.”

Evacuation orders have been issued to more than 800,000 households across 11 prefectures.

Over 230,000 people took the advice to head to evacuation shelters.

The typhoon had effects on several major sporting events occurring in Japan.

Three matches of the 2019 Rugby World Cup were cancelled due to Hagibis, including the Pool B matches between New Zealand and Italy, and Canada and Namibia, and the Pool C match between England and France.

This marked the first time that matches have been cancelled in the history of the Rugby World Cup.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

All cancelled matches were counted as draws: the cancelled fixture effectively eliminated Italy from the tournament, as they had a chance to potentially qualify for the knockout stage with a sufficient margin of victory against New Zealand.

On 11 October, it was announced that the Saturday practice session for the 2019 Japanese Grand Prix at Suzuka Circuit would be cancelled, and the Saturday qualifying session postponed to Sunday morning prior to the race.

The F4 Japanese Championship cancelled its round at the circuit as well.

Despite the games being played indoors in domed stadiums, Nippon Professional Baseball postponed both Game 4 Climax Series games in the 2019 Pacific League Climax Series and the 2019 Central League Climax Series.

Both games were planned to take place on Saturday, October 12, one in Tokorozawa, Saitama, the other in Bunkyō, Tokyo.

The games were instead played the next day on Sunday, October 13.


Source:“Typhoon Hagibis (2019)”
Free encyclopedia “Wikipedia”

I see. . . As of 20 October 2019, at least 83 people have been confirmed dead, huh?. . .

That’s right. . .

So obviously you’ve survived the disaster, haven’t you?

You’re telling me, Diane.

How about your family?

All of my hamily and relatives are safe and healthy. . . Thank you very much for asking. . .

I understand your folks are living in the flooding area, aren’t you?

No, not really. . .

 


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Gyoda, my hometown, is actually located in the path of the typhoon, but fortunetely the typhoon ignored my hometown; instead it hit Sano hard with a tornado.

 


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The tornado turned the car over, and the driver was killed.

Have you ever suffered from any typhoon?

Oh yes, I was a kid when the most devastating typhoon, Ida, hit the Kantō region of Japan in 1958 . . . Since I got sick and tired of natural disasters in Japan I decided to immigrate to Canada.

I see. . . So you’ve become a Canadian citizen, huh?

That’s right.

By the way, how come the emperor made a ceremony during the typhoon season?


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Emperor Naruhito completes enthronement

in ceremony rich with history and ritual

by Sakura Murakami

Oct 22, 2019

 

Emperor Naruhito cut a grand figure Tuesday as the deep purple curtains of his canopied, 6.5-meter-tall throne were pulled apart to reveal him enrobed in an orange-brown garment, a black crown atop his head, as he announced his enthronement to the world.

“Having previously succeeded to the imperial throne in accordance with the Constitution of Japan and the Special Measures Law on the Imperial House Law. I now … proclaim my enthronement to those at home and abroad,” he declared at the enthronement ceremony, called Sokui no Rei, which was attended by around 2,000 dignitaries from some 180 countries and regions.

Sokui no Rei is one of the major events in a series of ceremonies and rites scheduled throughout the year following Emperor Naruhito’s accession to the chrysanthemum throne in May.

Although he officially became emperor on May 1, after his father — now Emperor Emeritus Akihito — stepped down from the throne due to his advanced age, Tuesday’s ceremony marks the official declaration of Emperor Naruhito’s enthronement.

“I pledge hereby that I shall act according to the Constitution, and fulfill my responsibility as the symbol of the state and of the unity of the people of Japan, while always wishing for the happiness of the people and the peace of the world, turning my thoughts to the people and standing by them,” he said, underlining the emperor’s role within the country’s supreme law.

The ceremony saw the emperor and empress in regal attire entering the Pine Chamber of the Imperial Palace, as attending dignitaries watched by video link from within the Imperial Palace.

Big names such as Prince Charles from the United Kingdom, Transportation Secretary Elaine Chao from the United States, Chinese Vice President Wang Qishan and South Korean Prime Minister Lee Nak-yon were there to congratulate the new emperor.

 


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Wearing imperial robes in a warm brown hue — a color reserved in times past especially for the emperor — Emperor Naruhito sat on the takamikura canopied throne, which is decorated with lacquer and gold phoenixes and sits atop a square dais.

His wife Empress Masako was in similarly regal attire, wearing a colorful and multilayered kimono, and sat on a smaller version of Emperor Naruhito’s throne.

Prime Minister Shinzo Abe offered congratulations in response to the emperor’s speech, saying, “We, the people, look up to His Majesty the Emperor as the symbol of Japan and the unity of its people, and, with a renewed spirit, will put our best efforts into creating an era where new culture will flourish as a peaceful, hopeful and proud Japan realizes a bright future and the people come together in beautiful harmony.”

He then led the guests in a banzai salute before the emperor and empress exited the chamber.

 


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Initially, a parade had been planned for after the ceremony to allow the public to see the imperial couple drive by in a convertible sedan as they traveled back to their residence in the Akasaka district.

However, the government announced that they would reschedule the parade for Nov. 10 out of consideration for those affected by Typhoon Hagibis earlier in the month.

Celebrations were nevertheless set to continue for the guests in attendance, with the emperor and empress scheduled to host a total of four banquets, the first of which took place Tuesday evening.

Amid all the pomp and splendor, Tuesday’s ceremonies also highlighted the lack of male heirs to the throne.

As the current law stands, only male heirs of the male line of the family are permitted to succeed the throne.


Source:“Emperor Naruhito completes enthronement”
The Japan Times

The ceremony should’ve been held in the spring, during which no typhoons come, I suppose.

Actually, the first event for the enthronement was performed on April 30, when Emperor Akihito of Japan abdicated. This marked the end of the Heisei era and the inception of the Reiwa era, and saw numerous festivities leading up to the accession of his son and successor, Emperor Naruhito.

So the enthronement ceremony is one of traditional ceremonies for the new emperor, huh?

That’s right. . . As you know, the enthronement of the emperor of Japan is an ancient ceremony that marks the accession of a new monarch to the Chrysanthemum Throne, the world’s oldest continuous hereditary monarchy. . . Various ancient imperial regalia are given to the new sovereign during the course of the rite, which consists of several ceremonies. . . The last event will be held in December.

I see. . . So those traditional events have been held since April, and continue at times till December, huh?

Yes. . . You see, unfortunately some events have to be held during the typhoon season.

Well . . . I hope you’ll be able to come back to Vancouver without any accident nor typhoon.

Don’t worry about it since I’m a lucky man, and I’ll be able to see you the next month.


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【Himiko’s Monologue】


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Three matches of the 2019 Rugby World Cup were cancelled due to Hagibis, including the Pool B matches between New Zealand and Italy, and Canada and Namibia, and the Pool C match between England and France.

This marked the first time that matches have been cancelled in the history of the Rugby World Cup.

However, other matches were conducted.

You might want to see the highlight of the match between Japan and Ireland.

 


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How do you like the above game?

You don’t like rugby matches, do you?

Well… here’s a mood-changing clip just for you.

Gess what?… You can now laught to the last tears.

 


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  Mr. Mathane

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

In any road, I expect Kato will write another interesting article soon.

So please come back to see me.

Have a nice day!

Bye bye …


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If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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“JAGEL”

“JAGEL Again”

“Say NO!”

Happy Gal in Canada

Roof of Vancouver

Aftershock

Whiplash

Sex Appeal

Better Off Without Senate

Fire Festival

Sweets@Paris

Scary Quake

MH370 Mystery

Putin’s Way

Trump @ Vancouver

Otter & Trump


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Changeling

Fiddler on the Roof

Flesh and Bone

Maiden’s Prayer

Romeo & Juliet

Trump @ Joke

Halloween in Shibuya

Trump Shock

Happy New Year!


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Life or Death

Way to Millionaire

Adele Hugo

Middle Sexes

Romance@Madison

Hacksaw Ridge

Eight the Dog

Halloween@Shibuya

Chef Babette


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Ramen Boom

from Korea

Omakase@Sushi

Crocodile Meat

Killer Floods

Climate of Doubt

Glory of Death

Big Mystery

Hitler and Trump

Hot October

2018 BC Ballot

Bach Collegium Japan

Dolly the Sheep

Golden Shower

Cleopatra

Strange Love

Quartet

Unknown Tragedy

World War B.C.

Mystery of Dimension

Call Girl Mystery


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Hi, I’m June Adams.

Kato is a real movie lover, who tries to watch 1001 movies.

As a matter of fact, he has already accomplished his goal.


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『Actual List』


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Kato watched “The Arabian Nights” or “One Thousand and One Nights” as his 1001th movie.

You might just as well want to view it.


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The stories in “the Arabian Nights” were collected over many centuries by various authors, translators, and scholars across West, Central, and South Asia and North Africa.

The tales themselves trace their roots back to ancient and medieval Arabic, Persian, Indian, Egyptian and Mesopotamian folklore and literature.

In particular, many tales were originally folk stories from the Caliphate era, while others, especially the frame story, are most probably drawn from the Pahlavi Persian work Hazār Afsān which in turn relied partly on Indian elements.

What is common throughout all the editions of the Nights is the initial frame story of the ruler Shahryār and his wife Scheherazade and the framing device incorporated throughout the tales themselves.

The stories proceed from this original tale.

Some are framed within other tales, while others begin and end of their own accord.

Some editions contain only a few hundred nights, while others include 1,001 or more.


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ところで、愛とロマンに満ちた

レンゲさんのお話をまとめて

『レンゲ物語』を作りました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

『愛とロマンのレンゲ物語』


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『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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宇宙と意識

 

宇宙と意識

 

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デンマンさん。。。 どういうわけで急に 宇宙と意識 を持ち出してきたのですか?


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実は、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の個所に出くわしたのだよ。。。

 


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医学部の私の後輩は、麻酔科の教授に、「麻酔薬を投与すると、なぜ意識がなくなるのですか」と訊いて、先生の機嫌を損ねたらしい。

脳からどのように意識が発生するのか、その機構はよく知られていない。

 

脳は電気的活動をしているが、意識は電気じゃないですよね。

熱でもない。

アインシュタインの方程式、E=mc² に意識は含まれていないであろう。

むしろこの方程式が成立する場として、意識が存在しているのである。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


104ページ 『遺言』
著者: 養老猛司
2017年12月25日 第5刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

なるほどォ~。。。 つまり、デンマンさんは上の本を読んで意識について改めて考えさせられたのですか?

そういうことだよ。。。 オマエだって、改めて「意識とは何か?」と問われたら、しどろもどろになって、答えに窮してしまうだろう?

