雁とがんもどき

 

雁とがんもどき

 


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デンマンさんは雁とがんもどきが好きなのですか?


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雁は食べると旨いし、がんもどきもおでんにして食べると旨いですよねぇ~。。。

つまり、今日は雁とがんもどきの料理のお話ですか?

いや。。。 特に料理に限った話じゃないのです。。。 たまたまバンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。


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関東地方にはいま、ガンはほとんど渡ってきません。

北海道や秋田県の八郎潟を中継地として、宮城県の伊豆沼周辺や北陸から山陰地方が現在の越冬地です。

しかし、昭和30年代までは東京湾や皇居のお堀でマガンの群れが越冬していました。

 

江戸の浮世絵師、歌川広重は『名所江戸百景』の「よし原日本堤」の雁行や「羽根田落雁図(はねだらくがんず)」「月に雁」など江戸を舞台にした風景にガンを登場させています。

 


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  「よし原日本堤」


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  「羽根田落雁図」


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    「月に雁」

 

棹になり、鉤になり群れで飛ぶ雁行は、秋から冬の風物詩だったのです。

 

森鴎外の小説『雁』には不忍池で石を投げたら、ガンに当たったというくだりがあり、池の界隈には雁鍋屋がたくさんあったとあります。

“がんもどき”は大豆を使った精進料理で、ガンを食べたいお坊さんたちが代用食としてつくりだしたといわれています。

 


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昔は食べるほどたくさんのガンが日本に渡ってきていたのです。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真と浮世絵はデンマン・ライブラリーより)


77-78ページ 『動物園ではたらく』
著者: 小宮輝之
2017年11月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 イースト・プレス

真由美ちゃんは“がんもどき”は大豆を使った精進料理で、ガンを食べたいお坊さんたちが代用食としてつくりだしたということを知ってました?

いいえ。。。 知りませんでした。。。 だけど、“がんもどき”は雁のお肉に似ているのですか?

いや。。。 雁の肉に似ていると思って食べたことはないけれど。。。 似ていると思えば、似ているように感じるのではないですか?

私には、似ているようには思えませんわ。。。

がんもどき


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がんもどきは、豆腐をつぶして、ニンジンやレンコン、ゴボウなどと混ぜて、油で揚げた料理。
古くは麸を揚げたものであった。

がんもや飛竜頭ともよばれる。
「雁擬き」と字を宛てて表記することもある。

水気をしぼった豆腐にすったヤマイモ、ニンジン、ゴボウ、シイタケ、コンブ、ギンナンなどを混ぜ合わせて丸く成型し油で揚げたものである。
おでんや煮物に用いられることが多い。

なお江戸時代の終わりまでは、こんにゃくを油で炒めた料理を「がんもどき」と呼んでいた。
また現在では崩した豆腐に具材を混ぜ込んで揚げるが、江戸時代には饅頭のように豆腐で包んで揚げていたようである。(豆腐百珍の記述より)

元々は精進料理(もどき料理)で肉の代用品として作られたものである。

名前の由来については諸説あるが、最も知られているのは雁の肉に味を似せたとされることから「がんもどき」だという説である。

他にも鳥類の肉のすり身を鶏卵大に丸めて煮たり蒸したりする料理「丸(がん)」に似せて作ったという説や、がんもどきの中にきくらげではなく安物の昆布で代用したら丸めた形の表面に糸昆布が現れてその様子が雁が飛んでいるかのように見えたからという説などが存在する。

 

飛竜頭

がんもどきを飛竜頭(ひりゅうず、ひりうず、ひろうす、ひりょうず)と呼ぶこともある。

語源はポルトガルのフィリョース(ポルトガル語版)(filhós、小麦粉と卵を混ぜ合わせて油で揚げたお菓子)であるといわれている。


がんもどき理論


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ガンと言われても近藤誠・医師は「本当のガン」でないものを「がんもどき」と呼ぶ。

「がんもどき」は悪化しないので放置しても良く、治らないがんは発症時に生命予後が決まっているため放置して静かに死を迎えるべきだと主張。

以前は縮小手術を薦めていたが、次第に「がんもどき」理論が有名になったため、放置しても構わないという主張に変わっていった。

手術、抗がん剤で治るという医師らを批判しており、「がんもどき」は悪化しないので放置しても良く、治らないがんは発症時に生命予後が決まっているため放置して静かに死を迎えるべきだという主張が近年では強くなっている。

セカンドオピニオンを求めて受診した患者に対しては、がん治療に関する自分の主張を展開してみせた後に患者に自分で決めさせており、これを自らが責任逃れをするための手法であるとして批判されている。


出典: 「がんもどき」「近藤誠」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

上の『ウィキペディア』の説明でも最も知られているのは雁の肉に味を似せたとされることから「がんもどき」だという説をあげているのですよ。 だから、お坊さんたちは、とにかく雁の肉に似せるようにして工夫して作ったのですよ。。。

要するに、動物の肉が食べられないお坊さんたちが植物性原料を使って、動物性の料理に似せたものを作ったのですねぇ~。。。

そういうことですよ。。。

。。。で、雁の肉以外に、どんな動物性の料理を考え出したのですか?

次のようなものを考え出したのです。。。

精進料理の特徴


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精進料理の特徴は、野菜・豆類など、植物性の食材を調理して食べることにある。
サラダのように一品の料理として野菜を生のまま食べるという概念が中国や日本の食文化に定着するまでは、野菜・豆類は基本的に加熱調理する必要があった。
これらを使う精進料理は、あく抜きや水煮といった時間と手間のかかる下処理を必要とすることが多いのが、特徴のひとつである。

これらの複雑な調理技術や使用する食材に対する概念は、多くの料理人や料理研究家に影響を与え、料理分野全体の水準向上に貢献してきた。
単純な食材を、多くの制約がある中で調理するため、さまざまな一次・二次加工が施されてきたことも特徴のひとつである。

例として、大豆は栄養価が高く、菜食で不足しがちなタンパク質を豊富に持つこともあり、精進料理に積極的に取り入れられたが、生食は困難である。
このため、風味を向上させ、長期保存し、食べる者を飽きさせないといった目的も含めて、豆豉、味噌、醤油、豆乳、湯葉、豆腐、油揚げ、納豆などが生み出された、こうした技術は、精進料理を必要とする寺院と宮廷を含むその周辺の人々によって、研究・開発され、蓄積されてきた。

また、特に中国、台湾、ベトナムに見られるものとしては、いわゆるもどき料理(中国語で「仿葷素菜」)と呼ばれるものがある。
これは植物性原料を用いて、動物性の料理に似せたものを作ることである。

例えば、湯葉を加工して火腿(中国ハム)を作ったり、

 


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こんにゃくでイカやエビを形取ったり、シイタケや他のきのこを用いてアワビのスープや炒め物に似せるといったものである。

 


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大豆ミートで作られたアワビ


出典: 「精進料理」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

動物性のお肉やスープが食べられないお坊さんたちにとっては、何が何でも植物性の原料を用いて、動物性の料理を作ることばかりを考えていたのかしら?

つらいお坊さんの修行の毎日では、食べることぐらいしか楽しみがないですよ。。。 僕だって、そういう厳しい生活を強(し)いられたら、なんとかして植物性の材料を使って、寿司のネタになるイカやエビを作り上げようとしますよ。。。 きっと。。。 それぐらいしか楽しみがないから。。。

デンマンさんだったら、マグロのお刺身ぐらいは作りそうですわねぇ~。。。

たぶん、厳しい修行に疲れていても、徹夜してまで考えぬくと思うのですよ。。。 マグロの刺身が食べたいばかりに。。。

。。。で、お豆腐やこんにゃくを使って動物性のモノを作った例として他には どんなものがるのですか?

ネットで調べたら次のようなものがありました。


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豆腐を肉に



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こんにゃくを肉に



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豆腐を使った鮎料理


『豆腐やコンニャクを肉に変える方法』より

面白そうなので、私もレシピを見て作ってみますわァ~。。。

作ったら、僕に味見させてくださいねぇ~。。。

はい。。。


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【デンマンの独り言】


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真由美ちゃんは僕の従妹(今田 とも子)の娘です。
僕の言う事は素直に信じてくれる、とても性格のいい子です。(笑)

カナダにやって来てからはノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

2016年9月に卒業式を終えて、現在、バンクーバー市内の
旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!

 


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。

 


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。

 


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上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


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If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


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『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


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『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


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『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』


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『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』

『行田物語 ケネディ暗殺』

『行田物語 病院食』

『行田物語 お股の花々』

『晩香坡物語 ジャズ』

『行田物語 悪夢』

『行田物語 社長』

『行田物語 棺桶に入るまで』

『宝田百合子@インド』

『行田物語 ちゃぶ台』

『行田物語 アカギレ』

『行田物語 にぼし』

『ノーベル賞がなぜ?』


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『トゥーランドットとかぐや姫』

『ゲソとワケギ』

『シェフ バベット』

『まんじゅう@富岡』

『ん?トゥーランドット』

『女の子の夢』

『イヴォワールのレストラン』

『151歳の誕生日』

『お皿をぺろぺろ』

『ポップス@蕎麦屋』

『検便と回虫』

『スコーンとプディング』

『スコーン姉妹』

『ピラミス 美術館』

『明治屋 圧力ジャム』


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女帝の平和

 

女帝の平和

 


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デンマンさん。。。、どういうわけで 女帝の平和 というタイトルにしたのでござ~♪~ますかァ?

