宇宙は永遠か?

 

宇宙は永遠か?

 


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デンマンさん。。。、最近 宇宙は永遠か? というような高尚な哲学的疑問を持ったのですか?


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僕は高尚な哲学的疑問を持った事を自慢するために、この記事を書こうと思ったわけじゃないのだよ!

じゃあ、どうして高尚な哲学的・天文学的疑問を選んでタイトルにしたのですか?

オマエは忘れてしまったのォ~?

オイラが何を忘れたとデンマンさんは言うのですか?

あのさァ~、オマエはかつて次のような哲学的・天文学的な内容をクラシックの記事の中で披露していたのだよ!

3.14 Gian Carlo Menotti (1919 – 2007)

私が所持しているG.C. Menottiの<<The Medium>>のLPでは、作曲家自身が解説をしている。これは幸いだ。私は、学者や評論家の書いた文章より、作曲家の綴った文章の方を好む。やはり、創造の現場にいる人々のそれは、多くの場合に、文章に於いても有効な構成力があるのである。説得力も、彼らの労作が背景にあるが故に、他の人々のそれとは違って感じられる。客観性に於いてすら、自作、他作を問わず、多くの評論家よりは優っている。
意外なのは、演奏家の書いたものである。I. StravinskyやP. Boulezのような、作曲家であり演奏家である人たちを除いては、著書にしても対談にしても、概ね、楽屋裏の話や有名人のepisodeに終始して、自他共の時間を浪費している。彼らは、多分、おさらいに忙しく、考える余裕がないのであろう。ただ、何でも例外はあるもので、Mitsuko Uchidaの語っていることは興味深い。彼女は、よく考えているピアニストである。
しかし、Menottiは、たいしたことを書いてはいない。それでも、次の一節だけは拾い物であった:
Although the Opera was not composed until 1945, the idea of The Medium first occurred to me in 1936 in the little Austrian town of St. Wolfgang near Salzburg. I had been invited by my neighbors to attend a séance in their house. I readily accepted their invitation but, I must confess, with my tongue in my cheek. However, as the séance unfolded, I began to be somewhat troubled. Although I was unaware of anything unusual, it gradually became clear to me that my hosts in their pathetic desire to believe, actually saw and heard their dead daughter Doodly (a name, incidentally, which I have retained on the Opera). It was I, not they, who felt cheated. The creative power of their faith and conviction made me examine my own cynicism and led me to wonder at the multiple texture of reality.
私がこのオペラに興味をもったのは、欧米の霊媒とは如何なる者か、との好奇心があったからである。私は、ひとは笑うかも知れないが、サムエル記上28章に登場する口寄せの女の存在を信じてもいるのである。ただし、私は、同時に、そうした不思議な事象を幾つ並べても、超越の存在の証明にはならない、ということも弁えているつもりである。
此処、Canadaで、この十年の間に、神を見た、という女性の二人を見聞きし、それが、たまたま、私も知っていた人たちなので、私は、内心、うんざりしているのであるが、彼女ら、神までを口寄せする霊媒が嘘を言っている、と迄は私は言わない。言えないのである。そもそも、不思議、不可思議、更に奇跡とは日常性には無く例外的であるからである(草子地:別に、彼女たちが怖いからではない)。人は例外に接したとき、奇跡を連想する。その連想は超越性を予感する。ただし、それは、ただ単なる予感に留まらざるをえない。そもそも、何ものかの非存在を証明することは、何ものかが存在することに較べ、一つのことを除き、不可能と言えるほどに難しいことなのである。その唯一つの例外とは、超越の存在の肯定命題としての証明であるが、そこでは、比類なき絶対、という否定が命題に含まれるが為、否定命題にも還元できるが故である。私が、うんざりしているのは、あの二人が各々自分が見たものを新、旧約に関連づけているからである。超越が存在するとしたならば、それは絶対的な存在である。絶対的とは、それが我々の思惟の彼方にある、ということである。超越が存在するとしたならば、他の存在のしかたでは在り得ない、ということである(草子地:私は、ここで、超越が存在するとも、しないとも書いてはいない)。我々が思い描ける存在は、或いは、我々の網膜に写る、写った影像は相対的なのである。超越は、我々が見る対象ではないことを、旧約は、神を見る者は死ぬ、と表現し、それは、信じる対象であることを、新約が、見ずして信ずるもの、と言い表しているのである。見たもの、見えるものを神とすること、それが偶像礼拝である。S. Kierkegaardの<不安の概念>でも読め、と言いたい。
また、自然科学に於いてでさえも、それは、経験的に存在を確認された対象についての合理的な解釈であり、何ものかの非存在までを証明する方法論はもたない、と私は考えている。序でに書くならば、時代遅れの宇宙永遠説に擬えるかが如くの安易な科学の進歩の無限性の主張にも根拠が無いのである(草子地:私は、此処で、科学の進歩は有限である、とは書いてはいない。ただ、経験に照らし合わせて無限に見える、つまり、経験則に過ぎない、と書いているのである。繰り返すが、無限であるとも、無限ではないとも書いてはいない)。それは、更に、自然科学のみならず、一切の学問の進歩についても同様なのである。例えば、Aと非AであるところのBの双方が存在するとしたらそれは矛盾である、という類の証明はできよう。しかし、それは、AないしB、或いは、両方の非存在の証明にはならない、ということである。現象としての現実なるものに原理、原則があるとすること自体が経験則を出ることのない仮定に過ぎなく、それらは、常に後知恵に過ぎないが故である。
さて、Menottiは、誰の冷たい手が霊媒Babaの喉に触ったかを、結局は、謎として残している。これをNabaの心理の問題としてだけに見ることは、彼の言葉、multiple texture of realityが受け入れない、と私は判断している。
音楽は、過不足なく、この興味深い芝居につり合っている。しかし、私自身は、こうしたmade in USAの音楽によく聴かれる折衷的な作曲技術での創作に、反感までは持たないものの、好感を感じるのは無理だと思った。ただ、Doodlyが登場する時の音楽は、充分にspookyで効果的であろう。

蛇足(コーダ):
私がキリスト教徒であるかどうか、という問題ですら、究極的には、最終的には、超越の命題であろう。


65-66ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より

デンマン注: 太田将宏が会費を滞納したようで上のリンク先は削除されてます!

あのさァ~、いつも思うのだけれど、オマエの文章はとっても読みづらいのだよ! 英語やドイツ語やラテン語が入り混じっている。。。 普通の日本人にとって、オマエの文章は似非(えせ)外国語のような印象を与えるのだよ!

デンマンさん! 人のことは言えませんよ! デンマンさんの文章だってぇ、長くて読み始めると、じきに飽きてしまうのですよ。。。

それは、オマエの個人的な見解だと思うのだよ! 僕の記事は、日本語が解る世界のネット市民の 多くの皆様に読まれているのだよ!

134ヵ国のネット市民の皆様に読まれていることを自慢したいのですか?

いや。。。 自慢したいわけじゃない! オマエが「デンマンさんの文章だってぇ、長くて読み始めると、じきに飽きてしまうのですよ」と言ったから、僕の長い記事でも まめに読んでくれる常連さんが居る、と言いたかったまでだよ。。。 とにかく、オマエの文章は読みづらいので、多くの人が上の文章を読み飛ばしたと思うのだよ。。。

マジで。。。?

僕だってぇ、読みたくなかった。。。 でも、この記事を書く都合があるので、次のように読み易くして読んだのだよ。

3.14 ジャン=カルロ・メノッティ

    (1919 – 2007)


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私が所持しているメノッティの《霊媒》のLPでは、作曲家自身が解説をしている。

これは幸いだ。

 


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私は、学者や評論家の書いた文章より、作曲家の綴った文章の方を好む。
やはり、創造の現場にいる人々のそれは、多くの場合に、文章に於いても有効な構成力があるのである。

説得力も、彼らの労作が背景にあるが故に、他の人々のそれとは違って感じられる。
客観性に於いてすら、自作、他作を問わず、多くの評論家よりは優っている。

意外なのは、演奏家の書いたものである。
イーゴリ・ストラヴィンスキーやピエール・ブーレーズのような、作曲家であり演奏家である人たちを除いては、著書にしても対談にしても、概ね、楽屋裏の話や有名人のエピソードに終始して、自他共の時間を浪費している。
彼らは、多分、おさらいに忙しく、考える余裕がないのであろう。

ただ、何でも例外はあるもので、内田光子の語っていることは興味深い。
彼女は、よく考えているピアニストである。

 


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しかし、メノッティは、たいしたことを書いてはいない。
それでも、次の一節だけは拾い物であった:

Although the Opera was not composed until 1945, the idea of ≪The Medium≫ first occurred to me in 1936 in the little Austrian town of St. Wolfgang near Salzburg.
I had been invited by my neighbors to attend a séance in their house.
I readily accepted their invitation but, I must confess, with my tongue in my cheek.