いや。。。ウィキペディアを見れば次のように書いてあるから、問題ありませんよ。。。

意識

 

意識(いしき、Consciousness)は、一般に、「起きている状態にあること(覚醒)」または「自分の今ある状態や、周囲の状況などを認識できている状態のこと」を指す。

ただし、歴史的、文化的に、この言葉は様々な形で用いられており、その意味は多様である。
哲学、心理学、生物学、医学、宗教、日常会話などの中で、様々な意味で用いられる。

日本語では、「ある物事について要求される注意を払っている」とか「考え方や取り組み方について努力が行われている」といったことを表す場合に、意識が高い(または低い)といった言い方が許される。
たとえば公害や廃棄物などの問題についてよく勉強し、改善のために様々な行動や対策を行っている個人や集団を、環境問題についての意識が高い、などと表現する。
このような用法は遵法意識、コスト意識、プロ意識、意識調査、意識改革、など様々な表現に見られる。

学術的には、文脈に応じて意識という語は様々な意味で使用される。
以下では、哲学、心理学、臨床医学をはじめとするいくつかの分野に分けて、代表的な意味を解説する。

 

ロジャー・ペンローズ スチュワート・ハメロフ

 


(quobrain2.jpg)

 

量子脳理論などと呼ばれる意識に関する独自の仮説を提唱しており、「脳内の神経細胞にある微小管で、波動関数が収縮すると、素粒子に付随する基本的で単純な意識の属性も組み合わさり、生物の高度な意識が生起する」としている。

微小管とは細胞骨格の一種で、細胞の構造を維持する役割を担っているタンパク質の複合体である。
微小管が採用された背景には、脳内の広い範囲で、ある程度の時間量子力学的な重ね合わせ状態を維持できそうな構造物が他に見当たらなかったためだという理由がある。

ペンローズの量子脳理論は三つの大きな仮定の上に組み立てられている。
ひとつは「人間の思考はチューリングマシンの動作には還元できない」という仮定、もうひとつは「波動関数の収縮はチューリングマシンで計算することが不可能な、実在的物理プロセスである」という仮定、
そして最後は「量子論と相対論を理論的に統合することで、意識の問題も同時に解決される」という仮定である。

これら個々の仮定はどれも、科学者コミュニティーの間で一般的に受け入れられているものではないが、それらを更に一つの理論として結びつけたのが、ペンローズの量子脳理論である。
このような憶測の上に憶測を重ねて構成された仮説であるため、内容の正しさについては一般的に懐疑の眼で見られている。

ただ、著名な理論物理学者ペンローズによって提唱された仮説という事もあり、知名度は高くまた、ハメロフは生物学上の様々な現象が量子論を応用することで説明可能な点から少しずつ立証されていて20年前から唱えられてきたこの説を根本的に否定できた人はいないと主張している。


出典: 「意識」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり、意識というのは「起きている状態にあること」または「自分の今ある状態や、周囲の状況などを認識できている状態のこと」を指すのですよ。。。 簡単じゃありませんか!

あのさァ~、オマエはウィキペディアに書いてあることをそのままオウムのように繰り返しているだけじゃないか!

でも、それ以外に答えようがないじゃありませんか!

自分の言葉で言うべきなんだよ! オマエがオウムのように繰り返した言葉は「意識とは、起きていることです」「意識とは認識できることです」と言っているのだよ。。。 じゃあ、起きていることとは? 認識できることとは? 更に説明しなければならないのだよ。。。 つまり、分かっているような事を言っているけれど、誰もが納得ゆくような説明になってない。。。

簡単な事を難しく考えることはないのですよ。。。意識とは眠ってないことですよ。。。 簡単じゃありませんか!

眠っていても意識はあるのだよ! なぜなら、眠っている人の腕をつねれば、起きるのだから。。。 死んでいる人の腕をつねっても起きない! なぜなら死んでいる人は意識が無いからだよ。。。 だから、「意識は、起きていることです!」というのは、明らかに間違っているのだよ!

そうでしょうか?

だってぇ~、僕が眠っているオマエの腕をつねれば目が覚めるだろう?

確かに、目を覚ますと思います。。。

だから、眠っていても意識はあるのだよ。。。

。。。で、いったい、デンマンさんは何が言いたくて、こうしてオイラを呼び出したのですか?

あのさァ~、上の本の中に「むしろこの方程式(E=mc²)が成立する場として、意識が存在しているのである」と書いてある。。。

だから、どうだと言うのですか?

つまり、その方程式を目にして、それがどういうものなのか?。。。と、今、オマエのオツムで考えている所、更に考えている行為が意識だというのだよ。。。

なるほどォ~、でも、それってぇ、定義としては中学生程度の定義ですよねぇ~。。。

あのさァ~、何も簡単に説明できることを難しく考えようとすることはないのだよ! 例えば、上のウィキペディアの説明の中で量子脳理論などと呼ばれる意識に関する独自の仮説では、「脳内の神経細胞にある微小管で、波動関数が収縮すると、素粒子に付随する基本的で単純な意識の属性も組み合わさり、生物の高度な意識が生起する」としている。。。 でも、そのように複雑に言われたら、理解しようとしても、ますます分からなくなるのだよ! オマエだってぇ、言ってる事がよく分からないだろう?

なんとなく分かりますよ。。。

無理して分かった振りをしなくてもいいのだよ! ノーベル化学賞をもらった吉野彰さんが次のように言っているのだよ。。。


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手つかずの「宝物」まだいっぱい

 

2019年のノーベル化学賞に決まった吉野彰さん(2019年10月10日、日本化学会で開かれた記者会見)

10月10日、日本化学会で開かれた記者会見で、将来大学での研究や企業で研究開発に取り組みたい高校生へのアドバイスを尋ねると、吉野さんは「サイエンスが相当進歩して、(研究が)やりつくされたという閉塞感が若者にはあるのではないか。

でも、実際には自然界で起きていることで我々人類が理解できているのは、1%か2%しかない。

つまり、残り99%が手つかずで残っている。

進化で何が起こっているのか、宇宙で何が起こっているのか。生命の原理。わからんことがいっぱいある」と語る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


『吉野彰さんが高校生に伝えたいこと』より

つまり、自然界で起きていることで我々人類が理解できているのは、1%か2%しかないのだよ!

まさかァ~! 50%ぐらいは理解してるんじゃありませんか!

いや。。。 例えば、我々の宇宙の95%は、まだ人類が知らないダーク・マターとダーク・エネルギーによって構成されていると言うのだよ!

&nbsp:


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つまり、この宇宙の95%は未知の物によってできているということですか?

そういう事になるよなァ~・・・

驚きましたねぇ~。。。

だから、意識が科学的に解明されてないことも、別にそれほど不思議なことじゃない。。。 今の高校生の中から、科学的に「意識」を解明してノーベル賞をもらう人物が出てくると思うよ。。。


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【レンゲの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたも、意識を科学的に解明すれば、ノーベル賞がもらえますわァ。。。

ええっ。。。 「そんなことは、どうでもいいから、もっと他に面白い話しをしろ!」

あなたは、私に、そのような口調で命令するのですか?

分かりましたわ。。。 それではソプラノ歌手の高島一恵さんの次の歌を聴いてしみじみと泣いてくださいねぇ~。。。

 


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ええっ。。。 「歌は、もういいから、他にもっとも面白いことを話せ!」

あなたは、そのような命令口調で あたしに強要するのですかァ~?

分かりましたわ。。。

これまで、太田さんはデンマンさんに さんざ馬鹿にされたので

そのお返しをしたのですわァ。

だから、太田さんは次のサイトで抗議録を公開したのです!


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんはこれに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)

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こんにちわ@ブリュッセル

 

こんにちわ@ブリュッセル

 


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デンマンさん。。。 どういうわけで急に ブリュッセルを持ち出してきたのですか?


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実は、ヨーロッパを旅行中の落合彩香 (おちあい さやか)さんがベルギーの首都・ブリュッセルに立ち寄って「徒然ブログ」にアクセスしたのですよ。。。

 


(ip43166b.png)

 

この上の写真の女性が落合彩香さんですか?

そうです。。。 叔父さんがブリュッセルに住んでいるので、しばらく滞在して街を見物しているのですよ。。。

 

 


(brussel2.jpg)


(brussel02.jpg)

 

彩香さんは、どの記事にアクセスしたのですか?

ちょっと次のリストを見てください。。。

 


(liv90925a.png)

『拡大する』

『category:世界の平和・貧困をなくす』

 

これはライブドアの僕の「徒然ブログ」の日本時間で9月24日の午前6時31分から翌日25日の午前2時22分までの約20時間の「生ログ」の一部です。。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。。。

あらっ。。。 9月24日の午前8時50分にGOOGLEで検索して「世界の平和・貧困をなくす」カテゴリーのページを開いたのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

 


(livcat734.png)

『拡大する』

『category:世界の平和・貧困をなくす』

 

。。。で、どの記事を読んだのですか?

トップに出てきた次の記事です。。。

 


(docluv10.jpg)

『博士の異常な愛情』

 

彩香さんは どのようにしてカテゴリーのページを見つけたのですか?

次のようにして検索したのです。。。

 


(gog90925b.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

彩香さんは 世界の平和 貧困をなくす 徒然ブログ 入れて検索したのです。。。

彩香さんは、日本に居る頃から「徒然ブログ」の常連さんだったのですか?

そうです。。。

でも、どうして お笑いのページじゃなくて、お堅いカテゴリーのページを開いたのですか?

あのねぇ~、実は、彩香さんは日本で反戦平和を訴える市民団体のメンバーなのですよ。。。 それで、最近、「徒然ブログ」にどんな反戦記事が書いてあるのだろうか?。。。 そう思いながら検索したというわけですよ。。。

でも。。。、でも。。。、『博士の異常な愛情』の中に反戦を訴えるような文章が出てくるのですか?

もちろん、出てきますよ。。。 ちょっと読んでみてください。。。


(lib90903a.png)


『拡大する』

『実際のページ』

デンマンのコメント

Sep 03, 2019

Directed, produced and co-written by Stanley Kubrick in 1964 loosely based on Peter George’s thriller “Red Alert (1958)”, this political black comedy satirizes the Cold War fears of a nuclear conflict between the Soviet Union and the United States.

Superb and memorable are the performances of Peter Sellers as wheelchair-bound Dr. Strangelove and Slim Pickens as Major T. J. “King” Kong, the B-52 Stratofortress bomber’s commander and pilot who rides on the H-bomb like a mad cowboy.

Don’t miss this best political satire of the century!

 


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1958年に発表されたピーター・ジョージのスリラー「レッドアラート」にヒントを得て、1964年にスタンリー・キューブリック監督がシナリオ共同執筆し制作されたこの映画は、ソ連とアメリカの核紛争に対する冷戦の恐怖を風刺した政治的なブラックコメディです。

車椅子のストレンジラブ博士を演じるピーター・セラーズと、T.J.キング・コング少佐を演じるスリム・ピキンズの演技は絶妙で、映画を見終えても長く記憶に残ります。

コング少佐はB-52ストラトフォートレス爆撃機の司令官兼パイロットであり、熱狂したカウボーイのように水素爆弾にまたがって落下してゆくのでした。

20世紀の最高の政治風刺映画をお見逃しなく!

 

博士の異常な愛情 または私は如何にして

心配するのを止めて

水爆を愛するようになったか

 


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この映画は、スタンリー・キューブリック監督、ピーター・セラーズ主演で、1963年制作・1964年に公開されたアメリカ・イギリス合作の映画である。
日本語題は一般的に『博士の異常な愛情』と略称される。

あらすじ

アメリカのバープルソン空軍基地の司令官リッパー准将が精神に異常をきたし、指揮下のB-52戦略爆撃機34機にソ連への核攻撃(R作戦)を命令したまま基地に立て篭もった。

巻き込まれたイギリス空軍のマンドレイク大佐は将軍の閉じこもる執務室から出られなくなり、リッパー将軍の話相手となる。
出撃した爆撃機にはそれぞれ第二次世界大戦で使用された全爆弾・砲弾の16倍の破壊力がある核兵器が搭載されていた。

バープルソン空軍基地の状況とB52出撃を知ったアメリカ政府首脳部(マフリー大統領、軍高官、大統領科学顧問のストレンジラヴ博士など)は、機密情報の塊であるペンタゴンの戦略会議室にあえてソ連大使を呼び対策を協議する。

ソ連首相とのホットラインで、ソ連は攻撃を受けた場合、自動的に爆発して地球上の全生物を放射性降下物で絶滅させる爆弾(皆殺し装置、終末兵器の一種)が実戦配備されていることが判明する。

公開しなければ威嚇の意味をなさない兵器をなぜ公開しなかったのかと迫るストレンジラヴ博士に、ソ連大使は「近日公表する予定だった。首相は人を驚かすのが趣味だ」と説明した。

 


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この協議が続いている間にも爆撃機は進撃を続けていた。

爆撃機の一般通信回路は敵の謀略電波に惑わされないためにCRM114とよばれる特殊暗号装置に接続されていて、この装置は通信をまったく受け付けない。
そのため爆撃機を引き返させることは不可能である。
例外として三文字の暗号を送信することによってこの装置を解除できる。
その暗号はリッパー准将しか知らない。

アメリカ政府はリッパー准将から無線通信の暗号を聞き出すために、将軍の基地に近い所の空挺部隊を動員するが、将軍が基地内のアメリカ兵に戦時体制の指令を出していたため、味方同士による戦闘が開始される。

