原爆死の真実

 

原爆死の真実

 


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デンマンさん。。。 原爆が投下されたのは70年以上も前のことなのに、どういうわけで 今更 原爆を持ち出してきたのですか?

あのねぇ~、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

 


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7年もの間、検閲対象となっていたという御幸(みゆき)橋の写真。

その経緯を詳しく知る人物が、ニューヨーク州のハドソン川をのぞむ住宅地の一角に暮らしていることが分かった。

核兵器をテーマに取材を続けてきたジャーナリストのグレッグ・ミッチェルさんだ。

 (中略)

(ミッチェルさんは次のように語る)

「写真を隠蔽した7年間は、非常に重要な期間でした。

1945年から52年までは、ちょうど核兵器の大量生産が始まった時期に当たります。

わずか8年の間に冷戦が激化し、アメリカとソ連による大規模な軍備増強が進みました。 (略)

 

原爆に関する写真や映像は、日本のものでもアメリカのものでも、あまりに長い間、検閲され、隠されたため、アメリカだけでなく世界中の人たちが、核兵器が一体どんなものなので、どういう意味を持つのかを熟慮する機会が奪われたのです。

こうして、核兵器廃絶のための極めて大規模な民衆運動でもない限り、ある意味後戻りできない状態になってしまいました。

あの失われた7年間の重大さは、そこにあるのだと思います。

 

今もミッチェルさんは、核兵器をテーマにした執筆活動を行っている。

写真が隠蔽されたことでアメリカ人に根付いた核兵器の意識を変えたいと考えているからだ。

核兵器の悲惨さを伝え続け、アメリカ人が2度と核兵器を使うべきではないと考えるようになるまで取材を続けるつもりだ。

 (154-157ページ)

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


『原爆死の真実 きのこ雲の下で起きていたこと』
著者: NHKスペシャル取材班
2017年9月25日 第3刷発行
発行所: 株式会社 岩波書店

 

デンマンさんは上の本を読む前にNHKスペシャルのテレビ番組を観たのですか?

いや。。。 観てなかったのですよ。。。 それで、ネットでググッて冒頭のクリップと、すぐ上のNHKがコンピューター・グラフィクスで被爆当日の御幸橋の様子を再現したクリップを探し当てたのです。。。

本の中には、クリップには出ていない悲惨なエピソードも書かれているのですか?

悲惨なエピソードが たくさん書かれてますよ。。。 ジューンさんも図書館で借りて読んでみたらいいです。。。

デンマンさんは、本を読んで、かなりの衝撃を受けたようですわねぇ~?

分かりますか?

衝撃を受けなかったら、上のクリップを探したりはしないでしょう!

そうなんですよ。。。 僕は広島の原爆に関しては、自分でも理解に苦しむほどの関心があるのですよ。。。

デンマンさんの親族にも、広島で被害にあった方がおられるのですか?

いや。。。 幸いに、僕の親族には広島で被爆した人は一人もいないのだけれど、その当時、広島で救護に当たったお医者さんの話を聞いて、その時初めてかなりの衝撃を受けました。。。 それ以来、目に付くたびにバンクーバー市立図書館でDVDを借りて原爆の映画を観ているのです。。。

 


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『拡大する』

『実際のページ』

 


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『黒い雨』は、1989年5月13日より公開された原子爆弾(原爆)の恐怖と悲劇を描いた日本映画である。
1965年に出版された井伏鱒二の小説『黒い雨』の映画化であり、矢須子に扮した主演の田中好子の演技は高く評価され、公開翌年の第13回日本アカデミー賞で最優秀作品賞をはじめ数々の部門で受賞した。

英語圏ではBlack Rain (ブラック・レイン)という題名で上映された。
タイトルは、原子爆弾投下後に降る「黒い雨」のことを指している。

 

あらすじ

広島の原爆投下によって人生を変えられた閑間夫婦と姪の矢須子の悲劇的な運命を描く。
二次被爆の恐ろしさも明瞭に描かれている。

昭和20年8月6日の朝、閑間重松は工場に出勤するため広島市内から電車に乗り込んだが、その直後アメリカ軍により原子爆弾が投下される。
その後なんとか帰宅した重松は妻・シゲ子と、海を隔てた知人宅から戻った姪・高丸矢須子の3人で市内から逃げることに。

原爆により広島の街は瓦礫の山と化し、多くの怪我人や遺体を間近に見ながら、3人は徒歩で重松の職場である工場にたどり着く。
矢須子は海から市内に戻る途中空から降ってきた黒い雨に打たれていたが、被爆した閑間夫妻共々特に大きな症状もなく、工場で寝泊まりしながらそのまま終戦を迎える。

 


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5年後の昭和25年5月、矢須子は福山市で閑間夫妻と暮らし始め、近所には元特攻隊員・悠一や原爆の二次被爆者である重松の友人3人も暮らしていた。
結婚適齢期を迎えた矢須子は知人から縁談を持ちかけられるが、二次被爆による健康被害を理由に相手側に断られ、閑間夫妻から心配される。

後日三度目の縁談が来て相手も乗り気だったが、数回のデートの後矢須子は原爆投下後に広島市内にいたことを正直に告げると相手家族から断られてしまう。

夏頃シゲ子は、矢須子が嫁に行けないことを不憫に思い祈祷師に見てもらうが、次第にのめり込み精神的に不安定になってしまう。
そんな中元気だった重松の友人たちが突然原爆症を発症した後、短期間で亡くなってしまい矢須子も発症への不安を抱き始める。

その後矢須子は悠一との日常の触れ合いにより彼の誠実で優しい人柄に気分が癒やされると、後日彼の母が息子と矢須子との結婚を検討してほしいと重松に申し出る。

閑間夫妻が2人の交際を認めようとした矢先、矢須子の体に異変が起き毛髪がごっそり抜け、偶然それを見たシゲ子がショックで1ヶ月後に亡くなってしまう。
その後矢須子は重松や悠一の母の手を借りて自宅療養することになり、気分が安定したある日釣りをする叔父と共に近所の池に訪れる。

その時池の主である大きな鯉が飛び跳ねるのを2人で目撃するが矢須子が興奮して半狂乱になってしまう。
帰宅直後に体調を崩した矢須子は、悠一に付き添われて救急車で運ばれることになり、重松は姪の病気が治ることを祈りながら見送る。


出典: 「黒い雨 (映画)」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

上の映画はかなり前に観たのですわねぇ~。。。

8年前ですよ。。。 2012年3月31日です。。。 それから、何本か観ましたよ。。。 どれも悲惨な劇映画か記録映画でした。。。

。。。で、何か印象に残っている映画はありますか?

どの映画も印象深いのだけれど、次のクリップは感動的でした。。。 悲惨というよりも、悲惨の中での人間の温かみが感じられた映像でした。。。

 


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どういう物語なのですか?

これは記録映画です。。。 この少女の映像を撮影したのは、アメリカ軍が長崎の原爆の威力を記録するために派遣したカメラマンなのですよ。。。 その映像に写っている この少女を探し出そうという日本のテレビ番組が制作した記録映画です。。。

。。。で、この少女は生きていたのですか?

生存していたのですよ。。。 80歳を過ぎたおばあちゃんになっていましたけれど。。。

。。。で、デンマンさんは どういうところに人間の温かみを感じたのですか?

この少女の映像を撮影したアメリカ人のダニエル・マクガバンさんが、この少女のことをずっと覚えていて、やっぱり、子供たちのことが気になっていたんですよねぇ~。。。 悲惨な原爆投下にも奇跡的に生き残って、その少女の笑顔に触れたマクガバンサンは、被爆後の悲惨な長崎の街を見て心の痛みを感じたのです。。。 撮影中に少女の笑顔を見たことで、幾分か救われた気分になった。。。

 


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そのことが自分の死ぬ間際まで心に刻まれ、死期を悟ったマクガバンさんが、遺書のつもりで残したホームビデオに、この少女のことも語られているのですよ。。。

マクガバンさんは、かなり良心的な人だったのですねぇ~。。。

そういうことですよ。。。 長崎の原爆跡を見て、心の痛みを感じていたのだと僕は思いましたねぇ~。。。 その点で、上の本の中のミッチェルさんと同様に、核戦争には批判的だったようです。。。 つまり、戦争にかかわったアメリカ人でも、個人的には戦争に反対だった人はたくさんいるのですよ。。。

 

アメリカ人は戦争が嫌い

 


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ケント: 基本的にアメリカ人は戦争が嫌いなんですよ。 当たり前のことですけれど、一般のアメリカ人で戦争をやりたいと思っている人なんていません。 どこの国でもそうだと思います。
第一次世界大戦も、アメリカの世論は参戦に反対だったんです。 (略) ウィルソン大統領も「The war to end all wars」、つまり、「すべての戦争を終わらせる戦争だ」と言い、この戦争が終われば、もう戦争は起きないと世論を説得して、第一次世界大戦に参戦したんです。
ところが、大戦が終わってしばらくしたら、またヨーロッパで紛争が始まった。

 (中略)

ケント: アメリカは日本と戦争をする理由があった。 (略) 日本とドイツを放置していたら、アメリカはいずれ間違いなく窮地に立たされる。 政治家とは本来、そこまで将来を見越して対応しなければならない職業なんです。
しかし、国民はなかなかそんなこと理解してくれないんですよ。 やはり「戦争は嫌だ」と。 現在の不戦主義者に似ているような気がします。 だけどね、井上さん。 
国民がやりたくないからといって、一国のリーダーはやるべきことをやらないというわけにはいかないんですよ。 そう思わない?

井上: そうですね。

ケント: だから、ルーズベルトは、相手(日本)が先に手を出すように仕向けたわけです。

 


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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


17-21ページ 『東京裁判をゼロからやり直す』
著者: ケント・ギルバート 井上和彦
2018年2月5日 初版発行
発行所: 株式会社 小学館

つまり、一般のアメリカ人で戦争をやりたいと思っている人なんていないのだけれど、国民がやりたくないからといって、一国のリーダーはやるべきことをやらないというわけにはいかない。 それで、アメリカ合衆国としては戦争をする、とケントさんは言ってるわけねぇ~。。。

そういうことですよ。。。

要するに、世界中の市民は誰もが戦争をやりたくないのだけれど、国を動かしている政治家が国家の安全と威信をかけて戦争をやっているというわけねぇ~。。。

そうなのですよ。。。 そういうわけで、アメリカが世界で一番悪い国になっているのです。。。

 


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『今、新たな戦前』

&nbsp 

なるほどォ~。。。 一般のアメリカ人で戦争をやりたいと思っている人なんていないのに、アメリカ合衆国は世界一の軍事費を用意しているのねぇ~。。。

これってぇ~、アメリカ国民の意思を無視しているということですよ。。。

でも、アメリカの政治家が、戦争を防ぐために万が一に備えているんでしょう!?。。。 つまり、ウィルソン大統領が言ったように「The war to end all wars」、つまり、「すべての戦争を終わらせる戦争」を起こすための軍事費じゃない?

あのねぇ~、それを口実にして、アメリカの政治家と結託して 大手の軍需産業経営者が武器を作って、アメリカ軍ばかりでなく、世界中の軍隊に最新の武器を売っているのですよ。。。 戦争をやめさせるには国際平和連合を立ち上げる必要があると思います。。。

国際平和連合というのは、どういう組織ですかァ?

だから、戦争をこの世からなくすための組織ですよ。。。

そんなことは不可能じゃないですかァ~?

確かに、多くの人がそう思うかもしれない。。。 でもねぇ~、ケントさんも「一般のアメリカ人で戦争をやりたいと思っている人なんていません。 どこの国でもそうだと思います」と言ってるのですよ。。。 要するに、庶民は戦争などやりたくないのです。。。 だから、この庶民の声を集めれば、一部の戦争をやりたい政治家や「死の商人」を退(しりぞ)けることができる。

それでどうするのですかァ?