However, as the séance unfolded, I began to be somewhat troubled.
Although I was unaware of anything unusual, it gradually became clear to me that my hosts in their pathetic desire to believe, actually saw and heard their dead daughter Doodly (a name, incidentally, which I have retained on the Opera).
It was I, not they, who felt cheated.
The creative power of their faith and conviction made me examine my own cynicism and led me to wonder at the multiple texture of reality.



オペラは1945年まで作曲されませんでしたが、1936年にザルツブルク近郊のオーストリアの小さな町、ザンクトヴォルフギャングに居た時に≪霊媒≫のアイデアが思いつきました。

私は近所の人たちから彼らの家での交霊会に出席するよう招待されていました。

私はすぐに彼らの招待を受けましたが、実は、正直なところ、それほど参加したいわけではありませんでした。

 

 

しかし、交霊会が進むうちに、私はやや悩み始めました。

とりわけ異常な出来事に出くわしたわけではありませんが、次第に事の成り行きがわかって来ると、私を招いた主人の家の者たちは亡くなった娘のドードゥリー(その名前は、私のオペラで使わしてもらっています)が実際に現れて、彼女を見て、彼女の話を聞いているのでした。

だまされたのは彼らではなく私でした。

彼らの信仰と信念が生み出す創造力によって、社会の風潮や事象などに対して私自身が持つ冷笑的な態度を改めて考えさせられ、現実の多様さに驚かされたのです。

【デンマン訳】

私がこのオペラに興味をもったのは、欧米の霊媒とは如何なる者か、との好奇心があったからである。
私は、ひとは笑うかも知れないが、サムエル記上28章に登場する口寄せの女の存在を信じてもいるのである。
ただし、私は、同時に、そうした不思議な事象を幾つ並べても、超越の存在の証明にはならない、ということも弁えているつもりである。

此処、カナダで、この十年の間に、神を見た、という女性の二人を見聞きし、それが、たまたま、私も知っていた人たちなので、私は、内心、うんざりしているのであるが、彼女ら、神までを口寄せする霊媒が嘘を言っている、と迄は私は言わない。
言えないのである。
そもそも、不思議、不可思議、更に奇跡とは日常性には無く例外的であるからである(草子地:別に、彼女たちが怖いからではない)。

人は例外に接したとき、奇跡を連想する。
その連想は超越性を予感する。
ただし、それは、ただ単なる予感に留まらざるをえない。

そもそも、何ものかの非存在を証明することは、何ものかが存在することに較べ、一つのことを除き、不可能と言えるほどに難しいことなのである。
その唯一つの例外とは、超越の存在の肯定命題としての証明であるが、そこでは、比類なき絶対、という否定が命題に含まれるが為、否定命題にも還元できるが故である。

私が、うんざりしているのは、あの二人が各々自分が見たものを新、旧約に関連づけているからである。
超越が存在するとしたならば、それは絶対的な存在である。
絶対的とは、それが我々の思惟の彼方にある、ということである。
超越が存在するとしたならば、他の存在のしかたでは在り得ない、ということである(草子地:私は、ここで、超越が存在するとも、しないとも書いてはいない)。

我々が思い描ける存在は、或いは、我々の網膜に写る、写った影像は相対的なのである。
超越は、我々が見る対象ではないことを、旧約は、神を見る者は死ぬ、と表現し、それは、信じる対象であることを、新約が、見ずして信ずるもの、と言い表しているのである。
見たもの、見えるものを神とすること、それが偶像礼拝である。
セーレン・キルケゴールの<不安の概念>でも読め、と言いたい。

また、自然科学に於いてでさえも、それは、経験的に存在を確認された対象についての合理的な解釈であり、何ものかの非存在までを証明する方法論はもたない、と私は考えている。

序でに書くならば、時代遅れの宇宙永遠説に擬えるかが如くの安易な科学の進歩の無限性の主張にも根拠が無いのである。
(草子地:私は、此処で、科学の進歩は有限である、とは書いてはいない。ただ、経験に照らし合わせて無限に見える、つまり、経験則に過ぎない、と書いているのである。繰り返すが、無限であるとも、無限ではないとも書いてはいない。)

それは、更に、自然科学のみならず、一切の学問の進歩についても同様なのである。
例えば、Aと非AであるところのBの双方が存在するとしたらそれは矛盾である、という類の証明はできよう。

しかし、それは、AないしB、或いは、両方の非存在の証明にはならない、ということである。
現象としての現実なるものに原理、原則があるとすること自体が経験則を出ることのない仮定に過ぎなく、それらは、常に後知恵に過ぎないが故である。

さて、メノッティは、誰の冷たい手が霊媒ババの喉に触ったかを、結局は、謎として残している。
これをナバの心理の問題としてだけに見ることは、彼の言葉、現実の複数の質感が受け入れない、と私は判断している。

音楽は、過不足なく、この興味深い芝居につり合っている。
しかし、私自身は、こうしたアメリカ製の音楽によく聴かれる折衷的な作曲技術での創作に、反感までは持たないものの、好感を感じるのは無理だと思った。
ただ、ドードゥリーが登場する時の音楽は、充分に不気味で効果的であろう。

 

追記(コーダ):

 

私がキリスト教徒であるかどうか、という問題ですら、

究極的には、最終的には、超越の命題であろう。


赤字はデンマンが強調)

65-66ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より

デンマン注: 太田将宏が会費を滞納したようで上のリンク先は削除されてます!

つまり、オイラが哲学的・天文学的な内容をクラシックの記事の中で披露していので、デンマンさんはムカついたのですか?

いや。。。 ムカついたと言うよりも、改めてオマエが一般庶民を見下しているような印象を持ったのだよ!

オイラは一般庶民を見下したりしてません。。。

でも、オマエは早稲田大学理工学部の数学科を優秀な成績で卒業したことを鼻にかけて、一般庶民が考えるよりも高尚な事を記事に中で披露して、自慢しているような印象を僕は持つのだよ。。。

それは、デンマンさんの極めて個人的な意見だと思うのですよ。。。 

じゃあ、その事については、すでに僕は記事で書いたので、これを読んでいるネット市民の皆さんにも次の記事を読んでもらって判断をゆだねるとしよう。。。

 


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『百姓と貴姓』

 

。。。で、今日は天文学的・哲学的な問題を語り合うのですか?

実は、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのだよ。。。


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アンドロメダ銀河と天の川銀河の衝突過程を、

順を追って示したのが図3-21(省略)である。

 


(universe2.jpg)

 

完全合体まで70億年。
長いたびだが、銀河にとって長旅かどうかはわからない。
彼らにとっては、普通の出来事なのかもしれない。

ただ、こうして、天の川銀河は消えていくのである。
もちろん、同時にアンドロメダ銀河も消えていく。

宇宙にあるすべての天体に当てはまることがある。
すでに述べたことだが、ここで繰り返しておこう。

それは永遠という言葉はない ということだ。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


156-158ページ 『天の川が消える日』
著者: 谷口義明
2018年6月25日 第1刷発行
発行所: 株式会社 日本評論社

著者の言おうとしていることは解りますよ。。。 でも、「永遠」という言葉はあります。。。 だから、著者も「永遠」という言葉を使って書いているじゃありませんかァ!

そういう重箱の隅を突っつくようなことは言うなよ! 著者は「永遠」という概念はない、と書いているのだよ! 要するに、何事にも終わりがある。。。 有限だと主張しているのだよ!

それで、デンマンさんも「何事にも終わりがある。。。 有限だ。。。 無限ではない」ということに賛同するのですか?

いや。。。 僕は、ここで賛同するとも反対するとも明言するつもりはない。。。

それって、ズルイじゃありませんかア! はっきりしてくださいよ!

あれっ。。。 僕よりもオマエこそズルイのだよ!

その証拠でもあるのですか?

オマエが書いた次の箇所をもう一度読んでごらんよ!

 

時代遅れの宇宙永遠説に擬えるかが如くの

安易な科学の進歩の無限性の主張にも根拠が無いのである。

(草子地:私は、此処で、科学の進歩は有限である、

とは書いてはいない。ただ、経験に照らし合わせて

無限に見える、つまり、経験則に過ぎない、

と書いているのである。

繰り返すが、無限であるとも、

無限ではないとも書いてはいない。

こうして、オマエこそ「無限であるとも、無限ではないとも書いてはいない」と言っているのだよ!