実は、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

天武新政権

 

673年2月27日に即位した天皇は、妻を皇后に立て、太政官のメンバー6人のうち右大臣中臣金を斬首に処したほかすべて辞めさせ、大臣を一人も置かず直接政務をみることにした。

皇族の諸王を要職に据えはしても、彼らに実権を持たせたわけではなく、臣下の合議や同意に基づかずに天皇自らが国家に君臨した。

 

壬申の乱によって「新たに天下を平らげ、初めて即位」した、と告げたことにうかがえるように、天武天皇は天智天皇の後継者というより、新しい王統の創始者として自らを位置づけたのである。

天皇の号もこの時期から明確に使用されるようになった。

 

飛鳥の地から皇后の持統天皇が詠んだ次の歌からは、平和の到来が告げられている。


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春すぎて 夏来たるらし 白妙(しろたえ)の

 衣(ころも)ほしたり 天(あめ)の香具山

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


129-130ページ 『文学で読む日本の歴史』
著者: 五味文彦
2015年7月30日 第1刷発行
発行所: 株式会社 山川出版社

デンマンさんは、上の著者の解釈にご不満でもあるのでござ~ますかァ~?

確かに、平和の到来が告げられているように読めるのだけれど、実は、持統天皇は天武新政権下の日本の平和を願ったわけじゃなく、自分の心の平和を希(こいねが)っている歌なのですよ。。。

デンマンさんは、どういうわけで そのようなことをおっしゃるのですか?

それは、持統天皇が“讚良皇女”と呼ばれていた頃の事を語らないとよく理解できない。。。

讚良皇女の幼少の頃の事件を

もう一度振り返ると。。。

 

乙巳の変(いっしのへん)から4年後の649年3月、
当時右大臣であった蘇我倉山田石川麻呂が謀反を企てていると、
石川麻呂の弟の日向が中大兄皇子に告げ口したのが事件の始まりとなった。

石川麻呂は当時の孝徳天皇に身の証をして助けを求めたのだけれど、聞き入れてもらえなかった。
中大兄皇子と石川麻呂では政治的に意見が対立していたので中大兄皇子はさっそく兵を石川麻呂の邸宅に向かわせた。

危険を察した石川麻呂は飛鳥の自宅である山田寺にすでに逃げていた。
しかし、その山田寺もやがて包囲され、石川麻呂は観念して妻(讃良皇女にとってはおばあちゃん)とともに自害してしまう。

事件はそれだけではすまなかった。
やがて陰謀が夫の中大兄皇子のしわざと知った遠智娘(おちのいらつめ)は半狂乱の状態になってしまう。

無実の罪を着せられて、夫に父親を殺されたと思い込んでいる遠智娘は、身重な体を抱えながら心が晴れないままに日を送った。
“父親殺害者”の子を宿していたのだった。

その年の暮れに建皇子を生み、“この子を頼むわね”と満4才の讚良皇女に言い残して20代半ばの短い人生に終わりを告げて遠智娘は命を絶ってしまったのだった。
後に、中大兄皇子は義理の父である石川麻呂の忠誠の心を知り、死に追いやった事を後悔したという。

ところで、当時の結婚は“妻問い婚”が普通でした。
男性が女性宅を訪れ一夜の契りを結べばそれが結婚となり夫婦になるわけです。

男はその家にとどまることなく自由に女の家を出て自分の家に帰り、
女は男のまたの訪問を待ちます。

子供が生まれればその子は妻の家で養育し、父が子供に会うのは女性宅を訪れる時だけです。
その子供の養育費はすべて女性任せで、子供は女性の実家で養育される事になります。
当然の事ですが、子供はたまに会う父よりも、母方の祖父母への愛着が深くなります。

したがって、優しいおじいさんとおばあさんが一緒に亡くなり、そのあとを追うようにお母さんが亡くなってしまった。
満4才の童女は、当時そのことは知らなくとも、やがて自分の父親が祖父母と母の三人を“殺した”と知ることになります。

可愛がってくれていた3人が死んでしまった。しかも、父親の陰謀がその背景にあった。
その衝撃はトラウマになって、その後の讚良皇女の人格形成に大きな影響を与えた事は想像に難(かた)くありません。

しかも、この生まれてきた建皇子は唖者でした。つまり、生まれつき言葉が話せなかった。
体も不自由だったらしい。
母親が受けた精神的なショックで胎児にも悪い影響が出た事も充分に考えられますよね。

建皇子は、生まれながらの犠牲者でした。
おじいさんとおばあさんと母親の死。そして、弟をそんな悲劇に巻き込んだのは、ほかの誰でもない、父の中大兄皇子であると讚良皇女は知ることになります。

斉明天皇も、この不幸せな孫をずいぶんと可愛がったようです。
でも、建皇子は658年5月に亡くなっています。8年の短い命でした。

つまり、讃良皇女は、幼少の頃、次々と身近の人の悲劇にあったのです。
政略結婚で、姉大田皇女と共に大海人皇子に嫁いだ後、大田皇女も幼い子どもたちを残して亡くなっています。

大海人皇子にはたくさんの妻があり、大田皇女亡き後、身分は一番高くなったものの大海人皇子の心は
万葉集の歌を読んでも分かるように、
讃良皇女にあるのではなく、額田女王に向けられていたようですよね。

このことについては次の記事に書きました。

 


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『日本で最も有名な三角関係』

 

つまり、讃良皇女は幼い頃から愛してくれる人、愛している人を奪われ続けてきたんですよね。
ある意味で“家庭崩壊”の中で生きてこなければならなかった。
そこに僕は境界性人格障害の病根を見るのですよ。

“愛”を奪われる人生だった。
幼い頃は、父親の中大兄皇子の陰謀が基でが近親者が亡くなって行く。
その父親の政略で大海人皇子に嫁がされてからも、皇子の愛は讃良皇女には注がれない。

そんな中で讃良皇女の心の支えは子の草壁皇子だけだった。
この我が子の将来を脅かす存在になったのが姉から預かった子、大津皇子だった。

大津皇子は実力も人気もあり、草壁皇子の皇太子としての地位を脅かす最大の存在になっていた。

天武天皇亡き後、皇后として最初に行なったことが大津皇子を謀反の疑いで逮捕、刑死させることだった。

しかしその後、皮肉にも、あれ程皇位につかせたかった我が子の草壁皇子が病気で亡くなり、
讃良皇女が持統天皇として即位することになります。
高市皇子を補佐役にし、藤原京への遷都を進める。

持統天皇は在位中頻繁に吉野に行幸しました。
それは天武天皇とともに過ごした数少ない愛の日々を
思い出すためだったのでしょうか?

草壁皇子亡き後、期待をかけたのが草壁皇子の忘れ形見、軽(珂瑠)皇子でした。
そして、この孫を天皇につけたのです。文武天皇です。
持統はその名の通り、皇統にこだわった人だったのです。

聡明で非情である持統天皇が

なぜ怨霊を恐れるのか?

ここで持統天皇が詠んだ和歌をもう一度読んでみて欲しい。


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春すぎて 夏来たるらし 白妙(しろたえ)の

 衣(ころも)ほしたり 天(あめ)の香具山

この有名な持統天皇の歌は、ただ単に四季の移り変わりに感興を催(もよお)して詠んだのではなのです。

では、持統天皇は何を感じて お詠みになったのでござ~ますか?

これまでの持統天皇の波乱に満ちた人生を振り返って詠んだのです。。。 愛する人を奪われ続けてきたこの女性の性(さが)と業(ごう)を考えるとき、僕は次のようにしか解釈できないのですよ。。。

春が過ぎて夏が来たようだ。

天の香具山に美しく真っ白な衣が

干してあるなあぁ~

でも、私の心はあの山の裏にある

磐余(いわれ)の池を見ているのです。


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大津皇子が自害する前に池の端で

辞世の歌を読んだという。

自害の後で、皇子の妻であり、

私の腹違いの妹でもある山辺皇女が

髪を振り乱し、裸足で駆けて行き、

共に殉死したという。

痛ましいには違いない。

しかし私は、ああせねばならなかったのです。

怨霊になって

私を憎んでいるのかもしれないけれど、

私には他にとるべき道はなかったのです。

どうか、心安らかに眠っていて欲しい。

上の歌を持統天皇は藤原京の宮殿から香具山を見て詠んだのですよ。。。


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この地図で見れば分かるように、香具山の裏に磐余(いわれ)の池があります。 この池の端で大津皇子は辞世の句を詠んだのです。。。 現在では、ほとんどの歴史家が大津皇子は持統天皇の陰謀によって死なされたと見ている。

ホントでございますかァ~?

僕は次のように考えているのです。

つまり、持統天皇は結果として自分と血のつながりがある甥の大津皇子と腹違いの妹を死に追いやったわけです。
この当時は怨霊ということがマジで信じられていた。

“怨霊の崇り”ということが現在でいえば“テポドンで攻撃を受ける”程度に怖いこととして考えられていた。

持統天皇だって、テポドンを宮殿に打ち込まれたくないので怨霊を鎮魂するために上の歌を詠んだ。
それが僕の解釈ですよ。うへへへへ。。。。
僕の知る限り、このような解釈をする人をこれまでに見た事がありません。

では、なぜ持統天皇はここまでする必要があったのか?
そしてなぜ、彼女は怨霊をそれほどまでに恐れねばならないのか?

天武天皇が亡くなれば皇太子が皇位を継承するのが順序であり、
皇后の実子である草壁皇太子が即位する事は約束されていた事です。

この時点で、大津皇子は皇位継承権第2位でした。
それにもかかわらず、皇后はこの甥である大津皇子を排除しようとした。

なぜか?