リッパー准将はマンドレイク大佐に、水道水フッ化物添加は共産主義の謀略だという陰謀論を延々と話すが、その後いよいよ兵士が准将の執務室に迫ってきたという時、大佐に日本人から拷問を受けた話を聞き、自分は耐えられそうもないと言ってバスルームで自殺してしまう。

その後、リッパー准将の話を分析したマンドレイク大佐によって爆撃機のCRM装置の暗号が解読される。
大佐はコカコーラの自販機を撃ち抜かせて電話代を手に入れて大統領に暗号を通報し、撃墜を免れた爆撃機は攻撃を中止して基地へ引き返しはじめた。

しかしコング少佐の機は対空ミサイルの爆発が原因でCRMの機密保持装置が作動し暗号装置が破壊され、帰還命令を受信出来ない。

その上、低空飛行により燃料を浪費して当初の目標地点への攻撃ルートでは脱出する燃料がなく、最も近いミサイル基地への攻撃に切り替え、ソ連への核攻撃を行う。

断線によって爆弾の投下口が開かない非常事態に、熱血漢のコング少佐は核爆弾にまたがりながら配線を再接続するが、故障が直るや否や爆弾は投下されてしまい、コング少佐はカウボーイよろしく爆弾にまたがったまま落ちてゆく。

 


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皆殺し装置が起動し、人類を含む全生物が10ヶ月以内に絶滅することに一同が暗澹とする中、選抜された頭脳明晰な男性と性的魅力のある女性を地下の坑道に避難させることにより人類を存続させうるとストレンジラヴ博士は熱弁し、興奮のあまりドイツ時代に立ち返り「総統!私は歩けます!」と絶叫する。

ラストはヴェラ・リンが歌う第二次世界大戦時代の流行歌『また会いましょう』の甘いメロディが流れながら幕を閉じる。

 


出典: 「博士の異常な愛情」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

 

つまり、上の映画はデンマンさんのコメントに書いてあるように、反戦を唱(とな)えた20世紀の最高の政治風刺映画だと言うのですか?

その通りですよ!

彩香さんも上の記事を読んでDVDを借りて映画を見ようと決めたのですか?

そうです。。。 信じられませんか?

信じられます。。。 信じないと、どうせ “信じる者は救われる!” とデンマンさんから言われそうですから。。。 うふふふふふふ。。。


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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたも、デンマンさんの言う事が信じられますか?

ええっ。。。 「そんなことはどうでもいいから、他に何か面白いことを話せ!」

あなたは、そのように わたしにご命令なさるのですか?

分かりましたわ。。。 じゃあ、面白い動画をお目にかけますわ。。。

ワンワンちゃんが人間の言葉をしゃべります!

 


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ええっ。。。? 「そんな馬鹿バカしい動画など、どうでもいいから、何か他に面白い話をしろ!」

あなたは、また そのような命令口調で わたしに強要するのですか?

わかりましたわァ。。。

では、たまには日本の歴史の話も読んでみてくださいなァ。

日本の古代史にも、興味深い不思議な、面白いお話がありますわァ。

次の記事から興味があるものをお読みくださいねぇ~。。。


天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

ところで、他にも面白い記事がたくさんあります。

興味のある方は次の記事も読んでみてくださいね。

 


(sunwind2.gif)


『宮沢りえと床上手な女』

『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』


(nopan05.png)

『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』

『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』


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『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』

『エリュトゥラー海案内記』

『伊藤若冲 ランブータン』

『知的快楽』


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『シャフリ・ソフタ』

『閨房でのあしらい』

『漱石とグレン・グールド』

『女性の性欲@ラオス』

『美学de愛と性』

『女の本音』

『にほん村からの常連さん』

『日本初のヌードショー』

『可愛い孫』

『ネットで広まる』

『なぜブログを書くの?』

『アルゼンチンから』

『潮吹き』

『ヨッパライが帰ってきた』


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『後家殺し』

『奇想天外』

『下女のまめは納豆』

『オペラミニ』

『三角パンツ』

『サリーの快楽』

『ラーメン@ゲブゼ市』

『安心できない@病院』

『ブルマー姿@自転車』

『女性の性欲研究』

『頭のいい馬』


(miya08.jpg)

『トランプ@マラウイ』

『きれじ』

『コッペパン』

『くだらない話』

『大蛇が破裂』

『グルーヴ』

『タスマニアデビル』

『女と反戦』

『裸女に魅せられ』

『素敵な人を探して』

『カクセンケイ』

『博士の異常な愛情』

『パレートの法則』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


(hand.gif)



(spacer.png+betty5de.gif)
(hiroy2.png+betty5d.gif)
『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

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Jagel - Soft Japanese Bagel
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■ “JAGEL – Soft Japanese Bagel”


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ジュンガル

 

ジュンガル

 


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ケイトー、今日は『津軽じょんがら節』の話をするわけぇ~?


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シルヴィーも、上の予告編を観て興味を持ったァ~?

なんだか、ワクワクするような映画じゃない。。。 でも、タイトルにはジュンガルと書いてあるじゃない!? どういうこと。。。?

あのねぇ~、実はバンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

遊牧民の時代の終わり

 


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『拡大する』

 

東アジアでは17世紀中ごろ、清朝が中国全土の主となりました。
一方草原地帯では、ジュンガルという遊牧国家が拡大を続けていました。

2000年にわたり続いてきた農耕民と騎馬遊牧民の戦いは、いよいよ最後の局面を迎えることになります。

清が銃や大砲を備えた歩兵の大軍で侵攻してきたのに対し、遊牧民であるジュンガルも、火気を用いて迎え討ちました。

しかし、火力の戦いは物量で決まります。
数億の人口を背景とした清に対抗する術はなく、ジュンガルは18世紀中ごろに滅び去りました。

ユーラシアを疾駆した遊牧民の時代は、こうして幕を閉じました。
しかし、このときにはすでに世界史の表舞台は内陸を離れ、海へと移っていたのでした。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


84ページ 『学びなおすと世界史はおもしろい』
著者: 太田竜一
2015年8月25日 初版発行
発行所: ベレ出版

『津軽じょんがら節』とは全く関係ないじゃない? それとも、何か関係があるわけぇ~?

何か関係があるんじゃないか? 「ジュンガル」という遊牧国家の名前を聞いたときに僕はそう思ったのですよ。。。

でも、そもそも、どういうわけでこの国を取り上げる気になったわけぇ~?

あのねぇ~、僕は世界史には、かなりの関心があるのですよ。。。 自分では「世界史オタク」だと思っている。。。

その事と「ジュンガル」が、特に関係があるのォ~?

上の本をすべて読んで、その中で自分の知らない国名や出来事は出てこなかったのですよ。。。 ただ一つを除いては。。。

その唯一つが「ジュンガル」だというわけぇ~?

そうです。。。 たぶん他の別名で知っているのではないか? そう思って『ウェキペディア』を調べたら、次のように書いてある。

ジュンガル

 


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    ジュンガル盆地

 

ジュンガル(準噶爾)は、17世紀から18世紀にかけて現在のジュンガル盆地を中心とする地域に遊牧民オイラトが築き上げた遊牧帝国、およびその中心となったオイラトの一部族。

オイラト部族連合に属し、一時期はオイラトの盟主となって一大遊牧帝国を築き上げた。
ジュンガル帝国の滅亡後、このような遊牧帝国が2度と生まれなかったため、最後の遊牧帝国とも呼ばれる。

 

名称

「ジュンガル」、「ジューンガル」とはモンゴル語で「左手、左翼」を意味するジェギュン・ガル (jegün-γar) からきている。
伝統的な遊牧国家は南面して中央、右翼(baraγun-γar、西方)、左翼(jegün-γar、東方)の三部構造をとっており、オイラトのドルベト (オイラト)(モンゴル語版、ロシア語版、中国語版、英語版)部政権において左翼(東方)を担っていた者たちが「ジュンガル」と呼ばれるようになった。

 

汗国という名称

ソ連のズラートキン(ロシア語版)(露: И.Я.Златкин)が著した『ジュンガル・ハン国史』(露: История Джунгарского ханства、1964年)を始めとして、ジュンガルの国をハン国(汗国)あるいはハーン国とする例が多いが、これは誤りである。

そもそもジュンガルの部族長の称号は「ホンタイジ」であり、「ハーン」ではない。
例外としてガルダン・ハーンのみが「ハーン」号を帯びているが、ジュンガルで「ハーン」号を使用したのは彼が最初で最後であり、他はすべて「ホンタイジ」号を採用している。

 

起源

エムチ・ガワンシャラブの『四オイラト史(ロシア語版)』(1737年)において、「ドルベト、ジューンガルの一族は天から出た。管(チョルゴ)状の樹の下に幼児がおり、その樹液を吸って育ったので、その子孫をチョロースという」とあり、ウイグルの誕生説話に類似していることから、ウイグルの後裔と考えられるが、その住地から考察してナイマン部族の後裔と推測される。

ジュンガルの系譜によると、15世紀にモンゴル高原の覇権を握ったオイラトのトゴン・タイシ、エセン・ハーンの後裔とされる。

 

ジュンガルの登場

1619年頃、モンゴルのハルハ部のアルタン・ハーンのウバシ・ホンタイジ(英語版)はロシア皇帝(ツァーリ。当時はミハイル・ロマノフ)に使節を送り、「カルムィクのカラクラ・タイシャがモンゴルとロシアの間にいて、使節の往来を妨げているので、カラクラ・タイシャの部族を両方から挟撃しましょう」と申し出た。

この「カルムィク」というのはテュルク語で「留まった者たち」を意味する「カルマーク (qalmāk)」がロシア側で訛った言い方であり、イスラム教に改宗しなかった「オイラト」を指す。
「カラクラ・タイシャ」というのはジュンガルの始祖である「ハラフラ(英語版)」を指す。

アルタン・ハーンの申し出はモスクワ当局によって却下されたが、1620年頃に攻めてきたオイラトのトルグート部,ジュンガル部をアルタン・ハーン自身で撃退した。
この時、ジュンガル部長であったハラフラは妻子を奪われ、他のオイラト諸部とともにシベリアのロシア領内に逃げ込んだ。

1623年、四オイラト(英語版)連合軍はハルハ部のアルタン・ハーンであるウバシ・ホンタイジを殺し、モンゴルの宗主権から脱した。
このことはオイラト語の英雄叙事詩『ウバシ・ホンタイジ伝』でも詠われている。

 

バートル・ホンタイジ

1636年、オイラトのホシュート部長トゥルバイフはチベット仏教ゲルク派の要請に応じて、青海に割拠するカルマ派のチョクト・ホンタイジを討伐した。

翌年、チョクト・ホンタイジを殲滅したトゥルバイフはダライ・ラマ5世から「持教法王」の称号を授かり、グーシ・ノミーン・ハーン(国師法王)となると、青海遠征に同行したジュンガル部長ホトゴチンに「バートル・ホンタイジ」の称号を授けて中央アジアのオイラトを任せるとともに、自らはチベットを統一してチベット王の位に就いた(1642年)。

中央アジアのオイラト諸部の盟主となったバートル・ホンタイジは、ロシアと盛んに使節を交わし、交易をおこなったため、ロシア史料に頻繁に登場することとなった。

 

ガルダン・ハーン

1653年、バートル・ホンタイジが亡くなると、息子のセンゲ(英語版)が領民の半分を相続して後継者となった。
しかし、センゲの異母兄たちはこれを恨んで相続争いを起こし、1670年にセンゲを殺害した。
時にセンゲの弟であるガルダンは13歳のころからチベットに留学していたが、10年の留学の末に帰国すると、兄の仇を討ってジュンガル部長となった。
1671年、ダライ・ラマ5世はジュンガル部を平定したガルダンに「ホンタイジ」の称号を授けた。

