百姓と農民

 

百姓と農民

 


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デンマンさん。。。 百姓と農民 は同じ意味ですかァ~?


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たぶん日本人の多くの人が同じ意味だと思ってますよ。。。 この記事を読み始めたネット市民の皆様も、たぶん百姓と農民 は同じ意味だと思っているはずです。。。

どうしてですか?

僕が小学生の頃は、先生も農民のことを“お百姓さん”と言ってました。。。 だから、小学校を卒業すれば、まず多くの日本人は 百姓と農民 は同じ意味だと思っているはずです。

でも、本当は違うのですか?

あのねぇ~、『ウィキペディア』には、次のような説明があります。。。


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百姓(ひゃくしょう)とは、

1. 農民(農家、農業従事者)の事を指す語。農業や農作業をする動詞として用いられる場合もある。

2. 江戸時代における本百姓のこと。

3. あかぬけない人や情趣を解さない人に対する侮蔑語。

4. 下記「ひゃくせい」の意味。


百姓(ひゃくせい)とは、

一般の人民。庶民。多くの役人または人民の事を指す漢語に由来する。

日本においては当初は中国と同じ天下万民を指す語であった。

しかし、古代末期以降、多様な生業に従事する特定の身分の呼称となり、具体的には支配者層が在地社会において直接把握の対象とした社会階層が百姓とされた。
この階層は現実には農業経営に従事する者のみならず、商業や手工業、漁業などの経営者も包括していた。

だが、中世以降次第に百姓の本分を農とすべきとする、実態とは必ずしも符合しない農本主義的理念が浸透・普及し、明治時代以降は、一般的に農民の事を指すと理解されるようになった。
百姓を農民の意味とした初見は、現在のところ9世紀末に編纂された『三代実録』である。

なお、本来の意味で用いる漢文の読み下し及び日本の古代の用例には漢音と呉音の混交した「ひゃくせい」、日本の中世以降の用例には呉音の「ひゃくしょう」の読みを当てるのが慣例である。
純粋に漢音で発音した場合は「はくせい」となる。

日本固有の大和言葉では、「天皇が慈しむべき天下の大いなる宝である万民」を意味する、「おおみたから」の和訓がふられている。


出典: 「百姓」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。 もともとは中国と同じ天下万民を指す語だったのですわねぇ~。。。

そうらしいのですよ。。。

。。。で、「あかぬけない人や情趣を解さない人に対する侮蔑語」としても使われるのですか?

そうです。。。

実際に、今でも そのような意味で使われることもあるのですか?

ありますよ。。。 あの太田将宏老人が僕に対して次のように罵声を浴びせたことがありました。

誰が言ったのか、「従僕は従僕の眼でしか主人を見れない」、というのがありました。

皆様、さしずめデンマンこと加藤明氏は、その伝でありましょう。

いや、彼は、ド百姓の眼でしか貴族の太田さんを見れないのかもしれませんね。

いやいや、それでもデンマンこと加藤明氏についてでは誉めすぎでしょう。

つくづく此処で思うのですが、そもそもゴロツキというのは人類に属するのかどうなのでしょうか。

もし、もしもですよ、デンマンこと加藤明が人類に属するのではないとすると、奴さんは人非人になりますね。

それでかどうか、デンマンこと加藤明氏に反省の時期をあげようかと打ち合わせたのにも拘わらず、A. I.やI. A.は憤激遣る方無しの心境が納まらない様で何やら書き続けている様子ですが、何れにしろ、A. I.やI. A.が書いていた通り、私もデンマンこと加藤明氏に太田さんに(公開の場で)土下座して謝罪することを要求しているのです(デンマンこと加藤明氏はChristmas cardにて、こそこそと言い訳がましく謝ったことがありましたが、それでは、私も太田さんと同様、受入れ難く存じます。

また、これは序でなのですが、「デンマンこと加藤明」と繰返しているのは、他に同氏同名の加藤明氏がいらっしゃり、その方と区別させて頂いているからです)。

デンマンこと加藤明氏は、internetの中途半端な知識での未熟な推測、彼の程度の技術での推理で、私たちではなく太田さんが書いているのではないかとの疑心暗鬼で無益な詮索をしている様子ですが、それよりも私たちが書いてきたことを吟味し、反省、悔恨するほうがデンマンこと加藤明氏自身の老後、余生にとって多少なりとも意味があるのではないでしょうか。

 

V. T.

2015年11月25日 6:44 AM

【上のコメントに対するデンマンの返信】


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オイ! 太田将宏。。。

オマエは相変わらず馬鹿だね!

どんな人物に成りすましても、このような愚かな極めて長い同じ内容のコメントを書くのは
太田将宏しかいないのだよ!
愚か者! (爆笑)

オマエがこれまでに書いた すべてのコメントのIPアドレスは 次のアドレスなんだよ!

99.244.57.104

オマエは愚劣にも恥の上塗りをしているのを理解していない
孤独で愚かな老人に成り下がってしまったのだよ!

実の娘にも、心優しい奥さんにも相手にされない、愚かで哀れなもうろく爺さんになってしまったのだよ!
きゃははははは。。。

今、愚劣なオマエに付き合っている暇がないのだよ! (微笑)
大切な人に会っている最中なのだよ!

僕は孤独で愚かな老人のオマエとは違って
たくさんの大切な友人、知人、親戚の人たちに恵まれているのだよ!
ぎゃはははは。。。

オマエのような愚か者に こうして返信を書いている時間は、本来ならばもったいないのだよ!
でも、オマエのような愚か者と違って紳士の僕ちゃんは、
オマエが愚かにも、同じ内容のたくさんのコメントを書きまくっているので、
このままほおって置くと、愚かなオマエが、ますます愚かな行為を続けると思うので、
仕方なくこうして返信を書いているのだよ!(爆笑)

そのうち大切な人たちと会って、時間のゆとりができたら、
じっくりとオマエに関する記事を書くつもりなのだよ!

だから、同じ内容のコメントを もうこれ以上書くのをやめろよな!

オマエも、できたら、愚かな事を止めて、田舎者じゃなく紳士になれよな!

僕ちゃんのコメントを次の記事の中で引用したので読むように!

 


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『きみ待ちわびて』

 (2015年11月16日)

僕ちゃんの記事はたくさんの人に読まれるけれど、
オマエの書いた愚劣なコメントなど真面目に読む人などいないのだよ!

オマエはネットでは、太田将宏という愚かな悲しい哀れで孤独な老人として知れ渡っているのだよ!
きゃははははは。。。

じゃあ、僕がオマエの記事を書くまで、元気にこの世に居て欲しい!
最後に、ぎゃはははははは。。。

 

By Denman

2015年11月30日 9:50 AM


『5月のバレンタイン』のコメント欄より

あらっ。。。 「彼は、ド百姓の眼でしか貴族の太田さんを見れないのかもしれませんね」と書いたのは太田さん自身なのですか?

そうなのですよ。。。

その場合のド百姓というのは侮蔑語なのですか?

そうです。。。 太田老人は「自分は貴族で あかぬけて情趣を解することができるけれど、オマエはダサい 情趣を解することができないドン百姓だ!」と僕を侮辱にしているわけです。。。

それで、デンマンさんもムキになって 反論したわけなのですねぇ~。。。 うふふふふふふ。。。

そういうわけです。。。

。。。で、現在でも「百姓」という言葉は、「天下万民を指す語」として使われる場合もあるのですかァ?

あります。。。 でもねぇ~、研究者や学者の間でも百姓と農民 は同じ意味だと思っている人がいるのですよ。。。 ちょっと次の小文を読んでみてください。。。


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素直にこのグラフを見ると、いったい秋田藩にはほんとうに、漁民や廻船人、山の民はいなかったのかという疑問がすぐにわいてきます。

そこで、ここにはなにかからくりがあるなと思って、グラフの典拠にされている関山直太郎さんの『近世日本の人口構成』(吉川弘文館)を買い求めて調べてみました。

 


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関山さんの作成された表とこの円グラフはパーセンテージは一致していますが、農民76.4%というところが関山さんの表では、「百姓76.4%」となっています。

この円グラフが、百姓は農民であるという理解に基づいてつくられたことは疑いありません。

 

「お百姓さん」といえば農民に決まっているじゃないかという理解は日本人に広くゆきわたっており、このグラフの作成者もその常識に基づいてこれをつくっているのです。

しかし、ほんとうに百姓は農民と同じ意味なのか、本来、「百姓」という言葉には「農」の意味はないのではないかと問い直してみますと、こうした常識が以外に根拠のないことがわかってきます。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


232-234ページ 『日本の歴史をよみなおす』(全)
著者: 網野善彦
2017年1月25日 初版第1版発行
発行所: 株式会社 筑摩書房

上の表の「百姓」の中には農業経営に従事する者のみならず、商業や手工業、漁業、林業、海運業などの経営者も包括していた。 ところが『詳説日本史』という高校の日本史の教科書の編者は円グラフに「百姓」と書かずに「農民」と書いてしまった。

つまり、その研究者も 百姓と農民 は同じ意味だと思い込んでいたのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

でも、それは、ごく一部の研究者が間違って思い込んでいたからではありませんか?

いや。。。 けっこう多くの学者や研究者が、現在でも百姓と農民 は同じ意味だと思い込んでいるのですよ。。。 次の小文も読んでみてください。。。


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久隅守景 「夕顔棚涼図屏風」

 

いかにも清貧と呼ぶのがふさわしそうな農夫一家に配されているのは、『源氏物語』に通じるあの白い幽艶な夕顔の花ではなく、同じ夕顔でも別種の瓢(ふくべ)の実のなる棚である。

 (中略)

小石なども散らばるらしいその棚の下の地べたには、二畳分か三畳分はありそうな大き目の藁筵(わらむしろ)が敷かれている。
その上に寝そべり、座って、暑かった今日一日の労働の後に涼をとる核家族の一家三人。 (略)

総じてこの夫婦は片田舎のただの百姓というには気品がありすぎる。
父親の尻のあたりにちょこなんと座る5,6歳の男の子さえ、片肌脱いで、もう甘え顔ではない。
何らかの理由で武士の身分を離れてここに隠れ住む一家なのか。

あるいは将軍家お抱え絵師の総帥狩野探幽の一番弟子の一人として活躍していたのが、娘と息子の不行跡のために江戸を去って加賀金沢のあたりをさまよわねばならなかった画人久隅守景自身の境遇と、志高いままのその心情が、おのずからここににじみ出たのでもあろうか。

もともと稲作の盛んであった「瑞穂(みずほ)の国」日本では、平安・鎌倉の昔から農村での労働の情景はよく絵に描かれてきた。(略)

室町期に入って中国から宋代の「耕織図」とか「四季耕作図」と呼ばれる農民男女の農作風俗画が、画題として実作品として伝えられると、とくに農作を基本産業とする徳川日本では、これが画壇での主流の一画題とさえなっていった。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


197-200ページ 『文明としての徳川日本』
著者: 芳賀徹
2017年9月15日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 筑摩書房

この本の著者は、上の絵を農夫一家を描いたものだと解釈している。。。 しかも、「この夫婦は片田舎のただの百姓というには気品がありすぎる」と書いている。。。 ここでも、著者は 百姓と農民 は同じ意味だと思い込んでいるのです。。。

デンマンさんは、上の絵は農夫一家を描いたものではないと考えているのですか?

まず間違いなく農夫一家ではないはずです。。。

どうして、そう思うのですか?

当時の農夫一家だったら、核家族の一家三人のはずがない! 農家だったら人手が一人でも多い方がいいのだから、大家族のはずですよ。。。

じゃあ、この3人は何をして生活していたのですか?

上の本の著者も書いている! 「将軍家お抱え絵師の総帥狩野探幽の一番弟子の一人として活躍していたのが、娘と息子の不行跡のために江戸を去って加賀金沢のあたりをさまよわねばならなかった画人久隅守景自身の境遇と、志高いままのその心情が、おのずからここににじみ出たのでもあろうか」と。。。 つまり、絵師・久隅守景が自分の家族を書いたのですよ!


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたも絵師・久隅守景が自分の家族を書いたのだと思いますか?

 


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ええっ。。。 「そんなことはどうでもいいから、他にもっと楽しい話をしろ!」

あなたは、そのような命令口調で あたくしに強要するのでござ~ますわねぇ~。。。

分かりましたわぁ。。。 では、ちょっと次のクリップを見てくださいなァ。。。

思わず笑ってしまいますわ。。。

 


(dog807.jpg)

 

 

 

ええっ。。。? 「犬や猫のことは どうでもいいから他のもっと面白い話をしろ!」

あなたは、更に あたくしに そのような強い口調でご命令なさるのでござ~ますかァ~?

分かりましたわァ~。。。

あなたが、そうおっしゃるのならば、あたくしの個人的なお話しをいたしますわァ。

実は、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”が殿方の注目を集めているのでござァ~ますわよう。

うふふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。

 


(gog60409a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

「卑弥子 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムで汗を流して “ヴィーナスのえくぼ”をゲットいたしました。。。


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スタイルもよくなったのでござ~ますわァ~。。。


(curtain5.jpg)

いかがでござ~ますか?

でも。。。、でも。。。、“天は二物を与えず”と申します。。。

これほどスタイルが良くなったというのに、あたくしは未だに独身でござ~ますのォ。。。

世の中は、なかなか思うようにゆかないものですわァ~。。。

ところで、あなたは『万夜一夜物語』を読んだことがござ~ますかァ~?

“千夜一夜物語”ではなくてぇ、“万夜一夜物語”ですわ。


(manya02.jpg)

『万夜一夜物語』

デンマンさんが書いたのでござ~ますわよう。

ええっ。。。 10,001の話が書かれているのかってぇ~。。。?