各国の軍隊と軍需産業を廃止して、国際平和連合のみが国連軍と軍需工場を持つことにする。。。 そうすれば、この世から戦争をなくすことができるのです。。。

でも、各国の軍人と悪徳政治家とペンタゴンが反対するでしょうねぇ~。。。

そうです。。。 一般の庶民は戦争などやりたくないのだけれど、一部の軍人と政治家が戦争をやらねばならない時がくると信じているのですよ。。。

要するに、そういう一部の軍人と政治家がいるので、戦争がなくならないのですねぇ~。。。

そういうことです。。。 だから、ネット市民が団結して国際平和連合を立ち上げる必要があるのです。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたもネット市民が団結して国際平和連合を立ち上げる必要がある、と思いますか?

ええっ。。。 「そんなことはどうでもいいから、他にもっと楽しい話をしろ!」

あなたは、そのような命令口調で あたくしに強要するのでござ~ますわねぇ~。。。

分かりましたわぁ。。。 では、ちょっと次のクリップを見てくださいなァ。。。

思わず笑ってしまいますわ。。。

 


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ええっ。。。? 「犬や猫のことは どうでもいいから他のもっと面白い話をしろ!」

あなたは、更に あたくしに そのような強い口調でご命令なさるのでござ~ますかァ~?

分かりましたわァ~。。。

あなたが、そうおっしゃるのならば、あたくしの個人的なお話しをいたしますわァ。

実は、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”が殿方の注目を集めているのでござァ~ますわよう。

うふふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。

 


(gog60409a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

「卑弥子 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムで汗を流して “ヴィーナスのえくぼ”をゲットいたしました。。。


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スタイルもよくなったのでござ~ますわァ~。。。


(curtain5.jpg)

いかがでござ~ますか?

でも。。。、でも。。。、“天は二物を与えず”と申します。。。

これほどスタイルが良くなったというのに、あたくしは未だに独身でござ~ますのォ。。。

世の中は、なかなか思うようにゆかないものですわァ~。。。

ところで、あなたは『万夜一夜物語』を読んだことがござ~ますかァ~?

“千夜一夜物語”ではなくてぇ、“万夜一夜物語”ですわ。


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『万夜一夜物語』

デンマンさんが書いたのでござ~ますわよう。

ええっ。。。 10,001の話が書かれているのかってぇ~。。。?

とにかく、上のリンクをクリックして読んでみてくださいませぇ~。。。

あなたも、絶対にビックリするようなお話が出てきますわァ。

『万夜一夜物語』だけでは、物足りないのでしたら、

ジューンさんが登場する面白いお話もたくさんあります。

興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましねぇ~。。。

(roten101.jpg+cleoani.gif)

『エレクトラde中国』

『熟女パンツ』

『ラーメン@カイロ』

『スパム@クルーズ』

『えくぼ@ヴィーナス』

『孀婦岩』

『モナリザ描きたい』

『ジューンさんの下着』

『やっぱり熟女下着』

『じゅくじょのぱんてー』

『事実と芸術』


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『パクられたパンツ』

『タイタニック@スリランカ』

『蜂@泣きっ面』

『外人が知っている美しい日本』

『腰使い 熟女』

『熟女の下着姿』

『腰を使う熟女』

『ブログランキング』

『曇ってきた@英語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
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『出会い系より腰を使う熟女』

『ブリスベンの従妹』

『アヒルが行く』

『英語ペラペラ勉強法』

『ブラウザとOS』

『二千二夜物語』

『大晦日のおばさんパンツ』

『下着の人類学』

『万夜一夜@ロンドン』

『ヒトラーとトランプ』


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『ロマン@マルタ島』

『下着の人類学@大阪』

『ハロー@ロックビル』

『孀婦岩の人気 なぜ』

『マグダラのマリア 娼婦か聖女か?』

『マグダレンの祈り』

『女子大生の多い混浴』

『アンネフランクの言葉』

『ビクトリア朝の慎み』

『銭湯と円タク』

『女装ブログ』

『注目記事』


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『風邪が治るまで』

『ひょうたんde徒然』

『アヒルが並んだ』

『なぜ骨なの?』

『にべもない』

『やぶさかでない』

『おかしなパンツ』

『みもふたもない』

『自動翻訳はダメ』

『慫慂』

『ヤンキー』

『及び腰と二の足』

『ジューンさんの従妹』


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『ナマズにされた』

『美術解剖学』

『太ったチャンス』

『ジューンさんの下着を探して』

『おおどかさ』

『高級娼婦@パリ』

『つい見たくなった』

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『FBI捜査官のツブヤキ』

ジューンさんの熟女下着
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『熟女下着 投稿ブログ』

『おばさんパンツ@ネット』

『がめつい奴』

『二股ラジウム@VIDEO』

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『女子大生の秘湯』

『百姓と農民』

『庇と屁』

『2002夜物語』

『機械翻訳イマイチ』

『出か知りおばさん』

『リチャード3世』

『マルタ島ロマン』

『おこがましい』

『鹿爪らしい』

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。


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こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


(himiko92.jpg)

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ


(juneswim.jpg)


『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


(byebye.gif)

ムカつく柿本人麻呂

 

ムカつく柿本人麻呂

 


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東(ひむがし)の

野に炎(かぎろひ)の

立つ見えて

かへり見すれば

月傾(かたぶ)きぬ

 

 


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柿本人麻呂の詠んだ上の「かぎろい」の和歌は、実は、政治批判の歌だとデンマンさんはおっしゃるのですか?


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その通りですよ。。。 上のつまらない和歌が『万葉集』の中に柿本人麻呂の代表的な歌として載せられている。。。 なぜだと思いますか?

どうしてですか?

万葉集を編纂した大伴家持が歴史の真相を後世の我々に知って欲しかったからですよ。

その歴史の真相ってぇ何ですのォ~?

だから、高市皇子を天皇にするための政治的活動があったということですよ。

でも、そのような事を歴史の時間に先生は言いませんでしたわ。

多分、そのような事を言った人はあまり居ないでしょうね?

でも、デンマンさんはマジで柿本人麻呂が高市皇子を天皇にする政争に巻き込まれたと信じているのですか?

そうですよ。

。。。で、上の和歌の真意はどのようなことになるのですか?

次のようになるのですよ。

 


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実にきれいな日の出です。
この太陽が天照大神(あまてらすおおみかみ)のシンボルです。
そしてまた女帝・持統天皇のシンボルでもある。

どうして。。。?

あなたは、きっとそう思うでしょうね。
天孫降臨(てんそんこうりん)は、天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫である瓊瓊杵尊(邇邇藝命・ににぎ)が、葦原中国平定を受けて、葦原中国の統治のために降臨したという日本神話の説話です。

なぜ、この説話を持ち出してきたのか?と言えば、持統天皇がちょうど同じようにして孫に皇位を継がせている。
その事を正当化するために「天孫降臨」を『古事記』や『日本書紀』に書かせたことも十分に考えられます。

政治家としての持統天皇は、天武天皇から我が子の草壁皇子、そして孫の珂瑠(軽)皇子(かるのみこ)に皇位を伝えることに拘(こだわ)った。

持統天皇は草壁皇子が天武天皇の後を嗣(つ)ぐことを望み、夫に働きかけて草壁皇子を皇太子に就け、夫の死後に草壁皇子のライバルであった大津皇子を陰謀によって排除した。

天武天皇の葬礼が終わったあとに草壁皇子を即位させるつもりだった。
しかし、その実現前に皇子が死んだために、やむなく自分が即位して孫の珂瑠皇子が文武(もんむ)天皇として皇位につくまでの時間稼ぎをした。

系図で見ると次のようになります。

 


(keizu03.gif)

 

つまり、珂瑠(軽)皇子が文武(もんむ)天皇として輝く。
それが上の日の出の光景です。

でも、「壬申の乱」を見れば、誰でも高市皇子の活躍を無視するわけにはゆかない。
だから、天武天皇の長男であり、実力もナンバーワンの高市皇子が次期天皇になるのが当然だと思った人が居たとしても不思議じゃない!

その一人が柿本人麻呂だった。
高市皇子が次期天皇になるように支援し協力したのです。

だから柿本人麻呂は持統天皇に睨(にら)まれて左遷されてしまった。

 


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「かぎろい」とは太陽が昇る前の上のような光景です。

 

ここで私の「曙光説」を挙げてみたい。
私にとっての「かぎろひ」とは、太陽が地平線下約8°から6°にあるあいだで、数分間持続する空の現象の動的過程である。

時間でいえば、日本の各地、季節を平均して、日の出前約40分から数分間ほどになる。
このとき、東の空では、地平線上にまさに暗黒の天と地を切り裂くように、鮮やかな赤い光の帯が真横にあらわれる。

その上に橙色や黄色の帯がつづく。
光の帯はみるみる発達して、その幅も明るさも増し、さらに空気が澄んでいるときには、東の空高く、のし上がるように高度にして50°ぐらいにもおよぶ明るい大きな円形の発光が見えることがある。

その色は透明な赤橙色ないしはサーモン・ピンクで、まさに「炎」ないしは「炎が立つ」というのはこういう光景を指すのではないかと思われる。

「かぎろい」の歌には、火のようにゆれた燃え輝くものに直面したときに湧きいでる歓喜の心情が率直に歌われていると思う。
日の出前40分ころの東の空で一瞬一瞬にあらわれる劇的な変化こそ、それにこたえうるものと思う。

 

(注: 赤字はデンマンが強調)


19ページ 『空の色と光の図鑑』
著者: 斉藤文一・武田康男
2002年8月1日 第8刷発行
発行所: 株式会社 草思社

 

火のように揺れ、燃え輝いている「かぎろい」こそ、人麻呂の眼には、持統天皇の野心と陰謀に映る。

当然、人麻呂はムカついているのです。

 

そして、西を振りかえると月が傾いて淡い光をたたえている。

つまり、高市皇子が次期天皇になるという望みは完全に絶たれてしまった。

やがて沈んでしまう月のように。。。

要するに歌の意味は次のようになるのですよ。

 

東(ひむがし)の

野に炎(かぎろひ)の

立つ見えて

かへり見すれば

月傾(かたぶ)きぬ

 


(kaki005.jpg)

 

ああ、何ということだ
持統天皇の野心と陰謀は
ついに、ここまで剥(む)き出しにされ
大津皇子は自殺に追いやられてしまった。

この分では高市皇子が皇位につくこともあるまい。
命を永らえることさえ危(あや)ういのだ。

高市皇子の運命は、今、まさに沈もうとする
月のようではないか…。

 

確かに持統天皇は野望を実現させたけれど、
まさか自分が死んだあとに、天皇の実権が藤原氏に移るとは想像もしていなかったに違いない。

 

庇を貸して母屋を取られる

 

藤原不比等は持統天皇以上の野望を胸に秘めていた。

持統天皇に協力していると見せかけて、
実は、藤原氏は天皇から実権を奪い取ろうと着々とその計画を進めていた。

天皇にはなれなかったけれど、高市皇子は実際に実力を持った人物だった。
その実力は長男の長屋王に引き継がれてゆく。

 


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藤原氏に対抗して天皇を中心とした政治を行おうとした長屋王は、藤原四兄弟(武智麻呂、房前、宇合、麻呂)の陰謀に遭って自殺しなければならなかった。
これが世に言う「長屋王の変」である。

高市皇子は持統天皇の野望に破れ
その子の長屋王は藤原氏の陰謀によって自滅しなければならなかった。

このようにして藤原氏の政権は確立されていった。

 

ずいぶんと長ったらしい説明ですわ。 柿本人麻呂の和歌に上のような歴史的事実が込められているという根拠があるのですか?

ありますよ。 あのねぇ~、柿本人麻呂の和歌を選んだのは万葉集・編集長の大伴家持なのですよ。 この人は万葉集の最後に自分の歌を載せている。

 


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新しき 年の初めの 初春の

今日降る雪の

いやしけ吉事(よごと)

 


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新しい年の始めの初春の

今日降る雪のように、

これからの世には

よい事がいっぱいありますように…。

 

これは天平宝字3(759)年の元旦に詠んだ歌なのですよ。 でもねぇ、大伴家持の願いとは裏腹に、このあと家持には良い事は起こらなかった。 むしろ悪い事が待っていた。

どのような。。。?