草壁皇子は病弱だったのです。
大津皇子と比べると歌においても人望においてもすべての面で劣っていたようです。
それが証拠に草壁皇子のことはたった1行『日本書紀』に記載があるのみです。

それに比べ、大津皇子については『万葉集』にも『懐風藻』にも記載があります。
それも、大津皇子の才能をほめたたえ、その人柄を偲んでいるような書き方になっています。
詳しくは次の記事を読んでください。

 


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『性と愛の影に隠れて–万葉集の中の政治批判』

 

つまり、当時の誰が見ても大津皇子の方が天皇にふさわしいと見ていた事が実に良く表れているのです。
草壁皇子が即位すれば皇太子として草壁皇子の異母弟である大津皇子を立てなければなりません。
なぜなら、草壁皇子の長男の軽皇子(かるのみこ)は当時4歳で皇太子にするにはふさわしくない。

ところが、病弱な草壁には、いつ不測の事が起こるかも知れず、その時には大津皇子が皇位につくことになってしまう。
そうなると、皇統が大津皇子に移ってしまう。

つまり、讃良皇女の血を受け継いだ後継者が、そこで絶えてしまう。
独占欲の強い讃良皇女には、このことは絶対に容認できない事です。

この事は持統天皇として即位してから、自分の血に固執したこの女性の性(さが)と業(ごう)を考えれば、容易に察しがつきます。
上の系図を見れば、そのことが良く分かります。
この独占欲と権勢欲は讃良皇女の生い立ちを考えない限り理解できません。

しかも、この女性はその先例を父親の天智天皇と自分の夫である天武天皇との間に見ているのです。
つまり、この場合なら、草壁皇子が天智天皇にあたり、大津皇子が天武天皇にあたります。
天智天皇の皇太子になったのが大海人皇子(後の天武天皇)だったのです。

このような状況を許せば、大海人皇子が天智天皇を暗殺して、その子の大友皇子を亡き者にしたように
大津皇子が草壁皇子を暗殺して皇位につくかもしれない。

その“禍の芽”を摘み、取り除くために大津皇子を亡き者にしなければならなかったのです。

 

なぜ大津皇子の怨霊を恐れたのか?


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現身(うつそみ)の 

人なる吾(われ)や 

明日よりは 

二上山を 

弟背(いろせ)とわが見む 

(巻2-165)

この世に生き残った私は、

明日からは、

弟が葬られている

二上山を弟と思い見て、

慕い偲ぶことにしよう。

上の歌は大津皇子の死体を飛鳥の墓から掘り出して、
葛城(かつらぎ)の二上山(ふたかみやま)に移して葬った時に、
大津皇子の実の姉である大伯皇女(おおくのひめみこ)が痛ましい思いに駆られて詠んだ歌です。

死体を掘り起こして他の場所に埋めなおす。
なぜそのような酷(むご)いことをしなければならないのか?
大伯皇女も、そう思って心が痛んだことでしょう。

つまり、大津皇子を偲んで大伯皇女が詠んだ歌を大伴家持が万葉集に取り上げた本音には、
この事実を後世に伝え“謀反”が持統天皇の“でっち上げ”であった事を暗に伝えるためだった。
僕はそう信じることができます。

大伯皇女は、大津皇子が自害した15年後、
大宝元年(701年)に独身のまま41歳で亡くなっています。

彼女は天武2年(673年)に父・天武天皇の指図に従って
伊勢神宮に奉仕する最初の斎王(いつきのみこ)となり、
伊勢の斎宮(いつきのみや)に移ってお勤めをするようになったのです。

しかし、大津皇子が自害した1ヶ月余りの後に、
弟の罪により斎王の任を解かれて飛鳥に戻ったのです。

平安時代の長和4年(1015年)に書かれた『薬師寺縁起』には次のように書かれています。

大津皇子の霊が龍となって崇りを起こしたため、

大津皇子の師であった僧の義淵(ぎえん)が

皇子の霊を祈祷によって鎮めた。

つまり、大津皇子は無実の罪を着せられて自害させられたのですね。
その罪を着せたのは誰あろう持統天皇なのです。
そして、大津皇子の死体を二上山に移して、
皇子の霊を飛鳥から15キロ離れた山の中に閉じ込めたのも持統天皇のしたことです。

持統天皇の心にも“後ろめたさ”があったのでしょうね。
だからこそ大津皇子の霊に恐れを感じた。

しかも、“大津皇子の霊が龍となって崇りを起こし”ていると言うもっぱらのうわさが流れている。
持統天皇が大津皇子の死体を掘り起こし
二上山にその怨霊と共に閉じ込める気持ちが分かるような気がします。

怨霊信仰


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非業の死を遂げたものの霊を畏怖し、
これを融和してその崇りを免れ安穏を確保しようとする信仰。

原始的な信仰では死霊はすべて畏怖の対象となったが、わけても怨みをのんで死んだものの霊、その子孫によって祀られることのない霊は人々に崇りをなすと信じられ、疫病や飢饉その他の天災があると、その原因は多くそれら怨霊や祀られざる亡霊の崇りとされた。

『日本書紀』崇神天皇七年・・天皇が疫病流行の所由を卜して、神託により大物主神の児大田田根子を捜し求めて、かれをして大物主神を祀らしめたところ、よく天下大平を得たとあるのは厳密な意味ではただちに御霊信仰と同一視し難いとはいえ、その心意には共通するものがあり、御霊信仰の起源がきわめて古きにあったことを思わしめる。

しかし一般にその信仰の盛んになったのは平安時代以後のことで、特に御霊の主体として特定の個人、多くは政治的失脚者の名が挙げられてその霊が盛んに祭られるようになる。

その文献上の初見は『三代実録』貞観五年(863)「所謂御霊者 崇道天皇(早良親王)、伊予親王、藤原夫人(吉子)及観察使(藤原仲成か)、橘逸勢文室宮田麻呂等是也。・・・」ものと注せられているが、この六所の名については異説もあり、後世さらに吉備大臣(真備)ならびに火雷神(菅原道真)を加えてこれを八所御霊と呼ぶようになった。・・・」


SOURCE: 国史大辞典

持統天皇は怨霊信仰に基づいて大津皇子の霊を祈祷によって鎮めて、
後でまた崇りをしないようにと二上山に皇子の霊を閉じ込めたわけです。

つまり、これは持統天皇が無実の罪を着せて大津皇子を殺したことの何よりの証拠なんですよね。

大伴家持は大伯皇女を万葉集に取り上げることによって、
この事実を我々に伝えようとしたわけです。

僕はそう信じているんですよ。

では、ここで 司馬遼太郎さんの言葉を書きます。。。 卑弥子さんも読んで欲しい。。。 生前、司馬遼太郎さんは、このようなことを言ってたのです。。。


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“作品は作者だけのものと違うんやでぇ~。。。

作者が50%で読者が50%。。。

そうして出来上がるモンが作品なんやでぇ~”

名言だと思います。。。 あなたが読者として、どれだけ50%の分を読みつくすか? それが問題です! 大伯皇女が全身全霊の力を込めて詠(うた)ったのがこのページの上で示した歌です。 あなたも、全身全霊の力を込めて。。。 あなたの人生経験と、これまで学んできた国文と、日本史と、すべてを噛み砕いた上で理解すべきなのですよねぇ~。 大伯皇女は、それを期待しながら、1300年後に生まれるだろうあなたに、この当時の波乱に満ちた政治の真相を伝えようと、上の歌を詠(うた)ったのかも知れません。

それで、大伴家持は一読者として大伯皇女の歌を充分に読み取った上で万葉集に載せた、とデンマンさんは主張するのでござ~ますかァ~?

もちろんです。。。

つまり、持統天皇は怨霊を恐れるあまりに鎮魂の歌として“春すぎて 夏来たるらし”の歌を詠んだわけなのですかァ~?

そうとしか 僕には考えられないのですよ。。。 自分の心に平安が訪れるようにと。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
ずいぶんと長たらしいお話ですわ。

あなたは、どう思いますか?

関係者は すでにとっくの昔にあの世へ逝ってますから、

“死人に口無し”ですわ。

持統天皇がどのような気持ちを込めて歌を詠んだのか?

それは天のみが知っていることだと思います。

 

ええっ。。。? そんなことはどうでもいいから、

「もっと面白い話をしろ!」と言うのでござ~ますかァ?

分かりましたわァ。。。

あなたが、そうおっしゃるのだったら、まずジューンさんの次の写真をご覧になってくださいまし。。。

 


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千夜一夜物語の衣装を着たジューンさんに魅せられて、女性に成りすます男性が たくさん居るのでござ~ますわァ!

ええっ。。。 信じられないのですかァ?

じゃあ、ちょっと次のYouTubeのクリップを見てくださいまし。。。


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いかがでござ~ますかァ~?

男性が女装していると思いますかァ?

あたくしは、素直に信じることができませんわァ~。。。

どうですかァ~? けっこうなものでしょう!?

いつまでも見とれていても仕方がありませんわよゥ。

あなたのために古代史の面白い記事を用意しました。

ぜひ お読みください。

では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


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『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』


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『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

『ペルシャ人の楊貴妃』

『ん?佐伯今毛人』

『文学と歴史とウソ』

『百人一首ミステリー』

『芭蕉と遊女再び』

『映画とロマン@仙台』

『源氏物语中的性描写』

『忘れられた歴史ロマン』


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『おばさんパンツ@サンホセ』

『聖徳太子のチューター』

『オナラの曲芸』

『死海』

『漱石とオナラ』

『絵里香さん』

『美女とオナラ』

『アンバパーリー』

『ゆっくりと愛し合う』

『見ちゃだめ!』

『二重マチ付きズロース』


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『麻生元総理』

『ネットのバカ女を捜して』

『額田王の歌』

『聖女と娼婦』

『済子女王@萌える』

『ん?堀内亜里?』

『松平春嶽が黒幕?』

『旅行者的早餐』

『なぜ蝦夷なの?』

『プリキュアとヒトラー』

『戦争絶対反対よね』

『怨霊の歴史』

『色欲@歴史』

『紫式部と敗戦』

『ラピスラズリと源氏物語』

『性と愛@古代史』

『仙台を離れて』

『美人とブス@大奥』

『絵の中のウソ』

『阿倍仲麻呂@ベトナム』

『バイクガール』

『六条御息所』

『卑弥子さんの大学』

『元寇と捕虜』

『マキアベリにビックリ』

『痴漢が心配』

『びた一文』

『卑弥子@ブカレスト』

『エロい源氏を探して』

『ラピスラズリの舟形杯』

『平成の紫式部』

『隠元豆と国性爺合戦』

『おばさんと呼ばれて』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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いしぶみ

 

いしぶみ

 


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デンマンさんは。。。 いしぶみというドキュメンタリーを観たのですかァ~?