1675年、ガルダンは舅でホシュート部長であるオチルト・ハーン(中国語版、ロシア語版、英語版)と衝突し、翌年オチルト・ハーンを捕虜とした。
これにより、それまでオイラト部族連合の盟主であったホシュート部に代わり、ジュンガル部がオイラト部族連合の盟主となった。
ダライ・ラマ5世はガルダンに「持教受命王」の称号を授け、ゲルク派の擁護者として全オイラトのハーンに認定した。しかし、ジュンガル部でハーン位に就いたのは彼が最初で最後である。

1678年、ガルダン・ボショクト(受命)・ハーンはハミとトルファンを征服し、1680年にはカシュガル、ヤルカンド、ホータンといったオアシス都市を征服してタリム盆地を支配するモグーリスタンのハーンと黒山党(カラ・タグルク、イスハーキーヤ)のホージャをイリに幽閉した。

ガルダンは黒山党と対立する白山党(アク・タグルク、アーファーキーヤ)のホージャをヤルカンドに据えて毎年莫大な貢納を取り立てた。
こうしてタリム盆地を支配する一方、1681年以降西方遠征にも着手し、カザフ草原のカザフ人やキルギス人を攻撃した。
1684年にはタシュケントとサイラムを占領し、1685年にはアンディジャンに遠征した。

 

清との戦争

1688年、ガルダン・ハーンは東モンゴリア(外モンゴル)のハルハ部に侵攻を開始する。
ハルハ部の内紛に乗じてガルダンの弟を殺したハルハ左翼部のトシェート・ハーンを討つべく、モンゴル高原に侵攻した。
ガルダンは迎え撃つトシェート・ハーンを破り、仏教寺院エルデニ・ジョーと左翼のチェチェン・ハーンを攻撃、その地を略奪した。

トシェート・ハーンと弟のジェブツンダンバ・ホトクト1世は南の内モンゴルへ逃れ、清の康熙帝に庇護を求めた。
ガルダンは2人の引き渡しを要求したが、清が応じなかったため、遂に清と衝突することとなった。

ガルダンは南へ進軍中の1690年9月、北京北方300キロのウラーン・ブトン(ウラン・ブトン、ウランプトゥン、遼寧省赤峰市)で清軍と衝突する(ウラーン・ブトンの戦い)。
ジュンガル軍はロシア製の大砲を装備していたが決着がつかず、ガルダンは漠北へ退いた。

1693年にはハミのダルハン・ベク、アブド・アッラーらはジュンガルの搾取を嫌い、清に接近した。

またハルハ部のトシェート・ハーンらが康熙帝に臣従を誓ったため、モンゴル族すべてが清の支配下に入ることとなり、ハルハ部の故地を奪還するという大義名分を得た康熙帝は1696年、ジュンガル親征を開始し、ガルダンをジョーン・モド(チャオモード、昭莫多)で破った。

敗走したガルダンは1697年4月4日にアルタイ山脈北のコプトで病死した。
ガルダンの息子タンチラはハミに亡命したがアブド・アッラーによって捕らえられ、清に渡され、翌年ハミ地区は清の版図となった。


出典: 「ジュンガル」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

遊牧民オイラトというのは聞いたことがある。。。 確か、司馬遼太郎の西域の話の中に出てきたと思う。。。 でも、「ジュンガル」という言葉は記憶から完全に抜け落ちていたのですよ。。。

それで、この「ジュンガル遊牧国家」と『津軽じょんがら節』が関係あると思った理由はどういうことよ?

あのねぇ~、かつて僕は次の記事を書いたのですよ。。。


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聖徳太子の一族に

ペルシャ人が居たの?

 

ここで考えなければならないことは、これらの高度の文化を、一体、大和朝廷の誰が受容できたのであろうか?と言うことです。
語学の素養もない、外国文化に触れたこともない一般の官吏ではまず無理です。
つまり、これらの高度の文化を受け入れることができるのは語学の素養もあり、外国文化に触れたこともある東漢人(やまとのあやひと)や今来漢人(いまきのあやひと)などの渡来人です。

この人たちを掌握していたのは一体誰か?
蘇我氏です。
従って、蘇我氏の中にもまた語学の素養があり、外国文化に明るい人たちがたくさん居ないと、彼らを掌握し切れません。
このことからも、蘇我氏が渡来系の氏族であったということがよく分かります。

上に述べたような理由で蘇我氏のもとには渡来人がたくさん集まってきます。
渡来人の中には、もちろんペルシャ人も居ました。
当然のことながら、蘇我氏を頼って行ったでしょう。

ここで、前のページからの本題に入ります。
聖徳太子の母親はペルシャ人だったのか?

 


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当時ペルシャ人をハシ人と呼び、波斯人と書きました。
太子の個人教授の一人である覚袈(かくか)がペルシャ系の人ではないかという推測は、太子の母が穴穂部間人(あなほべのはしひと)と書かれている事と、大いに関係があります。
間人(はしひと)とは波斯人(はしひと)でペルシャ人のことではないか!と、言うわけです。

太子が赤い髪の毛をしていたと言う伝承があります。
この伝承に真実が隠されているのではないか?
もしそうだとするなら、太子の母親がペルシャ人であると言う事も決して荒唐無稽な事ではありません。

 


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聖徳太子の父は用明天皇、母は蘇我稲目の孫娘です。
この稲目の父は高麗(こま)で、高句麗からやってきたのですが、実はこの人がペルシャのサカ族の出身だと言う研究家も居ます。

しかし、そんな遠いところにペルシャ人を持ってゆかなくてもよいのです。
私はその説よりも、むしろ穴穂部間人の母親、つまり小姉君(おあねぎみ)がペルシャ人の血を受け継いでいるのではないか、とみています。

もし当時、ペルシャ人が日本へやってきて、どの一族を頼りにするかといえば、当然、飛ぶ鳥を落とす勢いの蘇我氏の元を訪れたことでしょう。
その頃、渡来人を掌握していたのが蘇我氏だからです。
ペルシャ人の中には、蘇我氏との絆を確固なものにするために、蘇我稲目に娘を側室として差し出す親も現れたでしょう。
そのようにして穴穂部間人が生まれた、と考えるわけです。

小姉君の父はたしかに稲目なのですが、母親の出自について日本書紀は沈黙しています。
なぜ沈黙する必要があるのか?
その答えを出すには誰が日本書紀を書いたかが分かれば簡単です。

天武天皇の息子の舎人親王が編集長だったと言うように書かれていますが、彼はむしろ発行人であり、実際に編集に当たっていたのは藤原不比等です。
藤原氏は、元、中臣氏ということで、日本古来の氏族となっていますが、不比等のおじいさんの御食子(みけこ)は百済からやって来ました。
従って、自分たちが「よそ者」であるということを書きたくなっかたように、穴穂部間人の出自についても沈黙していたのです。

では、なぜ、不比等は自分の名前を編集長として書紀に書かなかったのか?
それには、これまた事情があります。
そのことについてはこのページ (『壬申の乱』は天智帝暗殺で始まった) で説明しています。

しかし、この説を採ると、飛び越えねばならないハードルがあります。
どういうことかというと、実は、小姉君の母親が物部氏出身と思える節があるのです。

というのは、当時の皇子・皇女は一定の年齢まで母方の実家で養育されるのが普通でした。
そして育った土地の名前をつける慣習がありました。
飛鳥で育った大王の娘なら飛鳥皇女と呼ばれるわけです。

すると穴穂部間人皇女の穴穂も地名に由来することになります。
大和周辺に穴穂の地名は河内と奈良の石上にあります。
皇女がどちらで育ったか分りませんが、どちらも物部氏の領地なのです。

つまり小姉君は蘇我稲目の娘であると同時に、物部氏の娘でもあったのです。
しかも穴穂部間人皇女は物部の土地で成長しました。

しかし、ご存知のように、仏教をめぐって蘇我氏と物部氏は対立し、それまでの史上最大の戦闘を繰り広げました。
したがって、このようなことがあり得るだろうかと、あなたは疑問に思うかもしれません。

ところが、それ以前、朝廷で権力を握っていた大伴氏を退けるため、蘇我氏と物部氏は手を握り合ったことがあります。
どういうことかというと、小姉君は、蘇我氏と物部氏が宮中で勢力を伸ばす方策として、互いに婚姻関係を結んでいた当時の産物ということになります。
「友情の証」として、蘇我稲目かあるいは彼の父親の高麗が自分の側室の中から美しいペルシャ人の娘を物部の氏の長者に与えたのでしょう。

このようなことは、この当時よくあることでした。
軽皇子(後の孝徳天皇)が小足姫(おたらしひめ)を中臣鎌足(藤原鎌足)に与えたのもこのような例です。
このことについては、このページ (藤原鎌足と軽皇子) で述べています。

そのお返しに、今度は、物部氏がペルシャ人の女性から生まれた娘を蘇我稲目の側室として与えたわけです。
その娘から生まれたのが小姉君だというわけです。

したがって、小姉君の体内にはペルシャ人の血が4分の1流れていたわけです。
彼女の娘が穴穂部間人皇女です。
確証があるわけではありませんが、これが事実とするならば、聖徳太子には、16分の1のペルシャ人の血が流れていたことになります。
太子が赤い髪の毛をしていたという伝承は、このことによって説明がつきます。

また、後に推古天皇を生む堅塩媛(きたしひめ)と小姉君の間の確執も、このことによっていっそう良く理解することができます。
つまり、この腹違いの姉妹は共に欽明天皇の後宮に入ります。

ところが、若くてきれいな小姉君へと天皇の愛は傾いてゆきます。
それも分かるような気がします。
エキゾチックなペルシャ人の血を引いている小姉君は、天皇の目には、さぞかし魅惑的に映ったことでしょう。

しかし、堅塩媛(きたしひめ)にしてみれば我慢のならないことです。
このようなことを身近に見て来た娘の豊御食炊屋姫(とよみけかしきやひめ)も、当然、この混血児の叔母のことを良く思うはずがありません。
母親からずいぶんとグチをきかされたことでしょう。
この豊御食炊屋姫が推古帝です。

推古天皇は、後年、この小姉君の血を引き継いでいる皇子(聖徳太子も含めて)が天皇になることを極力避けようとしています。
推古帝の身になってみると、2重の意味でこのような皇子を排除したかったでしょう。
先ず「よそ者」の血が流れているということ。

しかも、この混血児の叔母のために、自分の母親がつらい目にあってきたということ。
このように考えてゆくと、つまり小姉君にペルシャ人の血が流れているとすれば、このあたりの事情が非常にすっきりと説明できます。

しかし、これだけに止まりません。
なぜ、聖徳太子は厩戸王子と呼ばれたのか?

母親の穴穂部間人皇女が宮中を見回るうちに、馬屋の前で産気づき、そこで出産したからという逸話が日本書紀などに見られます。
これはキリストの生誕を彷佛とさせます。
しかし、納得ゆくような説明が見当たりません。

ここで、聖徳太子の母親にペルシャ人の血が混じっていたこと、また彼女の回りにペルシャ人を含めて、多くの渡来人が居たことを考えると、このことも、非常にうまく説明がつきます。
では、次のページでもっと詳しくこのことを見て行こうと思います。


『聖徳太子の家庭教師』より
(2008年7月15日)

つまり、聖徳太子の一族にペルシャ人が居たので、キリストの伝説を知っていた。。。 それで聖徳太子は厩戸王子と呼ばれるようになった、というわけねぇ~。。。

そういうわけです。。。

でも、その事と「ジュンガル」がどのように関係しているというわけぇ~?

「ジュンガル遊牧国家」が清によって滅ぼされたので、その難民が中国の北方地方を経由して日本に流れてきたのですよ。。。 ベトナム難民が日本へやって来たこともあるので、可能性がないわけではない。。。

 


(boat001.jpg)

 

ベトナムから難民がやって来たのだから、清に敗れた「ジュンガル遊牧国家」から難民が日本へ逃れてきても可笑しくないわねぇ~。。。 それで。。。?