とにかく、上のリンクをクリックして読んでみてくださいませぇ~。。。

あなたも、絶対にビックリするようなお話が出てきますわァ。

『万夜一夜物語』だけでは、物足りないのでしたら、

ジューンさんが登場する面白いお話もたくさんあります。

興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましねぇ~。。。

(roten101.jpg+cleoani.gif)

『美尻のビーナス』

『紐パン熟女に惹かれて』

『あの二人が気になって』

『肥後ズイキ@セルビア』

『私は下着女装です』

『ドリアンを探して』

『パリの日本人』

『ペンタゴン式己を疑う』

『薄命な女と映画』

『ラーメン@ベリーズ』

『うるさい夏』

『芭蕉と英語』

『晩香坡物語 生誕150年』

ジューンさんの熟女下着
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『エレクトラde中国』

『熟女パンツ』

『ラーメン@カイロ』

『スパム@クルーズ』

『えくぼ@ヴィーナス』

『孀婦岩』

『モナリザ描きたい』

『ジューンさんの下着』

『やっぱり熟女下着』

『じゅくじょのぱんてー』

『事実と芸術』


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『パクられたパンツ』

『タイタニック@スリランカ』

『蜂@泣きっ面』

『外人が知っている美しい日本』

『腰使い 熟女』

『熟女の下着姿』

『腰を使う熟女』

『ブログランキング』

『曇ってきた@英語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
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『出会い系より腰を使う熟女』

『ブリスベンの従妹』

『アヒルが行く』

『英語ペラペラ勉強法』

『ブラウザとOS』

『二千二夜物語』

『大晦日のおばさんパンツ』

『下着の人類学』

『万夜一夜@ロンドン』

『ヒトラーとトランプ』


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『ロマン@マルタ島』

『下着の人類学@大阪』

『ハロー@ロックビル』

『孀婦岩の人気 なぜ』

『マグダラのマリア 娼婦か聖女か?』

『マグダレンの祈り』

『女子大生の多い混浴』

『アンネフランクの言葉』

『ビクトリア朝の慎み』

『銭湯と円タク』

『女装ブログ』

『注目記事』


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『風邪が治るまで』

『ひょうたんde徒然』

『アヒルが並んだ』

『なぜ骨なの?』

『にべもない』

『やぶさかでない』

『おかしなパンツ』

『みもふたもない』

『自動翻訳はダメ』

『慫慂』

『ヤンキー』

『及び腰と二の足』

『ジューンさんの従妹』


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『ナマズにされた』

『美術解剖学』

『太ったチャンス』

『ジューンさんの下着を探して』

『おおどかさ』

『高級娼婦@パリ』

『つい見たくなった』

『混浴 女子大生』

『FBI捜査官のツブヤキ』

『熟女下着 投稿ブログ』

『おばさんパンツ@ネット』

『がめつい奴』

『二股ラジウム@VIDEO』

『手塩にかけて』

『ジューンさんのパンツ』

『女子大生の秘湯』

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。


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こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


(himiko92.jpg)

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ


(juneswim.jpg)


『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


(byebye.gif)

元寇船

 

元寇船

 


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デンマンさん。。。 どういうわけで元寇船を取り上げたのでござ~ますかァ~?


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いけませんかァ~?

別にかまいませんけれど、多くのネット市民の皆様は「元寇」のことなど、たいして関心を持たないと思いますわァ~。。。

卑弥子さんも関心がないのですか?

あたくしは京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義していますから、多少は関心がありますけれど、でも あたくしの関心はほぼ平安時代でござ~ますわァ~。。。 「元寇」は、鎌倉時代の出来事ではありませんかァ~。。。

元寇


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元寇(げんこう)とは、日本の鎌倉時代中期に、当時中国大陸を支配していたモンゴル帝国(大元ウルス)およびその属国である高麗王国によって2度にわたり行われた対日本侵攻の呼称である。

1度目を文永の役(ぶんえいのえき・1274年)、2度目を弘安の役(こうあんのえき・1281年)という。

蒙古襲来とも。

特に2度目の弘安の役において日本へ派遣された艦隊は、元寇以前では世界史上最大規模の艦隊であった。

主に九州北部が戦場となった。


出典: 「元寇」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり、卑弥子さんは鎌倉時代の出来事には興味がないのですかァ~?

興味が全くないとは申し上げませんけれど、やはり平安時代の方がよいのでござ~ますわァ。。。 そんなことよりも、どうして元寇船を取り上げたのか?。。。説明してくださいなァ。。。

実は、鎌倉時代の「元寇」に興味を持っているネット市民がいるのですよ。。。 次のリストを見てください。。。

 


(goo91212d.gif)


『拡大する』

『女子大生の秘湯』(PART 1)

『女子大生の多い混浴』(PART 1)

『ジューンさんのパンツ』(PART 1)

『ジューンさんのパンツ』(PART 2)

『じゅくじょのぱんてー』(PART 1)

『不倫と検索』(PART 2 OF 3)

『元寇と捕虜』(PART 1)

 

これはGOOの僕の「デンマンブログ」の12月12日のアクセス解析のリストです。。。 アクセス元ページ の3番に注目して欲しいのですよ。。。

あらっ。。。 「元寇船」で画像検索したネット市民がいたのですわねぇ~。。。

そうなのです。。。 実は、京都市に住んでいる笠原紀美代 (かさはら きみよ)さんが読んだのです。。。

また、いつものようにIPアドレスを調べて紀美代さんが読んだことを突き止めたのですかァ~?

そうです。。。

 


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。。。で、紀美代さんは京都市で何をなさっているのですか?

花園大学の文学部で勉強している女子大生ですよ。。。 紀美代さんは平安時代ばかりじゃなく、鎌倉時代にも江戸時代にも関心を持ているのですよ。。。

 


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。。。で、アクセス元ページ の3番の URL をクリックすると どのようなページが表示されるのでござ~ますか?

次のページが出てきます。。。

 


(bin91212a.jpg)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

このページの左上の 元寇と捕虜(PART 1)- デンマンのブログ をクリックすると記事が表示されるのですか?

そうです。。。 次の記事が表示されます。。。

 


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『元寇と捕虜』(PART 1)

 

。。。で、紀美代さんは記事を読んで「元寇船」について新たな発見をしたのですか?

別に新しい発見をしたわけではないのですよ。。。 長崎で「元寇船」が見つかったということを聞いて検索したのだそうです。。。 でも、記事を読んで「倭寇」の事が書いてあったので興味深く読んだそうです。。。

倭寇


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明朝と南北朝と前期倭寇

 

中国では1368年に朱元璋が明王朝を建国し、日本に対して倭寇討伐の要請をするために使者を派遣する。

使者が派遣された九州では南朝の後醍醐天皇の皇子で征西将軍宮懐良親王が活動しており、使者を迎えた懐良は九州制圧のための権威として明王朝から冊封を受け、「日本国王」と称した。

その後幕府から派遣された今川貞世により九州の南朝勢力が駆逐され、南朝勢力は衰微し室町幕府将軍の足利義満が1392年に南北朝合一を行うと、明との貿易を望んだ義満は、明に要請されて倭寇を鎮圧した。

倭寇鎮圧によって義満は明朝より新たに「日本国王」として冊封され、1404年(応永11年)から勘合貿易が行われようになる。

朱元璋は、福建に16個の城を築城して1万5千の兵と軍船100隻をおき、浙江には59の城を築城して5万8千の兵をおき、広東に軍船200隻をおいて防備を固めた。

 


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出典: 「倭寇」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり、日本人の海賊が朝鮮や中国の沿岸部を荒らしまわったのですわねぇ~。。。?

でもねぇ~、上のクリップを見れば分かるように 倭寇海賊10人のうち日本人は3人程度で、あとの7人は中国人を含めた外国人だったと言うのですよ。

。。。で、1368年に朱元璋が明王朝を建国し、日本に対して倭寇討伐の要請をするために使者を派遣したのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 使者が派遣された九州では南朝の後醍醐天皇の皇子で征西将軍宮懐良親王が活動しており、使者を迎えた懐良は九州制圧のための権威として明王朝から冊封を受け、「日本国王」と称したのですよ。。。

その返礼として、捕虜70余名を返すことにしたわけでござ~ますか?

そういうことです。。。

。。。で、その捕虜というのは懐良親王が手下に命じて捕まえた中国人の海賊たちですか?

そういう者たちもいたでしょうねぇ~。。。 それと、たぶん中国沿岸で拉致されて人質とされたり、奴隷として売られる羽目になった中国人もいたことでしょう。。。

。。。で、中国では、それほど倭寇に悩まされていたのでござ~ますか?

そうなのですよ。。。 日本人にとって“倭寇”と言うのは、“元寇”と比べたら あまりなじみのない言葉だけれど、中国では被害にあった人たちがたくさん居たから“倭寇”は有名なのです。。。 だから、今でも映画になっているくらいです。。。

倭寇的踪迹

 

(倭寇だと見て追跡する)

    (2011年中国作品)

 

1604年、明代中国のとある街。
ここを治めているのは、高度な武術の伝統を、それぞれの武器と型で守る名門四家。
ここで新たな流派を開こうとする者は、四大道場に闘いを挑み全てに勝利しなければならない。

ある日、この街に異様な長刀を携えた剣士2人が現れ、あっという間に道場の剣士たちを倒してしまう。
2人はこの新たな長刀を使った究極の剣術道場を開くつもりだった。
しかし彼らを受け入れたくない道場主たちは、その長刀を日本刀だと言い張り、二人を倭寇だと決めつけ、弓矢の大部隊に追わせる…。

 


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一人は負傷し捕えられるも、もう一方の剣士は、外国女の踊り子が働く商売船に逃げ込む。
船を包囲する四大道場の精鋭たち。
踊り子の運動能力を見極めた彼は、武芸の達人でも扉の後ろから一振りで倒すことの出来る究極の棒術を彼女に伝授する。

剣士を仕留めようと船に近づく武芸家たちを踊り子が棒術で翻弄する間に、彼は捕えられた仲間を救い出すべく船を脱出し街に侵入する。
一方、長年世を捨て山に籠っていた四大道場の長老チウが、彼らの出現を知り、ついに街に下りてくるのだった……。

明の時代でも後期の話ですよ。。。 日本では江戸時代になりかけている頃です。。。

その頃でも倭寇が居たのですか?

“倭寇”という名前は当時の中国人ならば、誰でも知っていたけれど、かつてのような大掛かりで華々しい海賊行為は、もうなくなっていた。。。 ただ、それまでの名残が上の映画の中にも出ているのですよ。。。

例えば。。。?

倭寇鎮圧によって室町幕府3代将軍の足利義満は明朝より新たに「日本国王」として冊封され、1404年(応永11年)から勘合貿易が行うのだけれど、この時の輸出品の日本刀が中国では人気があった。。。

日本刀がでござ~ますかァ?

そうなのですよう。。。 現在で言えば、日本人がベンツに乗るようなステイタス・シンボルになっていた。

それで、上の映画では日本刀だと言い張り、二人を倭寇だと決めつけたのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。


(foolw.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

ですってぇ~。。。 

あなたも、元寇や倭寇に興味がござ~ますかァ?

ええっ。。。 「そんな事は、どうでもいいから、もっと他に面白い話をしろ!」

あなたは、そのように あたくしにご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。

分かりましたわ。

では、話題を変えて 天の川の不思議に迫るクリップを お目にかけますわ。。。

 


(milkyway2.jpg)

 

どうでした?

ええっ。。。 「夜眠れなくなるから、そういう動画は見せるな! 気分直しに何か他に もっと面白いことを話せ!」

あなたは、あたくしに向かって、更にご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。!

分かりましたわァ。。。 あなたが、そうおっしゃるのだったら、まずジューンさんの次の写真をご覧になってくださいまし。。。

 


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千夜一夜物語の衣装を着たジューンさんに魅せられて、女性に成りすます男性が たくさん居るのでござ~ますわァ!

ええっ。。。 信じられないのですかァ?

じゃあ、ちょっと次のYouTubeのクリップを見てくださいまし。。。

 


(xdress02.jpg)

 

いかがでござ~ますかァ~?

男性が女装していると思いますかァ?

あたくしは、素直に信じることができませんわァ~。。。

どうですかァ~? けっこうなものでしょう!?

いつまでも見とれていても仕方がありませんわよゥ。

あなたのために古代史の面白い記事を用意しました。

ぜひ お読みください。

では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


(miya08.jpg)

『麻生元総理』

『ネットのバカ女を捜して』

『額田王の歌』

『聖女と娼婦』

『済子女王@萌える』

『ん?堀内亜里?』

『松平春嶽が黒幕?』

『旅行者的早餐』

『なぜ蝦夷なの?』

『プリキュアとヒトラー』

『戦争絶対反対よね』

『怨霊の歴史』

『色欲@歴史』

『紫式部と敗戦』

『ラピスラズリと源氏物語』


(annasalleh.jpg)

『性と愛@古代史』

『仙台を離れて』

『美人とブス@大奥』

『絵の中のウソ』

『阿倍仲麻呂@ベトナム』

『バイクガール』

『六条御息所』

『卑弥子さんの大学』

『元寇と捕虜』

『マキアベリにビックリ』

『痴漢が心配』

『びた一文』

『卑弥子@ブカレスト』

『エロい源氏を探して』

『ラピスラズリの舟形杯』

『平成の紫式部』

『隠元豆と国性爺合戦』

『おばさんと呼ばれて』


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『女帝の平和』

『アタマにくる一言』

『悪女レオタード@昌原市』

『スウィートビーン』

『ガチで浦島太郎やし』

『ご苦労さま』

『デンマンのはなし』

『卑弥呼の墓』

『室生犀星と人間学』

『松平春嶽ダントツ』

『英語は3語で伝わる』

『くだらない物』

『漢字で体操』

『面白い漢字テスト』


(hama10.jpg)

『日本のエロい文化』

『女のオナラ』

『紫式部と宮本武蔵』

『頼朝の死の謎』

『パンツと戦争』

『海外美女 新着記事』

『日本語を作った男』

『江戸の敵を長崎で』

『芸術は尻だ』

『尻の芸術』

『左翼的な下着』

『エロい源氏』

『ネット市民は見ている』


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『朝妻船』

『阿修羅を探して』

『羅漢と良寛』

『源氏エロ』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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ジュンガル

 

ジュンガル

 


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ケイトー、今日は『津軽じょんがら節』の話をするわけぇ~?


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シルヴィーも、上の予告編を観て興味を持ったァ~?

なんだか、ワクワクするような映画じゃない。。。 でも、タイトルにはジュンガルと書いてあるじゃない!? どういうこと。。。?

あのねぇ~、実はバンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

遊牧民の時代の終わり

 


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『拡大する』

 

東アジアでは17世紀中ごろ、清朝が中国全土の主となりました。
一方草原地帯では、ジュンガルという遊牧国家が拡大を続けていました。

2000年にわたり続いてきた農耕民と騎馬遊牧民の戦いは、いよいよ最後の局面を迎えることになります。

清が銃や大砲を備えた歩兵の大軍で侵攻してきたのに対し、遊牧民であるジュンガルも、火気を用いて迎え討ちました。

しかし、火力の戦いは物量で決まります。
数億の人口を背景とした清に対抗する術はなく、ジュンガルは18世紀中ごろに滅び去りました。

ユーラシアを疾駆した遊牧民の時代は、こうして幕を閉じました。
しかし、このときにはすでに世界史の表舞台は内陸を離れ、海へと移っていたのでした。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


84ページ 『学びなおすと世界史はおもしろい』
著者: 太田竜一
2015年8月25日 初版発行
発行所: ベレ出版

『津軽じょんがら節』とは全く関係ないじゃない? それとも、何か関係があるわけぇ~?