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。。。ん? ドキュメンタリー?

そうです。。。 2015年の8月に日本テレビで放送された番組ですわァ~。。。

いしぶみ

 


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『いしぶみ』は、1969年および2015年に広島テレビ放送(広島テレビ)が制作・放送したドキュメンタリー番組、もしくはこの番組をもとに1970年ポプラ社から刊行された書籍である。

1945年(昭和20年)8月6日、勤労動員中に広島原爆で全滅した旧制広島県立広島第二中学校(現・広島県立広島観音高等学校)1年生321名の記録である。

第二次大戦下の広島二中では、3年生以上は軍需工場へ働きに行き、1、2年生には学校で芋を作る作業等があったため、その分、授業に割ける時間が減ることになり、夏休みも返上しての学校生活が続いていた。
その頃の中学生たちの日々の暮らしぶりは、遺されたある生徒の日記や、遺族たちによる手記の中に描かれている。

1945年8月6日、午前8時15分。

広島市の中心部、中島新町の本川土手(現在の広島平和公園、広島市公会堂(後に広島国際会議場に改称)の前の道路)に、空襲による発生が予想された火災の被害を抑え、避難場所を増やすための空き地を広げるために建物を壊してゆく。

その後片付けの作業のために集合していた321名の生徒たちと4名の教師たちの頭上で、原子爆弾が炸裂した。

本作は、その生徒たちと教師たちの運命、その最期を、判明している範囲で淡々と伝えたものである。

子供を心配して探しに来た父母に会えて、喜びのうちに亡くなった生徒がいる一方、どこで死んだのか未だにわからない生徒も少なくない。

このように、8月6日に起きた出来事を、広島二中の生徒を中心に克明に描いている。

 


出典: 「いしぶみ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

小百合さんは、この番組を観たのですか?

観ましたわ。。。 涙なくしては観られない番組でしたわァ。。。

残念ながら僕は観ませんでしたよ。。。

だったら、どういうわけでいしぶみを取りあげたのですか?

実は、7月11日にバンクーバー市立図書館でDVDを借りて次の映画を観たのですよ。。。


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『拡大する』

『実際のページ』

『おくりびと』(Departures)

 


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『おくりびと』(Departures)は、2008年の日本映画。

滝田洋二郎が監督を務め、第81回アカデミー賞外国語映画賞、および第32回日本アカデミー賞最優秀作品賞などを受賞した。

 

あらすじ

プロのチェロ奏者として東京の管弦楽団に職を得た小林大悟。
しかし、ある日突然楽団が解散し、夢を諦め、妻の美香とともに田舎の山形県酒田市へ帰ることにする。

就職先を探していた大悟は、新聞で「旅のお手伝い」と書かれたNKエージェントの求人広告を見つける。
てっきり旅行代理店の求人と思い込み「高給保障」や「実労時間僅か」などの条件にも惹かれた大悟は面接へと向かう。
面接した社長は履歴書もろくに見ず「うちでどっぷり働ける?」の質問だけで即「採用」と告げ、名刺まで作らせる。

大悟はその業務内容が実は「旅立ちのお手伝い」であり、具体的には納棺(=No-Kan)と知って困惑するが、強引な社長に押し切られる形で就職することになる。
しかし妻には「冠婚葬祭関係」としか言えず、結婚式場に就職したものと勘違いされてしまう。

出社早々、納棺の解説DVDの遺体役をさせられ散々な目に遭い、さらに最初の現場では夏、孤独死後二週間経過した高齢女性の腐乱屍体の処理を任され、大悟は仕事の厳しさを知る。

それでも少しずつ納棺師の仕事に充実感を見出し始めていた大悟であったが、噂で彼の仕事を知った幼馴染の銭湯の息子の山下から「もっとましな仕事に就け」と白い目で見られ、美香にも「そんな汚らわしい仕事は辞めて」と懇願される。
大悟は態度を決めきれず、それに腹を立てた美香は実家に帰ってしまう。
さらに、ある現場で不良学生を更生させようとした列席者が大悟を指差しつつ「この人みたいな仕事して一生償うのか?」と発言したのを聞いたことを機会に、ついに退職の意を社長に伝えようとするが、社長のこの仕事を始めたきっかけや独特の死生観を聞き、思いとどまる。

場数をこなしそろそろ一人前になった頃、突然美香が大悟の元に戻ってくる。
妊娠を告げられ、再び納棺師を辞めるよう迫られた大悟に仕事の電話が入る。
それは、一人で銭湯を切り盛りしていた山下の母、ツヤ子の納棺の依頼であった。

山下とその妻子、そして自らの妻の前でツヤ子を納棺する大悟。
その細やかで心のこもった仕事ぶりによって、彼は妻の理解も得、山下とも和解した。

そんなある日、大悟の元に亡き母宛ての電報が届く。
それは大悟が子供の時に家庭を捨て出て行った父、淑希の死を伝えるものであった。

「今さら父親と言われても…」と当初は遺体の引き取りすら拒否しようとする大悟に、自らも帯広に息子を残して男に走った過去があることを告白した同僚の上村は「最後の姿を見てあげて」と説得する。
美香の勧めもあり、社長に車を借りて遺体の安置場所に向かった大悟は、30年ぶりに対面した父親の納棺を自ら手掛ける。

 


出典: 「おくりびと」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。 いつだったか私がこの映画のことを話したら、デンマンさんは「死体処理の話はいやだ」と言って観ないはずでしたけれど。。。。

そうなのですよ。。。 小百合さんは よく覚えてますねぇ~。。。 ずいぶん前のことですよ。。。 あのねぇ~、実は、日本の配給会社も、初めは、死体処理を扱っているので、観客には受けない映画になるだろうということで、気乗りしなかったのですよ。。。

それが、どうしてあれだけ人気が出たのですか?

2008年の8月のモントリオール映画祭でグランプリ賞をゲットしたのです。。。 それで、9月に日本でも上映することになった。。。 いつものことです。。。 海外で人気が出ると、それに便乗するように日本でも上映するのですよ。。。

それで、デンマンさんも観てみようと思ったのですか?

うへへへへへへ。。。 実は、そういうことなのですよ。。。 映画を図書館で2、000本以上観ると、だんだん観るべき映画が少なくなりますからねぇ~。。。

 

 



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『実際のリスト』

『二千二夜物語』

 

それで、海外でも注目されたという『おくりびと』が図書館の棚にあったのに気づいて、観る気になったのですよ。。。

。。。で、喰わず嫌いのデンマンさんが観て どうでしたか?

良かったですよ。。。

でも。。。でも。。。、いしぶみは、『おくりびと』とは直接関係ないでしょう?

いや。。。 関係ありますよ。。。 小百合さんを呼び出したのも、いしぶみをこの記事で取り上げるからですよ。。。

あらっ。。。 そうだったのですか? でも、それは どういうわけで。。。?

小百合さんは忘れてしまったのですねぇ~。。。 ちょっと次の記事を読んでみてください。。。

 

軽井沢タリアセン夫人@遠藤家

 


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デンマンさん。。。「さきたま古墳公園」に藁ぶき屋根の民家が保存されているとは思いませんでしたわァ~。。。


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それほど珍しいものでもないでしょう!

最近では、藁ぶき屋根なんて まず見当たりませんわァ。。。

そうですかァ~。。。

デンマンさんは30年以上も前の日本を知っているかもしれませんけれど、私が物心ついた頃には、藁ぶき屋根の家なんて、見当たりませんでしたわァ。。。

僕が子どもの頃、母親と一緒に母の実家を訪ねると、当時は藁ぶき屋根の家でしたよ。。。 旧遠藤家の台所にも箱膳がしまってあったけれど。。。、


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僕もこの箱膳でご飯を食べたことを覚えてますよ。。。

まるで江戸時代ですわねぇ~・・・

小百合さんは箱膳で食べたことはないのですか?

ありませんわよう。。。 時代劇の映画で見たことがあるだけですわァ~。。。 まさか、デンマンさんは明治・大正の生まれではないのでしょう!?

僕は戦後生まれですよ。。。

 (中略)

小百合さんにとってぇ遠藤家の民家がそれほど印象に残ったのですか?

そうですわ。。。 普通、文化保存財の展示では、立ち入り禁止が多いでしょう! それなのに次のような「この縁側は休憩場所としてお使いください」という表示があったのには驚かされましたわァ。。。


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近くに池がありましたわァ。。。、ポカポカと日の照る縁側に座りながら しばらく縁側に座って池を眺めながら癒されましたわァ。。。


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なるほどねぇ~・・・

デンマンさんは、何の感慨もなかったのですか?

もちろん、ありましたよ。。。僕は、藁ぶき屋根の民家には とりわけ関心がなかったのだけれど、小百合さんと“新レストハウス”の近くでピクニックした時のことを懐かしく思い出しました。


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『拡大する』

あらっ。。。 藁ぶき屋根の民家の近くで ピクニックをしたことがありましたァ~?

やだなあああァ~。。。 小百合さんは忘れてしまったのですかァ~?