あのねぇ~、この歌を詠んでから26年後の延暦4(785)年8月28日に、大伴家持は奥州の多賀城で68歳の生涯を閉じたのです。 ところが、藤原氏は家持が死んだ後も、そっとしておいてはくれなかった。

大伴家持が亡くなってからって。。。死んでからでは何もできないでしょうに。。。

でも藤原政権はしつこいのですよ。。。翌年、京都で藤原種継(たねつぐ)暗殺事件が起きた。

その事件と大伴家持が関係あるのですか?

大いに関係がある。 権力を握る藤原氏によって大伴家持は、その事件の首謀者の一人に仕立てられてしまったのですよ。 しかも、大伴家持の遺骨は掘り返されて隠岐(おき)の島に流刑にされてしまった。

わざわざ遺骨を掘り起こして隠岐(おき)の島まで持っていったのですか?

そうなのですよ。 現在から見れば常識では考えられないような事をした。 つまり、それほど大伴家持は睨まれていた。

なぜ。。。?

だから、大伴一族は藤原氏に抵抗する集団と考えられていた。

どうして。。。?

なぜなら、大伴家持のお父さんの大伴旅人(たびと)は長屋王に協力していた。 当然のことだけれど、長屋王の父親・高市皇子や、その協力者・支援者だった柿本人麻呂の事なども大伴家持は、お父さんの旅人から聞かされていた。

つまり、大伴家持は柿本人麻呂が高市皇子を天皇にしようという政治活動に参加していたこと、それがもとで持統天皇に睨まれて左遷されてしまった事などをお父さんの旅人から聞かされていたとデンマンさんは主張するのですか?

その通りですよ。 だからこそ、一見つまらなそうに見える柿本人麻呂の和歌を大伴家持は『万葉集』に取り上げたのですよ。

要するに、何百年後に生きているデンマンさんのような歴史馬鹿に、歴史の真実を知ってもらおうとして『万葉集』の中に柿本人麻呂の「かぎろい」の和歌を取り上げたのですか?

そうですよ。。。でも「歴史馬鹿」だけ余計ですよ。(苦笑) とにかく、歴史の事実をはっきりとは書けなかった。 だから、柿本人麻呂は当たり障りのない「かぎろい」を詠む事によって歌の中に歴史の真実を読み込んだのですよ。 僕の言おうとしていることが小百合さんにも分かるでしょう?

もちろん、デンマンさんのお話を聞けば、そうなのかな?とも思いますけれど、歴史的には証拠がないのでしょう?

あのねぇ~、歴史にハマッている僕の歴史的仮説ですよ。 この記事を読んでくれる人の中に上の説明を読んで、そのような事も大いにあったかも知れないと思ってくれる人が居れば、こうして小百合さんと話した甲斐があるのですよ。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~~

あなたも、デンマンさんが言うように、柿本人麻呂や大伴家持は藤原氏の横暴に対して抵抗していたと思いますか?

ええっ。。。 「そんなことは どうでもいいから他にもっと面白い話をしろ!」

あなたは、あたくしに そのようにご命令なさるのでござ~ますかァ~?

分かりましたわァ。。。 あなたがそのようにおっしゃるのであれば、

2020年元旦にバンクーバーで第100回寒中水泳があったのでござ~ますわよう。

その模様をお見せしますわねぇ~。。。

 


(polswim03.jpg)


(polswim01.jpg)


(polswim02.jpg)


(polswim04.jpg)

 

ええっ。。。 「寒中水泳など つまらんから、もっと面白い話をしろ!」

あなたは、さらに、そのような強い口調で あたくしにご命令なさるのですかァ~?

分かりましたわァ~。。。

個人的なお話ではありますけれど、

次の検索結果を見てくださいまし。。。

 


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

「卑弥子 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわよう。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわァ。

 


(buttdimp5.jpg)

 

どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

 

ところで、小百合さんが なぜ「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのか?

ご存知でござ~♪~ましょうか?

なぜ。。。?

実は簡単な事なのですわよう。

 


(sayuri80.jpg)

 

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわァ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。

 


(suikyu9.jpg)

 

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

 

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

 

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


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(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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■ 『ゼリーフライのふるさと』

■ 『災難は忘れた頃にやって来る』

■ 『菊ちゃんと忍藩主』

■ 『人の輪の奇跡』


(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

日本のハーブティーは、なんといっても桜湯だそうですけれど、


(sakurate.jpg)

カナダ、アメリカ、イギリスではハーブティーとして

ローズティーが好まれています。

普通、ローズヒップティーと呼ばれます。

ローズヒップ(rose hip)とは

バラ科バラ属の植物の果実。

つまり、バラの実です。

ローズヒップ生産のため、バラの特定品種、

特にRosa canina(ドッグ・ローズ)が栽培されています。

ハイビスカスとブレンドしたハーブティとして飲用されることもあります。

また、ローズヒップオイルは食用油として、

ジャム、ジェリー、マーマレードにも用いられるほか、

スキンケアにも用いられます。

こんなエピソードがありました。

第二次世界大戦中、

イギリスはドイツ海軍Uボートの海上封鎖により

オレンジの輸入がストップしたのです。

ビタミンCの補給ができなくなったのです。

それで、英国の学童たちは生垣に生えている

ローズヒップの採集を命じられました。

ローズヒップティーにして飲んで

ビタミンCを補給したのですって。。。


(rosehip.jpg)

なんだか信じられないようなお話ですよね。

ところで、英語の面白い話を集めました。

時間があったら覗いてみてください。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。


(chirashi.jpg)


(bravo.gif)

ノーパン@CIA

 

ノーパン@CIA

 

(cia001.jpg+balloons2.gif)


(nopan06.png)


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ケイトー。。。、どうして急にノーパン@CIAを持ち出してきたわけぇ~?


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ちょっと次のリストを見てください。。。

 


(liv00208.png)


1.『肥後ズイキが性具に…』

2.『CIAとノーパン』

3.『美尻を探して…』

4.『病院の悪い評判』

 

これはライブドアの僕の「徒然ブログ」の2月1日から8日までの約1週間の人気記事リストなのですよ。。。

2番目に人気があるのが『CIAとノーパン』なのねぇ~。。。 それで、記事のタイトルをノーパン@CIAとしたわけなのォ~?

そうです。。。 いけませんか?

かまわないけれど、ちょっと単細胞的よねぇ~。。。 うふふふふふふ。。。

CIAとノーパンでは、明らかに関係ないような結びつきでしょう! どうやって、この記事にたどり着いたのか? その事が気になったのですよ。。。

つまり、どうやって検索して、記事を見つけたのか? それが知りたくなったというわけねぇ~?

そういうことです。。。 試しに次のようにして検索してみました。

 


(gog00208b.gif)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

CIA ノーパン を入れて検索したのねぇ~。。。

そうです。。。 すると、検索結果の次の画像が目に飛び込んでくるのですよ!

 


(gog00208b2.gif)

 

つまり、上の画像をクリックすると『CIAとノーパン』が表示されるのォ~?

画像をクリックすると次の画面が出てくるのですよ。。。

 


(gog00208c.gif)


『拡大する』

『実際の画像検索結果』

 

右側に表示された「ノーパンしゃぶしゃぶ」の写真の下のリンク  CIAとノーパン : 徒然ブログ  クリックすると『CIAとノーパン』が表示されます。

 


(gog00208c2.jpg)

『CIAとノーパン』

 

つまり、「ノーパンしゃぶしゃぶ」の写真が目に留まって記事を読んだわけねぇ~。。。

そういうことだろうと思うのですよ。。。

要するに、「ノーパンしゃぶしゃぶ」に興味があったのねぇ~。。。

 

ノーパンしゃぶしゃぶ


(nopan05.png)

ノーパンしゃぶしゃぶとは、エンターテインメント・レストランの一種。
実態はノーパンの女性店員が接客するしゃぶしゃぶ料理店、もしくは風俗店である。

東京・新宿の高級ノーパンしゃぶしゃぶ店が、大蔵省接待汚職事件で大蔵官僚(当時)接待の舞台のひとつとなっていたことが報じられたことから、1998年(平成10年)頃に話題となった。

多くの店では床を鏡張りにして、覗きやすいようにしていたともいい、高い所にアルコール飲料を置き、女性従業員がそれらを取ろうとして立ち上がることで、スカートの中を覗きやすくしていたともいう。
ただし、ストリップのように女性器を積極的に披露することはしない。
また、女性従業員の上半身もスケスケの衣装や、下着をまとわないいわゆる裸にエプロンにしているケースが多いという。


(apron7.jpg)

起源は京都発祥のノーパン喫茶にあるとみられ、他にもノーパン焼肉などがある。

1998年(平成10年)に発覚した「大蔵省接待汚職事件」では、銀行のMOF担とよばれる行員が旧大蔵官僚を接待する際に、東京都新宿区歌舞伎町の高級ノーパンしゃぶしゃぶ店 「ローラン(楼蘭)」を使っていた事が、マスメディアに暴露され話題となった(事件発覚後、その官僚の1人が不可解な自殺をしている)。

なぜ通常の風俗店でなく、こういう店を利用したのかは、飲食費として領収書が落とせる、というのが理由として挙げられている。

現国会議員の岸本周平(元・大蔵省官僚)は、初当選前の2008年に、国家公務員時代に自費ならまだしも、接待で複数回利用して、その後大問題となり、同僚を失い「大きな過ちであった」と反省している旨、自身のブログで記述している。

元顧客のブログ情報によれば、外国からの賓客が「スペシャル・しゃぶしゃぶ」が食べたいと言ってきた場合、それはノーパンしゃぶしゃぶの意味だったといい、日本のエグゼクティブ向け接待文化の一部にさえなっていた。

ローラン(楼蘭)のシステム


(nopan06.jpg)

「大蔵省接待汚職事件」の余波で閉店した「ローラン(楼蘭)」の場合、会員制を敷いていた。
ただし、閉店後に流出した顧客名簿から抽出した当時の主要公職者のリストからみて、本人確認さえできればゴルフ場などと同じくビジターとして利用できたとみられる。

また、当該リストの中に自らの利用経験を明かしていた岸本周平の名前がないこと、大蔵省が処分を行った職員が計112人(管理不行届等を含む)にのぼることから、本省課長級以下のキャリア官僚も多く顧客となっていたと考えられる。

「大蔵省接待汚職事件」の報道から、中央省庁の中で利用したのは大蔵省や日銀の幹部と思われがちだが、主要公職者の顧客リストでは旧厚生省、旧通産省、農水省が多く、次いで旧建設省、旧運輸省、旧郵政省などとなっている。
顧客リストの中には後に宮内庁長官となった官僚の名もみられる。

また、利用当時の所属官庁こそ異なるものの、日本最大の公益財団法人の現会長と現理事長がともに顧客リストに入っている。

接待での利用や著名人の利用が多かった地下3階の個室では、ノーパンで接待する女性の股間をクローズ・アップできるCCDカメラと液晶モニターが完備され、懐中電灯(ペンライト)で照らすオプション・サービスもあった。

ホステスは18~20歳の女性を中心に、元顧客のブログ情報によれば名門大学の女子大生など良家の子女のアルバイトも珍しくなかったといい、これが高額にもかかわらず人気を持続した理由のひとつとなっていたが、応対に来たホステスが自分の娘だったという悲喜劇等も起きたとされる。


出典: 「ノーパンしゃぶしゃぶ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

確かに、写真を見て「ノーパンしゃぶしゃぶ」に興味を持ったのだけれど、そもそもCIA ノーパン を入れて検索したのですよ。。。 だから、当然、CIAとの関係にも関心があったのです。。。

ノーパンしゃぶしゃぶ事件というのは、エロい汚職事件なんでしょう!?

そうです。。。

。。。で、CIAがどこに絡(から)んでいるのォ~?