何か関係があるんじゃないか? 「ジュンガル」という遊牧国家の名前を聞いたときに僕はそう思ったのですよ。。。

でも、そもそも、どういうわけでこの国を取り上げる気になったわけぇ~?

あのねぇ~、僕は世界史には、かなりの関心があるのですよ。。。 自分では「世界史オタク」だと思っている。。。

その事と「ジュンガル」が、特に関係があるのォ~?

上の本をすべて読んで、その中で自分の知らない国名や出来事は出てこなかったのですよ。。。 ただ一つを除いては。。。

その唯一つが「ジュンガル」だというわけぇ~?

そうです。。。 たぶん他の別名で知っているのではないか? そう思って『ウェキペディア』を調べたら、次のように書いてある。

ジュンガル

 


(jungar3.jpg)

    ジュンガル盆地

 

ジュンガル(準噶爾)は、17世紀から18世紀にかけて現在のジュンガル盆地を中心とする地域に遊牧民オイラトが築き上げた遊牧帝国、およびその中心となったオイラトの一部族。

オイラト部族連合に属し、一時期はオイラトの盟主となって一大遊牧帝国を築き上げた。
ジュンガル帝国の滅亡後、このような遊牧帝国が2度と生まれなかったため、最後の遊牧帝国とも呼ばれる。

 

名称

「ジュンガル」、「ジューンガル」とはモンゴル語で「左手、左翼」を意味するジェギュン・ガル (jegün-γar) からきている。
伝統的な遊牧国家は南面して中央、右翼(baraγun-γar、西方)、左翼(jegün-γar、東方)の三部構造をとっており、オイラトのドルベト (オイラト)(モンゴル語版、ロシア語版、中国語版、英語版)部政権において左翼(東方)を担っていた者たちが「ジュンガル」と呼ばれるようになった。

 

汗国という名称

ソ連のズラートキン(ロシア語版)(露: И.Я.Златкин)が著した『ジュンガル・ハン国史』(露: История Джунгарского ханства、1964年)を始めとして、ジュンガルの国をハン国(汗国)あるいはハーン国とする例が多いが、これは誤りである。

そもそもジュンガルの部族長の称号は「ホンタイジ」であり、「ハーン」ではない。
例外としてガルダン・ハーンのみが「ハーン」号を帯びているが、ジュンガルで「ハーン」号を使用したのは彼が最初で最後であり、他はすべて「ホンタイジ」号を採用している。

 

起源

エムチ・ガワンシャラブの『四オイラト史(ロシア語版)』(1737年)において、「ドルベト、ジューンガルの一族は天から出た。管(チョルゴ)状の樹の下に幼児がおり、その樹液を吸って育ったので、その子孫をチョロースという」とあり、ウイグルの誕生説話に類似していることから、ウイグルの後裔と考えられるが、その住地から考察してナイマン部族の後裔と推測される。

ジュンガルの系譜によると、15世紀にモンゴル高原の覇権を握ったオイラトのトゴン・タイシ、エセン・ハーンの後裔とされる。

 

ジュンガルの登場

1619年頃、モンゴルのハルハ部のアルタン・ハーンのウバシ・ホンタイジ(英語版)はロシア皇帝(ツァーリ。当時はミハイル・ロマノフ)に使節を送り、「カルムィクのカラクラ・タイシャがモンゴルとロシアの間にいて、使節の往来を妨げているので、カラクラ・タイシャの部族を両方から挟撃しましょう」と申し出た。

この「カルムィク」というのはテュルク語で「留まった者たち」を意味する「カルマーク (qalmāk)」がロシア側で訛った言い方であり、イスラム教に改宗しなかった「オイラト」を指す。
「カラクラ・タイシャ」というのはジュンガルの始祖である「ハラフラ(英語版)」を指す。

アルタン・ハーンの申し出はモスクワ当局によって却下されたが、1620年頃に攻めてきたオイラトのトルグート部,ジュンガル部をアルタン・ハーン自身で撃退した。
この時、ジュンガル部長であったハラフラは妻子を奪われ、他のオイラト諸部とともにシベリアのロシア領内に逃げ込んだ。

1623年、四オイラト(英語版)連合軍はハルハ部のアルタン・ハーンであるウバシ・ホンタイジを殺し、モンゴルの宗主権から脱した。
このことはオイラト語の英雄叙事詩『ウバシ・ホンタイジ伝』でも詠われている。

 

バートル・ホンタイジ

1636年、オイラトのホシュート部長トゥルバイフはチベット仏教ゲルク派の要請に応じて、青海に割拠するカルマ派のチョクト・ホンタイジを討伐した。

翌年、チョクト・ホンタイジを殲滅したトゥルバイフはダライ・ラマ5世から「持教法王」の称号を授かり、グーシ・ノミーン・ハーン(国師法王)となると、青海遠征に同行したジュンガル部長ホトゴチンに「バートル・ホンタイジ」の称号を授けて中央アジアのオイラトを任せるとともに、自らはチベットを統一してチベット王の位に就いた(1642年)。

中央アジアのオイラト諸部の盟主となったバートル・ホンタイジは、ロシアと盛んに使節を交わし、交易をおこなったため、ロシア史料に頻繁に登場することとなった。

 

ガルダン・ハーン

1653年、バートル・ホンタイジが亡くなると、息子のセンゲ(英語版)が領民の半分を相続して後継者となった。
しかし、センゲの異母兄たちはこれを恨んで相続争いを起こし、1670年にセンゲを殺害した。
時にセンゲの弟であるガルダンは13歳のころからチベットに留学していたが、10年の留学の末に帰国すると、兄の仇を討ってジュンガル部長となった。
1671年、ダライ・ラマ5世はジュンガル部を平定したガルダンに「ホンタイジ」の称号を授けた。

1675年、ガルダンは舅でホシュート部長であるオチルト・ハーン(中国語版、ロシア語版、英語版)と衝突し、翌年オチルト・ハーンを捕虜とした。
これにより、それまでオイラト部族連合の盟主であったホシュート部に代わり、ジュンガル部がオイラト部族連合の盟主となった。
ダライ・ラマ5世はガルダンに「持教受命王」の称号を授け、ゲルク派の擁護者として全オイラトのハーンに認定した。しかし、ジュンガル部でハーン位に就いたのは彼が最初で最後である。

1678年、ガルダン・ボショクト(受命)・ハーンはハミとトルファンを征服し、1680年にはカシュガル、ヤルカンド、ホータンといったオアシス都市を征服してタリム盆地を支配するモグーリスタンのハーンと黒山党(カラ・タグルク、イスハーキーヤ)のホージャをイリに幽閉した。

ガルダンは黒山党と対立する白山党(アク・タグルク、アーファーキーヤ)のホージャをヤルカンドに据えて毎年莫大な貢納を取り立てた。
こうしてタリム盆地を支配する一方、1681年以降西方遠征にも着手し、カザフ草原のカザフ人やキルギス人を攻撃した。
1684年にはタシュケントとサイラムを占領し、1685年にはアンディジャンに遠征した。

 

清との戦争

1688年、ガルダン・ハーンは東モンゴリア(外モンゴル)のハルハ部に侵攻を開始する。
ハルハ部の内紛に乗じてガルダンの弟を殺したハルハ左翼部のトシェート・ハーンを討つべく、モンゴル高原に侵攻した。
ガルダンは迎え撃つトシェート・ハーンを破り、仏教寺院エルデニ・ジョーと左翼のチェチェン・ハーンを攻撃、その地を略奪した。

トシェート・ハーンと弟のジェブツンダンバ・ホトクト1世は南の内モンゴルへ逃れ、清の康熙帝に庇護を求めた。
ガルダンは2人の引き渡しを要求したが、清が応じなかったため、遂に清と衝突することとなった。

ガルダンは南へ進軍中の1690年9月、北京北方300キロのウラーン・ブトン(ウラン・ブトン、ウランプトゥン、遼寧省赤峰市)で清軍と衝突する(ウラーン・ブトンの戦い)。
ジュンガル軍はロシア製の大砲を装備していたが決着がつかず、ガルダンは漠北へ退いた。

1693年にはハミのダルハン・ベク、アブド・アッラーらはジュンガルの搾取を嫌い、清に接近した。

またハルハ部のトシェート・ハーンらが康熙帝に臣従を誓ったため、モンゴル族すべてが清の支配下に入ることとなり、ハルハ部の故地を奪還するという大義名分を得た康熙帝は1696年、ジュンガル親征を開始し、ガルダンをジョーン・モド(チャオモード、昭莫多)で破った。

敗走したガルダンは1697年4月4日にアルタイ山脈北のコプトで病死した。
ガルダンの息子タンチラはハミに亡命したがアブド・アッラーによって捕らえられ、清に渡され、翌年ハミ地区は清の版図となった。


出典: 「ジュンガル」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

遊牧民オイラトというのは聞いたことがある。。。 確か、司馬遼太郎の西域の話の中に出てきたと思う。。。 でも、「ジュンガル」という言葉は記憶から完全に抜け落ちていたのですよ。。。

それで、この「ジュンガル遊牧国家」と『津軽じょんがら節』が関係あると思った理由はどういうことよ?

あのねぇ~、かつて僕は次の記事を書いたのですよ。。。


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聖徳太子の一族に

ペルシャ人が居たの?

 

ここで考えなければならないことは、これらの高度の文化を、一体、大和朝廷の誰が受容できたのであろうか?と言うことです。
語学の素養もない、外国文化に触れたこともない一般の官吏ではまず無理です。
つまり、これらの高度の文化を受け入れることができるのは語学の素養もあり、外国文化に触れたこともある東漢人(やまとのあやひと)や今来漢人(いまきのあやひと)などの渡来人です。

この人たちを掌握していたのは一体誰か?
蘇我氏です。
従って、蘇我氏の中にもまた語学の素養があり、外国文化に明るい人たちがたくさん居ないと、彼らを掌握し切れません。
このことからも、蘇我氏が渡来系の氏族であったということがよく分かります。

上に述べたような理由で蘇我氏のもとには渡来人がたくさん集まってきます。
渡来人の中には、もちろんペルシャ人も居ました。
当然のことながら、蘇我氏を頼って行ったでしょう。

ここで、前のページからの本題に入ります。
聖徳太子の母親はペルシャ人だったのか?

 


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当時ペルシャ人をハシ人と呼び、波斯人と書きました。
太子の個人教授の一人である覚袈(かくか)がペルシャ系の人ではないかという推測は、太子の母が穴穂部間人(あなほべのはしひと)と書かれている事と、大いに関係があります。
間人(はしひと)とは波斯人(はしひと)でペルシャ人のことではないか!と、言うわけです。

太子が赤い髪の毛をしていたと言う伝承があります。
この伝承に真実が隠されているのではないか?
もしそうだとするなら、太子の母親がペルシャ人であると言う事も決して荒唐無稽な事ではありません。

 


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聖徳太子の父は用明天皇、母は蘇我稲目の孫娘です。
この稲目の父は高麗(こま)で、高句麗からやってきたのですが、実はこの人がペルシャのサカ族の出身だと言う研究家も居ます。

しかし、そんな遠いところにペルシャ人を持ってゆかなくてもよいのです。
私はその説よりも、むしろ穴穂部間人の母親、つまり小姉君(おあねぎみ)がペルシャ人の血を受け継いでいるのではないか、とみています。

もし当時、ペルシャ人が日本へやってきて、どの一族を頼りにするかといえば、当然、飛ぶ鳥を落とす勢いの蘇我氏の元を訪れたことでしょう。
その頃、渡来人を掌握していたのが蘇我氏だからです。
ペルシャ人の中には、蘇我氏との絆を確固なものにするために、蘇我稲目に娘を側室として差し出す親も現れたでしょう。
そのようにして穴穂部間人が生まれた、と考えるわけです。

小姉君の父はたしかに稲目なのですが、母親の出自について日本書紀は沈黙しています。
なぜ沈黙する必要があるのか?
その答えを出すには誰が日本書紀を書いたかが分かれば簡単です。

天武天皇の息子の舎人親王が編集長だったと言うように書かれていますが、彼はむしろ発行人であり、実際に編集に当たっていたのは藤原不比等です。
藤原氏は、元、中臣氏ということで、日本古来の氏族となっていますが、不比等のおじいさんの御食子(みけこ)は百済からやって来ました。
従って、自分たちが「よそ者」であるということを書きたくなっかたように、穴穂部間人の出自についても沈黙していたのです。

では、なぜ、不比等は自分の名前を編集長として書紀に書かなかったのか?
それには、これまた事情があります。
そのことについてはこのページ (『壬申の乱』は天智帝暗殺で始まった) で説明しています。

しかし、この説を採ると、飛び越えねばならないハードルがあります。
どういうことかというと、実は、小姉君の母親が物部氏出身と思える節があるのです。

というのは、当時の皇子・皇女は一定の年齢まで母方の実家で養育されるのが普通でした。
そして育った土地の名前をつける慣習がありました。
飛鳥で育った大王の娘なら飛鳥皇女と呼ばれるわけです。

すると穴穂部間人皇女の穴穂も地名に由来することになります。
大和周辺に穴穂の地名は河内と奈良の石上にあります。
皇女がどちらで育ったか分りませんが、どちらも物部氏の領地なのです。

つまり小姉君は蘇我稲目の娘であると同時に、物部氏の娘でもあったのです。
しかも穴穂部間人皇女は物部の土地で成長しました。

しかし、ご存知のように、仏教をめぐって蘇我氏と物部氏は対立し、それまでの史上最大の戦闘を繰り広げました。
したがって、このようなことがあり得るだろうかと、あなたは疑問に思うかもしれません。

ところが、それ以前、朝廷で権力を握っていた大伴氏を退けるため、蘇我氏と物部氏は手を握り合ったことがあります。
どういうことかというと、小姉君は、蘇我氏と物部氏が宮中で勢力を伸ばす方策として、互いに婚姻関係を結んでいた当時の産物ということになります。
「友情の証」として、蘇我稲目かあるいは彼の父親の高麗が自分の側室の中から美しいペルシャ人の娘を物部の氏の長者に与えたのでしょう。

このようなことは、この当時よくあることでした。
軽皇子(後の孝徳天皇)が小足姫(おたらしひめ)を中臣鎌足(藤原鎌足)に与えたのもこのような例です。
このことについては、このページ (藤原鎌足と軽皇子) で述べています。

そのお返しに、今度は、物部氏がペルシャ人の女性から生まれた娘を蘇我稲目の側室として与えたわけです。
その娘から生まれたのが小姉君だというわけです。

したがって、小姉君の体内にはペルシャ人の血が4分の1流れていたわけです。
彼女の娘が穴穂部間人皇女です。
確証があるわけではありませんが、これが事実とするならば、聖徳太子には、16分の1のペルシャ人の血が流れていたことになります。
太子が赤い髪の毛をしていたという伝承は、このことによって説明がつきます。

また、後に推古天皇を生む堅塩媛(きたしひめ)と小姉君の間の確執も、このことによっていっそう良く理解することができます。
つまり、この腹違いの姉妹は共に欽明天皇の後宮に入ります。

ところが、若くてきれいな小姉君へと天皇の愛は傾いてゆきます。
それも分かるような気がします。
エキゾチックなペルシャ人の血を引いている小姉君は、天皇の目には、さぞかし魅惑的に映ったことでしょう。

しかし、堅塩媛(きたしひめ)にしてみれば我慢のならないことです。
このようなことを身近に見て来た娘の豊御食炊屋姫(とよみけかしきやひめ)も、当然、この混血児の叔母のことを良く思うはずがありません。
母親からずいぶんとグチをきかされたことでしょう。
この豊御食炊屋姫が推古帝です。

推古天皇は、後年、この小姉君の血を引き継いでいる皇子(聖徳太子も含めて)が天皇になることを極力避けようとしています。
推古帝の身になってみると、2重の意味でこのような皇子を排除したかったでしょう。
先ず「よそ者」の血が流れているということ。

しかも、この混血児の叔母のために、自分の母親がつらい目にあってきたということ。
このように考えてゆくと、つまり小姉君にペルシャ人の血が流れているとすれば、このあたりの事情が非常にすっきりと説明できます。

しかし、これだけに止まりません。
なぜ、聖徳太子は厩戸王子と呼ばれたのか?