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『軽井沢タリアセン夫人@遠藤家』より
(2017年2月28日)

この記事が、どうだというのですか?

あのねぇ~、「この縁側は休憩場所としてお使いください」という表示があったので、翌週の月曜日に、ここでお弁当を食べましょう!と小百合さんが言ったのですよう。

そんなことを言いましたかしらァ~?

やっぱり、すっかり忘れているのですねぇ。。。 小百合さんが二人分の弁当を作ってきたのですよ。。。

 


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民家の縁側で弁当を食べようとして行ってみると月曜日は休園日で閉まっていた。。。

思い出しましたわ。。。 そうでした。。。 それで、仕方がないので近くのベンチでお弁当を食べたのですわ。。。

そうですよ。。。 その時、弁当を食べながら、小百合さんが『おくりびと』のことを話したのですよう。。。 「弁当を食べているときに、死体処理の話はないだろう!」僕は、内心そう思いましたよ。。。 でも、せっかく小百合さんが作ってくれた弁当なので、話を聞かないようにして、僕は食べることに神経を集中させたのですよ。。。

そうだったのですか? 知りませんでしたわ。。。

食べ終わってから、小百合さんが言ったものです。 「デンマンさん。。。 いしぶみ(石文)って聞いたことがありますか?」

。。。ん? いしぶみ?

そうですわ。。。 そう言って、次のように話したのですよ。。。


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昔、昔、まだ文字がなかった頃、男女が心のうちを伝え合うために、河原に行って自分の思いを伝えるのにふさわしい小石を選んで相手に渡したというのですわ。

つるつるした、すべすべした石であれば、その人の繊細で細やかな心情が相手に伝わるでしょう。

でも、ごつごつした、デコボコした石では、その人の繊細で細やかな心情は伝わらない。

 


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そういうわけで、相手を思う気持ちを、小石の形や表面の手触りなどを考えながら 小石を選んで相手に渡したというのです。

その石のことを「いしぶみ(石文)」というのですわ。

 


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小百合さんがこのように言ったのですよ。。。

あらっ。。。 よく覚えていますわねぇ~。。。

実は、『おくりびと』の映画の中に、この話が出てくるのですよ。。。 それで、思い出したのです。。。 「ああァ~。。。 小百合さんは、この映画を観て“いしぶみ”を知ったのだ」と。。。

あらっ。。。 やっぱり、そう思いましたァ~。。。

あのねぇ~、上の“あらすじ”には書いてないけれど、この“いしぶみ”が この映画の“オチ”になっているのですよ。。。 親子の絆が、この“いしぶみ”によって最後に感動を呼び起こすのです。。。

つまり、この事を言うために、私を呼び出したのですか?

いや。。。 そればかりじゃないのですよ。。。

他に何が。。。?

小百合さんが僕に寄越したバレンタインの“いしぶみ”ですよ。。。

 


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『思い出のバレンタイン』

 

これがバレンタインの“いしぶみ”ですよ。。。 これは“義理チョコ”ではないですよねぇ~?

どうして“義理チョコ”ではないと判るのですか?

簡単なことですよ。。。 “義理チョコ”なら、次のようなチョコを選びますから。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~~

あなたはバレンタインの義理チョコをもらったことがありますか?

 


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ええっ。。。? 本命チョコをいただいたのですか?

 


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あらっ。。。 あなたってぇ、見かけによらず、女の子にもてるのねぇ~。。。

では、ホワイトデーには、あたくしにチョコではなく、“たい焼き”をくださいねぇ~。。。

あたくしは京都の出身なので、“たい焼きパフェ”をくださいねぇ~。。。

 


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あなたも お腹がすいてきて、“たいやき”が食べたくなってきたでしょう?

でも、この記事を最後まで読んでから たい焼き屋さんに走ってくださいねァ~。。。

 

ところで、小百合さんが なぜ「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのか?

ご存知でござ~♪~ましょうか?

なぜ。。。?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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■ 『去年の秋の食欲』

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■ 『ラビオリ物語』

■ 『キャドバリーチョコ』

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■ 『定禅寺ジャズ』


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こんにちは。ジューンです。

日本のハーブティーは、なんといっても桜湯だそうですけれど、


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カナダ、アメリカ、イギリスではハーブティーとして

ローズティーが好まれています。

普通、ローズヒップティーと呼ばれます。

ローズヒップ(rose hip)とは

バラ科バラ属の植物の果実。

つまり、バラの実です。

ローズヒップ生産のため、バラの特定品種、

特にRosa canina(ドッグ・ローズ)が栽培されています。

ハイビスカスとブレンドしたハーブティとして飲用されることもあります。

また、ローズヒップオイルは食用油として、

ジャム、ジェリー、マーマレードにも用いられるほか、

スキンケアにも用いられます。

こんなエピソードがありました。

第二次世界大戦中、

イギリスはドイツ海軍Uボートの海上封鎖により

オレンジの輸入がストップしたのです。

ビタミンCの補給ができなくなったのです。

それで、英国の学童たちは生垣に生えている

ローズヒップの採集を命じられました。

ローズヒップティーにして飲んで

ビタミンCを補給したのですって。。。


(rosehip.jpg)

なんだか信じられないようなお話ですよね。

ところで、英語の面白い話を集めました。

時間があったら覗いてみてください。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。


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吉祥天に恋をして

 

吉祥天に恋をして

 


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デンマンさん。。。、あんさんは吉祥天に恋をしやはったん?


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。。。ん? めれちゃんは、わてが吉祥天に恋をしたと 思うてんのかァ~。。。

そやかて、タイトルに、そう書いてますやん。。。

吉祥天に恋をしたのは、実は、わてではのうてぇ、福島県の白河市に住んでおる白瀬 夏雄(しらせ なつお)君やがなァ~。。。 ちょっと次のリストを見て欲しいねん。。。


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『拡大する』

『天平の裸婦もビックリ』

これはライブドアの わての『徒然ブログ』の2月15日の午後12時40分から16日の午前4時16分までの 約15時間半の「生ログ」の一部やねん。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。。。

あらっ。。。 検索エンジンを使わずに 直接「徒然ブログ」にアクセスして『天平の裸婦もビックリ』を読みはったのやねぇ~。。。

そういうことやがなァ~。。。

。。。で、IPアドレスを調べて 白瀬 夏雄(しらせ なつお)君が読んだと突き止めはったん?

そうやァ~。。。


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あらっ。。。 この上のイラストが白瀬 夏雄(しらせ なつお)君のつもりやのォ~。。。 あんさんは女性のネット市民の場合には きれいな写真を貼り付けるのに、男性は、しょうもないイラストで済ませてしまうのやねぇ~。。。

あきまへんかァ~。。。?

せっかくなら、アラン・ドロンのような素敵な男性の写真を貼り付けて欲しいねん。


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めれちゃんは、アラン・ドロンのような男がお気に入りなのかァ~?

しょうもないイラストよりは、アランドロンの方が ええに決まってますやん。。。 そないなことより、夏雄君は どないして『天平の裸婦もビックリ』のリンクを見つけやはったん?

ちょっと次の検索結果を見て欲しいねん。。。


(gog80216b.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

「天平の裸婦もビックリ blog.livedoor.jp/barclay1720」を入れて検索してみたのやがなァ~。。。 つまり、『天平の裸婦もビックリ』が わての「徒然ブログ」の どの記事に出てくるやろかァ~? それを調べるために、「徒然ブログ」の URL を付け足して検索したわけやァ~。。。

。。。で、どの記事の中に 『天平の裸婦もビックリ』が出てきやはるのォ~?

赤枠で囲んだ「吉祥天」のタグのページやんかァ~。。。


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『「吉祥天」のタグのページ』

要するに、夏雄君は「吉祥天」に恋をして、ネットで「吉祥天」に関する記事を探して、それで上のページに辿り着いたと、あんさんは言わはるのォ~。。。

それ以外に考えられへんやろう! 上のページの中のタイトル『天平の裸婦もビックリ』をクリックして、この記事を読みはったわけやァ~。。。

。。。で、夏雄君は『天平の裸婦もビックリ』を読んで、どないなところに共感しやはったん?

次の箇所を読みはって、共感するところがあったのやがなァ~。。。

息づく女


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秋篠寺の技芸天像

高校時代からの仲良しと二人連れ、あちこち旅したあげくに(秋篠寺のこの像に)たどりついたのでした。 友人は美大にすすみ、わたしは詩を書き始めたたばっかりでした。

「うちのおかあさんに似ている」と友人が天女像を前にして言いました。 たしかにそのとおり、それは、ふくよかで落ち着いた中年の女に見えました。 表情と、体型と、そして置かれた暗がりが、妙に心に残りました。

それからわたしは、何度ひとり旅してそこに立ち戻ったかわかりません。 何にそんなに惹かれるのか考えぬまま、何度も何度もその前に立ちました。

数年前のことです。 わたしは『日本霊異記』に夢中になり、それを語り直そうと試みていたんです。

その中に、「修行僧が吉祥天の塑像に恋をして、夢の中で交接し、その証拠に、塑像の裳裾に精液がついていた」という話がありました。

まず、思い浮かべたのがこの像です。 もちろんこれは吉祥天じゃなく、技芸天です。 塑像でもなく、乾漆像です。


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東大寺の吉祥天像

吉祥天の塑像といえば東大寺ですけれど、なんだかあいまいな顔をしておられたし、浄瑠璃寺のは福々しすぎました。

女の体臭と体温がむんむんして、修行僧の熱意にほだされてつい交接してしまうような人情味のある天女像といえば、やはりこれだ(秋篠寺の技芸天像)と思ったのです。

詩人・伊藤比呂美

(注:写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)


158ページ
『別冊太陽 日本のこころ156』
2010年4月1日 初版第3刷発行
編集人: 湯原公浩
発行所: 株式会社 平凡社

いったい、上の小文のどないな所に 夏雄君は共感しやはったん?