要するに、オイラとデンマンさんは“同じ穴の狢(むじな)”ですねぇ~。。。 うへへへへへへへへ。。。

オマエと僕を一緒にするなよ! オマエは何も根拠もなく「無限であるとも、無限ではないとも書いてはいない」と言ってるのだよ!

根拠はありますよ! 「経験則に過ぎない」という根拠ですよ! 。。。で、デンマンさんの根拠は。。。?

「何事にも例外がある」という根拠だよ! つまり、著者は「永遠」という概念はない、と書いている! 要するに、何事にも終わりがある。。。 有限だと主張している! しかし、「永遠はない」という命題にも例外があるのだよ。。。 どのような法則にも、何事につけて例外というものがある。。。 これも、言わば、オマエが言うところの経験則だよ!

。。。で、たとえば、その例外とは。。。?

“愛”は永遠だよ!

 


(universe2b.jpg)

 

馬鹿バカしい! 浮気をしない男や女が居ますか?

そういう男や女が居たとしても、“愛”は存在するといっているのだよ!

それも馬鹿バカしいじゃありませんかア! アンドロメダ銀河と天の川銀河も消えてしまうのですよ! だから、“愛”もそれと一緒に消えてしまうじゃありませんかア!

あのさァ~、この宇宙が消えたとしても、別の宇宙が消えたという証明は不可能なのだよ!

つまり、我々が住んでいる宇宙が消えても、他にもたくさん宇宙が存在して、その宇宙の中の高等生物に“愛”がある、とデンマンさんは主張するのですか?

 


(universe5.jpg)

 

そうだよ。。。 そういう事があり得ないとは、誰も証明できないのだよ! なぜなら、我々人間は宇宙について知らないことばかりなんだから。。。


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宇宙は未知の暗黒に操られているのだ。

暗黒は2種類ある。

ひとつは“暗黒物質(ダークマター)”。

もうひとつは“暗黒エネルギー(ダークエネルギー)”だ。

 

宇宙全体の質量を100%とすると、私たちの知っている原子物質は5%。

暗黒物質と暗黒エネルギーはそれぞれ27%と68%。

これが宇宙の成分表だ。

 


(universe4.jpg)

 

これだけ科学が進んだ現在、私たちは宇宙の95%について知らないのだ。

私たちの身体や、地球、そして太陽などの星。

これらは私たちの知っている原子物質でできている。

 

100種類以上の元素だが、私たちは原子の世界を理解し、そして原子が宇宙を作っていると思い込んでいた。

ところが、私たちは宇宙についてまったく理解していなかったのだ。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


156-158ページ 『天の川が消える日』
著者: 谷口義明
2018年6月25日 第1刷発行
発行所: 株式会社 日本評論社


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【レンゲの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたも“愛”は永遠に存在すると思いますか?

ええっ。。。 「そんな事はどうでもいいから、もっと面白い話をしろ!」

あなたは日本語のことなど、どうでもいいのですか?

分かりましたわァ。。。

では、話題を変えます。

たいていデンマンさんは 太田さんに対して かなり辛らつな批判をしています。

太田さんにしてみれば、コケにされたと思えるので、

次のサイトで抗議録を公開したのですわァ。。。


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんは、これに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち 忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)

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■ 『百姓と貴姓』


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『きれいになったと感じさせる

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『センスあるランジェリー』


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女帝の平和

 

女帝の平和

 


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デンマンさん。。。、どういうわけで 女帝の平和 というタイトルにしたのでござ~♪~ますかァ?

実は、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

天武新政権

 

673年2月27日に即位した天皇は、妻を皇后に立て、太政官のメンバー6人のうち右大臣中臣金を斬首に処したほかすべて辞めさせ、大臣を一人も置かず直接政務をみることにした。

皇族の諸王を要職に据えはしても、彼らに実権を持たせたわけではなく、臣下の合議や同意に基づかずに天皇自らが国家に君臨した。

 

壬申の乱によって「新たに天下を平らげ、初めて即位」した、と告げたことにうかがえるように、天武天皇は天智天皇の後継者というより、新しい王統の創始者として自らを位置づけたのである。

天皇の号もこの時期から明確に使用されるようになった。

 

飛鳥の地から皇后の持統天皇が詠んだ次の歌からは、平和の到来が告げられている。


(kaguyama2.jpg)

春すぎて 夏来たるらし 白妙(しろたえ)の

 衣(ころも)ほしたり 天(あめ)の香具山

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


129-130ページ 『文学で読む日本の歴史』
著者: 五味文彦
2015年7月30日 第1刷発行
発行所: 株式会社 山川出版社

デンマンさんは、上の著者の解釈にご不満でもあるのでござ~ますかァ~?

確かに、平和の到来が告げられているように読めるのだけれど、実は、持統天皇は天武新政権下の日本の平和を願ったわけじゃなく、自分の心の平和を希(こいねが)っている歌なのですよ。。。

デンマンさんは、どういうわけで そのようなことをおっしゃるのですか?

それは、持統天皇が“讚良皇女”と呼ばれていた頃の事を語らないとよく理解できない。。。

讚良皇女の幼少の頃の事件を

もう一度振り返ると。。。

 

乙巳の変(いっしのへん)から4年後の649年3月、
当時右大臣であった蘇我倉山田石川麻呂が謀反を企てていると、
石川麻呂の弟の日向が中大兄皇子に告げ口したのが事件の始まりとなった。

石川麻呂は当時の孝徳天皇に身の証をして助けを求めたのだけれど、聞き入れてもらえなかった。
中大兄皇子と石川麻呂では政治的に意見が対立していたので中大兄皇子はさっそく兵を石川麻呂の邸宅に向かわせた。

危険を察した石川麻呂は飛鳥の自宅である山田寺にすでに逃げていた。
しかし、その山田寺もやがて包囲され、石川麻呂は観念して妻(讃良皇女にとってはおばあちゃん)とともに自害してしまう。

事件はそれだけではすまなかった。
やがて陰謀が夫の中大兄皇子のしわざと知った遠智娘(おちのいらつめ)は半狂乱の状態になってしまう。

無実の罪を着せられて、夫に父親を殺されたと思い込んでいる遠智娘は、身重な体を抱えながら心が晴れないままに日を送った。
“父親殺害者”の子を宿していたのだった。

その年の暮れに建皇子を生み、“この子を頼むわね”と満4才の讚良皇女に言い残して20代半ばの短い人生に終わりを告げて遠智娘は命を絶ってしまったのだった。
後に、中大兄皇子は義理の父である石川麻呂の忠誠の心を知り、死に追いやった事を後悔したという。

ところで、当時の結婚は“妻問い婚”が普通でした。
男性が女性宅を訪れ一夜の契りを結べばそれが結婚となり夫婦になるわけです。

男はその家にとどまることなく自由に女の家を出て自分の家に帰り、
女は男のまたの訪問を待ちます。

子供が生まれればその子は妻の家で養育し、父が子供に会うのは女性宅を訪れる時だけです。
その子供の養育費はすべて女性任せで、子供は女性の実家で養育される事になります。
当然の事ですが、子供はたまに会う父よりも、母方の祖父母への愛着が深くなります。

したがって、優しいおじいさんとおばあさんが一緒に亡くなり、そのあとを追うようにお母さんが亡くなってしまった。
満4才の童女は、当時そのことは知らなくとも、やがて自分の父親が祖父母と母の三人を“殺した”と知ることになります。

可愛がってくれていた3人が死んでしまった。しかも、父親の陰謀がその背景にあった。
その衝撃はトラウマになって、その後の讚良皇女の人格形成に大きな影響を与えた事は想像に難(かた)くありません。

しかも、この生まれてきた建皇子は唖者でした。つまり、生まれつき言葉が話せなかった。
体も不自由だったらしい。
母親が受けた精神的なショックで胎児にも悪い影響が出た事も充分に考えられますよね。

建皇子は、生まれながらの犠牲者でした。
おじいさんとおばあさんと母親の死。そして、弟をそんな悲劇に巻き込んだのは、ほかの誰でもない、父の中大兄皇子であると讚良皇女は知ることになります。

斉明天皇も、この不幸せな孫をずいぶんと可愛がったようです。
でも、建皇子は658年5月に亡くなっています。8年の短い命でした。

つまり、讃良皇女は、幼少の頃、次々と身近の人の悲劇にあったのです。
政略結婚で、姉大田皇女と共に大海人皇子に嫁いだ後、大田皇女も幼い子どもたちを残して亡くなっています。

大海人皇子にはたくさんの妻があり、大田皇女亡き後、身分は一番高くなったものの大海人皇子の心は
万葉集の歌を読んでも分かるように、
讃良皇女にあるのではなく、額田女王に向けられていたようですよね。