つまり、清に滅ぼされた「ジュンガル遊牧国家」の難民の一部は中国の北方の草原の道を通って最終的に津軽に到着したのです。。。

 


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要するに、『津軽じょんがら節』は、もともと清に滅ぼされた「ジュンガル遊牧国家」の難民の哀愁の歌が基になっている。。。 それで なまって「津軽ジュンガル節」が「津軽じょんがら節」になったというわけねぇ~。。。?

そういうことですよ!

。。。で、日本の学界ではケイトーの説は認められたわけぇ~?

もちろん、認められてません。。。

事実はどうなのよ。。。?

かつて、『津軽じょんがら節』の事で僕が記事を書いたので読んでください。。。

“たかが音楽、されど音楽、

 それ以上でも以下でもない。”

 

津軽じょんがら節は津軽民謡の代名詞のようなものですが、
元は新潟・十日町市の「新保広大寺」という唄だと言われています。

これは広大寺の和尚・白岩亮端の時代に起きた農地の耕作権をめぐる土地争いが原因で、
広大寺の和尚を追い出すために歌った「悪口唄」でした。

それが越後で大流行し、やがて越後瞽女(ごぜ)のレパートリーとなります。
これが全国に流行するのですが、それが津軽化したものが「じょんがら節」です。

津軽でも民衆の心に長く記憶される事件が起こりました。
慶長2(1597)年、南津軽郡浅瀬石城主・千徳政氏が、大浦為信に滅ぼされたのです。

しかし、政氏の死後も為信は追討をやめず、ついに政氏の墓まで暴こうとします。

 


(joue006.jpg)

 

その戦いで炎上した千徳氏の菩提寺・神宗寺の僧・常椽(じょうえん)は、
それを抗議する意味をこめて本尊を背負って、
上川原に身を投げたと言います。
すさまじい話なんですよね。
こうした悲劇を歌った口説節が、じょんがら節であると言います。

つまり、民衆の中から沸き起こった歌なんですよね。
11代にわたって津軽の東の山根に繁栄した千徳家が滅亡。
落城とともに神社・仏閣がすべて焼き払われる。

この時千徳家代々の菩提寺である神宗寺に奉仕していた常椽和尚が、
先祖代々の位牌を背負って逃げた。

ところが、捕らえられそうになったので
白岩の断崖から浅瀬石川(上川原)に身を投じて一生を終えたのです。

年を経た夏に、川原で遊んでいた子供達が常椽和尚の変わり果てた遺体を砂の中にみつけ、
村人が相談して墓をつくり、ねんごろに弔ったと言われています。

その後、その場所を常椽川原(じょうえんがわら)と呼ぶようになったそうです。
それから毎年、お盆には常椽川原に集まり供養をし、
代々の城主をはじめ先祖の霊を慰め、
常椽和尚を偲ぶために即興で歌われたのが「津軽じょんがら節」の始まりだと言われています。

常椽川原もいつしか上川原(じょうがわら)となり、更には「じょんがら」と言われるようになったわけです。

つまり、“民衆の創造性”から生まれた唄というものは、
もともとのクラシックのようにorder-madeではなかったのですよね。

民衆の中から沸き起こった歌。
血と汗と涙。。。
そのような苦労の中で民衆の口により歌い継がれて現在の我々にまで知られるようになった。

現在の僕が、あれだけハマッタ“乙女の祈り”を聞いてもジーンとこないのに、
“津軽じょんがら節”を津軽三味線で聴く時、僕の魂はゆさぶられる。
それは、やはり、この唄が血と汗と涙の中で民衆によって受け継がれてきたからではないのか?

芸能プロダクションがミーハーの歌手を育てて広めたわけでもない。
そうやって金儲けをするために歌われてきたわけではない。

テレビやラジオで宣伝して広めたわけでもない。
演奏会や、音楽会を開いて広めたわけでもない。
紅白歌合戦があったわけでもない。
レコード会社が儲かるからと言ってレコードに録音したわけでもない。


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  太田将宏

 

私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。

しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。

この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えない、という気持ちである。

つまり、太田さんが言うところのこの汚染されきった世界こそ、
すぐ上に書いた芸能プロダクションであり、
テレビやラジオの功利主義であり、
演奏会や音楽会の商業主義であり、
紅白歌合戦と言う馬鹿騒ぎであり、
レコード会社の儲け主義ではないだろうか?

僕が“津軽じょんがら節”を聴いて魂をゆさぶられるのは、
“民衆の創造性”に僕の心の琴線が触れたからだと僕は信じています。

本尊を背負って、上川原に身を投げた常椽(じょうえん)和尚の無念な気持ち。
その和尚に同情を寄せる村人たち。
その中で和尚を悼(いた)み偲ぶ唄が生まれ、その悲劇と共に民衆に歌い継がれてゆく。
僕は、このような悲劇のことは何も知らない。

しかし、その悲劇性と、農民の気持ちが、この歌の響きの中に、旋律の中に込められている。
そして、その唄が津軽三味線で奏(かな)でられるとき、僕の魂をゆさぶる。

そういうことだと思うのですが。。。
あなたはどう思いますか?

次のリンクをクリックして、柴田三兄妹の“津軽じょんがら節”を聴いてみてください。


『ん? クラシックと津軽じょんがら節?』より
(2006年7月9日)

つまり、常椽和尚を偲ぶために即興で歌われたのが「津軽じょんがら節」の始まりだったのねぇ~。。。

そういうことのようです。。。 でもねぇ~、僕は『津軽じょんがら節』を聴くと、清に滅ぼされた「ジュンガル遊牧国家」の難民が、はるばる 草原の道 をたどって津軽にたどり着いて歌った哀愁の唄声が聞こえるのですよ。。。


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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

デンマンさんは自分で記事を書いていながら、すっかり忘れていたようですわァ~。。。

ええっ。。。 「そんなことは、どうでもいいから、他に、もっと楽しいことを話せ!」

あなたは、そのように強い口調で私に命令するのですか?

分かりましたわ。

シルヴィーさんが出てくる面白い記事は たくさんあります。。。

次の記事の中から面白そうなものを選んで読んでください。


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『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』

『真紀子落選(2013年1月14日)』

『野火(2013年1月18日)』

『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』

『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』


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『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

『その検査、ムカつく!』

『宮沢りえと床上手な女』


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『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』

『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』


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『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』

『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』

『やっぱり、セックス』

『セックス風呂具村』

『CIAの黒い手再び』


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『アダムとイブは何を食べたの』

『舞踏会 明子』

『波乱の人生』

『国際化だよね』

『イングナさんを探して』

『美しい日本語 チェーホフ』

『横の道@ニコライ堂』

『また塩野七生批判』

『日航スチュワーデス』


(cleopara2.jpg)

『クレオパトラ@塩野批判』

『テルモピュライの戦い』

『思い出の蓮』

『角さんと天罰』

『ラーメン@リガ』

『角さんと天罰がなぜ?』

『南京事件と反知性主義』

『あけびさんの卒論』

『愛は降る星の彼方に』

『サイバー戦争』

『エロくて、ごめんね』

『モバイル社会とガラケー』

『元老のアメリカ』

『ケネディ家の呪い』

『欧米を敵に回す』

『ソフィアからこんにちわ』

『ドイツが原爆をロンドンに』

『いまだに謎』

『さらば大前研一』


(superm3.jpg)

『空飛ぶスパイ』

『愛情はふる星@ベトナム』

『ヒラリーと塩野七生』

『ケネディ夫人@インドネシア』

『究極の大前研一批判本』

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『女に文句を言う女』

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『アンネの運命』

『10次元の世界』

『ポーランドの犬』

『熟女ヌード@デンマン』

『ロッキード事件の真相』

『政府と役人と嘘』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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Jagel - Soft Japanese Bagel
(bagel702.jpg)

■ “JAGEL – Soft Japanese Bagel”


(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


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■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』


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禁断の愛

 

禁断の愛

 

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デンマンさん。。。、どないなわけで 禁断の愛 というタイトルにしやはったん?


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ちょっと次のリストを見て欲しいねん。。。

 


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『拡大する』

『禁忌の愛を探して』

 

これはライブドアの わての「徒然ブログ」の日本時間で9月14日の午前4時53分から翌日15日の午前2時20分まで約21時間半の「生ログ」の一部やねん。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。。。 

あらっ。。。 わたしの「即興の詩」サイトから あんさんが「徒然ブログ」に投稿しやはった『禁忌の愛を探して』を9月14日の午前4時53分に読みはったネット市民がいたのやねぇ~。。。

そういうことやがなァ~。。。

 


(liv70511e2.jpg)


『拡大する』

『禁忌の愛を探して』

 

。。。で、もしかしてリストの写真の女性が読みはったん?

 


(girl206e.jpg)

 

そういうことやァ~。。。 さいたま市に住んでおる金城真奈美 (きんじょう まなみ)さんが読みはってん。。。

あんさんは、またIPアドレスを調べて真奈美さんがアクセスしたことを突き止めはったん?

そうやァ~。。。

 


(ip138131b.png)

 

。。。で、赤いアンダーラインが引いてあるリファラをクリックすると どのページが出てきよるのォ~?

次のページやがなァ~。。。

 


(mer31028e2.png)


『拡大する』

『実際のページ』

 

あらっ。。。 わたしが2013年10月28日に投稿した『不思議な感じで未来がやってきた』のページですやん。。。

そういうことやがなァ~。。。 最新トラックバックから  禁忌の愛を探して  をクリックして読みはったわけやァ~。。。

。。。で、真奈美さんはさいたま市で何しておるのォ~?

実は、さいたま市緑区にある浦和大学の総合福祉学部で社会福祉士になる勉強をしておるねん。。。

 


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浦和大学で社会福祉士になる勉強をしておる真奈美さんが、どないなわけで『禁忌の愛を探して』を読みはったん?

あのなァ~、真奈美さんは最近「禁忌の愛」の歴史に興味を持ったのやがなァ~。。。

「禁忌の愛」の歴史。。。?

そうやァ~。。。 平安時代や、さらに奈良時代にさかのぼって「禁忌の愛」について調べてみようと思い立ったわけやァ。。。

そいで、『禁忌の愛を探して』を読みはったん?

そないなわけやァ~。。。

記事の中で真奈美さんは興味を満たしてくれるエピソードを見つけやはったん?

見つけたのやがなァ~。。。 めれちゃんも読んでみたらええやん。。。

恬子(やすいこ)内親王の事は書いてある!


(lotus68b.jpg)

 

『伊勢物語』の第69段の最後には、「斎宮は水の尾の御時、文徳天皇の御むすめ、惟喬の親王の妹」と記されているのですよ。この斎宮になった妹は恬子内親王以外には居ないのです。

あらっ!ちゃんと書いてあるのですわね?

レンゲさん、とぼけないでくださいよ。この資料はレンゲさんが持ち出してきたのですよ。

そうだったかしら?

やだなあああぁ~。。。次の記事の中でレンゲさんと対話している時にレンゲさんが持ち出したのですよ。

■ 『年上の女の情念 (2007年1月21日)』

もう1年以上も前の事ですわ。言われて思い出しましたけれど、すっかり忘れていましたわ。

とにかく、上の説明の中で最も重要な事は「藤原道長の時代に公けの場で語られ」たと言う事ですよ。

つまり、今風に言えば、国会、あるいは予算委員会の場で議論されたという事になるのですね?

その通りですよ。公の場で語られるほどに、恬子(やすいこ)内親王が斎宮であった時に子供を身ごもった事実が公然の秘密になっていたと言う事ですよ。単なる御伽噺(おとぎばなし)やうわさを国会や予算委員会で取り上げたら、その国会議員は笑いものになってしまうでしょうね。その事を考えれば、「斎宮懐妊事件」は当時でも知る人ぞ知る「某重大事件」になっていた事が、このような資料から充分に理解できるのですよ。

つまり、デンマンさんは斎宮寮の記録は意図的に抹消された可能性があるとおっしゃるのですか?

そうですよ。だから当時の記録には、在原業平(ありわらのなりひら)が狩の使で伊勢に派遣された事が記載されてないのですよ。

そうでしょうか?

記録が抹消されたにもかかわらず、なぜ恬子(やすいこ)内親王と在原業平の関係が伊勢物語の中で語られているのか?