その説明をする前に、ちょっと次の小文を読んでみてください。

 

官僚と汚職

By 池田勇人


(ikeda001.jpg)

大蔵省の組合の幹部は、みな私の古くからの友人である。
一つ釜の飯を食った連中だから、行政整理なども比較的円満にゆく。
大蔵省に関する限り不平はあまり聴いていない。

しかも熱心に働いてくれることは大したもので、日曜でも予算編成の関係で出勤しろと言えば、文句も言わず、会議に出てくれる。
ありがたいと思っている。

ただ私が遺憾に思うのは、税務管理の汚職問題である。
昔からよくあることだが、税金が高い時代になると汚職が行われる。

自分の生活が苦しいところへ、いろいろな誘惑が来る。
その防止策として内部に監督機関を設けたりしているが、税務管理が急激に増えたために、年の若い官吏が多くなった。

一方ますます誘惑が多くなる。
そこで時々汚職事件が起こるので困っている。

これについては一般の国民が税務官吏に汚職をさせないように自分一人が賄賂を使って税金を安くしてもらおうなどという気持ちを、絶対に起こしてもらいたくないと思う。
もちろん税務官吏を充分に戒め、教養を施すなど、あの手この手で汚職の防止に努める覚悟である。

【昭和27(1952)年2月号】

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


114-115ページ
『「文藝春秋」で読む戦後70年』
【第1巻】終戦から高度成長期まで
編集人: 石橋俊澄
平成27(2015)年7月21日 発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

 

この文章を書いたのは当時の大蔵大臣の池田勇人氏なのですよ。。。 この8年後に日本の総理大臣になる人物です。。。 この人が言うように昔からよくあることだが、税金が高い時代になると汚職が行われるのですよ。。。 だから、大蔵官僚の汚職事件は珍しいことではなかった。

でも、いけないことでしょう!?

もちろんですよ。。。 だから、池田大蔵大臣もあの手この手で汚職の防止に努める覚悟であると、言ってるわけです。

。。。で、CIAは、どのように関係してるのォ~?

ちょっと次の記事も読んでみてねぇ~。。。

 

特捜部は米国と深い関係


(tokuso02.jpg)

歴史的に特捜部は米国と深い関係をもっています。
まず1947年、東京地検特捜部が占領下で、GHQのために働く捜査機関として発足します。

敗戦直後は、それまで旧日本軍が貯蔵していた莫大な資材が、さまざまな形で横流しされ、行方不明になっていました。
1945年10月にはGHQ自身が、東京の三井信託の地下倉庫からダイヤモンドをなんと16万カラットも接収しています。


(diamon9.jpg)

そうした不当に隠された物資を探し出して、GHQの管理下に置くことを目的に設置された「隠匿退蔵物資事件捜査部」が、東京地検特捜部の前身です。
「GHQの管理下に置くことを目的にする」という点に注意してください。
つまり、GHQのために「お宝」を見つけ出す特別の捜査機関。
それが東京地検特捜部の前身だったのです。

 (中略)

過去の東京地検特捜部長のなかで、もっとも興味をひくのは布施健(ふせたけし)でしょう。
彼は戦前、ゾルゲ事件の担当検事として有名でした。
私はこの事件が1941年9月に発覚し、対米戦争の回避を模索していた近衛内閣が崩壊する一因となった裏には、米国の工作があったと考えています。
ゾルゲと親交のあった尾崎秀実は上海でアグネス・スメドレーと親交を結びますが、このスメドレーは1941年に米国国内で、対日戦争の呼びかけを行っていました。

いずれにせよ、G2のウィロビーはゾルゲ事件の報告書をまとめて陸軍省に送っていますから、ウィロビーと布施には密接な関係があります。
さらに布施は、一部の歴史家が米軍の関与を示唆する下山事件(国鉄総裁轢死事件)の主任検事でもあります。

そして田中角栄前首相が逮捕されたロッキード事件のときの検事総長でした。

ゾルゲ事件といい、ロッキード事件といい、いずれも闇の世界での米国の関与がささやかれている事件です。
そのすべてに布施健は関わっています。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


83-85ページ 『戦後史の正体』
著者: 孫崎 享
2012年8月20日 初版第2刷発行
発行所: 株式会社 創元社

『田中角栄と軽井沢』にも掲載
(2016年4月21日)

 

つまり、東京地検特捜部が関わっている事件は 米国と。。。、ひいてはCIAと深い関係がある、とケイトーは思うのォ~?

いや。。。 僕が言い出したわけじゃなくて、そのように考えている人も多いのですよ。。。

でも、それは、単なる個人的な意見でしょう?

あのねぇ~、1992年12月8日、アメリカの政策研究機関であるケイトー研究所は、スタンレー・コバーの「経済スパイとしてのCIA」という論文を発表したのですよ。。。それには次のように書いてある。

 


(gates009.jpg)

CIA長官ロバート・ゲイツは1992年4月13日、デトロイト経済クラブで“ナショナル・セキュウリティ・レビュー (ブッシュ大統領の下で国家安全保障を検討した組織)”は、情報部門の問題として国際経済問題の重要性に焦点を当てた。

新たな要請の約40%が経済問題である。

1992年夏、上院情報委員会は米国企業トップと情報専門家と会合した。

この会合では経済スパイや工作の必要性について熱心に議論された。

ターナー元CIA長官がのべた「1990年代においては経済がインテリジェンスの主要分野になるだろう。 われわれが軍事安全保障のためにスパイするなら、どうして経済安全保障のためにスパイできないのだ」という論は多くの参加者に支持された。


出典: 「経済スパイとしてのCIA」

 

つまり、アメリカは日本を対象にして経済スパイを送り込んだと言うのォ~?

そういうことですよ。

でも、上の論文から、そう断定するのは、ちょっと早合点じゃないのォ~?

状況証拠ならば、まだあるのですよ。。。 次の記事も読んでみてね。

 

元駐日大使アマスコトは90年代半ばに次のようにのべています。


(amascot.jpg)

「政治環境から見て、これまでより規制緩和がしやすくなったのに、現実の前進はまことに微々たるものである。

その理由を求めるのはむずかしくない。

最も巧妙かつ執拗な抵抗は、他ならぬ官僚機構によるものである

 (中略)

このアマスコトの発言は実に興味深いものです。

「政治環境から見て、これまでより規制緩和がしやすくなった」

つまり90年代半ばには政治家レベルでの抵抗は少なくなったということです。

だからあとは抵抗を続けている官僚機構をつぶせば、米国の思うようになると言うのが、アマスコトの考えです。

こうしてアマスコトの考えに応じるかのように、日本国内では官僚たたきが激しくまりました。

1998年に起こった「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」 (略) はその典型でした。

この事件が大きく報道された結果、官僚イコール悪というイメージが国民の間に定着し、省庁再編で大蔵省は分割されてしまったのです。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


326-327ページ 『戦後史の正体』
著者: 孫崎 享
2012年8月20日 初版第2刷発行
発行所: 株式会社 創元社

 

池田勇人・元大蔵大臣も言ってたように 官僚の汚職事件など別に珍しいことではなかったのですよ。

つまり、アメリカはCIA経済スパイを使って 日本の官僚機構を弱体化するために、1998年の「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」を利用した、とケイトーは言うのォ~?

いや。。。 僕が言ってるわけじゃなくて、上の記事を読めば、そうとしか考えられないでしょう!?。。。 要するに、戦後の日本では、政治家には、あまりたいした人物は出てこなかった。。。 政治家は選挙区へのサービスに忙しかった。。。 かろうじて通産省や大蔵省などの官僚機構が「シンクタンク」の機能を果たして日本の舵取りをしていたのですよ。。。 それで、日本は経済大国になることができた。

つまり、そのシンクタンクとしての日本の官僚機構を弱体化すれば、日本の国家戦略はダメになると思い、それでアメリカはCIAの経済スパイを使って、東京地検特捜部に働きかけ、大蔵省を分割するように仕組んだと言うわけぇ~?

そういうわけですよ。。。 それには1998年の「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」は理想的な事件だったわけです。


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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたも、CIAが送り込んだエージェントによって、経済も政治も撹乱されていると思いますかァ~?

ええっ。。。 「そんなことは、どうでもいいから、他に、もっと楽しいことを話せ!」

あなたは、そのように強い口調で私に命令するのですか?

分かりましたわ。

シルヴィーさんが出てくる面白い記事は たくさんあります。。。

次の記事の中から面白そうなものを選んで読んでください。


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『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』

『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』

『やっぱり、セックス』

『セックス風呂具村』

『CIAの黒い手再び』


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『アダムとイブは何を食べたの』

『舞踏会 明子』

『波乱の人生』

『国際化だよね』

『イングナさんを探して』

『美しい日本語 チェーホフ』

『横の道@ニコライ堂』

『また塩野七生批判』

『日航スチュワーデス』


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『クレオパトラ@塩野批判』

『テルモピュライの戦い』

『思い出の蓮』

『角さんと天罰』

『ラーメン@リガ』

『角さんと天罰がなぜ?』

『南京事件と反知性主義』

『あけびさんの卒論』

『愛は降る星の彼方に』


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『サイバー戦争』

『エロくて、ごめんね』

『モバイル社会とガラケー』

『元老のアメリカ』

『ケネディ家の呪い』

『欧米を敵に回す』

『ソフィアからこんにちわ』

『ドイツが原爆をロンドンに』

『いまだに謎』

『さらば大前研一』


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『空飛ぶスパイ』

『愛情はふる星@ベトナム』

『ヒラリーと塩野七生』

『ケネディ夫人@インドネシア』

『究極の大前研一批判本』

『フェルメールの謎』

『女に文句を言う女』

『あなたの祖国』

『宮沢りえ@韓国』

『正しい戦争』

『ゴールデンシャワー』

『死刑廃止』


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『かまびすしい』

『今、新たな戦前』

『クレオパトラ@アラビア』

『政府は嘘をつく』

『犬と人間と戦争』

『未来予測』

『知られざる悲劇』

『量子活動家』

『アンネの運命』

『10次元の世界』

『ポーランドの犬』


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『熟女ヌード@デンマン』

『ロッキード事件の真相』

『政府と役人と嘘』

『ジュンガル』

『地球温暖化は避けられない』

『国際平和連合』

『鬼島』

『悪徳サイト』

『あげつらう』

『過ちを犯す』

『三島由紀夫の謎』

『ヒラリートランプ現象』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ。


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(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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平成の紫式部、橘卑弥子でござ~ます
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『卑弥子の源氏物語』

『平成の紫式部』

■ めれんげさんの『即興の詩』

■ めれんげさんの『極私的詩集』

Jagel - Soft Japanese Bagel
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■ “JAGEL – Soft Japanese Bagel”


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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


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■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』


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(byebye.gif)

愛情ゲットの呪術

 

愛情ゲットの呪術

 


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デンマンさん。。。 愛情ゲットの呪術 をマスターしたのでござ~ますかァ~?


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。。。ん? 卑弥子さんは僕が愛情ゲットの呪術 をマスターしたと思ったのですか?

そうですわァ~。。。 あたくしに教えてくださるのでしょう?

いや。。。 僕は、そのような妖術には全く興味がないのですよ。。。。

それなのに、どういうわけで素晴らしい妖術を取り上げたのですか?