このことについては次の記事に書きました。

 


(wigout2.gif)

『日本で最も有名な三角関係』

 

つまり、讃良皇女は幼い頃から愛してくれる人、愛している人を奪われ続けてきたんですよね。
ある意味で“家庭崩壊”の中で生きてこなければならなかった。
そこに僕は境界性人格障害の病根を見るのですよ。

“愛”を奪われる人生だった。
幼い頃は、父親の中大兄皇子の陰謀が基でが近親者が亡くなって行く。
その父親の政略で大海人皇子に嫁がされてからも、皇子の愛は讃良皇女には注がれない。

そんな中で讃良皇女の心の支えは子の草壁皇子だけだった。
この我が子の将来を脅かす存在になったのが姉から預かった子、大津皇子だった。

大津皇子は実力も人気もあり、草壁皇子の皇太子としての地位を脅かす最大の存在になっていた。

天武天皇亡き後、皇后として最初に行なったことが大津皇子を謀反の疑いで逮捕、刑死させることだった。

しかしその後、皮肉にも、あれ程皇位につかせたかった我が子の草壁皇子が病気で亡くなり、
讃良皇女が持統天皇として即位することになります。
高市皇子を補佐役にし、藤原京への遷都を進める。

持統天皇は在位中頻繁に吉野に行幸しました。
それは天武天皇とともに過ごした数少ない愛の日々を
思い出すためだったのでしょうか?

草壁皇子亡き後、期待をかけたのが草壁皇子の忘れ形見、軽(珂瑠)皇子でした。
そして、この孫を天皇につけたのです。文武天皇です。
持統はその名の通り、皇統にこだわった人だったのです。

聡明で非情である持統天皇が

なぜ怨霊を恐れるのか?

ここで持統天皇が詠んだ和歌をもう一度読んでみて欲しい。


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春すぎて 夏来たるらし 白妙(しろたえ)の

 衣(ころも)ほしたり 天(あめ)の香具山

この有名な持統天皇の歌は、ただ単に四季の移り変わりに感興を催(もよお)して詠んだのではなのです。

では、持統天皇は何を感じて お詠みになったのでござ~ますか?

これまでの持統天皇の波乱に満ちた人生を振り返って詠んだのです。。。 愛する人を奪われ続けてきたこの女性の性(さが)と業(ごう)を考えるとき、僕は次のようにしか解釈できないのですよ。。。

春が過ぎて夏が来たようだ。

天の香具山に美しく真っ白な衣が

干してあるなあぁ~

でも、私の心はあの山の裏にある

磐余(いわれ)の池を見ているのです。


(iware01.jpg)

大津皇子が自害する前に池の端で

辞世の歌を読んだという。

自害の後で、皇子の妻であり、

私の腹違いの妹でもある山辺皇女が

髪を振り乱し、裸足で駆けて行き、

共に殉死したという。

痛ましいには違いない。

しかし私は、ああせねばならなかったのです。

怨霊になって

私を憎んでいるのかもしれないけれど、

私には他にとるべき道はなかったのです。

どうか、心安らかに眠っていて欲しい。

上の歌を持統天皇は藤原京の宮殿から香具山を見て詠んだのですよ。。。


(fujiwara3.gif)

この地図で見れば分かるように、香具山の裏に磐余(いわれ)の池があります。 この池の端で大津皇子は辞世の句を詠んだのです。。。 現在では、ほとんどの歴史家が大津皇子は持統天皇の陰謀によって死なされたと見ている。

ホントでございますかァ~?

僕は次のように考えているのです。

つまり、持統天皇は結果として自分と血のつながりがある甥の大津皇子と腹違いの妹を死に追いやったわけです。
この当時は怨霊ということがマジで信じられていた。

“怨霊の崇り”ということが現在でいえば“テポドンで攻撃を受ける”程度に怖いこととして考えられていた。

持統天皇だって、テポドンを宮殿に打ち込まれたくないので怨霊を鎮魂するために上の歌を詠んだ。
それが僕の解釈ですよ。うへへへへ。。。。
僕の知る限り、このような解釈をする人をこれまでに見た事がありません。

では、なぜ持統天皇はここまでする必要があったのか?
そしてなぜ、彼女は怨霊をそれほどまでに恐れねばならないのか?

天武天皇が亡くなれば皇太子が皇位を継承するのが順序であり、
皇后の実子である草壁皇太子が即位する事は約束されていた事です。

この時点で、大津皇子は皇位継承権第2位でした。
それにもかかわらず、皇后はこの甥である大津皇子を排除しようとした。

なぜか?

草壁皇子は病弱だったのです。
大津皇子と比べると歌においても人望においてもすべての面で劣っていたようです。
それが証拠に草壁皇子のことはたった1行『日本書紀』に記載があるのみです。

それに比べ、大津皇子については『万葉集』にも『懐風藻』にも記載があります。
それも、大津皇子の才能をほめたたえ、その人柄を偲んでいるような書き方になっています。
詳しくは次の記事を読んでください。

 


(bond010.gif)

『性と愛の影に隠れて–万葉集の中の政治批判』

 

つまり、当時の誰が見ても大津皇子の方が天皇にふさわしいと見ていた事が実に良く表れているのです。
草壁皇子が即位すれば皇太子として草壁皇子の異母弟である大津皇子を立てなければなりません。
なぜなら、草壁皇子の長男の軽皇子(かるのみこ)は当時4歳で皇太子にするにはふさわしくない。

ところが、病弱な草壁には、いつ不測の事が起こるかも知れず、その時には大津皇子が皇位につくことになってしまう。
そうなると、皇統が大津皇子に移ってしまう。

つまり、讃良皇女の血を受け継いだ後継者が、そこで絶えてしまう。
独占欲の強い讃良皇女には、このことは絶対に容認できない事です。

この事は持統天皇として即位してから、自分の血に固執したこの女性の性(さが)と業(ごう)を考えれば、容易に察しがつきます。
上の系図を見れば、そのことが良く分かります。
この独占欲と権勢欲は讃良皇女の生い立ちを考えない限り理解できません。

しかも、この女性はその先例を父親の天智天皇と自分の夫である天武天皇との間に見ているのです。
つまり、この場合なら、草壁皇子が天智天皇にあたり、大津皇子が天武天皇にあたります。
天智天皇の皇太子になったのが大海人皇子(後の天武天皇)だったのです。

このような状況を許せば、大海人皇子が天智天皇を暗殺して、その子の大友皇子を亡き者にしたように
大津皇子が草壁皇子を暗殺して皇位につくかもしれない。

その“禍の芽”を摘み、取り除くために大津皇子を亡き者にしなければならなかったのです。

 

なぜ大津皇子の怨霊を恐れたのか?


(futakami2.jpg)

現身(うつそみ)の 

人なる吾(われ)や 

明日よりは 

二上山を 

弟背(いろせ)とわが見む 

(巻2-165)

この世に生き残った私は、

明日からは、

弟が葬られている

二上山を弟と思い見て、

慕い偲ぶことにしよう。

上の歌は大津皇子の死体を飛鳥の墓から掘り出して、
葛城(かつらぎ)の二上山(ふたかみやま)に移して葬った時に、
大津皇子の実の姉である大伯皇女(おおくのひめみこ)が痛ましい思いに駆られて詠んだ歌です。

死体を掘り起こして他の場所に埋めなおす。
なぜそのような酷(むご)いことをしなければならないのか?
大伯皇女も、そう思って心が痛んだことでしょう。

つまり、大津皇子を偲んで大伯皇女が詠んだ歌を大伴家持が万葉集に取り上げた本音には、
この事実を後世に伝え“謀反”が持統天皇の“でっち上げ”であった事を暗に伝えるためだった。
僕はそう信じることができます。

大伯皇女は、大津皇子が自害した15年後、
大宝元年(701年)に独身のまま41歳で亡くなっています。

彼女は天武2年(673年)に父・天武天皇の指図に従って
伊勢神宮に奉仕する最初の斎王(いつきのみこ)となり、
伊勢の斎宮(いつきのみや)に移ってお勤めをするようになったのです。

しかし、大津皇子が自害した1ヶ月余りの後に、
弟の罪により斎王の任を解かれて飛鳥に戻ったのです。

平安時代の長和4年(1015年)に書かれた『薬師寺縁起』には次のように書かれています。

大津皇子の霊が龍となって崇りを起こしたため、

大津皇子の師であった僧の義淵(ぎえん)が

皇子の霊を祈祷によって鎮めた。

つまり、大津皇子は無実の罪を着せられて自害させられたのですね。
その罪を着せたのは誰あろう持統天皇なのです。
そして、大津皇子の死体を二上山に移して、
皇子の霊を飛鳥から15キロ離れた山の中に閉じ込めたのも持統天皇のしたことです。