母親の穴穂部間人皇女が宮中を見回るうちに、馬屋の前で産気づき、そこで出産したからという逸話が日本書紀などに見られます。
これはキリストの生誕を彷佛とさせます。
しかし、納得ゆくような説明が見当たりません。

ここで、聖徳太子の母親にペルシャ人の血が混じっていたこと、また彼女の回りにペルシャ人を含めて、多くの渡来人が居たことを考えると、このことも、非常にうまく説明がつきます。
では、次のページでもっと詳しくこのことを見て行こうと思います。


『聖徳太子の家庭教師』より
(2008年7月15日)

つまり、聖徳太子の一族にペルシャ人が居たので、キリストの伝説を知っていた。。。 それで聖徳太子は厩戸王子と呼ばれるようになった、というわけねぇ~。。。

そういうわけです。。。

でも、その事と「ジュンガル」がどのように関係しているというわけぇ~?

「ジュンガル遊牧国家」が清によって滅ぼされたので、その難民が中国の北方地方を経由して日本に流れてきたのですよ。。。 ベトナム難民が日本へやって来たこともあるので、可能性がないわけではない。。。

 


(boat001.jpg)

 

ベトナムから難民がやって来たのだから、清に敗れた「ジュンガル遊牧国家」から難民が日本へ逃れてきても可笑しくないわねぇ~。。。 それで。。。?

つまり、清に滅ぼされた「ジュンガル遊牧国家」の難民の一部は中国の北方の草原の道を通って最終的に津軽に到着したのです。。。

 


(mapgras2.jpg)

 

要するに、『津軽じょんがら節』は、もともと清に滅ぼされた「ジュンガル遊牧国家」の難民の哀愁の歌が基になっている。。。 それで なまって「津軽ジュンガル節」が「津軽じょんがら節」になったというわけねぇ~。。。?

そういうことですよ!

。。。で、日本の学界ではケイトーの説は認められたわけぇ~?

もちろん、認められてません。。。

事実はどうなのよ。。。?

かつて、『津軽じょんがら節』の事で僕が記事を書いたので読んでください。。。

“たかが音楽、されど音楽、

 それ以上でも以下でもない。”

 

津軽じょんがら節は津軽民謡の代名詞のようなものですが、
元は新潟・十日町市の「新保広大寺」という唄だと言われています。

これは広大寺の和尚・白岩亮端の時代に起きた農地の耕作権をめぐる土地争いが原因で、
広大寺の和尚を追い出すために歌った「悪口唄」でした。

それが越後で大流行し、やがて越後瞽女(ごぜ)のレパートリーとなります。
これが全国に流行するのですが、それが津軽化したものが「じょんがら節」です。

津軽でも民衆の心に長く記憶される事件が起こりました。
慶長2(1597)年、南津軽郡浅瀬石城主・千徳政氏が、大浦為信に滅ぼされたのです。

しかし、政氏の死後も為信は追討をやめず、ついに政氏の墓まで暴こうとします。

 


(joue006.jpg)

 

その戦いで炎上した千徳氏の菩提寺・神宗寺の僧・常椽(じょうえん)は、
それを抗議する意味をこめて本尊を背負って、
上川原に身を投げたと言います。
すさまじい話なんですよね。
こうした悲劇を歌った口説節が、じょんがら節であると言います。

つまり、民衆の中から沸き起こった歌なんですよね。
11代にわたって津軽の東の山根に繁栄した千徳家が滅亡。
落城とともに神社・仏閣がすべて焼き払われる。

この時千徳家代々の菩提寺である神宗寺に奉仕していた常椽和尚が、
先祖代々の位牌を背負って逃げた。

ところが、捕らえられそうになったので
白岩の断崖から浅瀬石川(上川原)に身を投じて一生を終えたのです。

年を経た夏に、川原で遊んでいた子供達が常椽和尚の変わり果てた遺体を砂の中にみつけ、
村人が相談して墓をつくり、ねんごろに弔ったと言われています。

その後、その場所を常椽川原(じょうえんがわら)と呼ぶようになったそうです。
それから毎年、お盆には常椽川原に集まり供養をし、
代々の城主をはじめ先祖の霊を慰め、
常椽和尚を偲ぶために即興で歌われたのが「津軽じょんがら節」の始まりだと言われています。

常椽川原もいつしか上川原(じょうがわら)となり、更には「じょんがら」と言われるようになったわけです。

つまり、“民衆の創造性”から生まれた唄というものは、
もともとのクラシックのようにorder-madeではなかったのですよね。

民衆の中から沸き起こった歌。
血と汗と涙。。。
そのような苦労の中で民衆の口により歌い継がれて現在の我々にまで知られるようになった。

現在の僕が、あれだけハマッタ“乙女の祈り”を聞いてもジーンとこないのに、
“津軽じょんがら節”を津軽三味線で聴く時、僕の魂はゆさぶられる。
それは、やはり、この唄が血と汗と涙の中で民衆によって受け継がれてきたからではないのか?

芸能プロダクションがミーハーの歌手を育てて広めたわけでもない。
そうやって金儲けをするために歌われてきたわけではない。

テレビやラジオで宣伝して広めたわけでもない。
演奏会や、音楽会を開いて広めたわけでもない。
紅白歌合戦があったわけでもない。
レコード会社が儲かるからと言ってレコードに録音したわけでもない。


(ohta03.png)

  太田将宏

 

私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。

しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。

この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えない、という気持ちである。

つまり、太田さんが言うところのこの汚染されきった世界こそ、
すぐ上に書いた芸能プロダクションであり、
テレビやラジオの功利主義であり、
演奏会や音楽会の商業主義であり、
紅白歌合戦と言う馬鹿騒ぎであり、
レコード会社の儲け主義ではないだろうか?

僕が“津軽じょんがら節”を聴いて魂をゆさぶられるのは、
“民衆の創造性”に僕の心の琴線が触れたからだと僕は信じています。

本尊を背負って、上川原に身を投げた常椽(じょうえん)和尚の無念な気持ち。
その和尚に同情を寄せる村人たち。
その中で和尚を悼(いた)み偲ぶ唄が生まれ、その悲劇と共に民衆に歌い継がれてゆく。
僕は、このような悲劇のことは何も知らない。

しかし、その悲劇性と、農民の気持ちが、この歌の響きの中に、旋律の中に込められている。
そして、その唄が津軽三味線で奏(かな)でられるとき、僕の魂をゆさぶる。

そういうことだと思うのですが。。。
あなたはどう思いますか?

次のリンクをクリックして、柴田三兄妹の“津軽じょんがら節”を聴いてみてください。


『ん? クラシックと津軽じょんがら節?』より
(2006年7月9日)

つまり、常椽和尚を偲ぶために即興で歌われたのが「津軽じょんがら節」の始まりだったのねぇ~。。。

そういうことのようです。。。 でもねぇ~、僕は『津軽じょんがら節』を聴くと、清に滅ぼされた「ジュンガル遊牧国家」の難民が、はるばる 草原の道 をたどって津軽にたどり着いて歌った哀愁の唄声が聞こえるのですよ。。。


(laugh16.gif)

【ジューンの独り言】


(bare02b.gif)

ですってぇ~。。。

デンマンさんは自分で記事を書いていながら、すっかり忘れていたようですわァ~。。。

ええっ。。。 「そんなことは、どうでもいいから、他に、もっと楽しいことを話せ!」

あなたは、そのように強い口調で私に命令するのですか?

分かりましたわ。

シルヴィーさんが出てくる面白い記事は たくさんあります。。。

次の記事の中から面白そうなものを選んで読んでください。


(sylvie500.jpg)


『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』

『真紀子落選(2013年1月14日)』

『野火(2013年1月18日)』

『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』

『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』


(sunwind2.gif)

『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

『その検査、ムカつく!』

『宮沢りえと床上手な女』


(mh370a.jpg)

『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』

『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』


(jump009.jpg)

『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』

『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』

『やっぱり、セックス』

『セックス風呂具村』

『CIAの黒い手再び』


(banana82e.jpg)

『アダムとイブは何を食べたの』

『舞踏会 明子』

『波乱の人生』

『国際化だよね』

『イングナさんを探して』

『美しい日本語 チェーホフ』

『横の道@ニコライ堂』

『また塩野七生批判』

『日航スチュワーデス』


(cleopara2.jpg)

『クレオパトラ@塩野批判』

『テルモピュライの戦い』

『思い出の蓮』

『角さんと天罰』

『ラーメン@リガ』

『角さんと天罰がなぜ?』

『南京事件と反知性主義』

『あけびさんの卒論』

『愛は降る星の彼方に』

『サイバー戦争』

『エロくて、ごめんね』

『モバイル社会とガラケー』

『元老のアメリカ』

『ケネディ家の呪い』

『欧米を敵に回す』

『ソフィアからこんにちわ』

『ドイツが原爆をロンドンに』

『いまだに謎』

『さらば大前研一』


(superm3.jpg)

『空飛ぶスパイ』

『愛情はふる星@ベトナム』

『ヒラリーと塩野七生』

『ケネディ夫人@インドネシア』

『究極の大前研一批判本』

『フェルメールの謎』

『女に文句を言う女』

『あなたの祖国』

『宮沢りえ@韓国』

『正しい戦争』

『ゴールデンシャワー』

『死刑廃止』

『かまびすしい』

『今、新たな戦前』

『クレオパトラ@アラビア』

『政府は嘘をつく』

『犬と人間と戦争』

『未来予測』

『知られざる悲劇』

『量子活動家』

『アンネの運命』

『10次元の世界』

『ポーランドの犬』

『熟女ヌード@デンマン』

『ロッキード事件の真相』

『政府と役人と嘘』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ。


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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パンツと戦争

 


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デンマンさん。。。 なんで あたくしのズロース姿を貼り出したのでござ~ますかァ~?


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卑弥子さんのズロース姿がネットで人気が出てきたのですよ。

マジで。。。?

卑弥子さんは信じられないのですか?

だってぇ~、これまでにもデンマンさんは あたくしがネットで人気が出てきたと何度も何度もおっしゃったのですわァ~。。。 でも。。。、でも。。。、あたくしには未だに素敵な殿方が現れず、プロポーズしてくださらないのでござ~ますわァ~。。。

あのねぇ~、今度の人気は確かですよ。

その証拠でもあるのでござ~ますかァ~?

ちょっと次のリストを見てください。


(goo90710d.png)


『拡大する』

『4番のリンク』

『ズロースと戦争』

これはGOOの僕の『デンマンブログ』の7月10日の午前11時15分現在のアクセス解析のリストですよ。。。 赤枠で囲んだ 4番のリンクに注目してください。

あらっ。。。 Yahoo!で検索してデンマンさんのブログにアクセスしたのですわねぇ~。。。

そういうことですよ。。。 上の4番のリンクをクリックすると次のページが出てくるのですよ。。。


(goo60403e.png)


『拡大する』

『ズロースと戦争』

あらっ。。。 『ズロースと戦争』を読んだのでござ~ますわねぇ~。。。

そうです。。。 

あたくしの魅力的なズロース姿が登場するのでござ~ますわねぇ~。。。 うふふふふふふ。。。

その通りです。。。(微笑)


(himiko32.jpg)

『ズロースなの?』

でも。。。、でも。。。、まだプロポーズのメールをいただいておりませんわァ~。。。

あのねぇ~、いくらなんでも、そんなに早く結婚のプロポーズのメールが卑弥子さんのメールボックスに入っているわけないでしょう!

でも、どういうわけで あたくしのズロース姿が人気があるとデンマンさんは判断したのですか?

ちょっと次の画像検索結果を見てください。


(yah60402b.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「ズロース」と入れて画像検索したのですわねぇ~。。。

そうです。。。 赤枠で囲んだズロースに注目してください。


(zurose3.jpg)

これはマジで卑弥子さんが身に着けているズロースと全く同じものなのですよ。

 


(himiko25.gif)

 

あらっ。。。 マジですわァ~。。。 つまり、このズロースの魅力に惹かれて あたくしが登場する記事を突き止めて読んだ素晴らしい殿方が3名いたということでござ~ますかァ~?

その通りですよ。。。 

 


(goo90710d2.png)

 

つまり、画像検索で探し当てたズロースを身につけている卑弥子さんを捜し求めて記事を読んだというわけですよ。

あらっ。。。 うれしいわあああァ~。。。 じゃあ、今年こそはマジで結婚ができるかしらあああァ~。。。?

期待してもいいと思いますよ。

でも。。。、でも。。。、どうして“ズロースと戦争”というような衝撃的なタイトルの記事を読んだのでござ~ますか?

実は、検索した男性は次の映画のタイトルを思い出そうとしても思い出せなかった。。。 でも、卑弥子さんがズロースを穿いて登場した記事に、映画のクリップが出ていたことだけははっきりと覚えていた。。。

それで、あたくしのズロース姿を探して、映画が紹介されている記事を突き止めたというわけでござ~ますか?