なぜですの?

語って世に伝えなければならないと考えた人が居たからですよ。

その人とは。。。?


『愛と真実 (2008年2月21日)』より

 

つまり、ラウさんは恬子内親王に興味を持ったのですわねぇ~。。。

そうです。。。

恬子内親王(やすいこないしんのう)


(seisho05.gif)

 

生まれは848年頃
延喜13年6月18日(西暦913年7月24日)に亡くなる。
第31代伊勢斎宮。
父は文徳天皇、
母は更衣・紀静子。
同母兄に惟喬親王がいる。

貞観元年(859年)、清和天皇の即位にともなって斎宮に卜定
貞観3年(861年)に伊勢に下る。

『三代実録』によると、発遣の儀は天皇自身ではなく、
右大臣の藤原良相が代理であたったという

貞観8年(866年)2月、母親の静子更衣が亡くなるも退下の宣勅は下りず
貞観18年(876年)、清和天皇が陽成天皇に譲位したことにより、ようやく斎宮を退下。

翌元慶元年(877年)4月、妹・珍子内親王を亡くす
恬子内親王本人は比較的長命だったらしく、その後、陽成天皇以下三代の天皇が交代し、醍醐天皇の治世まで生きた。

古典『伊勢物語』において、一説には書名の由来ともされる人物。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

「卜定(ぼくじょう)」と言うのは、亀の甲羅(こうら)を火であぶって、ヒビ割れのしかたを見て占うものです。これによって誰を斎宮にするか選んだ。

この卜定に何か問題があるのですか?

全く無いとは言えないのですよう。

どう言うことですか?

右大臣の藤原良相(よしみ)は、早くから恬子内親王を“危険人物”だと見ていたようです。

“危険人物”って、どう言うことですかァ~?

この藤原良相の経歴を読むと分かりますよ。

藤原良相(よしみ)

弘仁4年(813年)に生まれる。
貞観9年10月10日(西暦867年11月9日)に亡くなる。
父は藤原冬嗣、母は藤原美都子。
兄弟に長良、良房らがある。
号は西三条大臣。

834年(承和元年)に蔵人になる。
承和の変に際して近衛兵を率いて兵仗を収める。
848年(嘉祥元年)に参議、右大弁などを経て、851年(仁寿元年)従三位中納言となり、857年(天安元年)右大臣となる。

清和天皇に娘の多美子を入内させ、また周囲からの人望も厚かったことから、政権の首座にあった兄良房からは常に警戒される存在であった
866年(貞観8年)の応天門の変に際し、伴善男(とものよしお)の告発を受け一旦は左大臣源信(みなもとのまこと)の逮捕命令を下すが、信の無実を訴えた良房によってこれを阻止され、以降は影響力を失った。
翌867年(貞観9年)に死去。贈正一位。

今昔物語集に収録された説話の中では、一旦病を得て死去し地獄で閻魔大王の目前に引き据えらるが、小野篁(おののたかむら)の執り成しによって赦され冥界から帰還した、と記されている。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

藤原良相は自分の娘を清和天皇に差し出したのですよ。つまり、娘が天皇の子供を身ごもって男の子が生まれれば、自分は外祖父として権力が握れる。そう言う考えを持っていた。だから、時の権力者だった兄の藤原良房からは常に警戒される存在だったのですよ。

でも、その事と恬子内親王と、どのような関係があるのですか?

やだなあああぁ~。。。惚(とぼ)けないでくださいよ。知能指数が140もあるレンゲさんに分からないはずが無いでしょう?藤原良相の目から見れば恬子内親王は自分の娘のライバルですよ。

つまり、藤原良相は自分の娘を天皇に嫁がせるために、できるだけ候補者を少なくしようとしたと。。。

そうですよ。そのためには美しくて聡明で将来娘のライバルとなるような娘は都から遠ざけるに限るのですよ。それで、藤原良相は恬子内親王を斎宮として伊勢へ閉じ込めてしまったのですよ。。。上の経歴を読むと、そう考えるのがごく自然ですよ。

それはデンマンさんの個人的な見解だと思いますわ。

分かりました。では、僕の個人的な見解ではない事を語りましょう。

どう言う事ですか?

上の経歴を読むと不自然な事が書いてあるのですよ。

不自然な事ですか?

そうですよ。

貞観8年(866年)2月、

母親の静子更衣が亡くなるも

退下の宣勅は下りず

慣例では、母親が亡くなった場合には斎宮は勤めを辞める事ができたのですよ。それが慣(なら)わしだった。実際の例を次に書きますよ。

徽子女王(よしこじょおう)

延長7年(929年)に誕生。
寛和元年(985年)に亡くなる。
歌人。醍醐天皇皇孫。

承平6年(936年)、時の斎宮斉子内親王(醍醐天皇皇女)の急逝により、8歳で伊勢斎宮に選ばれる。
天慶元年(938年)、10歳で伊勢へ下向。
この時の発遣の儀(出発前の儀式)は朱雀天皇が物忌中のため、外祖父の摂政忠平が執り行い、また群行には長奉送使(斎宮を伊勢まで送り届ける勅使)として伯父の中納言藤原師輔が同行した。
天慶8年(945年)、母の死により17歳で退下、帰京。

天暦2年(948年)、叔父村上天皇に請われて20歳で入内し、同3年(949年)女御の宣旨を受ける。
局を承香殿としたことから承香殿女御、また父重明親王の肩書から式部卿の女御などと称されたが、前斎宮であった故の「斎宮女御」の通称が最もよく知られている。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

天皇の娘ならば“内親王”と呼ばれるのだけれど、この女性は醍醐天皇の娘ではなく孫娘だった。それで女王と呼ばれているのです。この女性の経歴を見れば分かるように「母の死により17歳で退下」と書いてあります。これが慣(なら)わしだったのですよ。

なぜ、恬子内親王はお母さんが亡くなったのに斎宮を辞める事ができなかったのですか?

だから、藤原良相が辞めさせなかったのですよ。

なぜ。。。?

徽子女王の経歴を見てくださいよ。お母さんが亡くなったので17歳で斎宮を辞めて京に戻ったのですよ。すると、叔父の村上天皇に請われて20才で入内した、と書いてある。つまり、村上天皇の妻の一人になったのですよ。

お母さんが亡くなった時、恬子内親王は18才ですよね?。。。と言う事は、恬子内親王が斎宮を辞めた場合、天皇が内親王を妻の一人として招くかもしれない。藤原良相は、その事を心配して恬子内親王を斎宮のままにしておいたのですか?

その通りですよ。とにかく藤原氏以外の女性に天皇が子を産ませる事を藤原氏は極力避けていたのですよ。恬子内親王は紀氏出身ですからね。

つまり、紀氏は藤原氏のライバルだったのですか?

そうですよ。この当時、紀氏の中から優秀な人が出始めていたのですよ。

紀氏を退けようとする動きが実際にあったのですか?

あったのですよ。「応天門の変」と言う政治事件があったのですよ。

応天門の変


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応天門の変(おうてんもんのへん)は、平安時代前期の貞観8年(866年)に起こった政治事件である。

大納言・伴善男(とものよしお)は左大臣・源信(みなもとのまこと)と不仲であった。
源信を失脚させて空席になった左大臣に右大臣の藤原良相がなり、自らは右大臣になることを望んでいたともされる。

応天門が放火され、大納言・伴善男は左大臣源信の犯行であると告発したが、太政大臣・藤原良房の進言で無罪となった。
その後、密告があり伴善男父子に嫌疑がかけられ、有罪となり流刑に処された。
これにより、古代からの名族伴氏(大伴氏)は没落した。
藤原氏による他氏排斥事件のひとつとされている。

藤原良相は源信の逮捕を命じて兵を出し、邸を包囲する。放火の罪を着せられた左大臣・源信家の人々は絶望して大いに嘆き悲しんだ。

参議・藤原基経(もとつね)がこれを父の太政大臣・藤原良房に告げると、驚いた良房は清和天皇に奏上して源信を弁護した。
源信は無実となり、邸を包囲していた兵は引き上げた。

朝廷は伴善男らを応天門の放火の犯人であると断罪して死罪、罪一等を許されて流罪と決した。
伴善男は伊豆国、伴中庸は隠岐国、紀豊城は安房国、伴秋実は壱岐国、伴清縄は佐渡国に流され、連座した紀夏井らが処分された。
また、この処分から程無く源信・藤原良相の左右両大臣が急死したために藤原良房が朝廷の全権を把握する事になった。

この事件の処理に当たった藤原良房は、伴氏・紀氏の有力官人を排斥し、事件後には清和天皇の摂政となり藤原氏の勢力を拡大することに成功した。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

この事件は結局、藤原良房に“漁夫の利”をもたらす事になったのですよ。伴氏・紀氏ばかりか、ライバルの藤原良相を退(しりぞ)ける事もできた。また、そうなるように藤原基経(もとつね)が裏で動いていたのが見えてきますよ。結果として藤原良房は、伴氏・紀氏の有力官人を排斥し、事件後には清和天皇の摂政となり藤原氏の勢力を拡大することに成功したのですよ。

『伊勢物語』の中に登場する藤原高子(たかいこ)の兄がこの藤原基経ですか?

そうですよ。在原業平と藤原高子が駆け落ちするのですよ。その妹を連れ戻しに来るのが兄であるこの藤原基経ですよ。つまり、この基経は政略・陰謀に長(た)けていて裏で動き回るだけでなく、恋路(こいじ)の邪魔をする男としても伊勢物語の中に書かれてしまっているのですよ。

でも、この「応天門の変」と恬子内親王は関係があるのですか?

なさそうに見えるでしょう?。。。ところが、関係があるのですよ。この事件に連座して処分を受けた紀夏井(きのなつい)を調べると次のような事が分かるのですよ。

紀夏井(きのなつい)

生没年未詳。
天安2年(858年)に讃岐守、貞観7年(865年)には肥後守に任じ、いずれの任国においても善政を施し領民に慕われた。
その一方、能書家しても名高く、特に楷書の分野においては聖とまで言われるほどの才能を発揮した。
さらに囲碁の分野でも名人として名を馳せるなど、多様な才能を持つ能吏として、中央においても徐々にその名を浸透させていった。

862年(貞観4)、任期満了の処、讃岐国百姓等の懇望により讃岐守を2年延任。
865年(貞観7)1月27日、肥後守に任官。
866年(貞観8)9月22日、応天門の変の罪人との血縁から連座の適用を受け土佐国へ配流となる。
異母弟の紀豊城(きのとよき)が首謀者の一人として逮捕される。
夏井もこれに連座し、官職を解かれて土佐国に配流となった。
その後の詳細は分かっていないが、配所で没したと言われている。

土佐国へ護送中、肥後国百姓等は肥後国外への移送を拒もうとしたり、讃岐国百姓等は讃岐国内から土佐国の境まで付き随い別れを惜しんだという。

【逸話】

紀夏井が讃岐守の任期を終えて二十余年後に、菅原道真が讃岐守として赴任するが、讃岐国の百姓は紀夏井の善政を忘却していなかったため、道真は紀夏井と比較され国政運営で難渋したという。

中央・地方を問わず人望のあった彼の失脚は、武内宿禰(たけのうちのすくね)以来の名家である紀氏(きし)の政界における没落を決定的なものとした。
この事件の後、同氏は宗教界や歌壇において活躍する氏族となっていく。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

どのように読んでも、この紀夏井と言う人物は素晴しい人なんですよね。この人は事件とは全く関係ないのですよ。でも、異母弟の紀豊城(きのとよき)が首謀者の一人として逮捕されたために、血のつながりがあると言うだけで逮捕されてしまった。つまり、有能な人物を退けるための口実ですよ。紀夏井が凡人でアホだったら逮捕される事は無かったでしょう。

そうでしょうか?いくらなんでも、藤原氏がそれ程ひどい事はしないと思いますが。。。

現代人にはそう思えるかもしれないけれど、この当時は、そうすることがむしろ常識だったのですよ。

でも、人には良心があるでしょう?