持統天皇の心にも“後ろめたさ”があったのでしょうね。
だからこそ大津皇子の霊に恐れを感じた。

しかも、“大津皇子の霊が龍となって崇りを起こし”ていると言うもっぱらのうわさが流れている。
持統天皇が大津皇子の死体を掘り起こし
二上山にその怨霊と共に閉じ込める気持ちが分かるような気がします。

怨霊信仰


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非業の死を遂げたものの霊を畏怖し、
これを融和してその崇りを免れ安穏を確保しようとする信仰。

原始的な信仰では死霊はすべて畏怖の対象となったが、わけても怨みをのんで死んだものの霊、その子孫によって祀られることのない霊は人々に崇りをなすと信じられ、疫病や飢饉その他の天災があると、その原因は多くそれら怨霊や祀られざる亡霊の崇りとされた。

『日本書紀』崇神天皇七年・・天皇が疫病流行の所由を卜して、神託により大物主神の児大田田根子を捜し求めて、かれをして大物主神を祀らしめたところ、よく天下大平を得たとあるのは厳密な意味ではただちに御霊信仰と同一視し難いとはいえ、その心意には共通するものがあり、御霊信仰の起源がきわめて古きにあったことを思わしめる。

しかし一般にその信仰の盛んになったのは平安時代以後のことで、特に御霊の主体として特定の個人、多くは政治的失脚者の名が挙げられてその霊が盛んに祭られるようになる。

その文献上の初見は『三代実録』貞観五年(863)「所謂御霊者 崇道天皇(早良親王)、伊予親王、藤原夫人(吉子)及観察使(藤原仲成か)、橘逸勢文室宮田麻呂等是也。・・・」ものと注せられているが、この六所の名については異説もあり、後世さらに吉備大臣(真備)ならびに火雷神(菅原道真)を加えてこれを八所御霊と呼ぶようになった。・・・」


SOURCE: 国史大辞典

持統天皇は怨霊信仰に基づいて大津皇子の霊を祈祷によって鎮めて、
後でまた崇りをしないようにと二上山に皇子の霊を閉じ込めたわけです。

つまり、これは持統天皇が無実の罪を着せて大津皇子を殺したことの何よりの証拠なんですよね。

大伴家持は大伯皇女を万葉集に取り上げることによって、
この事実を我々に伝えようとしたわけです。

僕はそう信じているんですよ。

では、ここで 司馬遼太郎さんの言葉を書きます。。。 卑弥子さんも読んで欲しい。。。 生前、司馬遼太郎さんは、このようなことを言ってたのです。。。


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“作品は作者だけのものと違うんやでぇ~。。。

作者が50%で読者が50%。。。

そうして出来上がるモンが作品なんやでぇ~”

名言だと思います。。。 あなたが読者として、どれだけ50%の分を読みつくすか? それが問題です! 大伯皇女が全身全霊の力を込めて詠(うた)ったのがこのページの上で示した歌です。 あなたも、全身全霊の力を込めて。。。 あなたの人生経験と、これまで学んできた国文と、日本史と、すべてを噛み砕いた上で理解すべきなのですよねぇ~。 大伯皇女は、それを期待しながら、1300年後に生まれるだろうあなたに、この当時の波乱に満ちた政治の真相を伝えようと、上の歌を詠(うた)ったのかも知れません。

それで、大伴家持は一読者として大伯皇女の歌を充分に読み取った上で万葉集に載せた、とデンマンさんは主張するのでござ~ますかァ~?

もちろんです。。。

つまり、持統天皇は怨霊を恐れるあまりに鎮魂の歌として“春すぎて 夏来たるらし”の歌を詠んだわけなのですかァ~?

そうとしか 僕には考えられないのですよ。。。 自分の心に平安が訪れるようにと。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
ずいぶんと長たらしいお話ですわ。

あなたは、どう思いますか?

関係者は すでにとっくの昔にあの世へ逝ってますから、

“死人に口無し”ですわ。

持統天皇がどのような気持ちを込めて歌を詠んだのか?

それは天のみが知っていることだと思います。

 

ええっ。。。? そんなことはどうでもいいから、

「もっと面白い話をしろ!」と言うのでござ~ますかァ?

分かりましたわァ。。。

あなたが、そうおっしゃるのだったら、まずジューンさんの次の写真をご覧になってくださいまし。。。

 


(senya020b.jpg)

 

千夜一夜物語の衣装を着たジューンさんに魅せられて、女性に成りすます男性が たくさん居るのでござ~ますわァ!

ええっ。。。 信じられないのですかァ?

じゃあ、ちょっと次のYouTubeのクリップを見てくださいまし。。。


(xdress02.jpg)

いかがでござ~ますかァ~?

男性が女装していると思いますかァ?

あたくしは、素直に信じることができませんわァ~。。。

どうですかァ~? けっこうなものでしょう!?

いつまでも見とれていても仕方がありませんわよゥ。

あなたのために古代史の面白い記事を用意しました。

ぜひ お読みください。

では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


(hama10.jpg)

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』


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『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

『ペルシャ人の楊貴妃』

『ん?佐伯今毛人』

『文学と歴史とウソ』

『百人一首ミステリー』

『芭蕉と遊女再び』

『映画とロマン@仙台』

『源氏物语中的性描写』

『忘れられた歴史ロマン』


(costa04b.jpg)

『おばさんパンツ@サンホセ』

『聖徳太子のチューター』

『オナラの曲芸』

『死海』

『漱石とオナラ』

『絵里香さん』

『美女とオナラ』

『アンバパーリー』

『ゆっくりと愛し合う』

『見ちゃだめ!』

『二重マチ付きズロース』


(miya08.jpg)

『麻生元総理』

『ネットのバカ女を捜して』

『額田王の歌』

『聖女と娼婦』

『済子女王@萌える』

『ん?堀内亜里?』

『松平春嶽が黒幕?』

『旅行者的早餐』

『なぜ蝦夷なの?』

『プリキュアとヒトラー』

『戦争絶対反対よね』

『怨霊の歴史』

『色欲@歴史』

『紫式部と敗戦』

『ラピスラズリと源氏物語』

『性と愛@古代史』

『仙台を離れて』

『美人とブス@大奥』

『絵の中のウソ』

『阿倍仲麻呂@ベトナム』

『バイクガール』

『六条御息所』

『卑弥子さんの大学』

『元寇と捕虜』

『マキアベリにビックリ』

『痴漢が心配』

『びた一文』

『卑弥子@ブカレスト』

『エロい源氏を探して』

『ラピスラズリの舟形杯』

『平成の紫式部』

『隠元豆と国性爺合戦』

『おばさんと呼ばれて』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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六条御息所

 

六条御息所

 


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デンマンさん。。。 今日はあたくしのために六条御息所を取り上げてくださったのでござ~♪~ますか?


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。。。ん? 卑弥子さんのためですかァ~。。。

だってぇ~、あたくしは京都の女子大学で腐女子たちに「日本文学と源氏物語」を講義しているのですわよう。。。 六条御息所と言えば、もう『源氏物語』に出てくると決まっているのですわァ~。。。

確かに、卑弥子さんを呼び出したのは六条御息所について語り合わねば ならないのだけれど、実は、『徒然ブログ』の常連の新潟県・長岡市に住んでいる 永田 絵里香(ながた えりか)さんが六条御息所について書いてある記事を探してやって来たのですよ。。。 ちょっと次のリストを見てください。。。


(liv80418a.png)

『拡大する』

『category:日本人・日本文化・日本語』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の4月16日の午後2時39分から17日の午前2時23分までの約12時間の「生ログ」のリストの一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しいのですよ。。。

あらっ。。。 ドコモの検索エンジンで検索して「日本人・日本文化・日本語のカテゴリー」のページを開いたのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

。。。で、赤いアンダーラインを引いてあるリンクをクリックすると どのような検索結果が出てくるのでござ~ますか?

次のような結果が表示されるのです。。。


(doc80418a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「六条御息所 俳句 鳴く音なそへそ 徒然ブログ」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 赤枠で囲んだリンクをクリックして「日本人・日本文化・日本語のカテゴリー」のページを開いたわけです。。。

もしかしてビキニを着た素晴らしいプロポーションの女性が、『徒然ブログ』の常連の 永田 絵里香(ながた えりか)さんでござ~ますかァ?

そうです。。。

どうして『徒然ブログ』にやって来る女性の方々は、どの方も美人でスタイルがよいのですかァ~?