実は、バンクーバー市立図書館で借りた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

 

愛情獲得の呪術

 


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王朝時代に輩出した才媛たちを代表する一人である和泉式部について、『沙石集(しゃせきしゅう)』という説話集は、次のような話を伝えている。

 

和泉式部は、あるとき、夫の藤原保昌(やすまさ)に十分愛されていないと感じで、一人の巫女に、貴船社において夫の愛情を取り戻すための呪術を行うことを依頼した。

そして、このことを聞き付けた保昌は、呪術が行われる日、こっそりと貴船社に行くと、境内の木の後ろに隠れて、和泉式部が依頼した呪術の様子を窺い見ていた。

すると、老齢の巫女が、赤い幣帛(へいはく)を幾本も立て並べて呪術の場をしつらえると、しばし呪術の作法を行い、その後、鼓(つづみ)を打ちつつ、衣装の裾をたくし上げて陰部を露出させ、そうして女陰を叩きながら呪術の場を3周した。

 


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それから、この老巫女は、和泉式部に「この通りになさいませ」と言ったのであった。

しかし、和泉式部は、顔を真っ赤にして、巫女に返事をすることも出きなかった。

 


(izumi20.jpg)

 

これによれば、王朝時代には、任意の相手の愛情を自分に向けさせるための呪術を扱う巫女がいたらしい。
そして、この呪術には、『新猿楽記』にも巫女の道具として登場する鼓が使われたのであった。

ただし、『沙石集』を編纂したのは、鎌倉時代後期の無住(むじゅう)という僧侶である。
したがって、上の話は、そのまま史実として扱われるべきではあるまい。

が、(略) 和泉式部の生きた王朝時代において、実際に行われていたかもしれない。
というのは、他ならぬ『新猿楽記』に、そのことを示唆する記述が見出されるからである。 (略)

ここで藤原明衡(あきひら)の想定する諸々の呪術には、呪術の場において女陰を叩きながら舞う所作の含まれるものが見えている。(略)

とすれば、『沙石集』が和泉式部に関連付けて伝えている巫女の呪術は、本当に和泉式部と関係があったか否かはともかく、やはり、王朝時代において実際に巫女たちが扱っていた呪術の一つであったろう。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


80-82ページ 『下級貴族たちの王朝時代』
著者: 繁田信一
2018年1月11日 初刷発行
発行所: 株式会社 新典社

 

あらっ。。。 愛情をゲットするためには、羞恥心をかなぐり捨てて ずいぶんと大胆なことまでしないといけないのでござ~ますわねぇ~。。。 うふふふふふふふ。。。

もし、愛情ゲットの呪術が実際にあるとすれば、卑弥子さんは巫女さんに1億円を払ってでも、素敵な男性の心を射止めるために呪術をお願いするでしょう?

そうですわねぇ~。。。 星の王子様の心をマジで射止めたいですわァ~。。。 でも、呪術に全く関心がないデンマンさんが、どういうわけで愛情ゲットの呪術を取り上げたのでござ~ますか?

あのねぇ~、現代人のほとんどの人たちは、呪術なんて信じてないですよ。。。 ところが、平安時代には、むしろ呪術を信じない人の方が極めて少なかったらしい。。。 ほとんどの平安時代人が、マジで呪術を信じていたようなのですよ。。。

その証拠でもあるのでござ~ますか?

その事では、かつて記事を書いたことがあるのですよ。。。 卑弥子さんも読んでみてねぇ~。。。

 

恬子(やすいこ)内親王の妹に、上の経歴の中にも書いてあるけれど、珍子(よしこ)内親王という女性が居るのですよ。この女性は恬子内親王が29才の時に無品で亡くなっているのですよ。

無品ってどう言う事ですか?

つまり、官位を与えてもらえなかったのですよ。

それって重要なものですか?

重要なものだったのですよ。今だって“あの人は品の無い人だ”という言い方があるでしょう? レンゲさんだって“品の無い女だ!”なんて言われたくないでしょう?

もちろんですわ。

この“品”と言うのは官位の“品”から派生したのですよ。あの聖徳太子が制定したと言う官位ですよ。平安時代になると臣下の場合には正一位とか従五位のように呼ばれたものなのですよ。でも、皇族の場合には一品(いっぽん)、二品(にほん)、三品(さんぽん)、四品(しほん)と呼ばれた。

それで、品が無いままで亡くなるのは異常な事ですの?

かなり異常ですよ。ちょっと、次の事件を読んでみてください。

 

神護景雲3(769)年5月の

巫蠱(ふこ)事件

 


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この事件では、県犬養姉女(あがたいぬかいのあねめ)らが不破内親王(ふわないしんのう)のもとで氷上志計志麻呂(ひかみのしけしまろ)を皇位に就けようとする巫蠱厭魅(ふこえんみ)を行った。

称徳女帝(かつての阿部内親王)の髪を盗んできて、佐保川の髑髏(ドクロ)に入れて呪詛(じゅそ)するという、おぞましいものだった。

この事件のあと、不破内親王は「厨真人厨女(くりやのまひとくりやめ)」と名前を改めさせられて京外に追放された。
つまり、“台所で働く下女”という名前に変えさせられたと言うわけです。

姉妹喧嘩も、ここまでやると滑稽になってきますよね。
不破内親王に対する永年の冷遇は、このような事件が原因だと言われています。

実際、史実を見てみると、不破内親王が初めて官位を授かるのが、天平宝字7(763)年です。
実に41才の時で、親王位としては最低の四品です。

ちなみに、同腹の姉の井上内親王は天平19(747)年、31才の時に二品を授かっています。
待遇の違いが歴然としています。


『愛と憎しみの原点?(2006年6月9日)』より

 

不破内親王というのはあの有名な道鏡と肉体関係を持ったのではないか?と疑われている称徳女帝の腹違いの妹です。この妹が姉を逆恨みして起こした事件と言うのが真相のようです。しかし、この不破内親王は“台所で働く下女”と言う汚名まで着せられたのに、41才の時に親王位としては最低の四品をもらっているのです。

でも、恬子内親王の妹の珍子(よしこ)内親王はもらってないのですか?

何も悪い事をしていなかったのに、母親が紀氏出身だったのでもらえなかったのですよ。文字通り“品が無い女”として死んでいったのですよ。

でも、死後に追贈する事ができるでしょう?

担当の者が追贈すると、時の権力者に睨まれてしまうから、珍子(よしこ)内親王に四品を追贈したくてもできなかったのでしょうね。応天門の変では、何の罪も無い紀夏井までが、ただ紀氏の血縁だったと言うだけで官職を解かれて刑罰に服したのですからね。。。

つまり、紀氏に同情する者や組する者は徹底的に排除されたのですね?

そうですよ。紀氏の中には珍子(よしこ)内親王や紀夏井を含めて、恨みを呑んで死んでいった者がたくさん居るのですよ。

つまり、そのような人たちが怨霊になって祟(たた)りを引き起こすと思われたのですね?

 

怨霊信仰


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非業の死を遂げたものの霊を畏怖し、
これを融和してその崇りを免れ安穏を確保しようとする信仰。

原始的な信仰では死霊はすべて畏怖の対象となったが、わけても怨みをのんで死んだものの霊、その子孫によって祀(まつ)られることのない霊は人々に崇りをなすと信じられ、疫病や飢饉その他の天災があると、その原因は多くそれら怨霊や祀られざる亡霊の崇りとされた。

『日本書紀』崇神天皇七年・・天皇が疫病流行の所由を卜して、神託により大物主神の児大田田根子を捜し求めて、かれをして大物主神を祀らしめたところ、よく天下大平を得たとあるのは厳密な意味ではただちに御霊信仰と同一視し難いとはいえ、その心意には共通するものがあり、御霊信仰の起源がきわめて古きにあったことを思わしめる。

しかし一般にその信仰の盛んになったのは平安時代以後のことで、特に御霊の主体として特定の個人、多くは政治的失脚者の名が挙げられてその霊が盛んに祭られるようになる。

その文献上の初見は『三代実録』貞観五年(863)「所謂御霊者 崇道天皇(早良親王)、伊予親王、藤原夫人(吉子)及観察使(藤原仲成か)、橘逸勢文室宮田麻呂等是也。・・・」ものと注せられているが、この六所の名については異説もあり、後世さらに吉備大臣(真備)ならびに火雷神(菅原道真)を加えてこれを八所御霊と呼ぶようになった。・・・」


SOURCE: 国史大辞典

 

その通りですよ。だから、怨みをのんで死んだ者の霊をその子孫が祀って御霊(みたま)を鎮(しず)めてあげなければならないのですよ。

つまり。。。つまり。。。そのようにして紀氏の怨霊の御霊(みたま)を鎮(しず)めた人が『伊勢物語』を編集したとデンマンさんはおっしゃるのですか?

そうですよ。『伊勢物語』には紀氏との関わりの多い人物が多く登場していますよ。在原業平(ありわらのなりひら)は紀有常(実名で登場)の娘を妻としています。その有常の父・紀名虎の娘(紀静子)が惟喬親王と恬子内親王と珍子(よしこ)内親王を産んでいます。作中での彼らは古記録から考えられる以上に零落した境遇が強調されているのですよ。

なぜですか?

つまり、藤原氏との政争に敗れた事を強調しているのですよ。それにもかかわらず、優美であったという紀氏の有り様を美しく描いているのです。それが『伊勢物語』ですよ。

つまり、編者は紀氏の一員なのですね?

そうです。 紀氏の子孫が怨みをのんで死んだ一族の霊を祀ったのが『伊勢物語』だと僕は考えているのですよ。 ここまで言えば、その編者が誰だかレンゲさんにも分かるでしょう?

もしかして。。。もしかして。。。紀氏の一員で有名な人と言えば。。。あのォ~。。。紀貫之(きのつらゆき)ですか?

さすが、レンゲさんですねぇ~。。。僕もそのつもりで話を進めてきたのです。

。。。で、香港の劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんも この話を読んで感銘を受けたのですか?

そうです。。。 恬子(やすいこ)内親王は時代を間違えて生まれてきてしまったのです。。。 でも、すでに没落貴族になりつつある紀氏の一員だというにもかかわらず、自分の考えに忠実に生きたのですよ。。。

つまり、愛に生きたのですわねぇ~。。。

そうです。。。 それでラウさんも、恬子(やすいこ)内親王について知れば知るほど涙なしには読めないと。。。

マジで。。。?

信じてください。。。 ラウさん本人がそう言っていたのだから。。。

 


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『禁忌の愛を探して』より
(2017年5月11日)

 

つまり、神護景雲3(769)年5月の巫蠱(ふこ)事件というのは県犬養姉女(あがたいぬかいのあねめ)らが不破内親王(ふわないしんのう)のもとで氷上志計志麻呂(ひかみのしけしまろ)を皇位に就けるために呪術を使ったということですねぇ~。。。

そういうことですよ。。。 称徳女帝(かつての阿部内親王)の髪を盗んできて、佐保川の髑髏(ドクロ)に入れて呪詛(じゅそ)するというのが、その呪術のやり方だったのですよ。。。

でも、結局 目的は達せられなかったのですわねぇ~。。。

そうです。。。 失敗したわけですよ。。。 もし成功していたら、称徳女帝は亡くなっていたのだから。。。

この事件から、呪術は効果がないということが、その当時の人は理解できなかったのかしら?

あのねぇ~、この当時の人は地球が丸いなんて信じていなかった。。。 地球はどこまで行っても平らだと信じていたのですよ。。。 それと同じように、呪術は当時の人にとっては、“科学的な真実”だった。。。 今でこそ、呪術などは迷信だと思っている人がほとんどだけれど、当時は、マジで貴族も庶民も皇族も呪術を信じていたわけです。。。

要するに、上の事件が失敗に終わったのは、呪術のやり方がまずかったという結論だったのですわねぇ~。。。

そういうことですよ。。。

でも、その当時、呪術が成功した例はあったのでござ~ますかァ~?