めれちゃん! そないな分かりきった事を訊いたら あっか~♪~ん! 『日本霊異記』に、「修行僧が吉祥天の塑像に恋をして、夢の中で交接し、その証拠に、塑像の裳裾に精液がついていた」という話がある、と書いてあるがなァ~。。。

そこに 夏雄君が共感を持ったと、あんさんは言わはるのォ~?

そうやァ~。。。 上の本の著者も次のように言うてるやん。。。

女の体臭と体温がむんむんして、修行僧の熱意にほだされてつい交接してしまうような人情味のある天女像といえば、やはりこれだ(秋篠寺の技芸天像)と思ったのです。


(gigei02.jpg)

秋篠寺の技芸天像

夏雄君は 結局、秋篠寺の技芸天像に恋をしたわけやのォ~?

いや、あくまで吉祥天に恋をしたのやがなァ~。。。 


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そやけど、夏雄君は、自分が塑像の吉祥天に恋をしたのは人間として異常やないやろか? そう考えて悩んでおったわけやァ~。。。

そいで、自分と同じような人間が他に居ないかどうか? 。。。とネットで調べていたわけやのォ~?

そういうことやがなァ~。。。 それでやっと見つけて辿り着いたのが『天平の裸婦もビックリ』という記事だったわけやァ~。。。  

ホンマかいなァ~?

めれちゃんは、わての言うことが信じられへんのかァ~? 夏雄君は、長年の悩みが やっと解決しました、と言うて わざわざ わてにメールをよこしたのやでぇ~。。。

信じられへん。。。

めれちゃんは、疑い深いのやなァ~。。。 昔の人は「信じる者は救われる!」と言うたのやでぇ~。。。 そやから、めれちゃんも、わての言うことを素直に信じて ルンルン気分で幸せになったらええやん。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

また、昔の人の言った事を持ち出してきて オチをつけたのでござ~ますわァ~。。。

あなたは、デンマンさんの説明を信じることができますかァ~?

ええっ。。。 「そんな事はどうでもいいから、もっと面白い話をしろ!」 と、あなたは命令なさるのでござ~ますかァ?

分かりましたわァ。。。 では、そのお話は、このくらいにして、あなたのために メチャ面白いニュースをお届けしますわぁ~。。。

最近 あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”がネットで人気が出ているのでござ~ますわァ~。。。

ええっ。。。 信じられないと言うのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


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どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

ところで、話は変わりますけれど、

かつて、レンゲさんの親友の めれんげさんは 一生懸命にブログを更新していたのでした。

でも、時には、他のことに夢中になって、会費を滞納したことがあったのでござ~ますわァ。。。

そのために、サイトを削除されてしまったのです。

それでも、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよねぇ~。。。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。

でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


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『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


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メチャ面白い、

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こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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怨霊の歴史

 

怨霊の歴史

 


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デンマンさん。。。 今日はオバケのお話で あたくしをお呼びになったのでござ~♪~ますか?


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オバケとはちょっと違うんだけれどねぇ~。。。

怨霊ってぇ、オバケのよなものではござ~ませんかァ~。。。 たとえば、あの有名な“お岩さん”とか。。。

確かに、日本でオバケと言えば、まず“お岩さん”のオバケが3本の指に入るかも知れません。。。

四谷怪談


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四谷怪談(よつやかいだん)とは、元禄時代に起きたとされる事件を基に創作された日本の怪談。
江戸の雑司ヶ谷四谷町(現・豊島区雑司が谷)が舞台となっている。

基本的なストーリーは「貞女・岩が夫・伊右衛門に惨殺され、幽霊となって復讐を果たす」というもので、鶴屋南北の歌舞伎や三遊亭圓朝の落語が有名である。
怪談の定番とされ、折に触れて舞台化・映画化されているため、さまざまなバリエーションが存在する。

 

あらすじ

四谷在住の御先手鉄砲組同心の田宮又左衛門のひとり娘である岩は、容姿性格共に難があり中々婿を得ることができなかった。

浪人の伊右衛門は、仲介人に半ば騙された形で田宮家に婿養子として岩を妻にする。

田宮家に入った伊右衛門は、上司である与力の伊東喜兵衛の妾に惹かれ、また喜兵衛は妊娠した妾を伊右衛門に押し付けたいと思い、望みの一致したふたりは結託して、岩を騙すと田宮家から追う。

騙されたことを知った岩は狂乱して失踪する。

岩の失踪後、田宮家には不幸が続き断絶。

その跡地では怪異が発生したことから於岩稲荷がたてられた。


出典: 「四谷怪談」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

お岩さんの恨みで田村家の跡地ではお岩さんのオバケが出てくるようになったのでござ~ますわァ。。。 だから、“お岩さん”はりっぱな「怨霊」ですわよう。。。

怨霊


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怨霊(おんりょう)とは、自分が受けた仕打ちに恨みを持ち、たたりをしたりする、死霊または生霊のことである。

生きている人に災いを与えるとして恐れられた。

憎しみや怨みをもった人の生霊や、非業の死を遂げた人の霊。

これが生きている人に災いを与えるとして恐れられている。

霊魂信仰の考え方では、霊魂が肉体の中に安定しているときその人は生きていられる、と考える。

怨みや憎しみなどの感情があまりに激しいと、霊魂が肉体から遊離して生霊となり災いを与える、と考える。

戦死、事故死、自殺などの非業の死をとげた人の場合は、霊肉がともにそろった状態から、突然、肉体だけが滅びた状態になる、とされる。

したがって、その人の霊魂は行き所を失い、空中をさまよっていると考えた。

これらの霊が浮遊霊である。

平安時代の書物にさかんに現れる物の怪(もののけ)、中世の怨霊や御霊、近世の無縁仏や幽霊などは、いずれもこうした浮遊霊の一種とみることができる。

怨霊を主題とした講談や物語などがあり、こういったフィクションなどでは様々な設定で描写されることもある。


出典: 「怨霊」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

確かに、卑弥子さんの言うことは もっともです。。。

。。。で、どういうわけで、急に「怨霊」を取り上げたのでござ~ますか? 最近は、幼い子供でも、“オバケ”など信じませんわよう。。。

でも、漫画の『ゲゲゲの鬼太郎』は子供たちの間で人気がありますよう。。。 子供は、妖怪が好きなのですよう。。。

デンマンさんも子供時代に 『ゲゲゲの鬼太郎』にハマッたのでござ~ますかァ~?


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いや。。。 僕は子供時代から、オバケだとか、妖怪だとか、怨霊というものを馬鹿にして 全く信じませんでした。。。 だいたい、昔はお月さんには ウサギが居て餅つきをしていたなどという子供騙しの話がありましたからねぇ~。。。  ロケットで人間が着きに行くような時代に、月でウサギが餅つきをしているなどと、『ゲゲゲの鬼太郎』にハマッている子供でも 誰も信じませんよう。。。

確かに、月世界にウサギがすんでいるなどと、最近の子供たちは信じないかもしれませんわ。。。

僕にとって、オバケだとか、妖怪だとか、怨霊というのも、“月に住んでいるウサギ”と全く同じで信じてないのですよ。。。


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それなのに、どういうわけで怨霊を取り上げたのですか?

あのねぇ~、最近の人は 怨霊など信じないと僕は信じていたのですよ。。。 でもねぇ~、けっこう信じている人たちが現在でも居るのですよ。。。 ちょっと驚いたのです。。。

いったい、どなたが信じているのでござ~ますか?

たまたまバンクーバー市立図書館で借りていて本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

平将門の怨霊


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大正12年(1923)9月の関東大震災で、大蔵省の庁舎はことごとく焼け落ちた。
将門塚の古蹟保存碑も激しい振動で倒れてしまった。

復興の過程で池は埋められ、それまで前方後円墳の墳丘の形をよくとどめていた将門塚は、完全に取り崩された。
更地となった跡地には大蔵省の仮庁舎が建てられた。

将門の祟りが噂され出したのはこのころからであった。
大正15年6月に若槻礼次郎内閣の大蔵大臣となったばかりの憲政会所属の速水聖爾(はやみせいじ)が9月に急逝し、現職の課長ら職員十数人が次々に死亡。
さらに、塚の上に立てた仮庁舎での転倒事故が続出したことから、将門塚を破壊した祟りだといううわさが広まったのである。

昭和3年(1928)、塚のあった位置に建つ建物をわざわざ取り壊して将門塚を復元し、時の大蔵大臣三土忠造(みつちちゅうぞう)以下幹部職員列席のもと、神田神社社司による慰霊祭が営まれた。

だが、それも空しかった。
昭和15年(1940)6月20日、突然の暴風雨が東京を襲い、午後10時、大手町の逓信省航空局に雷が落ちた。
落雷により火災が発生し (略) 大手町一帯に燃え広がったのである。 (略)
人的被害も甚大で、消火作業中の警防団員二人が殉職したのをはじめ、重軽傷者は107人に及んだ。

この火災に震え上がったのが、大蔵省関係者だった。
この年は、平将門が討たれた天慶3年(940)からちょうど1000年目にあたる。
急遽、(略)「南無阿弥陀仏」の板碑を模刻して建立。
ふたたび神田神社の社司を招いて、厳粛に慰霊祭が執行されたのである。

昭和18年、大蔵省が霞ヶ関に移転すると、跡地は都有地となった。(略)
戦後、占領軍はこの場所に巨大なモータープール(駐車場)を造成し始めたが、占領軍の命令で将門塚をブルドーザーで壊そうとした日本人が転落して死亡する事故が発生。(略)
このときは神田神社の氏子の代表がGHQに出頭して事情を説明し、何とか塚の破壊は免れている。

 (中略)

将門塚周辺は再開発ラッシュである。
三井不動産は、大手町の三井物産本社ビル、旧プロミス本社ビル(旧長銀ビル)など3棟を再開発し、41階と30階の超高層ビル2棟を建てる計画を発表したが、敷地の一角にある「将門の首塚」は計画に含まれず、周囲は緑地にするようだ。


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三井不動産の広報によれば、将門塚を「神聖で大切な場所と認識している」という。
将門信仰は、今も脈々と生きているのかもしれない。

 (93-96ページ)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


『地図と愉しむ東京歴史散歩 地下の秘密篇』
著者: 竹内正浩
2016年10月25日 第1刷発行
発行所: 中央公論新社

あらっ。。。 平将門さんのことは あたくしも存じ上げておりますけれど、将門さんの怨霊が祟って これほど多くの人間が亡くなったということは初耳でござ~ますわァ~。。。 

実は、僕も歴史のことについては、かなり詳しいつもりで居たのだけれ、将門さんの怨霊が祟って これほど多くの人間が亡くなったということは初耳だったのですよ。。。

でも。。。、でも。。。、デンマンさんのことですから、絶対に信じないのでしょう?