それは、『徒然ブログ』に欠かせない卑弥子さんが美人でスタイルがいいからですよ。。。 うへへへへへへへ。。。

そういう理由にならない屁理屈を持ち出してきて お世辞のつもりなのでしょうけれど、確かに あたくしは美人でスタイルが良いのですから、反論しませんわァ~。。。 で、いつものようにIPアドレスを調べて永田 絵里香(ながた えりか)さんがアクセスしたことを突き止めたのですかァ~?

そうです。。。


(ip2573b.png)

デンマンさんは、何が何でもIPアドレスで調べますけれど、プライバシーを守るために、アクセス者の名前まではゲットできないのですわァ~。。。

あのねぇ~、絵里香さんは、記事を読んで感動して僕にメールをよこしたのですよ。。。

マジで。。。?

あれっ。。。 卑弥子さんは僕の言う事が信じられないのですかァ~?

仕方ないから、信じることにしますわァ。。。 で、どの記事を絵里香さんは読んだのでござ~ますかァ?

次の記事です。。。


(liv80301e.png)


『拡大する』

『ラピスラズリと源氏物語』

「日本人・日本文化・日本語のカテゴリー」のページを開いて、ブラウザの FIND機能 を使って「六条御息所」を入れて調べると、たった一つヒットするのですよ。。。

それが今年の3月1日に投稿した『ラピスラズリと源氏物語』でござ~ますかァ?

そういうことです。。。 永田 絵里香(ながた えりか)さん次の箇所を読んだわけです。。。

夕顔の短い一生


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夕顔は三位中将の娘として生まれる。
父の死後、頭中将(当時は少将)と結ばれて一女(後の玉鬘)をもうけるが、本妻の嫉妬を恐れて姿を消し、市井にまぎれて暮らしている。

光源氏が17歳の頃、従者・藤原惟光の母親でもある乳母の見舞いにゆく。
その折、乳母の家の隣家の垣根に咲くユウガオの花に目を留めた光源氏が、その花の美しさに惹かれて取りにやらせたところ、邸の住人(夕顔)が和歌で返答する。
市井の女とも思えない教養に興味を持った光源氏は、身分を隠して彼女のもとに通うようになる。

可憐なその女は自分の素性は明かさないものの、逢瀬の度に頼りきって身を預ける風情が心をそそり、光源氏は彼女にのめりこんでいく。

あるとき、逢引の舞台として寂れた某院(なにがしのいん、源融の旧邸六条河原院がモデルとされる)に夕顔を連れ込んだ光源氏であったが、深夜に女性の霊(六条御息所とも言われるが不明)が現れて恨みごとを言う。
夕顔はそのまま人事不省に陥り、明け方に息を引き取った。


『ラピスラズリと源氏物語』より
(2018年3月1日)

つまり、絵里香さんは、この部分を読んで感動してデンマンさんにメールを出したのでござ~ますかァ?

そうです。。。

そんなこと、信じられませんわァ~。。。

どうして。。。?

だってぇ、感動する所がどこにもないではありませんかァ~!

あのねぇ~、絵里香さんは次のパッセージも読んだのですよ。。。


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夕顔の儚(はかな)い一生を見るだけでも、読む人は同情を寄せざるを得ない。 彼女は人に憎まれるような性格ではない。 むしろ人に好かれる可憐で朗らかな性格の持ち主なのですよ。 卑弥子さんに説明するのは「釈迦に説法」になるけれど、光源氏は短い間の付き合いであったにもかかわらず夕顔にのめりこみ、死後も彼女の面影を追うのですよ。

それで。。。?

当時は怨霊信仰というものがあった。 菅原道真の例がもっとも有名です。 とても才能のある人で宇多天皇に重用されて「寛平の治」を支えた一人であり、醍醐天皇の時に右大臣にまで昇った。 しかし、左大臣・藤原時平に妬(ねた)まれて讒訴(ざんそ)され、大宰府へ権帥(ごんのそつ:副司令官)として左遷され、903年に悲痛な思いのまま現地で亡くなった。 死後、地震や落雷が多発して人が死んだので、道真が朝廷に祟りをなしたとされた。 それで道真の怨霊を鎮(しず)めるために朝廷は正一位・太政大臣の位を贈ったのです。 だから、現在でも菅原道真は天神様として神様になってますよ。

つまり、「瑠璃君」というのは、罪もなく六畳御息所(ろくじょうのみやすどころ)の霊に取り殺された夕顔を鎮魂(ちんこん)するために紫式部女史がその遺児に贈った最大級の美辞だとデンマンさんは考えているのですか?

そうですよ。 ちょうど道真に死後、正一位・太政大臣の位を贈ったようなものです。

そうでしょうかしら。。。?

だってねぇ、道真が亡くなったのが903年ですよ。 紫式部女史が生まれたのは、いろいろな説があるけれど、970年から978年の間だとされている。 卑弥子さんも十分すぎるほど知っていることだと思います。 菅原道真の事件が起こってから紫式部女史が生まれるまで、100年と経ってなかった。 紫式部女史が子供の頃、まだ生々しい恐ろしい話が伝わっていたはずです。

でも、『源氏物語』は歴史書ではござ~♪~ませんわ。

もちろん、『源氏物語』は紫式部女史の創作ですよ。 でもねぇ、史実の中にモデルを求めている。 すべてが架空の出来事と言うわけではない。

つまり、夕顔にもモデルが居たとデンマンさんは想定するのですか?

当然ですよ。 『源氏物語』は夢物語でも御伽噺でもない。 紫式部女史が史実の中にモデルを求めて書いた小説だと僕は信じているのです。 だから、夕顔のモデルの霊を慰めるために作品の中で、その遺児に最大級の美辞を与えて霊を慰めたのだと僕は考えているのです。 その時、紫式部女史のオツムに思い浮かんだのは5000年以上も前から珍重されていたラピスラズリ—星の瞬く夜空を連想させる美しい瑠璃ですよ。 それで、夕顔の遺児の幼名を「瑠璃君」にしたのです。


(lapis815.jpg)

それがデンマンさんの歴史ロマンでござ~♪~ますか?

そうです。。。どうですか?。。。卑弥子さんも、ありそうな事だとは思いませんか?


『ラピスラズリと源氏物語』より
(2018年3月1日)

引用した上のどこに絵里香さんは感動したのでござ~ますかァ?

あのねぇ~、卑弥子さんも 十分に理解していると思うけれど、菅原道真は左大臣・藤原時平に妬(ねた)まれて讒訴(ざんそ)され、大宰府へ権帥(ごんのそつ:副司令官)として左遷され、903年に悲痛な思いのまま現地で亡くなった。 死後、地震や落雷が多発して人が死んだので、道真が朝廷に祟りをなしたとされた。 それで道真の怨霊を鎮(しず)めるために朝廷は正一位・太政大臣の位を贈ったわけです。 だから、現在でも菅原道真は天神様として神様になってますよ。

そこんところに、絵里香さんは感動したのでござ~ますかァ?

やだなあああァ~。。。 違いますよゥ。。。 あのねぇ~、『源氏物語』は夢物語でも御伽噺でもない。 紫式部女史が史実の中にモデルを求めて書いた小説なのですよ。 だから、夕顔のモデルの霊を慰めるために作品の中で、その遺児に最大級の美辞を与えて霊を慰めたのだと僕は考えているのです。 その時、紫式部女史のオツムに思い浮かんだのは5000年以上も前から珍重されていたラピスラズリ—星の瞬く夜空を連想させる美しい瑠璃ですよ。 それで、夕顔の遺児の幼名を「瑠璃君」にしたのです。


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その部分に、絵里香さんは感動したのでござ~ますかァ?

そうですよ。。。 ラピスラズリ—星の瞬く夜空を連想させる美しい瑠璃にあやかって夕顔の遺児の幼名を「瑠璃君」にしたという所に、僕と同じように 絵里香さんはロマンを感じ取って共感したわけですよ。。。

そんな所に感動するかしらァ~?

やだなあああァ~。。。 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文学と源氏物語」を講義している “平成の紫式部”と呼ばれている橘卑弥子・准教授とも思えない言い方ですねぇ~。。。

あらっ。。。 デンマンさんは、あたくしが“平成の紫式部”と呼ばれていることをご存知だったのですかァ~?

もちろんですよ。。。 京都の平安文学の研究者の集まりでは、もっぱらの評判です。。。 その噂はバンクーバーまで聞こえているのですから。。。

分かりましたわ。。。 そういうことでしたら、絵里香さんが感動したことを素直に認めますわァ~。。。


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【デンマンの独り言】

分かるでしょう?!