そういうことですよう。。。

つまり、あたくしにプロポーズするために記事を読んだのではなく、映画のタイトルを突き止めるために記事を探したのですわねぇ~。。。


(lib60402a.png)

『実際のカタログページ』

金陵十三釵


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『金陵十三釵』(英語題:The Flowers Of War)は、2011年公開の中国映画。
張芸謀(チャン・イーモウ)監督作品。
日本未公開。
題名は『紅楼夢』の『金陵十二釵』に由来する。

南京事件を題材としたフィクション作品で、中国映画史上最高額となる製作費6億元(約78億円)を投じた超大作であり、2011年の中国の年間総興行第1位(約71億円)と大ヒットし、中国社会に大きな影響を与えた。
第84回アカデミー賞外国語映画賞中国代表作品。

ストーリー

舞台は日中戦争下、1937年の南京。

南京へ侵攻してきた日本軍から迫害を受け教会の建物の中へ逃げ込んだ中国人女子学生ならびに娼婦らを米国人納棺師ジョン(クリスチャン・ベール)が聖職者になりきり匿い救う。

日本軍士官長谷川は女学生たちを保護する約束をするが、同時に彼女等がパーティーで賛美歌を合唱するよう要求する。

女子学生たちを助けるために、一緒に避難していた12人の娼婦と1人の少年侍者が女子学生に扮装し身代わりとして日本軍の南京陥落パーティーに赴き、その隙にジョンは修理された教会のトラックと密かに入手した通行証で女子学生たちを南京から救出する。

中国社会への影響

日本兵によるリアルで残虐な戦闘シーンや、中国人女性への強姦や輪姦、殺戮シーンなど反日感情を刺激する日本軍の残虐性を強調するシーンが多く、上映中、中国の映画館内では、すすり泣きと日本人を罵倒する声があちこちから聞こえ、またインターネット上にはこの映画の影響を受け反日を叫ぶ書き込みが溢れたという。

この映画を鑑賞した人気歌手の韓紅が中国版ツイッター・新浪微博に日本を罵倒する書き込みをしたところ、インターネット上ではそれに対する賞賛の書き込みがあふれる。

一方で、韓紅の書き込みは「愛国主義の濫用」「品位に欠ける」などの批判もなされるなど、賛否両論の論争となった。


(flowers3.jpg)

  予告編


出典: 「金陵十三釵」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

でも。。。、でも。。。、この映画が“ズロース”と関係あるのでござ~ますか?

「舞台は日中戦争下、1937年の南京」と書いてあるでしょう。。。 だから、この時代の女子学生も娼婦たちも、皆 “ズロース”を身に着けているのですよ。

あらっ。。。 デンマンさんは その当時のズロースを見るために、映画を観たのでござ~ますか?

もちろん違いますよ。。。 でも、卑弥子さんのズロース姿が人気が出てきたのは、この映画と関係あるようです。。。

それで上の映画に女子学生や娼婦がズロースを身に着けていることにデンマンさんは感動したのでござ~ますか?

ズロースに感動したわけではないのです。。。

じゃあ、何に感動したのでござ~ますか?

あのねぇ~、卑弥子さんも上の予告編を観て映画に興味を持ったら、全編をゲットしたのでぜひ次のリンクをクリックして じっくりと観てください。


(flowers5.jpg)

  全編

この映画の原作は短編小説『金陵十三钗』なのですよ。。。 でも、作者の嚴歌苓・女史は、僕がコメントでも書いたけれど、程瑞芳・女史(Minnie Vautrin)の日記を読んで作品を書いた。

あらっ。。。デンマンさんは、けっこう詳しいのですわねぇ~。。。

かつて程瑞芳・女史のことを取り上げて記事を書いたことがあるのですよ。。。

「程瑞芳日記」


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私が「程瑞芳日記」に出会ったのは、2005年のことでした。 その2年前から、私達日本側研究者と南京師範大学の歴史研究者が共同で、実践的な南京大虐殺研究のために「南京大屠殺研究援助基金」という研究組織を設立しました。 この基金を基に、南京大虐殺当時に書かれた新たな日記についての研究論文が発表されると南京師範大学の張連紅教授から知らされました。 (中略) 程瑞芳日記とは、1937年当時の南京大虐殺の惨状を克明に記録した日記だと聞いておりました。 (中略) 日記を書き綴った程瑞芳という女性は、ミニー・ヴォートリンと共に金陵女子文理学院に留まり、南京大虐殺と性暴力を目の当たりにし、中国人女性たちを日本兵の暴力から守った人でした。

 (中略)

私は何度もこの程瑞芳日記を読み、傍線を引き、また日本兵の書いた日記や証言の資料を読み返しました。 程瑞芳日記が記述している内容と日本兵が南京で見たり体験したことを話しているたくさんの事例が、驚くほど重なり合っていました。 つまり、安全区や女子学院その他の地域でも、女性への性暴力、市民の連行、集団虐殺、略奪などに関しての出来事が具体的にしかも細部にわたって一致していたからでした。

 (中略)

日本側研究者の多くが、中国人の「証言」は、南京大虐殺や南京レイプの事実として証拠にならないと退けてきました。 日本では、「証言を裏づけがなく時代を経て増幅されるもの」「証言は信憑性がない」「感情がはいっていて客観性がない」と言う人がいます。 侵略戦争を美化する勢力はもちろん、歴史研究関係の部門でも証言者の語る「証言」は取り上げられませんでした。

今回発見された程瑞芳日記は、日本軍が金陵女子大学で起こしたさまざまな暴行を詳しく書き記しています。 南京大虐殺当時、程瑞芳は、毎日体験したことを夜間せっせと、時には深夜に及ぶまで記録として書き記しました。 (中略) 金陵女子文理学院に避難していた多くの女性達やその近くにいた多くの男性達、さらにそこに駐屯していた元日本兵の証言と重ねあわす時、南京国際安全区にある金陵女子文理学院でおきた南京レイプ南京大虐殺の実態が如実に浮かび上がってきます。


(minnie12.jpg)

(注:写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)


214 – 218ページ 『戦場の街南京』
著者・編者: 松岡環
2009年8月15日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 評論社

『裸眼で見る』に掲載
(2011年3月30日)

それで。。。、それで。。。、ズロースを穿いていたであろう程瑞芳・女史が懐かしくなったのですか?

。。。と言うよりも、卑弥子さんが穿いているズロースを画像検索で探して、更に『ズロースと戦争』を読んだ。。。 おそらく、同一人物だと思うのだけれど、Yahoo!で検索した後で、3度も『ズロースと戦争』にアクセスした。。。

。。。ということわァ~、どういうことなのでござ~ますかァ?

だから、卑弥子さんはがっかりする必要はありません。。。 これだけ努力して『ズロースと戦争』を探して読んだネット市民は、もしかすると卑弥子さんにプロポーズすることを考えているかも知れませんよ。。。 映画のタイトルだけを思い出そうとしただけとは考えられない!

マジで。。。?

近いうちに卑弥子さんのメールボックスに「お付き合いしてください」というメールが届くかもしれません。。。

やっと、あたくしの望みがかなうことになるのかしら?

そうです。。。 そうです。。。 期待して待っていてください。。。


(foolw.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

ですってぇ~。。。 

あなたも、あたくしのメールボックスに、星の王子様から「お付き合いしてください」というメールが届くと思いますかァ~?

ええっ。。。 「そんな事は、どうでもいいから、もっと他に面白い話をしろ!」

あなたは、そのように あたくしにご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。

分かりましたわ。

では、話題を変えて 天の川の不思議に迫るクリップを お目にかけますわ。。。

 


(milkyway2.jpg)

 

どうでした?

ええっ。。。 「夜眠れなくなるから、そういう動画は見せるな! 気分直しに何か他に もっと面白いことを話せ!」

あなたは、あたくしに向かって、更にご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。!

分かりましたわァ。。。 あなたが、そうおっしゃるのだったら、まずジューンさんの次の写真をご覧になってくださいまし。。。

 


(senya020b.jpg)

 

千夜一夜物語の衣装を着たジューンさんに魅せられて、女性に成りすます男性が たくさん居るのでござ~ますわァ!

ええっ。。。 信じられないのですかァ?

じゃあ、ちょっと次のYouTubeのクリップを見てくださいまし。。。

 


(xdress02.jpg)

 

いかがでござ~ますかァ~?

男性が女装していると思いますかァ?

あたくしは、素直に信じることができませんわァ~。。。

どうですかァ~? けっこうなものでしょう!?

いつまでも見とれていても仕方がありませんわよゥ。

あなたのために古代史の面白い記事を用意しました。

ぜひ お読みください。

では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

 

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

『ペルシャ人の楊貴妃』

『ん?佐伯今毛人』

『文学と歴史とウソ』

『百人一首ミステリー』

『芭蕉と遊女再び』

『映画とロマン@仙台』

『源氏物语中的性描写』

『忘れられた歴史ロマン』


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『おばさんパンツ@サンホセ』

『聖徳太子のチューター』

『オナラの曲芸』

『死海』

『漱石とオナラ』

『絵里香さん』

『美女とオナラ』

『アンバパーリー』

『ゆっくりと愛し合う』

『見ちゃだめ!』

『二重マチ付きズロース』


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『ネットのバカ女を捜して』

『額田王の歌』

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『プリキュアとヒトラー』

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『怨霊の歴史』

『色欲@歴史』

『紫式部と敗戦』

『ラピスラズリと源氏物語』


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『阿倍仲麻呂@ベトナム』

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『エロい源氏を探して』

『ラピスラズリの舟形杯』

『平成の紫式部』

『隠元豆と国性爺合戦』

『おばさんと呼ばれて』


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『女帝の平和』

『アタマにくる一言』

『悪女レオタード@昌原市』

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『松平春嶽ダントツ』

『英語は3語で伝わる』

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『面白い漢字テスト』


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『放屁女に罰金』

『アヤメとカキツバタ』

『日本の閨房術』

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『紀元前のメイフラワー号』

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『更級日記の作者も見た』

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『行田市長選挙@黒い霧』

『日本のエロい文化』

『女のオナラ』

『紫式部と宮本武蔵』

『頼朝の死の謎』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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知られざる悲劇

 

知られざる悲劇

 


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ケイトー。。。、今日は知られざる悲劇を取り上げるのォ~?


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そうです。。。 いけませんかァ~? もしかしてシルヴィーは、悲劇に対してアレルギー反応を起こすわけぇ~。。。

別に、悲劇を見るとアレルギー反応が出るわけじゃないけれど、悲劇よりは喜劇の方がいいわねぇ~。。。 ケイトーはどうして悲劇を取り上げるわけぇ~?

あのねぇ~、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。


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日本であまり知られていないのは、ソ連軍がベルリンに到着するまでの占領地域でおこなったレイプです。
これはドイツ人だけでなく、ソ連国境からドイツの間にある東ヨーロッパの国々でベルリンのケースのように起こっています。
したがって、総数ではソ連軍のレイプは、途方もない数に上ります。

当然ながら、レイプは、それだけにとどまりません。
抵抗するので、暴行、障害、殺人などの戦争犯罪を伴います。

一説では、ソ連兵はレイプした女性の約一割を殺害したそうです。
しかも、これ以外に自殺した女性もいます。
また、当然、被害者たちの間に性病は蔓延し、それを家族にも伝染させます。

妊娠した場合はさらに悲惨です。 (略)
ソ連軍のレイプによる妊娠率は20パーセントもあるそうです。(略)
ベルリン陥落後のソ連軍のレイプによって11,000人のドイツ人女性が妊娠し、宗教的理由その他で堕胎しなかったために1,100人の「ロシア人」の子供が生まれたとしています。(略)

こうしてみると、レイプ、監禁は女性にとって許しがたい戦争犯罪であることを認めたうえでですが、日本軍だけ非難されるのはおかしいと言わなければなりません。

 


(arima01.jpg)

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


237-238ページ 『こうして歴史問題は捏造される』
著者: 有馬哲夫
2017(平成29)年9月20日 初版発行
発行所: 株式会社 新潮社

あらっ。。。 旧ソ連軍が満州に攻め込んだときに満蒙開拓団の婦女子をレイプしたことはよく知られているけれど、旧ソ連軍はドイツに進撃するときにも占領地域でレイプを行ったわけなのォ~?

そうなのですよ。。。 実際、歴史的な事実に基づいて制作された映画まであるのです。。。

マジで。。。?

僕は去年の11月にバンクーバー市立図書館でDVDを借りて、その映画を観たのです。。。

 


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『拡大する』

『実際のページ』


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My Comment

November 28, 2018

Directed by Anne Fontaine in 2016 based on the real events, this French drama delves into the aftermath of mass rapes by Soviet soldiers at the convent in Poland.

The pregnant nuns go through an unprecedented crisis of faith.

Although it doesn’t seem easy to watch, its nuanced exploration of the minds of the strict Mother Superior as well as the victimized nuns appears well worth watching.