あれっ。。。 卑弥子さんには僕の心が読めるのですかァ~?

もちろんでござ~ますわァ。。。 デンマンさんとも長いお付き合いでござ~ますから。。。 で、デンマンさんは、怨霊でないとしたら、亡くなった人たちは、なぜ立て続けに亡くなったのでござ~ますか?

あのねぇ~、怨霊の歴史は、なにも将門さんから始まったわけじゃない! 古い話で最も有名な怨霊はツタンカーメンの怨霊ですよ。。。

王家の呪い


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王家の呪い(おうけののろい、curse of the pharaohs)とは、エジプト王家の墳墓を発掘する者には呪いがかかる、という信仰である。
ファラオの呪い、ツタンカーメンの呪いとも呼ばれる。

1920年代のエジプトにおいて、王家の谷でツタンカーメンの墳墓を発掘してミイラをとりだしたカーナヴォン卿および発掘に関係した数名らが、発掘作業の直後次々と急死したとされる出来事からこうした伝説が生まれた。

現在まで語り継がれているが、墓の開封に立ち会った人で実際に急死したのはカーナヴォン卿だけであり、そのカーナヴォン卿も発掘以前に髭を剃っていた時に誤って蚊に刺された跡を傷つけたことにより熱病に感染し、肺炎を併発したことが死因であることが確認されている。

何らかのガスが墳墓に溜まっていて、墳墓をあばいた時にそれを吸った影響ではないか、と見なす人もいた。
たとえばアーサー・コナン・ドイルもそれに類した見方を好んだ一人で、王の墳墓を荒らす墓荒らしを懲らしめるために致死性のカビのようなものが意図的に配置されていたのではないかと見なした。
現在では古代エジプト墳墓の空気も調査されているが、有毒なガス、カビの存在は確認されていない。

ツタンカーメンの墓の発掘に直接携わった者で1年以内に亡くなったのはカーナヴォン卿だけである。
呪いの真相については、ハワード・カーターと独占契約を結んだタイムズに対抗した他の新聞社が、発掘関係者が死亡するたびに「王家の呪い」と報じたことが原因である。


出典: 「王家の呪い」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ツタンカーメンの墓を暴(あば)いた呪(のろ)いで カーナヴォン卿が亡くなったと言う話はエジプトに関心がある人は、誰でも知っていると思うのですよ。。。 でもねぇ、上の説明にもあるよう、墓の開封に立ち会った人で実際に急死したのはカーナヴォン卿だけであり、そのカーナヴォン卿も発掘以前に髭を剃っていた時に誤って蚊に刺された跡を傷つけたことにより熱病に感染し、肺炎を併発したことが死因であることが確認されているのですよ。。。

つまり、怨霊のために亡くなったと言う伝説には、必ず科学的に説明がつく理由があると、デンマンさんは主張するのでござ~ますかァ?

そうですよ。。。 あのねぇ~、我々人間には、昔から話を面白くしようとする好奇心があるのですよ。。。 だから、お月さんとウサギの話ができたのです。。。

では、将門の怨霊によって速水聖爾(はやみせいじ)が9月に急逝し、現職の課長ら職員十数人が次々に死亡したという事実を デンマンさんはどのように説明なさるのでござ~ますかァ?

簡単なことですよ。。。 速水聖爾さんは、脳梗塞で急死したのですよ。。。

では、その後で続いて亡くなった現職の課長ら職員十数人の死は、どのように説明なさるのでござ~ますかァ?

ツタンカーメンの場合でも、「発掘に関係した数名らが、発掘作業の直後次々と急死したとされる出来事」があったけれど、墓の開封に立ち会った人で実際に急死したのはカーナヴォン卿だけなのですよ。。。 つまり、その他の人たちの死は、言わば話に付いた“尾びれ”や“背びれ”なのですよ。。。 そのようにして、話が出来上がり、世の中の人たちの興味や好奇心をそそったわけです。。。 つまり、そうやってメディアが記事で取り上げて新聞や雑誌の売り上げを伸ばすわけですよゥ。。。

分かりましたわ。。。 んで、平将門の怨霊も新聞社や雑誌社が売り上げを伸ばすために、“怨霊の話”を記事にしたということですか?

その通りです。。。 時間軸に沿って現職の課長ら職員十数人の死を並べれば、それぞれに病気や事故で亡くなっているのです。。。 平将門の首塚が無かったとしたら、その人たちの死は全く誰もが気にも留めなかったかもしれない! だけど、新聞社や雑誌社は、売り上げが伸びるので、そういう話を記事に書いたわけですよ。。。

つまり、 「四谷怪談」のお話も、当時のマスメディアが売り上げを伸ばすために、デッチあげたお話なのでござ~ますかァ?

そうですよ。。。 お月様とウサギと同じようにして出来上がった話ですよ。。。

でも。。。、でも。。。、それでは身も蓋もないじゃござ~ませんかァ!

だから、怨霊を信じたい人は信じればいいのですよ! 信じたくない人は信じなくてもいいのですよ! 思想・信条の自由があるのだから。。。 人間の尊厳を支える基本的条件です。。。 また民主主義の前提です。。。 信教の自由、学問の自由、表現の自由、言論の自由とつながるものです。。。 国際法では市民的及び政治的権利に関する国際規約として、また、日本では日本国憲法第19条で思想及び良心の自由として保障されているのですから。。。

でも。。。、でも。。。、それでは木で鼻をかむようではござ~ませんかァ?

だから、「四谷怪談」を信じるのも「将門の怨霊」を信じるのも卑弥子さんの自由ですよ。。。 僕は卑弥子さんの自由を奪うつもりはありません。。。

でも。。。、この記事を読んでいるネット市民の皆様が不満そうなお顔をしていますわァ~。。。

僕の責任じゃありません。。。 文句があるなら、新聞社と雑誌社に問い合わせてください。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

デンマンさんは、ときどき夢も希望も無い事をおっしゃるのですわよう。。。

確かに、つきにロケットを飛ばして、お月様とウサギのお話は馬鹿バカしいものになりました。。。

だから、せめて「四谷怪談」や「将門の怨霊」のお話ぐらい、そっとしておいて欲しいものですわァ~。。。

あなただってぇ、そう思うでしょう?

とにかく、デンマンさんが つまらない事を言ったので話題を変えて楽しいお話をいたしますわねぇ~。。。

実は、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”が殿方の注目を集めているのでござァ~ますわよう。

うふふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。


(buttdimp5.jpg)

どうでござ~ますかァ?

この魅力によって あたくしの人気が出てきたのだと思うのですわァ。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

プリキュアにまつわるお話も、大変興味深いですけれど、

他にも いろいろな面白いお話がござ~ますわァ。

たまには、日本古代の面白いお話にも関心を示してくださいまし。

あなたのために古代史の記事を用意しましたわァ。

ぜひ お読みくださいねぇ。

では。。。

天武天皇と天智天皇は

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古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


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『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』


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『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

『ペルシャ人の楊貴妃』

『ん?佐伯今毛人』

『文学と歴史とウソ』

『百人一首ミステリー』

『芭蕉と遊女再び』

『映画とロマン@仙台』

『源氏物语中的性描写』

『忘れられた歴史ロマン』


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『おばさんパンツ@サンホセ』

『聖徳太子のチューター』

『オナラの曲芸』

『死海』

『漱石とオナラ』

『絵里香さん』

『美女とオナラ』

『アンバパーリー』

『ゆっくりと愛し合う』

『見ちゃだめ!』

『二重マチ付きズロース』


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『麻生元総理』

『ネットのバカ女を捜して』

『額田王の歌』

『聖女と娼婦』

『済子女王@萌える』

『ん?堀内亜里?』

『松平春嶽が黒幕?』

『旅行者的早餐』

『なぜ蝦夷なの?』

『プリキュアとヒトラー』

『戦争絶対反対よね』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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日本の神話

 

日本の神話

 


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デンマンさん。。。 最近、あんさんは日本の神話に興味をもちはったん?


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ん。。。? めれちゃんは、わてが日本の神話に興味を持っていると思うたのかァ~?

そやかて、タイトルにそう書いてますやん。。。 それに、あんさんは、古代の日本の歴史について、ようけい記事を書いてますやん。。。

確かに、わては少しは日本の神話に興味を持ってるけど、実は、日本の神話に興味を持っている外人が わてのブログにやって来たのやがなァ~。。。

マジで。。。?