卑弥子さんは平安文学にハマッっている割には、意外に単純なところがあるのですよゥ。。。

ちょっと褒めると、すぐに悪乗りするのです。。。

でもねぇ~、古風な女性でありながら、これも意外なことに 極めて流行に敏感なのですよ。。。

ええっ。。。 どのような流行かってぇ~。。。

実は、卑弥子さんは“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですよ。。。

その影響で、最近、ネットで卑弥子さんの人気が上昇しているのです。。。

ちょっと次の検索結果を見てください。。。


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『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索したのです。

卑弥子さんの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てに僕のブログにやってくる男たちがいるのです。。。


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どうやら、この魅力によって 卑弥子さんの人気が出てきたようです。

ええっ。。。 卑弥子さんのケツは、どうでもいいからフロントがどうなっているのか見たいのですか?

分かりました。

あなたがそう言うなら ここでお見せします。


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どうですかァ~? けっこうなものでしょう!?

いつまでも見とれていても仕方がありませんよゥ。

あなたのために古代史の面白い記事を用意しました。

ぜひ お読みください。

では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


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『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』


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『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

『ペルシャ人の楊貴妃』

『ん?佐伯今毛人』

『文学と歴史とウソ』

『百人一首ミステリー』

『芭蕉と遊女再び』

『映画とロマン@仙台』

『源氏物语中的性描写』

『忘れられた歴史ロマン』


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『おばさんパンツ@サンホセ』

『聖徳太子のチューター』

『オナラの曲芸』

『死海』

『漱石とオナラ』

『絵里香さん』

『美女とオナラ』

『アンバパーリー』

『ゆっくりと愛し合う』

『見ちゃだめ!』

『二重マチ付きズロース』


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『麻生元総理』

『ネットのバカ女を捜して』

『額田王の歌』

『聖女と娼婦』

『済子女王@萌える』

『ん?堀内亜里?』

『松平春嶽が黒幕?』

『旅行者的早餐』

『なぜ蝦夷なの?』

『プリキュアとヒトラー』

『戦争絶対反対よね』

『怨霊の歴史』

『色欲@歴史』

『紫式部と敗戦』

『ラピスラズリと源氏物語』

『性と愛@古代史』

『仙台を離れて』

『美人とブス@大奥』

『絵の中のウソ』

『阿倍仲麻呂@ベトナム』

『バイクガール』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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怨霊の歴史

 

怨霊の歴史

 


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デンマンさん。。。 今日はオバケのお話で あたくしをお呼びになったのでござ~♪~ますか?


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オバケとはちょっと違うんだけれどねぇ~。。。

怨霊ってぇ、オバケのよなものではござ~ませんかァ~。。。 たとえば、あの有名な“お岩さん”とか。。。

確かに、日本でオバケと言えば、まず“お岩さん”のオバケが3本の指に入るかも知れません。。。

四谷怪談


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四谷怪談(よつやかいだん)とは、元禄時代に起きたとされる事件を基に創作された日本の怪談。
江戸の雑司ヶ谷四谷町(現・豊島区雑司が谷)が舞台となっている。

基本的なストーリーは「貞女・岩が夫・伊右衛門に惨殺され、幽霊となって復讐を果たす」というもので、鶴屋南北の歌舞伎や三遊亭圓朝の落語が有名である。
怪談の定番とされ、折に触れて舞台化・映画化されているため、さまざまなバリエーションが存在する。

 

あらすじ

四谷在住の御先手鉄砲組同心の田宮又左衛門のひとり娘である岩は、容姿性格共に難があり中々婿を得ることができなかった。

浪人の伊右衛門は、仲介人に半ば騙された形で田宮家に婿養子として岩を妻にする。

田宮家に入った伊右衛門は、上司である与力の伊東喜兵衛の妾に惹かれ、また喜兵衛は妊娠した妾を伊右衛門に押し付けたいと思い、望みの一致したふたりは結託して、岩を騙すと田宮家から追う。

騙されたことを知った岩は狂乱して失踪する。

岩の失踪後、田宮家には不幸が続き断絶。

その跡地では怪異が発生したことから於岩稲荷がたてられた。


出典: 「四谷怪談」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

お岩さんの恨みで田村家の跡地ではお岩さんのオバケが出てくるようになったのでござ~ますわァ。。。 だから、“お岩さん”はりっぱな「怨霊」ですわよう。。。

怨霊


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怨霊(おんりょう)とは、自分が受けた仕打ちに恨みを持ち、たたりをしたりする、死霊または生霊のことである。

生きている人に災いを与えるとして恐れられた。

憎しみや怨みをもった人の生霊や、非業の死を遂げた人の霊。

これが生きている人に災いを与えるとして恐れられている。

霊魂信仰の考え方では、霊魂が肉体の中に安定しているときその人は生きていられる、と考える。

怨みや憎しみなどの感情があまりに激しいと、霊魂が肉体から遊離して生霊となり災いを与える、と考える。

戦死、事故死、自殺などの非業の死をとげた人の場合は、霊肉がともにそろった状態から、突然、肉体だけが滅びた状態になる、とされる。

したがって、その人の霊魂は行き所を失い、空中をさまよっていると考えた。

これらの霊が浮遊霊である。

平安時代の書物にさかんに現れる物の怪(もののけ)、中世の怨霊や御霊、近世の無縁仏や幽霊などは、いずれもこうした浮遊霊の一種とみることができる。

怨霊を主題とした講談や物語などがあり、こういったフィクションなどでは様々な設定で描写されることもある。


出典: 「怨霊」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

確かに、卑弥子さんの言うことは もっともです。。。

。。。で、どういうわけで、急に「怨霊」を取り上げたのでござ~ますか? 最近は、幼い子供でも、“オバケ”など信じませんわよう。。。

でも、漫画の『ゲゲゲの鬼太郎』は子供たちの間で人気がありますよう。。。 子供は、妖怪が好きなのですよう。。。

デンマンさんも子供時代に 『ゲゲゲの鬼太郎』にハマッたのでござ~ますかァ~?


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いや。。。 僕は子供時代から、オバケだとか、妖怪だとか、怨霊というものを馬鹿にして 全く信じませんでした。。。 だいたい、昔はお月さんには ウサギが居て餅つきをしていたなどという子供騙しの話がありましたからねぇ~。。。  ロケットで人間が着きに行くような時代に、月でウサギが餅つきをしているなどと、『ゲゲゲの鬼太郎』にハマッている子供でも 誰も信じませんよう。。。

確かに、月世界にウサギがすんでいるなどと、最近の子供たちは信じないかもしれませんわ。。。

僕にとって、オバケだとか、妖怪だとか、怨霊というのも、“月に住んでいるウサギ”と全く同じで信じてないのですよ。。。


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それなのに、どういうわけで怨霊を取り上げたのですか?

あのねぇ~、最近の人は 怨霊など信じないと僕は信じていたのですよ。。。 でもねぇ~、けっこう信じている人たちが現在でも居るのですよ。。。 ちょっと驚いたのです。。。

いったい、どなたが信じているのでござ~ますか?

たまたまバンクーバー市立図書館で借りていて本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

平将門の怨霊


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大正12年(1923)9月の関東大震災で、大蔵省の庁舎はことごとく焼け落ちた。
将門塚の古蹟保存碑も激しい振動で倒れてしまった。

復興の過程で池は埋められ、それまで前方後円墳の墳丘の形をよくとどめていた将門塚は、完全に取り崩された。
更地となった跡地には大蔵省の仮庁舎が建てられた。

将門の祟りが噂され出したのはこのころからであった。
大正15年6月に若槻礼次郎内閣の大蔵大臣となったばかりの憲政会所属の速水聖爾(はやみせいじ)が9月に急逝し、現職の課長ら職員十数人が次々に死亡。
さらに、塚の上に立てた仮庁舎での転倒事故が続出したことから、将門塚を破壊した祟りだといううわさが広まったのである。

昭和3年(1928)、塚のあった位置に建つ建物をわざわざ取り壊して将門塚を復元し、時の大蔵大臣三土忠造(みつちちゅうぞう)以下幹部職員列席のもと、神田神社社司による慰霊祭が営まれた。

だが、それも空しかった。
昭和15年(1940)6月20日、突然の暴風雨が東京を襲い、午後10時、大手町の逓信省航空局に雷が落ちた。
落雷により火災が発生し (略) 大手町一帯に燃え広がったのである。 (略)
人的被害も甚大で、消火作業中の警防団員二人が殉職したのをはじめ、重軽傷者は107人に及んだ。