歴史的事実に基づいて2016年にアンネ・フォンテーヌによって監督された、このフランスのドラマはポーランドの修道院でソビエト兵士による大量レイプの余波を描く。

妊娠中の修道女たちは前例のない信仰の危機を経験する。

気楽な気持ちでは映画を鑑賞できないけれど、厳格な修道院長や犠牲にされた修道女の心の複雑で微妙な精神的な動揺や感情は見る価値がある。

【デンマン訳】

 

夜明けの祈り

(The Innocents)

 


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2016年に製作されたフランス・ポーランド合作のドラマ映画。監督はアンヌ・フォンテーヌ。
音楽はグレゴワール・エッツェルが担当。
第2次世界大戦直後のポーランドでの実話に基づいたドラマ映画である。

女医マチルドのモデルは、実在のフランス人女性医師マドレーヌ・ポーリアック。

 


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ポーリアック医師の遺した日記から第2次世界大戦直後にポーランドの修道院で起こった悲劇的な事件を知ったプロデューサーのエリックとニコラ・アルトメイヤー(フランス語版)が、映画監督であるアンヌ・フォンティーヌに映画制作を持ちかけた。

フォンティーヌ監督はポーランドの歴史学者と共に現地に行き調査をする。
そして、実際に3つの修道院で事件が起こったという確証を得る。
カトリックの家庭に生まれたフォンティーヌ監督には修道女の叔母が2人いる。

修道女たちの心の動きを理解するために映画と同様のベネディクト会系修道院で「修練者」として生活を体験した。
「現在も世界中で戦争やテロによって一般市民が犠牲となっている。 最も重要なことは強い連帯。絶望的な状況にあっても希望を見つけるということが大事。」とフォンティーヌ監督は語る。

 

あらすじ

1945年12月、ポーランド。1人の修道女が修道院を抜け出し、町の孤児たちに案内を頼み赤十字の施設へと辿り着く。
そして、フランス人女性医師のマチルド・ボリューに目を止める。修道女は診察を頼むが、マチルドはフランス人以外は助けられない規則であるという理由から他の施設へ行くように告げる。

数時間後、マチルドが窓の外を見ると、雪の降り積もる中で祈っている修道女の姿を見る。
その姿に心を動かされてマチルドは修道女とともに軍用ジープで遠く離れた修道院へ行く。

 


(inno02.jpg)

 

苦しんでいる妊婦を診察し帝王切開で出産させる。
翌日、傷口の状態を診るために診察に行き、マチルドは他の7名の修道女も妊娠していることを知る。
そして修道院長から、ソ連兵の蛮行を聞くことになる。
マチルドは専門家の診察を提案するが、「修道院が閉鎖され、恥をさらすことになる」と外部の人間を立ち入らせることを拒否される。

マチルドは尊い命を救うという使命感に動かされ、赤十字の激務の中で、危険に直面しながらも自分1人でこの事態に対処しようと修道院に通い続ける。
修道院に敵兵を捜索するソ連軍の小隊が乗り込んでくるが、マチルドのとっさの機転で追い払う。
マチルドは孤立した修道女たちの信頼を得、唯一の希望となっていく。
過酷な現実と神への信仰の狭間で悩み苦しむ修道女たちの姿を見て、無神論者のマチルドは「信仰とは」と問う。
シスター・マリアはその問いに「信仰は24時間の疑問と1分の希望。」と答える。

赤十字の上官から任務終了によるポーランドからの撤退を通告され、マチルドは同僚のユダヤ人医師のサミュエルに協力を請う。
フランスへの帰国直前、マチルドはシスター・マリアに1つの提案をする。
その提案は誕生した赤ん坊と修道女、そして、町の孤児たちに希望を与えるものであった。


出典: 「夜明けの祈り」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。 ずいぶんと酷い事をしたものねぇ~。。。

とにかく、ソ連軍が修道院に殺到して尼さんたちを次々にレイプしたというのですよ。。。 それから10ヵ月後には、その尼さんたちの多くが臨月を迎えて出産する。。。

 


(inno05.jpg)

 

修道院が育児所になってしまったようなものですよ。。。

つまり、ケイトーは、日本が「慰安婦問題」で世界的に非難されていることに対して、旧ソ連軍がベルリンに到着するまでの占領地域でおこなったレイプを取り上げて、かばうわけねぇ~。。。

いや。。。 僕は「慰安婦問題」で、旧日本軍の犯罪をかばうわけではないのですよ。。。 ただ、戦争中は、どこの国の軍隊でもレイプ事件はあったのだということを言いたいわけです。。。 現在でも、シリア政府軍が「組織的レイプ」を行ったというようなニュースもありましたからねぇ~。。。

シリア政府軍が「組織的レイプ」、

男性や少年も標的 国連が非難

 


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2018/03/16

シリア第3の都市ホムス(Homs)出身のある女性がCOIの調査官に語ったところによると、

2012年に政府軍が自宅に押し入り、自分と夫の目の前で娘がレイプされ、

さらに娘と夫は射殺された。

その後、女性も兵士2人にレイプされたという。


『AFP ニュース』より

要するに、旧日本軍は自国の兵士が敵国の民間人に対してレイプ行動に出ないように、「慰安婦施設」をもうけたことをケイトーは賞賛するわけぇ~?

いや、僕は「慰安婦制度」を肯定しているわけじゃないのですよ。。。

じゃあ、どういうつもりで旧ソ連軍のレイプを取り上げたのォ~?

あのねぇ~、ドイツ軍も、旧ソ連進撃中にレイプ事件を起こしているし、アメリカ軍だってノルマンディー上陸作戦当時フランス人女性に対してレイプ事件を起こしていた。

「解放者」米兵、ノルマンディー住民にとっては

「女性に飢えた荒くれ者」

 


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2013/05/27 AFP

(一部更新)

第2次世界大戦(World War II)中の仏ノルマンディー(Normandy)上陸作戦に

参加した米軍兵士たちは、フランスをナチスドイツ(Nazi)から解放した勇敢な英雄として描かれてきた。

そうした「若いハンサムな米兵さん」のイメージに隠された負の側面を明らかにした研究書が来月、米国で出版される。 (略)

特に、ルアーブル(Le Havre)やシェルブール(Cherbourg)では米兵たちのマナーの悪さが目立ったという。

米兵たちは、女性を見れば既婚女性でさえ公然とセックスに誘い、公園、爆撃を受けて廃墟と化した建物、墓地、線路の上など、街中いたるところが性行為の場となった。

しかし、全てが両者の合意のもとで行われたわけではなく、米兵によるレイプの報告も数百件残されている。

ロバーツ教授が調べた資料によれば「セックスをしている男女を見かけずに街を歩くことは不可能」なほどで、当時のルアーブル市長が米駐留部隊の司令官に改善を求めたと記されていた。

米軍の上官らは兵士たちの行為について公式な非難声明は出したが、改善の努力はしなかったという。

 

■フランスは「売春宿」、口説き文句も紹介――米誌プロパガンダ

ロバーツ教授は、当時の米兵が勇気ある青年たちであり、その勇敢で英雄的な行為がフランスから感謝されている事実についても忘れずに触れている。

一方で、米軍が未知の国で戦う若者たちを鼓舞する即効策として、意図的に米兵たちの性欲に訴えかけるプロパガンダを行ったとみられる点も指摘している。

例えば、写真ジャーナリズムの草分けである米誌「ライフ(Life)」は、フランスを「快楽主義者4000万人が住む巨大な売春宿」と表現した。

また、米軍機関紙「星条旗新聞(Stars and Stripes)」は、フランス女性を口説くためのフランス語フレーズを連載。

「きみ、とても可愛いね」「たばこをあげようか」「ご両親は今、家にいるの?」といった会話の糸口を紹介していた。

ロバーツ教授は「米兵の性欲は、いったん火が付くと手が付けられなかった」と記している。


『AFP ニュース』より

それに、ナチスのユダヤ人絶滅・虐殺作戦はあまりにも悪名高く、世界に知れ渡っているけれど、旧ソ連がウクライナ人に対して行った組織的虐殺は、最近までほとんど知られていなかった。

あらっ。。。 旧ソ連の高級幹部はウクライナ人をマジで組織的に虐殺したわけなのォ~?

僕も最近まで全く知らなかったのだけれど、今年の5月に次のドキュメンタリーを観たのですよ。。。

 


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『拡大する』

『実際のページ』


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My Comment

May 27, 2019

Directed by Yurij Luhovy in 2010, this 76-minute documentary delves into genocide against the Ukrainian nation with declassified rare footage while interviewing survivors and historians.

The Holodomor (killing by starvation) took place in Soviet Ukraine in 1932 and 1933 that killed millions of Ukrainians.

During the Holodomor, millions of inhabitants of Ukraine, the majority of whom were ethnic Ukrainians, died of starvation in a peacetime catastrophe unprecedented in the history of Ukraine.

Since 2006, the Holodomor has been recognized by Ukraine and 15 other countries as a genocide of the Ukrainian people carried out by the Soviet government.

Amazing, shocking and heart-wrenching!


2010年にユリ・ルホヴィが監督したこの76分のドキュメンタリーは、生き残った人物や歴史家とのインタビューを通して、機密解除された希少な映像でウクライナ国民に対する大量虐殺の事実を解明する。

ホロドモール(飢餓による殺害)は1932年と1933年にソビエトウクライナで起こり、何百万ものウクライナ人が殺害された。

ホロドモールの間に、その大部分が民族のウクライナ人ですが、何百万もの住民は、ウクライナの歴史の中で前例のない大惨事の中で飢餓で死んだ。

2006年以来、ホロドモールはウクライナをはじめ​​とする15の国々によって、ソビエト政府が実施したウクライナ国民の大量虐殺として歴史的に認められている。

驚くべき、衝撃的で、観るのに心痛を伴う記録映画です!

【デンマン訳】

 

ホロドモール

Holodomor

 


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ホロドモールは1932年から1933年にかけてウクライナ人が住んでいた各地域でおきた人工的な大飢饉である。

アルメニア人虐殺、ホロコースト、ポル・ポト派による虐殺、ルワンダ虐殺等と並んで20世紀の最大の悲劇の一つ。

ウクライナ人たちは強制移住により、家畜や農地を奪われたために400万人から1,450万人が死亡した。
また、600万人以上の出生が抑制された。

この大飢饉が当時のソ連の最高指導者ヨシフ・スターリンによる計画的な飢餓ではないかとする議論が長年続いていた。
2006年にウクライナ議会は、「ウクライナ人に対するジェノサイド」であると認定した。
また、米英など西側諸国においても同様の見解が示されており、ソビエト連邦による犯罪行為であるとしている。

ホロドモールの主な地域は以下の通り

■ソビエト連邦のウクライナ社会主義ソビエト共和国

■カザフ・ソビエト社会主義共和国

■ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国のクバーニ、ヴォルガ川沿岸地域、南ウラル、北シベリアなど


出典: 「ホロドモール」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。 ウクライナ人たちは強制移住により、家畜や農地を食料を奪われたために400万人から1,450万人が死亡したのねぇ~。。。 ナチスのユダヤ人虐殺に等しい数字かそれ以上じゃないのォ~!?

そういうことですよ。。。 アルメニア人虐殺、ホロコースト、ポル・ポト派による虐殺、ルワンダ虐殺等と並んで ホロドモールは20世紀の最大の悲劇の一つなのですよ! つまり、戦争もやってはいけないことだけれど、独裁政治というのも悲劇を生むことがこれによって充分に立証されたようなものですよ!

確かに、そうよねぇ~。。。 毛沢東の共産党独裁当時の中国「大躍進政策」(1958年〜1961年)では、無謀な計画であったため、1,000万人以上の餓死者を出たのよねぇ~。。。 それに、北朝鮮でも、元BBC記者である英国のジャーナリスト、ジャスパー・ベッカーが、国連などのデータをもとに指摘しているところによると、金日成が死去した直後の1995年、国連が調査した北朝鮮の人口は2,400万人だったが、2005年には その人口は1,900万人に減ってしまった。。。 わずか10年余りの間に500万人もの北朝鮮人が餓死したのよねぇ~。。。

そうですよ。。。 戦争も、独裁政治も悲劇を生むのですよ!


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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたも戦争と独裁政治は悲劇を生むと思いますか?

ええっ。。。 「そんなことは、どうでもいいから、他に、もっと楽しいことを話せ!」

あなたは、そのように強い口調で私に命令するのですか?

分かりましたわ。

シルヴィーさんが出てくる面白い記事は たくさんあります。。。

次の記事の中から面白そうなものを選んで読んでください。


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『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』

『真紀子落選(2013年1月14日)』

『野火(2013年1月18日)』

『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』

『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』


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『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

『その検査、ムカつく!』

『宮沢りえと床上手な女』


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『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』

『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』


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『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』

『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』

『やっぱり、セックス』

『セックス風呂具村』

『CIAの黒い手再び』


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『アダムとイブは何を食べたの』

『舞踏会 明子』

『波乱の人生』

『国際化だよね』

『イングナさんを探して』

『美しい日本語 チェーホフ』

『横の道@ニコライ堂』

『また塩野七生批判』

『日航スチュワーデス』


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『クレオパトラ@塩野批判』

『テルモピュライの戦い』

『思い出の蓮』

『角さんと天罰』

『ラーメン@リガ』

『角さんと天罰がなぜ?』

『南京事件と反知性主義』

『あけびさんの卒論』

『愛は降る星の彼方に』

『サイバー戦争』

『エロくて、ごめんね』

『モバイル社会とガラケー』

『元老のアメリカ』

『ケネディ家の呪い』

『欧米を敵に回す』

『ソフィアからこんにちわ』

『ドイツが原爆をロンドンに』

『いまだに謎』

『さらば大前研一』


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『空飛ぶスパイ』

『愛情はふる星@ベトナム』

『ヒラリーと塩野七生』

『ケネディ夫人@インドネシア』

『究極の大前研一批判本』

『フェルメールの謎』

『女に文句を言う女』

『あなたの祖国』

『宮沢りえ@韓国』

『正しい戦争』

『ゴールデンシャワー』

『死刑廃止』

『かまびすしい』

『今、新たな戦前』

『クレオパトラ@アラビア』

『政府は嘘をつく』

『犬と人間と戦争』

『未来予測』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ。


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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Jagel - Soft Japanese Bagel
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(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

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■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


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■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』


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紀元前のメイフラワー号

 

紀元前のメイフラワー号

 


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デンマンさん! どういうわけで紀元前のメイフラワー号を持ち出してきたのでござ~ますかァ~?


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卑弥子さんは僕が持ち出したと思っているのですか?

だってぇ~、タイトルを書くのはデンマンさんでござ~♪~ますわァ~。。。

確かにタイトルを書くのは僕です。。。 でもねぇ~、上のタイトルを書くように促(うなが)したのは他の人なのですよ。。。

それはどなたでござ~ますか?

ちょっと次のリストを見てください。。。

 


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『拡大する』

『日本へ、紀元前のメイフラワー号』

 

これはライブドアの僕の「徒然ブログ」の日本時間で 3月5日の午後3時56分から 6日の午前3時44分までの約12時間の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。

あらっ。。。 3月5日の午後6時5分に『日本へ、紀元前のメイフラワー号』を読んだネット市民がいたのですわねぇ~。。。

 


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『拡大する』

『日本へ、紀元前のメイフラワー号』

 

実は、岐阜県 中津川市に住んでいる 津川美里 (つがわみさと) さんが読んだのです。。。

 


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デンマンさんは、またIPアドレスを調べて津川美里さんが読んだことを突き止めたのですか?

そうです。。。

 


(ip62241b.png)

 

あらっ。。。 この上の写真の女性が津川美里さんでござ~ますかァ?

そうです。。。

いつものように、女性がアクセスする場合は、きれいな写真を貼り付けるのですわねぇ~!

いけませんかァ~?

そういうことをすると、あの悪名高い「現実主義者」と名乗る男が「デンマンは女尊男卑だァ!」と喚いてムカつくと思いますわァ~。。。

 


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『現実主義者 馬鹿の見本』

 

いや。。。 あの馬鹿はきれいな女性を見れば男性ホルモンを全開してスキップして喜びますよ!

 


(smilerol.gif)

わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

40過ぎても 結婚できない

オイラのために デンマンさんが

可哀想だと思って

ちれいな女の子の写真をベタベタ

貼り付けてくれるのです。

 

このぶんだと、上の記事を読んで

読者の中から、

オイラにプロポーズしたい女性が

きっと現れると思います。

オイラはウハウハしながら

男性ホルモンを全開します。

きゃははははは。。。

 

こうなったら、もう無条件に

スキップして喜びたいと思います!