ちょっと次のリストを見て欲しいねん。。。


(liv80207a.png)


『拡大する』

『「月岡芳年」タグのページ』

これはライブドアの わての『徒然ブログ』の2月6日の午後11時46分から7日の午前3時14分までの約3時間半の「生ログ」やねん。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。

あらっ。。。 長たらしいURL からやって来て『徒然ブログ』の「月岡芳年」タグのページを読みはったのやねぇ~。。。

月岡 芳年(つきおか よしとし)


(muma09.jpg)

生年: 1839年4月30日(天保10年3月17日)
没年: 1892年(明治25年)6月9日

日本の画家。幕末から明治前期にかけて活動した浮世絵師である。
姓は吉岡(よしおか)、のちに月岡。本名は米次郎(よねじろう)。
画号は、一魁斎芳年(いっかいさい よしとし)、魁斎(かいさい)、玉桜楼(ぎょくおうろう)、咀華亭(そかてい)、子英、そして最後に大蘇芳年(たいそ よしとし)を用いた。

河鍋暁斎、落合芳幾、歌川芳藤らは歌川国芳に師事した兄弟弟子の関係にあり、特に落合芳幾は競作もした好敵手であった。
また、多くの浮世絵師や日本画家とその他の画家が、芳年門下もしくは彼の画系に名を連ねている。

歴史絵、美人画、役者絵、風俗画、古典画、合戦絵など多種多様な浮世絵を手がけ、各分野において独特の画風を見せる絵師である。
多数の作品があるなかで決して多いとは言えない点数でありながら、衝撃的な無惨絵の描き手としても知られ、「血まみれ芳年」の二つ名でも呼ばれる。
浮世絵が需要を失いつつある時代にあって最も成功した浮世絵師であり、門下からは日本画や洋画で活躍する画家を多く輩出した芳年は、「最後の浮世絵師」と評価されることもある。

昭和時代などは、陰惨な場面を好んで描く絵師というイメージが勝って一般的人気(専門家の評価とは別)の振るわないところがあったが、その後、画業全般が広く知られるようになるに連れて、一般にも再評価される絵師の一人となっている。


(yoshitoshi.jpg)


出典: 「月岡芳年」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

月岡 芳年は幕末から明治前期にかけて活動した浮世絵師やのねぇ~。。。 そやけど、この絵師は日本の神話の絵も描きはったん?

いや。。。 わての知る限り、日本の神話の絵は描いておらんでぇ~。。。

それやのに、どないなわけで「月岡芳年」タグのページを読みはったん?

めれちゃんの質問に答えるには上のリストのURL をクリックしてみる必要があるねん。

上のURL をクリックすると どないなページが出てきよるのォ~?

次のページが表示されるのやがなァ~。。。


(wit80207a.png)


『拡大する』

『実際のページ』

あらっ。。。 これは英語のページやんかァ~。。。

そうやァ~。。。 『魔女と異教』というサイトのページやねん。。。

つまり、あんさんのブログにやって来やはった外人さんは、このページを読んで その中のリンクをクリックして 「月岡芳年」タグのページを読みはったわけやのォ~?

そういうこっちゃァ。。。 実は、このページはカナダのトロントに住んでいるオリヴィアさんという日系カナダ人が書いたページやねん。。。 なんと、金光教の準取次者/巫女(associated priestess)さんやがなァ~。。。

金光教


(konko01.jpg)

 

金光教(こんこうきょう)は、日本の新宗教。

教派神道連合会に属し、戦前の神道十三派の一つ。

安政6年(1859年)、備中国浅口郡大谷村にて赤沢文治(川手文治郎)、後の金光大神(こんこうだいじん)が開いた創唱宗教である。

同じ江戸時代末期に開かれた黒住教、天理教と共に幕末三大新宗教の一つに数えられる。

現在の本拠地は岡山県浅口市金光町大谷である(旧町名由来の金光町という地名は金光教の本部があることから付けられた)。

祭神は天地金乃神(てんちかねのかみ)と生神金光大神(いきがみこんこうだいじん)である。

教主は金光平輝(こんこうへいき、五代金光様)、教務総長は西川良典(にしかわよしのり)である。

日本を中心に約1600の教会・布教所、45万人の信者を有する。

 

著名人の信徒

市川猿之助 (歌舞伎役者)
市川右團次 (歌舞伎役者)
伊藤昌哉(政治評論家)
扇千景
小川洋子
小田原大造
片岡孝太郎 (歌舞伎役者)
桂かい枝
かんべむさし
甲本ヒロト (ミュージシャン)
坂田藤十郎 (歌舞伎役者)
サトウサンペイ
品川祐 (お笑い芸人) – 親の実家が金光教信者。
杉田二郎
鈴木清一 株式会社ダスキン創業者
砂川しげひさ
中村鴈治郎
十七世中村勘三郎 (歌舞伎役者)
十八世中村勘三郎 (歌舞伎役者)
中村吉右衛門 (歌舞伎役者)
七世中村芝翫 (歌舞伎役者)
八代目中村芝翫 (歌舞伎役者)
九代目中村福助 (歌舞伎役者)
西村朗 – 実家は神仏への信心が深く、神道においては金光教を信仰していた。
日枝久
牧野省三
松木安太郎 (サッカー解説者) – 名前が、玉水教会初代教会長湯川安太郎にちなんでいる。
三田寛子
吉見一起 (プロ野球中日ドラゴンズ) – 金光大阪高校出身。
萬屋錦之介


出典: 「金光教」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あんさんがトロント大学に行っていた時の同級生やのォ~?

いや。。。 わてにはオリヴィアという名の同級生はおらんかったでぇ~。。。

それやのに、どないなわけで あんさんが書きはった 「月岡芳年」タグのページのリンクが貼ってあるのォ~?

わても不思議に思って調べてみたのやけど、上のページのどこにも 「月岡芳年」タグのページのリンクが見当たらん。。。

それやのに、どないして外人さんは、あんさんのブログにやって来やはったん?

そやから、わても不思議に思って じっくりとページを見渡したのやァ~。。。

それで。。。?

そしたら、次の絵に見覚えがあった。


(wit80207a2.png)

『実際のページ』

sourceという言葉にリンクが貼ってあって、ここをクリックすると「月岡芳年」タグのページへ飛ぶねん。

。。。で、その外人さんというのは、どなたはんやのォ~?

ジョージア州のアトランタに住んでいるリンダ・ピロスキーさんやがなァ~。。。


(ip11525b.png)

あらっ。。。 上の写真の女性がリンダ・ピロスキーさんやのォ~?

そうやァ~。。。

そやけど、IPアドレスを調べやはっても アクセス者の名前まではゲットできへんのやでぇ~。。。

あのなァ~、リンダさんは、次の小文を読んで「たいへんに“面白い”お話を伺うことができました」というメールを書いて寄越したのやがなァ~。。。


(amate03.jpg)

ところで内侍所(ないしどころ)の神鏡というのは、むかし天照大神が天岩戸に閉じこもろうとなされた節、どうぞして自分の姿かたちを写しておき、子孫に見せてやりたいという御心から、御鏡を鋳造された。

最初のものは気にいらないというので、さらに二つめの物を造りかえられた。

最初にできた御鏡は、紀伊国日前(きいのくにひのまえ)、国懸(くにかかす: 和歌山市秋口)の社(やしろ)にまつられた。

二番目の御鏡を、御子(みこ)の天忍穂耳尊(あまのにいほみのみこと)に授けられ、「同じ御殿のうちに置きなさい」と仰(おお)せられた。

 

さて天照大神が天岩戸に閉じこもられ、天下がくら闇となったので、八百万代(やおよろずよ)の神々がより集まり、岩戸の口で御神楽(みかぐら)を奏したところ、天照大神が感心され、岩戸を細めにひらいて見物なされた時、神々の顔が互いにほの白く見えたことからして、面白いという言葉がはじまったと聞いている。


(uzume07.jpg)

(デンマン注:読み易いように改行を加えました。
イラストはデンマン・ライブラリーより)


187ページ 『平家物語(下)』
2004年10月20日 初版発行
現代語訳: 中山義秀
発行所: 河出書房新社

ホンマかいなァ~。。。

めれちゃんは、疑り深いのやなァ~。。。

そやかて、リンダさんは日本語がよめへんやろにィ~。。。

あのなァ~、実は、リンダさんはアトランタにあるジョージア州立大学の文学部で日本文化と日本語を専攻しておるねん。


(piroshiki2.jpg)


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ホンマかいなァ~。。。?

めれちゃんは、マジで猜疑心が旺盛なのやなァ~。。。 あのなァ~、昔の人は“信じる者は救われる!”と言うたのやでぇ~。。。 そやから、めれちゃんも わての言うことを信じてルンルン気分で幸せになったらええやん。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

いつものように、“信じる者は救われる!” がオチでした。

あなたの デンマンさんの言うことを信じてルンルン気分で 幸せになってくださいねぇ~。。。

それにしても、あたくしまでが記事に登場してしまいました!


(uzume05b.jpg)

デンマンさんが、かな~♪~りボインにコラージュしてデッチ上げたのでござ~ますわァ。。。。

うふふふふふふ。。。

では、そのお話は、このくらいにして、あなたのために素晴らしいニュースをお届けしますわぁ~。。。

最近 あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”がネットで人気が出ているのでござ~ますわァ~。。。

ええっ。。。 信じられないというのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


(buttdimp5.jpg)

どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

ところで、話は変わりますけれど、

かつて、レンゲさんの親友の めれんげさんは 一生懸命にブログを更新していたのでした。

でも、時には、他のことに夢中になって、会費を滞納したことがあったのでござ~ますわァ。。。

そのために、サイトを削除されてしまったのです。

それでも、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよねぇ~。。。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。

でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


(hand.gif)


(surfing9.gif)

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こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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