この火災に震え上がったのが、大蔵省関係者だった。
この年は、平将門が討たれた天慶3年(940)からちょうど1000年目にあたる。
急遽、(略)「南無阿弥陀仏」の板碑を模刻して建立。
ふたたび神田神社の社司を招いて、厳粛に慰霊祭が執行されたのである。

昭和18年、大蔵省が霞ヶ関に移転すると、跡地は都有地となった。(略)
戦後、占領軍はこの場所に巨大なモータープール(駐車場)を造成し始めたが、占領軍の命令で将門塚をブルドーザーで壊そうとした日本人が転落して死亡する事故が発生。(略)
このときは神田神社の氏子の代表がGHQに出頭して事情を説明し、何とか塚の破壊は免れている。

 (中略)

将門塚周辺は再開発ラッシュである。
三井不動産は、大手町の三井物産本社ビル、旧プロミス本社ビル(旧長銀ビル)など3棟を再開発し、41階と30階の超高層ビル2棟を建てる計画を発表したが、敷地の一角にある「将門の首塚」は計画に含まれず、周囲は緑地にするようだ。


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三井不動産の広報によれば、将門塚を「神聖で大切な場所と認識している」という。
将門信仰は、今も脈々と生きているのかもしれない。

 (93-96ページ)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


『地図と愉しむ東京歴史散歩 地下の秘密篇』
著者: 竹内正浩
2016年10月25日 第1刷発行
発行所: 中央公論新社

あらっ。。。 平将門さんのことは あたくしも存じ上げておりますけれど、将門さんの怨霊が祟って これほど多くの人間が亡くなったということは初耳でござ~ますわァ~。。。 

実は、僕も歴史のことについては、かなり詳しいつもりで居たのだけれ、将門さんの怨霊が祟って これほど多くの人間が亡くなったということは初耳だったのですよ。。。

でも。。。、でも。。。、デンマンさんのことですから、絶対に信じないのでしょう?

あれっ。。。 卑弥子さんには僕の心が読めるのですかァ~?

もちろんでござ~ますわァ。。。 デンマンさんとも長いお付き合いでござ~ますから。。。 で、デンマンさんは、怨霊でないとしたら、亡くなった人たちは、なぜ立て続けに亡くなったのでござ~ますか?

あのねぇ~、怨霊の歴史は、なにも将門さんから始まったわけじゃない! 古い話で最も有名な怨霊はツタンカーメンの怨霊ですよ。。。

王家の呪い


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王家の呪い(おうけののろい、curse of the pharaohs)とは、エジプト王家の墳墓を発掘する者には呪いがかかる、という信仰である。
ファラオの呪い、ツタンカーメンの呪いとも呼ばれる。

1920年代のエジプトにおいて、王家の谷でツタンカーメンの墳墓を発掘してミイラをとりだしたカーナヴォン卿および発掘に関係した数名らが、発掘作業の直後次々と急死したとされる出来事からこうした伝説が生まれた。

現在まで語り継がれているが、墓の開封に立ち会った人で実際に急死したのはカーナヴォン卿だけであり、そのカーナヴォン卿も発掘以前に髭を剃っていた時に誤って蚊に刺された跡を傷つけたことにより熱病に感染し、肺炎を併発したことが死因であることが確認されている。

何らかのガスが墳墓に溜まっていて、墳墓をあばいた時にそれを吸った影響ではないか、と見なす人もいた。
たとえばアーサー・コナン・ドイルもそれに類した見方を好んだ一人で、王の墳墓を荒らす墓荒らしを懲らしめるために致死性のカビのようなものが意図的に配置されていたのではないかと見なした。
現在では古代エジプト墳墓の空気も調査されているが、有毒なガス、カビの存在は確認されていない。

ツタンカーメンの墓の発掘に直接携わった者で1年以内に亡くなったのはカーナヴォン卿だけである。
呪いの真相については、ハワード・カーターと独占契約を結んだタイムズに対抗した他の新聞社が、発掘関係者が死亡するたびに「王家の呪い」と報じたことが原因である。


出典: 「王家の呪い」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ツタンカーメンの墓を暴(あば)いた呪(のろ)いで カーナヴォン卿が亡くなったと言う話はエジプトに関心がある人は、誰でも知っていると思うのですよ。。。 でもねぇ、上の説明にもあるよう、墓の開封に立ち会った人で実際に急死したのはカーナヴォン卿だけであり、そのカーナヴォン卿も発掘以前に髭を剃っていた時に誤って蚊に刺された跡を傷つけたことにより熱病に感染し、肺炎を併発したことが死因であることが確認されているのですよ。。。

つまり、怨霊のために亡くなったと言う伝説には、必ず科学的に説明がつく理由があると、デンマンさんは主張するのでござ~ますかァ?

そうですよ。。。 あのねぇ~、我々人間には、昔から話を面白くしようとする好奇心があるのですよ。。。 だから、お月さんとウサギの話ができたのです。。。

では、将門の怨霊によって速水聖爾(はやみせいじ)が9月に急逝し、現職の課長ら職員十数人が次々に死亡したという事実を デンマンさんはどのように説明なさるのでござ~ますかァ?

簡単なことですよ。。。 速水聖爾さんは、脳梗塞で急死したのですよ。。。

では、その後で続いて亡くなった現職の課長ら職員十数人の死は、どのように説明なさるのでござ~ますかァ?

ツタンカーメンの場合でも、「発掘に関係した数名らが、発掘作業の直後次々と急死したとされる出来事」があったけれど、墓の開封に立ち会った人で実際に急死したのはカーナヴォン卿だけなのですよ。。。 つまり、その他の人たちの死は、言わば話に付いた“尾びれ”や“背びれ”なのですよ。。。 そのようにして、話が出来上がり、世の中の人たちの興味や好奇心をそそったわけです。。。 つまり、そうやってメディアが記事で取り上げて新聞や雑誌の売り上げを伸ばすわけですよゥ。。。

分かりましたわ。。。 んで、平将門の怨霊も新聞社や雑誌社が売り上げを伸ばすために、“怨霊の話”を記事にしたということですか?

その通りです。。。 時間軸に沿って現職の課長ら職員十数人の死を並べれば、それぞれに病気や事故で亡くなっているのです。。。 平将門の首塚が無かったとしたら、その人たちの死は全く誰もが気にも留めなかったかもしれない! だけど、新聞社や雑誌社は、売り上げが伸びるので、そういう話を記事に書いたわけですよ。。。

つまり、 「四谷怪談」のお話も、当時のマスメディアが売り上げを伸ばすために、デッチあげたお話なのでござ~ますかァ?

そうですよ。。。 お月様とウサギと同じようにして出来上がった話ですよ。。。

でも。。。、でも。。。、それでは身も蓋もないじゃござ~ませんかァ!

だから、怨霊を信じたい人は信じればいいのですよ! 信じたくない人は信じなくてもいいのですよ! 思想・信条の自由があるのだから。。。 人間の尊厳を支える基本的条件です。。。 また民主主義の前提です。。。 信教の自由、学問の自由、表現の自由、言論の自由とつながるものです。。。 国際法では市民的及び政治的権利に関する国際規約として、また、日本では日本国憲法第19条で思想及び良心の自由として保障されているのですから。。。

でも。。。、でも。。。、それでは木で鼻をかむようではござ~ませんかァ?

だから、「四谷怪談」を信じるのも「将門の怨霊」を信じるのも卑弥子さんの自由ですよ。。。 僕は卑弥子さんの自由を奪うつもりはありません。。。

でも。。。、この記事を読んでいるネット市民の皆様が不満そうなお顔をしていますわァ~。。。

僕の責任じゃありません。。。 文句があるなら、新聞社と雑誌社に問い合わせてください。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

デンマンさんは、ときどき夢も希望も無い事をおっしゃるのですわよう。。。

確かに、つきにロケットを飛ばして、お月様とウサギのお話は馬鹿バカしいものになりました。。。

だから、せめて「四谷怪談」や「将門の怨霊」のお話ぐらい、そっとしておいて欲しいものですわァ~。。。

あなただってぇ、そう思うでしょう?

とにかく、デンマンさんが つまらない事を言ったので話題を変えて楽しいお話をいたしますわねぇ~。。。

実は、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”が殿方の注目を集めているのでござァ~ますわよう。

うふふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


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つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。


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どうでござ~ますかァ?

この魅力によって あたくしの人気が出てきたのだと思うのですわァ。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

プリキュアにまつわるお話も、大変興味深いですけれど、

他にも いろいろな面白いお話がござ~ますわァ。

たまには、日本古代の面白いお話にも関心を示してくださいまし。

あなたのために古代史の記事を用意しましたわァ。

ぜひ お読みくださいねぇ。

では。。。

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同腹の兄弟ではなかった。 

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だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


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