その当時の良心とは、家系を守ると言うことに尽きたのですよ。なにしろ藤原氏にはバイブルが伝わっていますからね。

なんですの?。。。そのバイブルって。。。?

ここで書くと長くなるので次のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


(machiavelli.jpg)

■ 『あなたもビックリ、マキアベリもビックリの藤原氏のバイブルとは。。。?』

でも、これほど酷(ひど)いのでしょうか?

それが、この当時の藤原氏の常識ですよ。だからこそ、上のような事件が起きるのですよ。陰謀が渦を巻いている。その渦の中心に藤原基経がいた。。。。で、漁夫の利を得るのが父親の藤原良房ですよ。僕はこのように見ているのですよ。

紀夏井と言う人は、確かに素晴しい人だったようですよね。でも、同じ紀氏出身と言えども恬子内親王は皇族ですよね。内親王の身の回りでは、そのような理不尽な処分を受けた人は居ないのでしょう?

それが居るのですよ。

誰ですか?

恬子内親王の妹に、上の経歴の中にも書いてあるけれど、珍子(よしこ)内親王という女性が居るのですよ。この女性は恬子内親王が29才の時に無品で亡くなっているのですよ。

無品ってどう言う事ですか?

つまり、官位を与えてもらえなかったのですよ。

それって重要なものですか?

重要なものだったのですよ。今だって“あの人は品の無い人だ”という言い方があるでしょう? レンゲさんだって“品の無い女だ!”なんて言われたくないでしょう?

もちろんですわ。

この“品”と言うのは官位の“品”から派生したのですよ。あの聖徳太子が制定したと言う官位ですよ。平安時代になると臣下の場合には正一位とか従五位のように呼ばれたものなのですよ。でも、皇族の場合には一品(いっぽん)、二品(にほん)、三品(さんぽん)、四品(しほん)と呼ばれた。

それで、品が無いままで亡くなるのは異常な事ですの?

かなり異常ですよ。ちょっと、次の事件を読んでみてください。

神護景雲3(769)年5月の巫蠱(ふこ)事件


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この事件では、県犬養姉女(あがたいぬかいのあねめ)らが不破内親王(ふわないしんのう)のもとで氷上志計志麻呂(ひかみのしけしまろ)を皇位に就けようとする巫蠱厭魅(ふこえんみ)を行った。
称徳女帝(かつての阿部内親王)の髪を盗んできて、佐保川の髑髏(ドクロ)に入れて呪詛(じゅそ)するという、おぞましいものだった。

この事件のあと、不破内親王は「厨真人厨女(くりやのまひとくりやめ)」と名前を改めさせられて京外に追放された。
つまり、“台所で働く下女”という名前に変えさせられたと言うわけです。

姉妹喧嘩も、ここまでやると滑稽になってきますよね。
不破内親王に対する永年の冷遇は、このような事件が原因だと言われています。

実際、史実を見てみると、不破内親王が初めて官位を授かるのが、天平宝字7(763)年です。
実に41才の時で、親王位としては最低の四品です。

ちなみに、同腹の姉の井上内親王は天平19(747)年、31才の時に二品を授かっています。
待遇の違いが歴然としています。


『愛と憎しみの原点?(2006年6月9日)』より

不破内親王というのはあの有名な道鏡と肉体関係を持ったのではないか?と疑われている称徳女帝の腹違いの妹です。この妹が姉を逆恨みして起こした事件と言うのが真相のようです。しかし、この不破内親王は“台所で働く下女”と言う汚名まで着せられたのに、41才の時に親王位としては最低の四品をもらっているのです。

でも、恬子内親王の妹の珍子(よしこ)内親王はもらってないのですか?

何も悪い事をしていなかったのに、母親が紀氏出身だったのでもらえなかったのですよ。文字通り“品が無い女”として死んでいったのですよ。

でも、死後に追贈する事ができるでしょう?

担当の者が追贈すると、時の権力者に睨まれてしまうから、珍子(よしこ)内親王に四品を追贈したくてもできなかったのでしょうね。応天門の変では、何の罪も無い紀夏井までが、ただ紀氏の血縁だったと言うだけで官職を解かれて刑罰に服したのですからね。。。

つまり、紀氏に同情する者や組する者は徹底的に排除されたのですね?

そうですよ。紀氏の中には珍子(よしこ)内親王や紀夏井を含めて、恨みを呑んで死んでいった者がたくさん居るのですよ。

つまり、そのような人たちが怨霊になって祟(たた)りを引き起こすと思われたのですね?

怨霊信仰


(majo.gif)

 

非業の死を遂げたものの霊を畏怖し、
これを融和してその崇りを免れ安穏を確保しようとする信仰。

原始的な信仰では死霊はすべて畏怖の対象となったが、わけても怨みをのんで死んだものの霊、その子孫によって祀(まつ)られることのない霊は人々に崇りをなすと信じられ、疫病や飢饉その他の天災があると、その原因は多くそれら怨霊や祀られざる亡霊の崇りとされた。

『日本書紀』崇神天皇七年・・天皇が疫病流行の所由を卜して、神託により大物主神の児大田田根子を捜し求めて、かれをして大物主神を祀らしめたところ、よく天下大平を得たとあるのは厳密な意味ではただちに御霊信仰と同一視し難いとはいえ、その心意には共通するものがあり、御霊信仰の起源がきわめて古きにあったことを思わしめる。

しかし一般にその信仰の盛んになったのは平安時代以後のことで、特に御霊の主体として特定の個人、多くは政治的失脚者の名が挙げられてその霊が盛んに祭られるようになる。

その文献上の初見は『三代実録』貞観五年(863)「所謂御霊者 崇道天皇(早良親王)、伊予親王、藤原夫人(吉子)及観察使(藤原仲成か)、橘逸勢文室宮田麻呂等是也。・・・」ものと注せられているが、この六所の名については異説もあり、後世さらに吉備大臣(真備)ならびに火雷神(菅原道真)を加えてこれを八所御霊と呼ぶようになった。・・・」


SOURCE: 国史大辞典

その通りですよ。だから、怨みをのんで死んだ者の霊をその子孫が祀って御霊(みたま)を鎮(しず)めてあげなければならないのですよ。

つまり。。。つまり。。。そのようにして紀氏の怨霊の御霊(みたま)を鎮(しず)めた人が『伊勢物語』を編集したとデンマンさんはおっしゃるのですか?

そうですよ。『伊勢物語』には紀氏との関わりの多い人物が多く登場していますよ。在原業平(ありわらのなりひら)は紀有常(実名で登場)の娘を妻としています。その有常の父・紀名虎の娘(紀静子)が惟喬親王と恬子内親王と珍子(よしこ)内親王を産んでいます。作中での彼らは古記録から考えられる以上に零落した境遇が強調されているのですよ。

なぜですか?

つまり、藤原氏との政争に敗れた事を強調しているのですよ。それにもかかわらず、優美であったという紀氏の有り様を美しく描いているのです。それが『伊勢物語』ですよ。

つまり、編者は紀氏の一員なのですね?

そうです。 紀氏の子孫が怨みをのんで死んだ一族の霊を祀ったのが『伊勢物語』だと僕は考えているのですよ。 ここまで言えば、その編者が誰だかレンゲさんにも分かるでしょう?

もしかして。。。もしかして。。。紀氏の一員で有名な人と言えば。。。あのォ~。。。紀貫之(きのつらゆき)ですか?

さすが、レンゲさんですねぇ~。。。僕もそのつもりで話を進めてきたのです。

。。。で、香港の劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんも この話を読んで感銘を受けたのですか?

そうです。。。 恬子(やすいこ)内親王は時代を間違えて生まれてきてしまったのです。。。 でも、すでに没落貴族になりつつある紀氏の一員だというにもかかわらず、自分の考えに忠実に生きたのですよ。。。

つまり、愛に生きたのですわねぇ~。。。

そうです。。。 それでラウさんも、恬子(やすいこ)内親王について知れば知るほど涙なしには読めないと。。。

マジで。。。?

信じてください。。。 ラウさん本人がそう言っていたのだから。。。


『禁忌の愛を探して』より
(2017年5月11日)

この上の詩を読んで真奈美さんは平安時代の「禁忌の愛」がどのようなものだったのか? そして、「禁忌の愛」が芽生えた時代的な背景が理解できたと言うねん。。。

ホンマかいなァ~。。。? そいで真奈美さんは、どないに思いはったん?

つまり、恬子(やすいこ)内親王は、権力闘争のコマの一つとして自分の人生を無為にされるのに抵抗しやはった、と言うねん。。。 要するに、恬子内親王は自分の人生を自分の手に取り戻したのやがなァ~。。。 “人生は愛することやァ”と、恬子内親王は、そう信じたのやァ~。。。

あんさんが、そう思うたわけやのォ~? 

ちゃうねん。。。 真奈美さんが、そう言うのやから間違いあらへん。。。

つまり、真奈美さんは、あんさんにメールで感想を伝えやはったん?

そういうことやがなァ~。。。

ちょっと信じられへん。。。 

そればかりやあらへん。。。 真奈美さんは、めれちゃんの「禁忌の愛」も見つけたのやでぇ~。。。

ホンマかいなァ~。。。

真奈美さんは めれちゃんの次の短歌を見つけたのやがなァ~。。。

 

くちづけ

 


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罪深き

ことと知りつつ

この夜も

きみのくちづけ

もとめて止まぬ

 


(merange52.jpg)

 

by めれんげ

2009.01.14 Wednesday 14:21


『即興の詩 冬枯れ』より
(デンマン注: このサイトはめれんげさんが
閉鎖したので現在アクセス不可)

『めれんげさんと六条の御息所』に掲載
(2010年2月12日)

あらっ。。。 2010年の記事まで探して読みはったん? ちょっと信じられへんわァ~。。。

真奈美さんは、めれちゃんの愛の詩と短歌に どうしようもなく惹かれたのやがなァ~。。。

ホンマかいなァ~。。。?

あのなァ~、真奈美さんが、めれちゃんのブログで『不思議な感じで未来がやってきた』を読みはったのは、そもそも次のように検索した結果を見たからなんやでぇ~。。。

 


(gog90627a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

愛のコラボ デンマン めれんげ」 を入れて検索すると、こないに 4,730件もヒットするねんでぇ~。。。

そいで真奈美さんが どないに思いはったん。。。?

そやから、愛のコラボというのは、めれちゃんがきみのくちづけもとめて止まぬ人とコラボするようになったということや、と思いはったわけやァ~。。。

わたしがきみのくちづけもとめて止まぬ 相手が あんさんやと。。。 つまり、デンマンさんやと言いたいわけやのォ~?

そういうこっちゃがなァ~。。。 真奈美さんも、そないに思うたわけやんかァ~。。。

そないなこと、信じられますかいなァ~。。。

あのなァ~、昔の人は “信じる者は救われる!” と言うたのやでぇ~。。。 そやから、めれちゃんも素直にわての言葉を信じて、救われたらええやん。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。

あなたは、めれんげさんとデンマンさんの「愛のコラボ」が素晴しいことだと思いますかァ~?

ええっ。。。 「そんなことはどうでもいいから、何か もっとお面白い話をしろ!」

あなたは、そのような強い口調で、あたくしにご命令なさるのでござ~ますかァ?

分かりましたわ。。。

あなたは、結婚にやぶれたかもしれません。

でも、そんなに落ち込むことはないのですわよう。。。

なぜなら、あの有名なアインシュタインは次のように言ったのでござ~ますわァ。

結婚とは、ひとつの偶然から

永続的なものを作りだそうという、

成功するはずのない試みだ。


(einstein2.jpg)

—アルバート・アインシュタイン

分かるでしょう!

結婚は永続しないものでござ~♪~ますわァ。

だから、今晩も、近くの居酒屋によって一人でお酒を飲めば いいのでござ~ますわァ。

 

ええっ。。。? 「そのような、慰めはいいから、気晴らしに、もっと面白い話をしろ!」

あなたは、更に、あたくしにご命令なさるのでござ~♪~ますか?