最も良く庶民に知れ渡ったのが、あの菅原道真の怨霊ですよ。。。 この怨霊が呪詛したことによって起こったと言われた清涼殿落雷事件です。。。

 

清涼殿落雷事件

 


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平安時代の延長8年6月26日(ユリウス暦930年7月24日)に、平安京・内裏の清涼殿に起きた落雷。

この年、平安京周辺は干害に見舞われており、6月26日に雨乞の実施の是非について醍醐天皇がいる清涼殿において太政官の会議が開かれることとなった。
ところが、午後1時頃より愛宕山上空から黒雲が垂れ込めて平安京を覆いつくして雷雨が降り注ぎ、それから凡そ1時間半後に清涼殿の南西の第一柱に落雷が直撃した。

この時、周辺にいた公卿・官人らが巻き込まれ、公卿では大納言民部卿の藤原清貫が衣服に引火した上に胸を焼かれて即死、右中弁内蔵頭の平希世も顔を焼かれて瀕死状態となった。

清貫は陽明門から、希世は修明門から車で秘かに外に運び出されたが、希世も程なく死亡した。

落雷は隣の紫宸殿にも走り、右兵衛佐美努忠包が髪を焼かれて死亡。
紀蔭連は腹を焼かれてもだえ苦しみ、安曇宗仁は膝を焼かれて立てなくなった。

更に警備の近衛も2名死亡した。

清涼殿にいて難を逃れた公卿たちは、負傷者の救護もさることながら、本来宮中から厳重に排除されなければならない死穢に直面し、遺体の搬出のため大混乱となった。

穢れから最も隔離されねばならない醍醐天皇は清涼殿から常寧殿に避難したが、惨状を目の当たりにして体調を崩し、3ヶ月後に崩御することとなる。

天皇の居所に落雷し、そこで多くの死穢を発生させたということも衝撃的であったが、死亡した藤原清貫がかつて大宰府に左遷された菅原道真の動向監視を藤原時平に命じられていたこともあり、清貫は道真の怨霊に殺されたという噂が広まった。

また、道真の怨霊が雷神となり雷を操った、道真の怨霊が配下の雷神を使い落雷事件を起こした、などの伝説が流布する契機にもなった。


出典: 「清涼殿落雷事件」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

つまり、民衆は、菅原道真の怨霊が呪術を使って雷神を使い 落雷事件を起こしたと信じたのですよ。。。

現代人ならば、小学生でも落雷は自然現象で、呪術とは全く関係ないということを知っていますけれど、科学知識がなかった平安の庶民は、迷信によって ずいぶんと血迷った生活を送っていたのですわねぇ~。。。 驚きでござ~ますわァ~。。。

そういうことですよ。。。 だから、卑弥子さんも血迷って呪術で星の王子様の心を射止めようなどとは思わないでねぇ~。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あたくしだってぇ~、呪術で星の王子様の心をゲットすることなどできないと信じてますわァ~。。。

あなただってぇ~、そう思っているでしょう?

ええっ。。。 「そんな事は、どうでもいいから、もっと他に面白い話をしろ!」

あなたは、そのように あたくしにご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。

分かりましたわ。

じゃあ、話題を変えて 天の川の不思議に迫るクリップを お目にかけますわ。。。

 


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どうでした?

ええっ。。。 「夜眠れなくなるから、そういう動画は見せるな! 気分直しに何か他に もっと面白いことを話せ!」

あなたは、あたくしに向かって、更にご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。!

分かりましたわァ。。。 あなたが、そうおっしゃるのだったら、まずジューンさんの次の写真をご覧になってくださいまし。。。

 


(senya020b.jpg)

 

千夜一夜物語の衣装を着たジューンさんに魅せられて、女性に成りすます男性が たくさん居るのでござ~ますわァ!

ええっ。。。 信じられないのですかァ?

じゃあ、ちょっと次のYouTubeのクリップを見てくださいまし。。。

 


(xdress02.jpg)

 

いかがでござ~ますかァ~?

男性が女装していると思いますかァ?

あたくしは、素直に信じることができませんわァ~。。。

どうですかァ~? けっこうなものでしょう!?

いつまでも見とれていても仕方がありませんわよゥ。

あなたのために古代史の面白い記事を用意しました。

ぜひ お読みください。

では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『麻生元総理』

『ネットのバカ女を捜して』

『額田王の歌』

『聖女と娼婦』

『済子女王@萌える』

『ん?堀内亜里?』

『松平春嶽が黒幕?』

『旅行者的早餐』

『なぜ蝦夷なの?』

『プリキュアとヒトラー』

『戦争絶対反対よね』

『怨霊の歴史』

『色欲@歴史』

『紫式部と敗戦』

『ラピスラズリと源氏物語』


(annasalleh.jpg)

『性と愛@古代史』

『仙台を離れて』

『美人とブス@大奥』

『絵の中のウソ』

『阿倍仲麻呂@ベトナム』

『バイクガール』

『六条御息所』

『卑弥子さんの大学』

『元寇と捕虜』

『マキアベリにビックリ』

『痴漢が心配』

『びた一文』

『卑弥子@ブカレスト』

『エロい源氏を探して』

『ラピスラズリの舟形杯』

『平成の紫式部』

『隠元豆と国性爺合戦』

『おばさんと呼ばれて』


(zurose2.jpg)

『女帝の平和』

『アタマにくる一言』

『悪女レオタード@昌原市』

『スウィートビーン』

『ガチで浦島太郎やし』

『ご苦労さま』

『デンマンのはなし』

『卑弥呼の墓』

『室生犀星と人間学』

『松平春嶽ダントツ』

『英語は3語で伝わる』

『くだらない物』

『漢字で体操』

『面白い漢字テスト』


(hama10.jpg)

『日本のエロい文化』

『女のオナラ』

『紫式部と宮本武蔵』

『頼朝の死の謎』

『パンツと戦争』

『海外美女 新着記事』

『日本語を作った男』

『江戸の敵を長崎で』

『芸術は尻だ』

『尻の芸術』

『左翼的な下着』

『エロい源氏』

『ネット市民は見ている』


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『朝妻船』

『阿修羅を探して』

『羅漢と良寛』

『源氏エロ』

『元寇船』

『ハマガソ』

『歴史ロマン@バンコク』

『平安のキス』

『大久保独裁政権』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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大久保独裁政権

 

大久保独裁政権

 


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デンマンさん。。。 どういうわけで急に 大久保独裁政権 を持ち出してきたのでござ~ますかァ~?


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実は、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

 


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幕末、イギリスの外交官アーネスト・サトウは『一外交官の見た明治維新(下)』の中で、今日の情勢を聞くために薩摩屋敷の西郷を訪ねた時のことを次のように書いている。

西郷は、現在の大君の政府の代わりに国民会議を設立すべきであると言って、大いに論じた。

私は友人の松根青年から、反大君派の間ではこうした議論がきわめて一般的になっていると聞いていたが、これは私には狂気じみた考えのように思われた。

サトウは西郷の開明的な意見にひどく驚いているが、島津斉彬がしようとしていたことが、幕府だけでなく諸藩の合議で国を動かしていこうということだったとすれば、西郷が国民議会を口にすることは異とするに足りない。

だからこそ、西郷は廃藩置県に断を下し、封建制度を一掃することもできたのだ。

 (44-45ページ)


今回の旅でよく聞いたのは、小倉処平(おぐらしょへい)という名だ。
いまでも飫肥(おび)では、
「小倉さんは偉かった」と言い伝えられている。

小村寿太郎も藩校時代に小倉に見出され、東京へ出る道を開いてもらった。
いわば恩人である。

その小倉が政府に使えて出世しなかったのは、明治10年(1877)の西南戦争の際、一隊を組織し薩軍に身を投じ、戦死したからだ。

 


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【小倉処平 (1846~1877)】

小村寿太郎とは親戚関係にあり、終生、師と慕われた。
江戸で儒学者の安井息軒に学び、藩校振徳堂の師範となる。
明治になると、小村らを長崎に留学させる。(略)

英仏に留学したが、征韓論争を知って帰国。
副島や西郷隆盛らが下野すると、飫肥に戻る。

1874年の佐賀の乱では、敗れた江藤新平らが頼ってきたのを土佐へ逃がし、罪に問われた。

後に大蔵省に勤めたが、1877年に西南戦争が起こると、帰郷して薩摩軍側に加わった。

 (85-87ページ)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


『曙光を旅する』
著者: 葉室麟
2018年11月30日 第1刷発行
発行所: 朝日新聞出版

 

つまり、上の記事を読んで明治維新政府は大久保独裁政権だと思ったのでござ~ますかァ?

もちろん、そればかりじゃないのだけれど、上の文章を読んで、ますます大久保が独裁政権を築こうとしていたという思いを強くしたのですよ。。。

それはどうしてですか?

かつて、僕は次の記事を書いたのですよ。。。

 


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『放屁女に罰金』

 

でも、このオナラをして罰金を取られた女性と大久保独裁政権が関係あるのですか?

大いに関係があるのです。。。 卑弥子さんも、もう一度読んでみてください。。。

 

放屁した女を邏卒が連行し、

罰金75銭を支払わせた


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罰金だ!

 

現代では公共の場において放屁することはあまり良くないとされる。
日本では「屁=汚い・臭い」など良いイメージを持たない者が大多数であるからである。

車の中やバス、満員電車など人が密集する可能性の場所で屁をすることは、面白半分でも、多くの人に不快感を与える恐れが強い。
誰もいない場所やトイレでするのが一般のマナーとされている。

1873年(明治6年)2月8日、東京・押上の土手において放屁した女を邏卒が連行し、罰金75銭を支払わせた。

これに憤慨した女は罰金額が法外であるとして警視庁に抗議。

1872年(明治5年)の東京違式詿違条例では立小便や落書きといった現在の軽犯罪にあたる行為などを規制していたが、放屁に関する規定はなく罰金刑は不当なものであった。

このことは当時の新聞で議論を呼び、放屁の規制も条例に加えるべきとする意見と生理現象であり規制すべきでないとする意見とに分かれた。

のちに司法卿の江藤新平は通達を出し、放屁は規制の対象外として罰金も返還された。

また、当時開業したばかりの鉄道では客車内での放屁に罰金を科す旨の掲示があった。

俗説では、欧米諸国等では放屁は比較的失礼とされず、ゲップのほうが失礼とされるが、文化圏、階層、個人などにもよる。

マラウイ共和国では、「公序良俗を遵守する」という目的で、2011年2月、公共の場所での放屁を禁止する法案が提出された。


出典: 「屁」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

あらっ。。。 今から150年近くも昔のことではござ~♪~ませんかァ!

とにかく、オナラをぶっぱなして罰金をもらった女性が居たということですよ。。。

でも。。。、でも。。。、その女性は音を立てずに すかしたのかもしれませんわァ~。。。

すかしたのじゃなくて、ぶっぱなしなのですよう!

どうしてデンマンさんは見てきたようなことをおっしゃるのでござ~ますかァ~?

あのねぇ~、もし、すかしたのだとすれば、この女性は「いいえ、あたくしは、そのようなハシタナい真似はいたしませんわァ。。。 ほらっ。。。 御覧なさい。。。 あたくしの前を行くあの男がすかしたのですわァ」と、言い逃れをするのですよ。。。

なるほどォ~。。。 でも。。。、でも。。。、その時、罰金のチケットを書いたお巡りさんは、どうして見逃さなかったのですか?

あのねぇ~、この当時の警察官(巡邏、邏卒、あるいは巡査)になる人は薩摩藩の下級武士が多かった。。。 当然、男尊女卑の考え方が当たり前だった。。。 当時の東京では、特に江戸っ子と言われた人たちは、巡査になった薩摩の田舎侍を馬鹿にしていた。

どうして。。。?

江戸が東京になり、薩摩の田舎侍が巡査になって「コラ、コラ、。。。 そこで立ち小便しちゃダメだ!」とえばりくさっていたから、江戸っ子は、心の中じゃ不満タラタラだった。

つまり、このオナラをぶっ放した女性は江戸生まれの姉御肌(あねごはだ)の女で、巡査を馬鹿にしていたのでござ~ますかァ?

まず間違いないでしょう! 巡査も、そういうことをウスウス察していたから、女が自分のすぐそばでオナラをぶっ放すのを耳にしたら、まるでこの女が自分を馬鹿にしていると思ってムカついたわけですよ! しかも、この女がデブで、ブスで、しかも人を小バカにしたような表情をしていたから、なおさら見過ごすわけにはゆかなかった。。。

 


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それで、罰金刑にすることにしたわけですか?

それ以外に考えられないでしょう!?

要するに、明治になった頃は、巡査になった旧薩摩藩の下級武士は馬鹿にされていたのですわねぇ~?

そういうことです。。。

つまり、この事を言うために、わざわざオナラをぶっ放したデブで、ブスの女を持ち出してきたのでござ~ますかァ?

もちろん、それだけじゃありませんよ!

他に何を言いたいのでござ~ますかァ?