(smilejp.gif)

わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンルン ランランラ~♪~ン

もう一つおまけに

ルンルンルン ランランラ~♪~ン

ああァ~、うれしいなあああァ~。。。

 

あの馬鹿は、きっとこのように狂喜すると思うのですよ。。。

馬鹿バカしいので、本題に入りますわ。。。 津川美里さんは、どういうわけで『日本へ、紀元前のメイフラワー号』を読んだのでござ~ますか?

あのねぇ~、津川美里さんは岐阜県中津川市にある中京学院大学で経営学を専攻しているのですよ。

 


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経営学を専攻している美里さんは歴史に ものすごく興味があったのですよ。。。 実は、第一志望は名古屋大学文学部で歴史学を専攻しようと思ったのです。。。 でもねぇ、残念ながら落ちてしまって、それで中京学院大学で経営学を勉強することになったのです。。。

でも、やっぱり歴史に興味があってネットサーフィンしていたら『日本へ、紀元前のメイフラワー号』に出くわしたというわけでござ~ますか?

そういうことです。。。

。。。で、美里さんは どうやって『日本へ、紀元前のメイフラワー号』を探し当てたのでござ~ますか?

次のように検索したのです。

 


(gog90306a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

あらっ。。。 「日本 紀元前 メイフラワー号 barclay1720」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

。。。で、いったい美里さんは何を調べようとしたのでござ~ますか?

次の箇所を探していたのですよ。。。


(jofukumapx.jpg)

日本伝承地:

① 佐賀県武雄市

② 佐賀県佐賀市

③ 佐賀県諸富市

④ 福岡県八女市

⑤ 福岡県筑紫野市

⑥ 鹿児島県串木野市

⑦ 鹿児島県坊津町

⑧ 宮崎県延岡市

⑨ 宮崎県宮崎市

⑩ 高知県佐川町

⑪ 山口県上関町祝島

⑫ 広島県宮島町

⑬ 京都府伊根町

⑭ 和歌山県新宮市

⑮ 三重県熊野市

⑯ 愛知県熱田神宮

⑰ 愛知県小坂井町

⑱ 静岡県清水市

⑲ 山梨県富士吉田市

⑳ 山梨県河口湖町

21 東京都八丈町

22 東京都青ヶ島村

23 秋田県男鹿市

24 青森県小泊村

韓国伝承地:

A 済州(チェジュ)島

B 南海(ナメ)島

中国伝承地:

1 秦皇島

2 千童城・丱兮城(黄驊県)

3 黄県 (登州湾)

4 成山頭

5 徐福島 (嶗山湾)

6 徐山 (膠州湾)

7 琅邪台 (琅邪湾)

8 贛楡 (海州湾)

9 東海

10 霊山 (舟山群島)

11 大蓬山 (慈渓・杭州湾)

12 会稽 (紹興・杭州湾)

13 蓬莱山 (象山県)

これだけ伝説の場所が残っているということは、徐福さんが日本へやって来たという可能性があるということですわね。

そうですよ。 「火のない所に煙は立たず」と昔の人も言いましたからね。。。

でも、日本中に伝説の地が散らばっているというのは、どういうわけでござ~ますか?

あのねぇ~、徐福さんの一行は5,000人を越えていたのですよ。。。 ということは一艘の船に 175人が乗るとして、およそ50艘の船でやって来たのですよ。 すると、この50艘の船を造るとしても一箇所では造れない。 だから、出航地も一箇所ではなかったと考えられる。 上の地図にはたった一つの航路だけを書き入れたのだけれど、本当は、もっとたくさんの航路を使ってやって来たわけですよ。

それで、中国でも伝承地がいくつかあるのでござ~ますわねぇ?

そういうことですよ。

でも、船が着いた所が日本中に散らばっているというのは、どういうわけでござ~ますか?


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あのねぇ~、遣唐使のことを考えてみても、当時の船旅は4艘で船出をすると その内の1艘か2艘は遭難したのですよ。 だから、一番近い九州を目指したとしても、黒潮に流されて、四国や、和歌山県のあたりや 東海地方、八丈島や青ヶ島に流されたりしてしまう。 また黒潮は日本海のほうにも分かれていて、それに乗ると京都府の伊根町や、遠く、秋田県や青森県の方まで流されてしまう。 


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上のおっさんの写真は、実は、青森県北津軽郡中泊町にある「徐福の里公園」に立っている徐福の像ですよ。

。。。んで、一体どう言う訳で徐福さんたちは日本へやって来たのでござ~ますか?

あのねぇ~、徐福と彼の船団が日本へやって来たのは紀元前210年から紀元前200年頃なのですよ。 秦の始皇帝が長寿の神薬(不老不死の薬)を欲しがったので、それで徐福が日本へ行けば手に入れることができると願い出て旅立ったのですよ。 それから80年経った頃の事として『史記』には次のような証言が載せられている。

海の上で大神に会いました。
神は「西の皇帝の使者か」というので、「そうです」と答えました。
「何を求めるのか」と訊くので、「延命長寿の薬です」と答えました。
神は「汝の秦王の礼物が少ないので手にいれることができないのだ」と答えました。
ついで東南の蓬莱山に私を連れて行きました。
霊芝(れいし)でつくられた宮殿を見ました。
使者は銅色(あかがね)で龍の形をしており、光が上がり天を照らしていました。
「何を献上すればいいですか」と尋ねますと、「育ちのいい少年少女といろいろの道具、技術を献上すれば神薬を得られるだろう」と言いました。
始皇帝は大いに喜びその通りにしました。
徐福は海の向こうの平野で水の豊かな地に着き、王となって帰りませんでした。

そこで秦の民は悲しみ、嘆きあい、乱を起こそうというものが十戸のうち六戸になった、という。


出典:『史記』 巻118・列伝58

徐福さんは、どうして秦の国に帰らなかったのでござ~ますか?

あのねぇ~、初めから帰る気がなかったのですよ。

どうして。。。? それでは、秦の始皇帝に嘘を言って船出をしたことになるではござ~ませんかァ!

あのねぇ~、上の引用文の中には徐福が帰らなかったので「秦の民は悲しみ、嘆きあい、乱を起こそうというものが十戸のうち六戸になった」と書いてあるけれど、因果関係は逆なのですよ。

どういうことでござ~ますか?

あのねぇ~、秦の始皇帝が不老不死の薬を欲しがっている。。。 つまり、始皇帝が我侭な政治を行うようになっていたのですよ。 だから、当時、秦の国は乱れ始めて、乱があちこちで起こり始めた。 それで、難民が出始めていたのですよ。

つまり、5、000人もの難民を従えて日本に逃亡するのでは とても不可能と見て 徐福さんは計略を思いついたのでござ~ますか?

そうですよ。 始皇帝の欲しがる不老不死の薬が 日本へ行けばゲットできると申し上げれば渡航の許しが出るに違いない、と考えたわけですよ。

それで、まんまと 5、000人以上を引き連れて日本へ逃亡したのでござ~ますか?

その通りですよ。 考えてみてください。 あの有名なメイフラワー号だって、清教徒がイギリスでの迫害に耐えかねてアメリカへ集団で逃亡したのですよ。

 


(mayflo2.jpg)

 

つまり、徐福さんの一行も秦の滅亡を予感し、戦乱を逃れる逃避行だったとデンマンさんは言うのでござ~ますか?

その通りですよ。 秦が滅んだ600年後 4艘の遣唐使船で出かければ2艘が沈むというのが常識だった。 そのような危険が当時の航海にはつき物だった。 徐福さんがやって来たのは遣唐使よりもずっと以前の時代ですよ。 それにもかかわらず、命の危険も省(かえり)みずに未知の航海に乗り出す理由には、「どうせ戦乱に巻き込まれて秦で殺されてしまうのであれば、一か八かの勝負にかけてみよう!」と思ったに違いない。

それで、徐福さんは5、000人以上の難民と共に船出したわけでござ~ますか?

その通りですよ! 紀元前のボートピープルです。


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呉という国は、上の地図に書き込んだように、その寿命は、せいぜい50年です。
日本の長い歴史の中では、ほんの一瞬というような短い間なのに、呉人たちは、日本の文化に大きな影響を残しているわけです。
そのことは前にも書いたように、漢字の読みの呉音というかたちで、日本語の中に消しがたい足跡を残しています。
しかも、呉人のことをすっかり忘れ去っても、『呉服』という言葉をいまだに使っているように、『呉』は日本語にすっかり定着しています。

これとちょうど同じように、その当時の呉人の血は、間違いなく我われの体の中に、流れているわけです。
50年と言えば、一人の人間の一生の長さです。
一人の呉人がやってきたぐらいでは、これほどの影響はないでしょう。
ということは、国が滅んだ後に、相当数の呉人が日本へやってきたはずです。
一体、幾人の呉人がやってくると、これほどの影響が日本に残るのか?
ちょっと考えてみてください。

聖徳太子が生まれるのは、この呉の国が滅んでから、約300年後です。
しかし、見逃してならないのは、この300年というのは、大陸はもちろん、朝鮮半島も、日本も含めて、激動の時代でした。
中国では、下の年表に示すように、西晋、東晋を経て南北朝時代に入ります。


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隋が中国を統一するまでに、なんと、11王朝が起こっては滅びます。
しかも平穏に王朝が交代するというようなことはありません。
必ず戦乱がつき物です。
すると、当然のことながら難民が出ます。
これは何も、古代にかぎったことではありません。
ベトナムからの難民騒ぎを覚えているでしょうか?


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サイゴン(現ホーチミン市)が無血陥落(1975年4月30日)してベトナム戦争は終わりました。
しかし、その後の迫害を恐れる者、よりよい生活や自由を求める者などが小船に乗って次々とべトナムをあとにします。
いわゆる「ボートピープル」と呼ばれる大量の難民の出現です。

漂流中を漁船や貨物船、タンカーなどに救助された難民が、1977年5月28日の37人を皮切りに、日本へもやってきました。
1989年以降はベトナム難民を装った中国人の偽装難民も出現し、同年9月には、鹿児島に回航した149人もの“難民”を収容する施設がなく、神戸に再回航するというような事態も発生しました。

現代においても、このような事態が出現するわけですから、古代において、しかも、もっと身近な、中国沿岸、あるいは朝鮮半島からの、たび重なる難民の数は、相当なものだったことが容易に想像されます。
280年に呉が滅んでから、663年に百済が滅びるまでの間は、おそらく、日本史上で最も渡来人が数多く日本へやってきた時期だったでしょう。


『日本人はどこから来たの?』より
(2013年10月1日)

つまり、歴史的には徐福がボートピープルの先陣を切ったのですよ。


『日本へ、紀元前のメイフラワー号』より
(2014年1月28日)

でも。。。、でも。。。。、津川美里さんは経営学を勉強しているのに、どうして徐福伝説に興味を持ったのでござ~ますかァ?

あのねぇ~、美里さんは、やっぱり歴史に興味があって、実は、徐福に関する歴史小説を書き始めたのですよ。。。

あらっ。。。 マジで。。。?

そうです。。。 そういうわけで、徐福に関する記事を探し求めていたのです。。。 2年前にも美里さんは、上の記事を読んだことがあるのです。。。

。。。で、今回、歴史小説を書き始めたので、改めて読んでみたということでござ~ますかァ?

そういうことです。。。

でも。。。、でも。。。、デンマンさんは、どうしてそんな事まで ご存知なのですか?

もちろん、美里さんが僕にメールを書いてよこしたからですよ。。。 それに、「卑弥子さんにもよろしく」と書いてありました。。。

マジで。。。?

あのねぇ~、昔の人は “信じる者は救われる!” と言ったのです。。。 だから、卑弥子さんも素直に信じて、ルンルン気分で幸せになってねぇ~。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。 あなたは、 どう思いますか?

デンマンさんの言う事を信じますかァ~。。。?

ええっ。。。 「そんな事は、どうでもいいから、もっと他に面白い話をしろ!」

あなたは、そのように あたくしにご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。

分かりましたわ。

あなたが、そのように言うのであれば、ちょっと面白い映像をお目にかけます。

次のクリップは嫌いなプレゼントをもらってムカついている子供たちの映像です。

面白いから、じっくりと見てくださいまし。。。

 


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どうでした?

ええっ。。。 「もう過ぎてしまったクリスマスのことなど どうでもいいから、何か他に もっと面白いことを話せ!」

あなたは、あたくしに向かって、更にご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。!

分かりましたわァ。。。 あなたが、そうおっしゃるのだったら、まずジューンさんの次の写真をご覧になってくださいまし。。。

 


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千夜一夜物語の衣装を着たジューンさんに魅せられて、女性に成りすます男性が たくさん居るのでござ~ますわァ!

ええっ。。。 信じられないのですかァ?

じゃあ、ちょっと次のYouTubeのクリップを見てくださいまし。。。

 


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いかがでござ~ますかァ~?

男性が女装していると思いますかァ?

あたくしは、素直に信じることができませんわァ~。。。

どうですかァ~? けっこうなものでしょう!?

いつまでも見とれていても仕方がありませんわよゥ。

あなたのために古代史の面白い記事を用意しました。

ぜひ お読みください。

では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


(surfing9.gif)


(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


(hama10.jpg)

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』


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『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

『ペルシャ人の楊貴妃』

『ん?佐伯今毛人』

『文学と歴史とウソ』

『百人一首ミステリー』

『芭蕉と遊女再び』

『映画とロマン@仙台』

『源氏物语中的性描写』

『忘れられた歴史ロマン』


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『おばさんパンツ@サンホセ』

『聖徳太子のチューター』

『オナラの曲芸』

『死海』

『漱石とオナラ』

『絵里香さん』

『美女とオナラ』

『アンバパーリー』

『ゆっくりと愛し合う』

『見ちゃだめ!』

『二重マチ付きズロース』


(miya08.jpg)

『麻生元総理』

『ネットのバカ女を捜して』

『額田王の歌』

『聖女と娼婦』

『済子女王@萌える』

『ん?堀内亜里?』

『松平春嶽が黒幕?』

『旅行者的早餐』

『なぜ蝦夷なの?』

『プリキュアとヒトラー』

『戦争絶対反対よね』

『怨霊の歴史』

『色欲@歴史』

『紫式部と敗戦』

『ラピスラズリと源氏物語』


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『性と愛@古代史』

『仙台を離れて』

『美人とブス@大奥』

『絵の中のウソ』

『阿倍仲麻呂@ベトナム』

『バイクガール』

『六条御息所』

『卑弥子さんの大学』

『元寇と捕虜』

『マキアベリにビックリ』

『痴漢が心配』

『びた一文』

『卑弥子@ブカレスト』

『エロい源氏を探して』

『ラピスラズリの舟形杯』

『平成の紫式部』

『隠元豆と国性爺合戦』

『おばさんと呼ばれて』


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『女帝の平和』

『アタマにくる一言』

『悪女レオタード@昌原市』

『スウィートビーン』

『ガチで浦島太郎やし』

『ご苦労さま』

『デンマンのはなし』

『卑弥呼の墓』

『室生犀星と人間学』

『松平春嶽ダントツ』

『英語は3語で伝わる』

『くだらない物』

『漢字で体操』

『面白い漢字テスト』

『放屁女に罰金』

『アヤメとカキツバタ』

『日本の閨房術』

『大団円』

『ペルシャ人@Anzio』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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大団円

 

大団円

 


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デンマンさん! どういうわけで大団円を持ち出してきたのでござ~ますかァ~?