分かりましたわァ。。。 では、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。

 


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

「卑弥子 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわよう。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわァ。

 


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どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

ところで、話は変わりますけれど、

かつて、レンゲさんの親友の めれんげさんは 一生懸命にブログを更新していたのでした。

でも、時には、他のことに夢中になって、会費を滞納したことがあったのでござ~ますわァ。。。

そのために、サイトを削除されてしまったのです。

それでも、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよねぇ~。。。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。

でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


(hand.gif)


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メチャ面白い、

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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』


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『パンツが並んだ』

『禁忌の愛を探して』

『淫らな恋を探して』

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『片思いで絶望』

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『出会えたね』

『愛ある未来だね』

『愛のしずく』


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こんにちはジューンです。

バンクーバーでは例年に無い暑さを記録しました。

1960年7月30日に記録した33.3度を破って

今年の7月30日に 33.8度を記録したのです。

でも、日本の暑さと比べれば

たいしたことはありませんよね。

Hottest Day Ever Recorded

in Vancouver

Source: The Canadian Press
Posted: 07/30/09 8:09AM
VANCOUVER, B.C.


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The city of Vancouver has registered its hottest day on record.

Environment Canada says a temperature of 33.8 C was recorded at Vancouver airport on Wednesday, shattering the previous high of 33.3 C that was set in 1960.

“A very strong ridge of high pressure is currently dominating all of B.C.,” said Gary Dickinson, a meteorologist with Environment Canada.

“The ridge of high pressure also brought up from the south very warm air, which was responsible for the record-breaking temperatures.”

ところで、今日は8月7日ですけれど、

最高気温は18度でした。

夏というよりも、もう秋という感じです。

わずか1週間しか経っていないのですが

変われば変わるものです。

あなたの地方では、いかがですか?

まだまだ暑さが続いているのでしょう?


(valent1.gif)

話は変わりますが、

デンマンさんがレンゲさんの記事を集めて

一つにまとめました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『最近のレンゲ物語 特集』


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とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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ポメロ

 

ポメロ

 


(pomelo01.jpg)


(pomelo02.jpg)


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デンマンさん。。。 今日はどういうわけでポメロなのですか?

真由美ちゃんはポメロという果物を知ってましたか?

もちろん知ってますわァ~。。。 これでもパン職人・ベーグル職人として食べ物に関わるお仕事をしていますから、食べ物のことについては幅広く情報をゲットしています。

僕は、生まれて初めて目にしたのですよ。。。

マジで。。。?

バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのです。。。


(hitorip2.jpg)

 

【ポメロ】ポメロは、大型のかんきつ類です。

味は日本の文旦に似ていて、酸味はなく、さわやかな甘さで、大好物です。

香港、タイ、ベトナム、シンガポールではポピュラー。

たまに台湾でも見かけます。

 


(pomelo03.jpg)

 

タイではスーパーや市場に行くとむかれたものが売られているので(香港でも見かけますが、高い)、よく買って食べてます。

むくのに手間がかかるせいか、朝食ビュッフェに並んでることはめったにないのが残念。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


113ページ 『今日も世界のどこかでひとりっぷ』
著者: 福井由美子
2017年3月31日 第2刷発行
発行所: 株式会社 集英社

あのねぇ~、僕は自慢じゃないけれど、「ポメロ」という言葉も初めて見たし、文旦という言葉も初めてお目にかかったのですよ!

マジで。。。? それは、自慢にはなりませんわァ~。。。 うふふふふふふふ。。。

でも、文旦という言葉は初めて見たとしても、デンマンさんは その果物は目にしたことがあると思いますわ。。。

いや。。。 ないと思いますよ。。。

文旦は『ウィキペディア』には次のように出ています。

ブンタン


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ブンタン(文旦、学名:Citrus maxima)は、柑橘類の一種である。
標準和名はザボン(朱欒、香欒、謝文)。
ザンボア、ボンタン、ジャボンとも呼ばれる。

 

名称

原生地は東南アジア・中国南部・台湾などであり、日本には江戸時代初期に渡来した。
漢字をそのままに音読みしているが、本品の貿易船主である謝文旦という人名の潮州語読み(ジアブンタン、zia bhungdang)に因む。
果肉が淡い黄色の品種(白欒)を文旦(ブンタン)、果肉が赤い品種(朱欒)を謝文(ジアブン)と呼び分けたとも言われる。

ザボンは第二次世界大戦前にはジャボンと呼ばれるのが一般的で、ジアブン、ジャボン、ザボンと変化したと考えられる。
なお現代の中国語では一般に「柚子」と呼ぶ(ユズは「香橙」と呼ぶ)。

日本伝来の地は鹿児島県の阿久根市とされ、生産量も多いことなどから1971年に市の木に制定されている。

 

特徴

ブンタンの樹は3メートルほどまでに育ち、その果実は品種により直径15から25センチメートル、重さ500グラムから2キログラムまで様々な大きさに育つ。
果実は皮の厚さが特徴で大きさの50%程度を占める程であり、果肉は果汁が少ないが独特の甘みと風味を持つ。
なお果実の収穫は年末頃に行われることが多いが、採取したては酸味が強すぎるので、数ヶ月間貯蔵して酸味を減らした後に出荷される。

ブンタンはマンダリンオレンジやシトロンなどと並ぶミカン属の交雑種ではない真正の種の一つである。

ブンタンは自然交雑・人為的交配により色々な品種を生み出しており、グレープフルーツ・ナツミカン・ハッサクなどはブンタンの流れを汲んでいる。
ブンタンそのものも品種が多く、西日本(特に高知・熊本・鹿児島)では色々なブンタンが栽培されている。

高知では「ウチムラサキ(ウチムラ)」(内紫)と呼ばれる果皮の内側が薄紫のブンタンに似た柑橘類があるが、実は水分に乏しくパサパサしており、味もブンタンに劣る。
この「ウチムラサキ」は文旦の原種と言われている。

日本における2010年の収穫量は9,719トンであり、そのうち約90%が高知県において生産されている。

 

利用


(buntan02.jpg)

 

果実は生食の他、ベトナム、カンボジア、タイ王国では果肉を和え物の素材とする。

加工食品の原料としても用いられ、皮や果肉を用いた砂糖漬け(ザボン漬け、文旦漬け)、マーマレード、ボンタンアメなどは有名。
近年、香港で流行しているデザート楊枝甘露は、マンゴーと沙田柚を主原料にして作られる。

果皮にはナリンギンなどのフラボノイドやリモネン、β-ミルセンが多く含まれ、中国に於いて、光七爪、光五爪などと称し、生薬としても利用される。
特に、化州柚の果皮は毛橘紅と呼ばれる。いずれも、皮の内側を剥ぎ、乾燥させた上で、咳止めなどの喉の薬、食欲不振の改善などに用いられる。

外皮にはシトラール、リモネン、リナロールなど柑橘類に共通の揮発成分を含む他、特異的な香気成分としてノートカトンを含む。
ノートカトンは、グレープフルーツやナツミカン等のブンタンからの交雑種にのみ含まれる成分である。
皮には他にサンショウと同じく、舌にしびれを感じさせる(局所麻酔性)辛味成分サンショオールも含んでいる。


出典: 「ブンタン」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あれっ。。。 文旦というのはザボンのことですかァ~。。。 ザボンならば知ってますよ。。。

デンマンさんは文旦という言葉を一度も聴いたことがないのですか?

分担するという言葉はしばしば聞いたり使ったりしたことはあるけれど、生まれてから一度も文旦という言葉を見たことも聞いたこともないですねぇ~。。。 自分ながら驚いてますよ。。。 うへへへへへへ。。。

でも、ザボンは知っていたのですか?

その名前は聞いたことがあります。。。 でも、実物は見たことがありません。。。

次のようなものですわ。。。

 


(zabon01.jpg)

 

なるほどォ~。。。 グレープフルーツの緑色のお化けだねぇ~。。。 それにしても、ずいぶんと皮が厚いねぇ~。。。 剥(む)くのが大変そうじゃありませんかァ!

そうですわねぇ~。。。 一仕事ですわァ~。。。

。。。で、文旦ポメロは、どう違うのですか?

ほとんど同じものですわ。。。 次のようにポメロを入れて検索すれば、ブンタン(文旦)も出てきますから。。。

 


(gog90917a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

主なブンタンの種類

 

■阿久根文旦(本田文旦)

■安政柑 – 日本原産で晩白柚に次いで大きい柑橘類

■麻豆文旦

■河内晩柑 – 「美生柑」ほか別名多数

■土佐文旦(法元文旦)

■大橘

■平戸文旦

■江上文旦

■晩王柑

■晩白柚(ばんぺいゆ) – 柑橘類で最大の果実

■獅子柚 – 大柚や鬼柚などとも呼ばれ大型の柚子と間違えられがちだが、実は文旦類である。

■大橘(パール柑) – 文旦の一種で表面が滑らかなのが特徴。熊本県では「パール柑」、鹿児島県では「サワーポメロ」という名称が使われている。

■チャンドラポメロポメロは文旦の意

■沙田柚(中国語版) – 中国広西容県産で、華南で一般的

■化州柚 – 中国で皮を生薬の毛橘紅として利用

■水晶文旦

■紅まどか – 1993年に登録された新品種、食味がよく耐寒性があるのが特徴

■高岡文旦 – 果重が500グラム程度で、果汁が豊富。甘味と酸味のバランスがよく、まろやかな味が特長。町民の公募により名前が決められ、「太陽と緑の宮崎原産“高岡文旦”素朴で日向おとめの味」のキャッチコピーが作られた。

■サラダポメロ – 香川県三豊市、観音寺市で栽培されている。


出典: 「ブンタン」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

なるほどォ~。。。 本の著者はポメロブンタン(文旦)が同じものだということを知らなかったのですねぇ~。。。

知っているようで、知らない事って誰にでもありますから。。。

じゃあ、真由美ちゃん。。。 ついでだから、検索結果に出てきた パムペロップ ポメロ レモネード エスプレッソ を作ってください。。。

 

 


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インディアンサマーの色に彩られたグラスの中で、

エスプレッソと爽やかな泡、甘いポメロが出会います。

つぼみや芽を想わせる風味を持つロサバヤに、

グレープフルーツのはじけるような爽やかさが、

予想外のアクセントを加えます。

 

 

分かりましたわ。。。 じゃあ、デンマンさんのために、作ってみようと思いますわ。。。 でも、あまり期待しないでくださいねぇ~。。。

真由美ちゃんが作ってくれるものならば安心して飲めますよ。。。 


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【デンマンの独り言】


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ところで、真由美ちゃんは、ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

2016年の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


(polar10.jpg)

上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


(hand.gif)

If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


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『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


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『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』


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『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』

『行田物語 ケネディ暗殺』

『行田物語 病院食』

『行田物語 お股の花々』

『晩香坡物語 ジャズ』

『行田物語 悪夢』

『行田物語 社長』

『行田物語 棺桶に入るまで』

『宝田百合子@インド』

『行田物語 ちゃぶ台』

『行田物語 アカギレ』

『行田物語 にぼし』

『ノーベル賞がなぜ?』


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『トゥーランドットとかぐや姫』

『ゲソとワケギ』

『シェフ バベット』

『まんじゅう@富岡』

『ん?トゥーランドット』

『女の子の夢』

『イヴォワールのレストラン』

『151歳の誕生日』

『お皿をぺろぺろ』

『ポップス@蕎麦屋』

『検便と回虫』

『スコーンとプディング』

『スコーン姉妹』

『ピラミス 美術館』

『明治屋 圧力ジャム』


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『雁とがんもどき』

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『行田物語@ナポリ』

『栗餅』

『日本で再会ね』

『コロッケパン』

『日本のパン文化』

『小女子』

『カエルジュース』

『152歳の誕生日』

『かぐや姫フィーバー』

『クスクス笑わないで』

『セビチェ』

『ラーメンブーム』

『自然治癒力』

『カナダ紀行カナダ事情』

『猫カフェと癒し』


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