のちに司法卿の江藤新平は通達を出し、放屁は規制の対象外として罰金も返還された」と書いてある。

つまり、江藤新平・司法卿は、オナラをぶっ放したデブで、ブスの女の味方だったのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 庶民の味方だったのですよ。。。

 

江藤新平


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天保5年2月9日(1834年3月18日) – 明治7年(1874年)4月13日)

政府内における急進的な民権論者であり「牛馬ニ物ノ返弁ヲ求ムルノ理ナシ」として牛馬解放令とも呼ばれた司法省達第二十二号(娼妓解放令)、民衆に行政訴訟を認めた司法省達第四十六号などが知られる。
また官吏の汚職に厳しく新政府で大きな力を持っていた長州閥の山縣有朋が関わったとされる山城屋事件、井上馨が関わったとされる尾去沢銅山事件らを激しく追及、予算を巡る対立も絡み2人を一時的に辞職に追い込んだ。

だが、その一方で英仏を範とする西欧的な三権分立の導入を進める江藤に対して行政権=司法権と考える伝統的な政治的価値観を持ちプロイセン王国(後のドイツ帝国)を範とする政府内の保守派(大久保利通たち)からは激しく非難された。

また急速な裁判所網の整備に財政的な負担が追いつかず、大蔵省の井上馨との確執を招いた。

明治6年(1873年)には朝鮮出兵を巡る征韓論問題から発展した政変で西郷隆盛・板垣退助・後藤象二郎・副島種臣と共に10月24日に下野。
明治7年(1874年)1月10日に愛国公党を結成し1月12日に民撰議院設立建白書に署名し帰郷を決意する。

大隈・板垣・後藤らは江藤が帰郷することは大久保利通の術策に嵌るものであることを看破し慰留の説得を試みる。
しかし江藤はこれには全く耳を貸さず1月13日に船便で九州へ向かう。

江藤は直ぐには佐賀へ入らず2月2日、長崎の深堀に着きしばらく様子を見ることになる。
この一方、大久保は江藤の離京の知らせを知った1月13日には佐賀討伐のための総帥として宮中に参内し、2月5日には佐賀に対する追討令を受けている。

 

佐賀の乱

2月11日、江藤は佐賀へ入り、憂国党の島義勇と会談を行い2月12日、佐賀征韓党首領として擁立された。
そして、政治的主張の全く異なるこの征韓党と憂国党が共同して反乱を計画する。

2月16日夜、憂国党が武装蜂起し士族反乱である佐賀の乱(佐賀戦争)が勃発する。
佐賀軍は県庁として使用されていた佐賀城に駐留する岩村通俊の率いる熊本鎮台部隊半大隊を攻撃、その約半数に損害を与えて遁走させた。

大久保利通の直卒する東京、大阪の鎮台部隊が陸続と九州に到着すると、佐賀軍は福岡との県境へ前進して、これら新手の政府軍部隊を迎え撃った。
政府軍は、朝日山方面へ野津鎮雄少将の部隊を、三瀬峠付近へは山田顕義少将の部隊を前進させた。
朝日山方面は激戦の末政府軍に突破されるが、三瀬峠方面では終始佐賀軍が優勢に戦いを進めた。

また朝日山を突破した政府軍も佐賀県東部の中原付近で再び佐賀軍の激しい抵抗にあい、壊滅寸前まで追い込まれている。
しかし、政府軍は司令官の野津鎮雄自らが先頭に立って士卒を大いに励まし戦い辛うじて勝利する。
この後も田手、境原で激戦が展開されるが政府軍の強力な火力の前に佐賀軍は敗走する。

江藤は征韓党を解散して逃亡し、3月1日に鹿児島鰻温泉の福村市左衛門方に湯治中の西郷隆盛に会い、薩摩士族の旗揚げを請うが断られた。
続いて3月25日、高知の林有造・片岡健吉のもとを訪ね武装蜂起を説くがいずれも容れられなかった。

このため、岩倉具視への直接意見陳述を企図して上京を試みる。
しかしその途上、現在の高知県安芸郡東洋町甲浦付近で捕縛され佐賀へ送還される。
手配写真が出回っていたために速やかに捕らえられたものだが、この写真手配制度は江藤自身が明治5年(1872年)に確立したもので、皮肉にも制定者の江藤本人が被適用者第1号となった。

4月8日、江藤は急設された佐賀裁判所で司法省時代の部下であった河野敏鎌の最初から死刑ありきの暗黒裁判ともいうべき不当な裁判によって裁かれることとなった。
4月13日に河野により除族の上、梟首の刑を申し渡され、その日の夕方に嘉瀬刑場において処刑された。

判決を受けたとき「裁判長、私は」と言って反論しようとして立ち上がろうとしたが、それを止めようとした刑吏に縄を引かれ転んだため、この姿に対して「気が動転し腰を抜かした」と悪意ある解釈を受けた。
その後、江藤の首は嘉瀬川から4km離れた千人塚で梟首された。

 

逸話

明治政府に仕えていた頃、40人ほどの書生の面倒を見ていたといわれ、そのため、死後に借金が残った。

江藤が出した意見書は非常に画期的で民主的である。

その代表として「国の富強の元は国民の安堵にあり」という意見書の一文がある。

江藤が処刑された後、佐賀では「江藤新平さんの墓に参拝すると百災ことごとく去る。」と城下の人々にいわれ、参拝客が多かった。
そのため、県庁が反乱の萌芽を恐れ柵を設けて参拝を禁止した。
従って、夜間に参拝する者がいたという。


出典: 「江藤新平」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

あらっ。。。 江藤さんは、マジで民主的な方だったのでござ~♪~ますわねぇ~。。。

そうなのですよ。。。 三権分立を唱え、あまりにも民主的な政府を目指すので保守派の大久保利通から毛嫌いされた!

。。。で、大久保利通に殺されたのでござ~ますか?

そうです。。。 殺されたようなものですよ。。。 江藤新平が消されたのは大久保利通の策謀によるものです。 大隈・板垣・後藤らも江藤が帰郷することは大久保利通の術策に嵌るものであることを看破し慰留の説得を試みた。。。 でも、江藤は大久保と対決するつもりだった。。。 それで佐賀に帰ったのです。

つまり。。、つまり。。。、坂本龍馬の暗殺の黒幕も大久保利通だ、とデンマンさんは断定するのでござ~ますか?

そうです。。。 坂本龍馬と江藤新平はどちらかといえば、民主主義・共和主義をよりよく理解している人物だった。。。 だから、保守派には憎まれた。。。 大久保利通は保守派の中でも特に権力志向の強い人物で、自分が“お山の大将”にならないと気がすまない人だった。

そうなのでござ~ますか?

“坊主憎けりゃ袈裟まで憎い”と言うけれど、大久保利通は徹底的に江藤新平を憎んだ。。。 “死人に鞭(ムチ)打つ”ほどだった。 もちろん、鞭は打たなかったけれど、それほど憎んだ。 だから、大久保利通が撮影させた獄門に処せられた江藤新平の写真がいまだに伝わっている。

あらっ。。。 そうなのでござ~ますか?

見たかったら、次のリンクをクリックしてみてください。


(gokumon.gif)

『大久保利通が撮影させた

 江藤新平の獄門首』 (別窓)

板垣は江藤とも懇意にしていたけれど、江藤よりも坂本龍馬の死をより惜しんだ。。。 つまり、それほど坂本龍馬という人物は大久保利通の先を見ていた人物だった。。。 だから、大久保に恨まれて暗殺されてしまった。


『放屁女に罰金』より
(2019年1月16日)

 

つまり、大久保さんは自分と考え方が違う人間を徹底的に排除したのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 もちろん、大久保さんは自分では日本を西欧列強と並ぶような国にしたいと考えていた。。。 金銭欲に関しては淡白だったけれど、権力に関しては貪欲で、とにかく自分流にやろうと硬く決心していた。。。

西郷さんと袖(たもと)を分かつことになったのも、大久保さんの権力欲でござ~ますかァ?

端的に言ってしまえば、そういうことです。。。 西郷さんは、どちらかと言えば大久保さんよりも江藤新平さんに共感するようなタイプだったのですよ。。。

。。。で、小倉処平さんは。。。?

1874年の佐賀の乱では、敗れた江藤新平らが頼ってきたのを土佐へ逃がし、罪に問われたほどだったから、当然、小倉さんの考え方は江藤さんと同じように開明的な思想を持っていた。。。 後に大蔵省に勤めたが、1877年に西南戦争が起こると、帰郷して小倉さんは薩摩軍側に加わった事実からも判るように、大久保独裁政権には馴染めずに、敢えて西郷さんの軍に加わって戦死したのですよ。。。 生きていたら小村寿太郎以上の仕事をした人ですよ。。。

惜しい人を死なせてしまったのですわねぇ~。。。

歴史に“もし”はないけれど、大久保さんに言わば殺されてしまった、坂本龍馬、西郷さん、江藤さん、小倉さんが生きていたら、日本はもっと ましな国になってましたよ。。。


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【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

ですってぇ~。。。

あなたも、大久保さんに言わば殺されてしまった、坂本龍馬、西郷さん、江藤さん、小倉さんが もし生きていたら、日本はもっと ましな国になっていたと思いますか?

ええっ。。。 「そんな事は、どうでもいいから、もっと他に面白い話をしろ!」

あなたは、そのように あたくしにご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。

分かりましたわ。

じゃあ、話題を変えて 天の川の不思議に迫るクリップを お目にかけますわ。。。

 


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どうでした?

ええっ。。。 「夜眠れなくなるから、そういう動画は見せるな! 気分直しに何か他に もっと面白いことを話せ!」

あなたは、あたくしに向かって、更にご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。!

分かりましたわァ。。。 あなたが、そうおっしゃるのだったら、まずジューンさんの次の写真をご覧になってくださいまし。。。

 


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千夜一夜物語の衣装を着たジューンさんに魅せられて、女性に成りすます男性が たくさん居るのでござ~ますわァ!

ええっ。。。 信じられないのですかァ?

じゃあ、ちょっと次のYouTubeのクリップを見てくださいまし。。。

 


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いかがでござ~ますかァ~?

男性が女装していると思いますかァ?

あたくしは、素直に信じることができませんわァ~。。。

どうですかァ~? けっこうなものでしょう!?

いつまでも見とれていても仕方がありませんわよゥ。

あなたのために古代史の面白い記事を用意しました。

ぜひ お読みください。

では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『麻生元総理』

『ネットのバカ女を捜して』

『額田王の歌』

『聖女と娼婦』

『済子女王@萌える』

『ん?堀内亜里?』

『松平春嶽が黒幕?』

『旅行者的早餐』

『なぜ蝦夷なの?』

『プリキュアとヒトラー』

『戦争絶対反対よね』

『怨霊の歴史』

『色欲@歴史』

『紫式部と敗戦』

『ラピスラズリと源氏物語』


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『性と愛@古代史』

『仙台を離れて』

『美人とブス@大奥』

『絵の中のウソ』

『阿倍仲麻呂@ベトナム』

『バイクガール』

『六条御息所』

『卑弥子さんの大学』

『元寇と捕虜』

『マキアベリにビックリ』

『痴漢が心配』

『びた一文』

『卑弥子@ブカレスト』

『エロい源氏を探して』

『ラピスラズリの舟形杯』

『平成の紫式部』

『隠元豆と国性爺合戦』

『おばさんと呼ばれて』


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『女帝の平和』

『アタマにくる一言』

『悪女レオタード@昌原市』

『スウィートビーン』

『ガチで浦島太郎やし』

『ご苦労さま』

『デンマンのはなし』

『卑弥呼の墓』

『室生犀星と人間学』

『松平春嶽ダントツ』

『英語は3語で伝わる』

『くだらない物』

『漢字で体操』

『面白い漢字テスト』


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『日本のエロい文化』

『女のオナラ』

『紫式部と宮本武蔵』

『頼朝の死の謎』

『パンツと戦争』

『海外美女 新着記事』

『日本語を作った男』

『江戸の敵を長崎で』

『芸術は尻だ』

『尻の芸術』

『左翼的な下着』

『エロい源氏』

『ネット市民は見ている』


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『朝妻船』

『阿修羅を探して』

『羅漢と良寛』

『源氏エロ』

『元寇船』

『ハマガソ』

『歴史ロマン@バンコク』

『平安のキス』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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平安のキス

 

平安のキス

 

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デンマンさん。。。 ルンルン気分で楽しそうな写真とアニメを貼り付けましたけれど 最近、デンマンさんは 平安のキス をなさったのでござ~ますかァ~?