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バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。


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1715年(正徳5)11月、忍び寄る寒さを打ち払う熱気が、ここ大阪道頓堀にはあった。
竹本義太夫の起こした竹本座で、折しも初演の「国性爺合戦(こくせんやかっせん)」は、近松門左衛門の作品でありながら、それまでの近松の「曽根崎心中」(1703年[元禄16]初演)で遊女と手代の男女の情愛を切々と伝えたものや、「堀川波鼓(ほりかわなみのつづみ)」(1707年[宝永4]初演)で武家の妻の女の性を艶(なま)めかしく描いたものとは異なり、別世界の唐国と日本を股にかけた広大なスケールの躍動的な活劇であった。

「国性爺合戦」の上演は年を越しても人気を博し、ついに2度目の正月を迎え翌々年1717年3月まで続く空前の長期興行となった。

大阪の町人たちは「国性爺合戦」のどこに魅力を感じて、竹本座に足を運び続けたのであろうか。
繰り人形の所作の巧みさや、義太夫の節回しもあったであろうが、なにより近松の描く筋立てそのものに心揺さぶられたのであろう。

 (2ページ)

いよいよ国性爺(国姓爺が実名、作中は国性爺)の大活躍が始まる。
これこそ日本の麒麟児とばかり異国に武徳を表し、福州の長楽城や諸国の府38か所を攻め取り、守りを固めた。
一方、呉三桂の護る太子は7歳に成長した姿を現し、あわせて平戸から唐に着いた国性爺の妻と栴檀(せんだん)皇女が鄭芝龍と合流して、国性爺の待つ福州の城に入った。

太子は国性爺から印綬を捧げられ、永暦皇帝となって大明再興の頂点に立つ。
伊勢神宮の大幣(おおぬさ)を掲げた陣屋を構えて評議を重ね、国性爺・呉三桂・甘輝は天下分け目の韃靼国との戦いに突入する。

韃靼王や裏切者・李蹈天ら70万騎が立て籠もる南京城に攻め入り勝利した国性爺・呉三桂・甘輝らは韃靼王を王であるからという理由で鞭打ち刑のあと本国に追放し、李蹈天の首と両腕を引き抜き、高らかに大音声を上げる。
「永暦皇帝の御代万歳、国家安全と言祝(ことほ)ぐのも、大日本の君が代の神徳武徳聖徳の満ちて尽きない国民の恵みのおかげ、万々年も五穀豊穣うち続くよう」と祝いあった。
文句なしの大団円となった。

この近松の筋立てに、大阪の町人たちは喝采をおくった。

 (4-5ページ)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


『天下泰平の時代』
著者: 高埜利彦
2015/3/21 発行
発行所: 株式会社 岩波書店

つまり、上の部分を読んだら大団円が出てきたので、それをタイトルにしたのですか?

そうです。。。 いけませんか?

別にかまいませんけれど、それって単細胞的な発想ではござ~ませんかァ~?

要するに、あの“馬鹿の見本”の「現実主義者」のように馬鹿の一つ覚えで“ネトウヨ!”と叫ぶようなものだと卑弥子さんは言うのですか?

 


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『現実主義者 馬鹿の見本』

 

だってぇ~、そうではござ~ませんか! あの馬鹿は、とにかくボキャブラリーが極めて少なくて、馬鹿の一つ覚えで“ネトウヨ!”とか“ウンコ”とか、“ボケナス”とか、そう言うアクタレ言葉を投げつけながら人の嫌がるコメントを書き回っているのでござ~ますわァ~。。。

でも、僕は馬鹿の一つ覚えで大団円をタイトルにしたわけではないのですよ。。。 それに、大団円というのはアクタレ言葉ではないでしょう! 実は、僕はこれまでに大団円という意味を辞書で調べたことがなかったのですよ。

つまり、大団円の意味を知らなかったのでござ~ますか?

知らないというよりも、「円」が含まれているので 直感的に“丸く治まる”という意味だろうと思って、そのまま別に辞書を調べるほどのことではないと思って ずっとそう解釈しながら通してきたのです。。。

。。。で、上の本を読んで急に不安になって辞書で調べようと思ったわけでござ~ますかァ?

。。。と言うよりも、卑弥子さんを呼び出して尋ねた方が早いと思ったわけです。。。

それで、あたくしを こうして呼び出したというわけでござ~ますか?

そういうことです。。。 京都女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授ならば確実に意味を知っていると思ったわけですよ。。。

デンマンさんも たまにはあたくしに花を持たせてくれるのですわねぇ~。。。

そうです。。。 で、大団円というのは広辞苑的には、どういう意味ですか?

デンマンさんが大団円に含まれている「円」から、直感的に“丸く治まる”、“丸く治める”という意味だろうと思ったのは正解に近いのですわ。

そうですか?。。。で、辞書的には、どういう意味なのですか?

大団円となったということは、「欠けることなく うまくおさまった」、「円満におさまった」という意味になるですわァ~。。。 つまり、演劇や小説などの最後の場面ですべてがめでたく収まる結末のことを「大団円」というようになったのですわ。

要するに、ハッピーエンドで終わった場合だけに使うのですか?

悲劇の終わりにはまず使われませんわ。。。

つまり、“めでたし、めでたし”で終わる時だけですか?

そうですわ。。。 そう考えて間違いありません。。。 

。。。で、どのように使うのですか?

次のように使うのですわ。

■いよいよ事件は大団円だが、

私にはまだ大分判らない点がある。

 

■終わりそうで終わらないこの物語も、

いよいよ大団円を迎えます。

 


(luv655.png)

 

■太郎さんと花子さんは大学卒業と同時に

結婚し、大団円となりました。

 

■その小説はヒロインが忠実な羊飼いと結婚して

メロドラマ的大団円に至る。

 

■父は大団円で終わる演劇が好きで

いつも大団円はいいと話しているので、

町内では“大団円おじさん”と呼ばれています。

なるほどォ~。。。

つまり、このことだけのために あたくしを呼び出したのですか?

もちろん、それだけではないのですよ。。。 卑弥子さんは「国性爺合戦」を観たことがありますか?

観たいと思っていましたけれど、また観たことがないのですわ。。。

。。。でしょう!?

あらっ。。。 観ないといけませんでしたかしら?

だってぇ~、卑弥子さんは日本の古典を腐女子たちに教えてるわけでしょう?

そうでござ~ますわァ。。。

だったら、「国性爺合戦」を観ていても不思議はないでしょう!?

じゃあ、デンマンさんは観た事があるのでござますか?

いや。。。 ありません!

だったら、あたくしに つべこべ言う義理はないじゃありませんかァ!

ところが、「国性爺合戦」の上演は年を越しても人気を博し、ついに2度目の正月を迎え翌々年1717年3月まで続く空前の長期興行となったと言うのですよ。。。

国性爺合戦


(kokusen06.jpg)

 

近松門左衛門作の人形浄瑠璃。のちに歌舞伎化された。全五段。

正徳5年(1715年)、大坂の竹本座で初演。
江戸時代初期、中国人を父に、日本人を母に持ち、台湾を拠点に明朝の復興運動を行った鄭成功(国性爺、史実は国姓爺)を題材にとり、これを脚色。
結末を含め、史実とは異なる展開となっている。
和藤内(鄭成功)が異母姉の夫・甘輝との同盟を結ぶ「甘輝館」が有名。
初演から17ヶ月続演の記録を打ち立てた。

 

登場人物

和藤内:中国人を父に、日本人を母に持つ。のち国性爺。超人的活躍で明朝の復興に尽くす。
実在の人物鄭成功(国姓爺)がモデル。
なお、和藤内とは、「和(日本)でも藤(唐、中国のこと)でも内(ない)」という洒落。

小むつ:和藤内の妻。

鄭芝龍:和藤内の父。明の臣。日本に渡ってからは老一官と名乗る。

栴檀皇女:明の皇帝の妹。

甘輝:将軍。

呉三桂: 将軍。明の忠臣。敵弾に倒れた帝の寵妃華清婦人の腹の太子と自らの子を入れ替え、太子をつれて山々を逃げ九仙山に隠れる。

錦祥女: 甘輝の妻。鄭芝龍の先妻の娘。

李蹈天: 明の佞臣。左目を抉り取って韃靼にくみする。

 

作品背景

正徳4年9月(1714年10月)、竹本座の竹本義太夫が没し、遺言により、24歳の弟子・竹本政太夫が後を継いだ。
しかし多くの年配者を差し置いてのことだったため、反発があった。
そこで長老の近松門左衛門と、座長の竹田出雲は、政太夫の長所である声を活かしたこの作品を完成させる。
この作品名は、当初は史実通り『国姓爺合戦』であったが、話は創作であるため、「姓」を「性」と変え『国性爺合戦』に直したともいわれるが、後づけの説明とされる。

隣国である中国に題材を求めたことや、中国人と日本人の混血である主人公は、鎖国下において非常に人気を集め、結果的に3年越し17ヶ月続演という記録を打ち立てた。
また歌舞伎化のほか、読本としても出版された。

この人気を受けて、近松は後日狂言として『国性爺後日合戦』『唐船噺今国性爺』を書いたが、いずれも前作の人気には及ばなかった。

現在は、歌舞伎・文楽ともに二段目の「千里が竹」と三段目がよく上演される。
歌舞伎では錦祥女の流した血が川に流れる場面を「紅流し」と呼び、国性爺が「南無三! 紅が流れた!」と被っていた笠を脱ぎ捨て、石橋の上で大見得を切るという荒事風の演出が名高く、市川團十郎代々のお家芸となっている。
また、獅子が城での国性爺と甘輝との対決は両者とも座頭級の俳優が共演して火花を散らすのが見どころである。


出典: 「国性爺合戦」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これってぇ、日本が鎖国をしていた江戸時代に中国で起きた話なのですよ。。。

そうですわねぇ~。。。

テレビや映画もない時代に、海外の情報は庶民には届かなかったに違いない!

それなのに、どうしてストリップでもロマンポルノでもない「国性爺合戦」が、ミーちゃん、ハーちゃんの庶民の間で それほどの人気になったのでござ~ますかァ?

あのねぇ~、「国性爺合戦」は実際の出来事と実在の人物に基づいた人形浄瑠璃だったわけです。。。

でも。。。、でも。。。、それほど人気が出た人形浄瑠璃だったのでしょうけれど、あたくしは京都に生まれ京都で育ったにも拘らず、いまだに「国性爺合戦」を浄瑠璃でも、歌舞伎でも、テレビでも映画でも観たことがござ~ませんわァ~。。。

それは、当然のことですよ。。。 僕だって、この記事を書くために、初めてYouTubeで観たのだから。。。

それなのに、鎖国時代の大阪や江戸で、どうしてそれほどの人気が出たのでござ~ますかァ~?

言ってみれば、「国性爺合戦」は、江戸時代の「真珠湾攻撃」か? あるいは江戸時代の「9.11同時多発テロ」を演劇にして見せたようなものだったのですよ。。。

 


(911conspi2.jpg)

 

テレビや映画がなかった時代に、お隣の中国の大事件をニュースとして演じたようなものだったのでござ~ますか?

その通りですよ。。。 しかも、主人公・国姓爺のモデルになった実在の人物鄭成功は、中国人を父に、日本人を母に持つ人物だった。。。 だからこそ、鎖国をしていた当時の日本では、その浄瑠璃を観ながら、観客は自分が中国に渡って戦争をしていたような思いでワクワクしながら観たに違いない。。。

そうでしょうか?

だってぇ~、もしもですよ、「9.11同時多発テロ」を起こしたグループの中に、日本人が混じっていたとしたら、日本人のたくさんの映画監督が、その日本人を主人公にした映画を たくさん作っていたはずですよ。。。

つまり、当時の人形浄瑠璃は、庶民の「知りたい」という要求を満たしてくれる「マスメディア」だったのですわねぇ~。。。

そうですよ。。。 いまでは、それが こうしてインターネットに取って代わられているわけです。。。


(foolw.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

ですってぇ~。。。 あなたは、 どう思いますか?

デンマンさんの言う事を信じますかァ~。。。?

ええっ。。。 「そんな事は、どうでもいいから、もっと他に面白い話をしろ!」

あなたは、そのように あたくしにご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。

分かりましたわ。

あなたが、そのように言うのであれば、ちょっと面白い映像をお目にかけます。

次のクリップは嫌いなプレゼントをもらってムカついている子供たちの映像です。

面白いから、じっくりと見てくださいまし。。。

 


(dislike2.jpg)

 

どうでした?

ええっ。。。 「もう過ぎてしまったクリスマスのことなど どうでもいいから、何か他に もっと面白いことを話せ!」

あなたは、あたくしに向かって、更にご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。!

分かりましたわァ。。。 あなたが、そうおっしゃるのだったら、まずジューンさんの次の写真をご覧になってくださいまし。。。

 


(senya020b.jpg)

 

千夜一夜物語の衣装を着たジューンさんに魅せられて、女性に成りすます男性が たくさん居るのでござ~ますわァ!

ええっ。。。 信じられないのですかァ?

じゃあ、ちょっと次のYouTubeのクリップを見てくださいまし。。。

 


(xdress02.jpg)

 

いかがでござ~ますかァ~?

男性が女装していると思いますかァ?

あたくしは、素直に信じることができませんわァ~。。。

どうですかァ~? けっこうなものでしょう!?

いつまでも見とれていても仕方がありませんわよゥ。

あなたのために古代史の面白い記事を用意しました。

ぜひ お読みください。

では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

 

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『デンマンのはなし』

『卑弥呼の墓』

『室生犀星と人間学』

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『くだらない物』

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『放屁女に罰金』

『アヤメとカキツバタ』

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