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。。。ん? 卑弥子さんは、僕が 平安のキス をしたと思ったのですかァ~?

だってぇ~、他に思い当たりませんものォ~。。。 うふふふふふふ。。。

あのねぇ~。。。 いい年をした僕が今更 キスとか接吻とか、口付けとか。。。 そのようなクチャクチャ、ムチャムチャ、ベチョベチョしたような行為に駆られるはずがないでしょう!

なんだか、汚らしい形容詞を並べましたわねぇ~。。。 じゃあ、いったい どなたが 平安のキス をなさったのでござ~ますかァ~?

話せば長い物語なのだけれど、まずは次のリストを見てください。。。

 


(liv00130a.gif)


『拡大する』

『キスと源信』

 

これはライブドアの僕の「徒然ブログ」の日本時間で1月29日の午後4時29分から翌日30日の午前9時13分までの「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ個所に注目して欲しい。。。

あらっ。。。 1月29日の午後7時28分にGOOGLEで検索して『キスと源信』を読んだネット市民がいたのですわねぇ~。。。

そうなのです。。。

 


(kissanim.gif)


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『キスと源信』

 

実は、大阪に住んでいる源田小夜莉 (げんだ さより)さんが読んだのです。。。

また、いつものようにIPアドレスを調べて小夜莉さんが読んだことを突き止めたのですかァ~?

そうです。。。

 


(ip112210b.gif)

 

。。。で小夜莉さんは大阪で何をなさっているのでござ~ますか?

大阪府大阪市東淀川区にある大阪成蹊大学の芸術学部でアニメーションを勉強しているのです。。。

 


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。。。で、小夜莉さんは、どのようにして記事を見つけたのですか?

次のように検索したのです。。。

 


(gog00130a.gif)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

あらっ。。。 小夜莉さんは キス 源信 徒然 と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

でも、アニメーションを勉強している小夜莉さんが どういうわけで『キスと源信』を読んだのでござ~ますか?

小夜莉さんは源信を主人公にしてアニメを制作しようとして下調べをしていたのですよ。。。

マジで。。。?

このような時に僕は悪い冗談を飛ばしませんよ。。。

それで源信が 平安のキス をしたかどうか?。。。ということについて調べていたのでござ~ますかァ~?

いや。。。 別に源信がキスをしたかどうか?。。。ということじゃなく、当時、キスをするということが世間で語られていたのかどうか?。。。 その事について小夜莉さんは調べようとしていたのですよ。。。

そのことが小夜莉さんが制作するアニメと関わりがあるのですか?

関わりがあるのです。。。 卑弥子さんも知ってのとおり、源信さんと言えば、とっても偉いお坊さんだったのですよ。。。

そうでござ~ますわァ~。。。 で、小夜莉さんは納得のゆく説明をゲットできたのですかァ~?

できました。。。 卑弥子さんも久しぶりに読んでみてください。。。。

 


(genshin1.jpg)

   源信

 

源信は、平安時代中期の天台宗の僧。
恵心僧都(えしんそうず)と尊称される。

浄土真宗では、七高僧の第六祖とされ、源信和尚、源信大師と尊称される。

源信は日本の浄土教の祖と称され、法然や親鸞に大きな影響を与えた。

浄土宗の開祖である法然は、源信の主著「往生要集」によって7世紀の唐の僧善導の浄土思想を知ることとなった。

浄土真宗の宗祖とされる親鸞は、主著『顕浄土真実教行証文類』(『教行信証』)「行巻」の末尾にある偈頌『正信念仏偈』(『正信偈』)「源信章」で、「源信広開一代教 偏帰安養勧一切 専雑執心判浅深 報化二土正弁立 極重悪人唯称仏 我亦在彼摂取中 煩悩障眼雖不見 大悲無倦常照我」と源信の徳と教えを称えている。
また『高僧和讃』において、「源信大師」10首を作成し称讃している。

なお、紫式部の『源氏物語』、芥川龍之介の『地獄変』に登場する横川の僧都は、源信をモデルにしているとされる。

略歴

(年齢は、数え年。日付は、文献との整合を保つため、旧暦(宣明暦)表示(生歿年月日を除く)とした。)

天慶5年(942年)、大和国(現在の奈良県)北葛城郡当麻に生まれる。幼名は「千菊丸」。父は卜部正親、母は清原氏。

天暦2年(948年)、7歳の時に父と死別。

天暦4年(950年)、信仰心の篤い母の影響により9歳で、比叡山中興の祖慈慧大師良源(通称、元三大師)に入門し、止観業、遮那業を学ぶ。

天暦9年(955年)、得度。

天暦10年(956年)、15歳で『称讃浄土経』を講じ、村上天皇により法華八講の講師の一人に選ばれる。そして、下賜された褒美の品(布帛〈織物〉など)を故郷で暮らす母に送ったところ、母は源信を諌める和歌を添えてその品物を送り返した。その諫言に従い、名利の道を捨てて、横川にある恵心院(現在の建物は、坂本里坊にあった別当大師堂を移築再建)に隠棲し、念仏三昧の求道の道を選ぶ。

 母の諫言の和歌 – 「後の世を渡す橋とぞ思ひしに 世渡る僧となるぞ悲しき まことの求道者となり給へ」

永観2年(984年)11月、師・良源が病におかされ、これを機に『往生要集』の撰述に入る。永観3年(985年)1月3日、良源は示寂。

寛和元年(985年)3月、『往生要集』脱稿する。

寛弘元年(1004年)、藤原道長が帰依し、権少僧都となる。

寛弘2年(1005年)、母の諫言の通り、名誉を好まず、わずか1年で権少僧都の位を辞退する。

長和3年(1014年)、『阿弥陀経略記』を撰述。

寛仁元年6月10日(1017年7月6日)、76歳にて示寂。臨終にあたって阿弥陀如来像の手に結びつけた糸を手にして、合掌しながら入滅した。


出典: 「源信 (僧侶)」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

つまり、偉いお坊さんは接吻しないのですかァ~?

もちろんで ござ~ますわァ。 偉いお坊様は、絶対に女性を身近に近づかせなかったのでござ~ますわァ。

あのねぇ~、建前はそういう事になっていたのだけれど、坊主ほど花街に出入りした者はいなかったのですよ。。。

いいえ。。。、昔のお坊様は妻帯も許されていなかったのですわァ。。。

だから、禁欲もできないで花街に出入りしていたのです。。。

それは、デンマンさんの独断と偏見ですわァ~。。。

卑弥子さんだってぇ~、接吻ぐらいしたことがあるでしょう!?

 


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あらっ。。。 あたくしが接吻するのをデンマンさんは隠しカメラで撮っていたのですわねぇ~。。。 うふふふふふふ。。。

キスしている上の女性は卑弥子さんではありませんよ!

デンマンさん!。。。 そのような事を言わなければ、この記事を読み始めたネット市民の皆様は、あたくしが星の王子様と接吻していると思うのですわよう! んもおおおォ~!

誰も、そのような事を考えませんよ!

とにかく、どうして“キスと源信”というタイトルにしたのでござ~ますか?

実は夕べ、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。

 

  キス

 


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【キス】 大河『義経』の打ち合せ中に「はたして平安時代の人はキスをしたのか?」という話題になった。

『今昔物語』には大江定基が死んだ妻への愛惜に耐えかね、死体の「口を吸ひける」に異臭がして、それが出家のきっかけになったというグロテスクな話がある(巻19の2)。

また寛和元年(985)に完成した、源信の『往生要集』に「(う)」という言葉が出てくる。

「鳥が互いにクチバシを突き合う」意味でつまりキスのことである。

「いはんや抱(うほう)[接吻して抱き合うこと]して淫楽せんをや」(岩波書店『日本思想大系 源信』38頁)。

とすると平安時代すでにキスはあったということになる。

しかし、九歳で比叡山に入った日本史上屈指の学僧源信はいかにしてこの言葉を知り、わざわざ自著に使ったのだろうか。


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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


82ページ 『考証要集』
著者: 大森洋平
2014年6月25日 第9刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

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つまり、九歳で比叡山に入った日本史上屈指の学僧源信はいかにしてこの言葉を知り、わざわざ自著に使ったのだろうか?。。。と、デンマンさんも不思議に思ったのでござ~ますかァ~?

いや。。。 僕は別に不思議とは思わなかったのですよ。。。

どうして、不思議とは思わなかったのござ~ますかァ~?

卑弥子さんは忘れてしまったのですか?

あたくしが何を忘れたとデンマンさんは言うのでござ~ますかァ~?

 

『源氏物語』に描かれた春画

 


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平安時代中期の祭主・歌人で36歌仙の一人、大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ 921-991)が、春画を前にして和歌を詠んでいるのです。

「又、男女けしからぬことどもかかれたるところに」という詞書(ことばがき)につづいて、「うしろめた したのこころは しらずして 身をうちとけて まかせたるかな」という和歌が、『能宣集』(984~986年の成立)という能宣自撰の和歌集に収められています。
男女のいけないことが描かれた絵というものを能宣は目にしていたのです。

そこにあからさまな官能を詠む歌が寄せられます。
10世紀に春画が描かれていたことを示す貴重な記録です。

この序文には「勅ありて歌集をめす」とあり、春画にまつわる和歌が選ばれているのです。
『源氏物語』(11世紀初期成立)のなかにも、男女がともに寄り添って横たわる絵が描かれる場面があります。

宇治十帖の「浮舟」のなかで、貴公子・匂宮は宇治にいる浮舟という女性を訪ねます。
浮舟は薫(源氏の妻・女三宮と柏木との不義の子)の想い人でしたが、匂宮は薫を装って寝所に入り、浮舟と契ります。
その強引な振る舞いのなかに、浮舟は匂宮の情の深さを感じます。

匂宮は浮舟に男女が添い寝している絵を描いて見せ、「お逢いできないときは、この絵を見てください。いつもこうしていたいものです」といいます。

 


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浮舟は匂宮の描いた絵を時々見ては、自分の境遇に涙するのです。

江戸時代には『源氏物語』のこのシーンは、匂宮が春画を描いたものと理解されていました。

(略) 月岡雪鼎が描いた18世紀後半の肉筆春画には、春画を描くに当たって雪鼎が参考にした文献の名が書かれていますが、そのなかに『源氏物語』の「浮舟」の段を読んで、参照したことが記載されています。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


67-68ページ 『春画を旅する』
著者: 山本ゆかり
2015年9月25日 第1刷発行
発行所: 柏書房株式会社

『春画@源氏物語』に掲載。
(2016年12月29日)

 

去年の大晦日を前にして、僕と卑弥子さんで『源氏物語』に描かれた春画について語り明かしたのです。。。 まだ1ヶ月と経ってないのですよ。。。 卑弥子さんは忘れてしまったのですかァ~?

思い出しましたわァ~。。。 大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ 921-991)が、春画を前にして和歌を詠んでいるのですわねぇ~。。。 つまり、10世紀に春画が描かれていたことを示す貴重な記録なのですわねぇ~。。。

そういうことですよ。。。 春画を前にして和歌を詠んだ大中臣能宣が10世紀の人ならば、恵心僧都の源信さんも10世紀の人物なのですよ。。。 だから、好奇心が旺盛な源信さんも次のよな春画を見ていたはずなのです。。。

 


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だから、当然、キスシーンも見て知っていたのですよ。。。

 


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『キスと源信』より
(2017年1月15日)

 

つまり、上の記事を読んで小夜莉さんの気になっていた疑問が解けたのでござ~ますかァ?

そうです。。。 小夜莉さんは、現在、源信を主人公にしたアニメの制作に没頭しているそうです。。。

デンマンさんは、どういうわけで、そこまでのことをご存知なのですか?

小夜莉さんからメールをもらったのですよ。。。 「完成したら、メールにクリップを添付してデンマンさんに最初に観ていただきますわァ~」 そう書いて寄越したのですよ。。。

信じられませんわァ~。。。

あのねぇ~、昔の人は 信じる者は救われる! と言ったのですよ! だから、卑弥子さんも素直に信じれば、あまり遅くならないうちに結婚できますよゥ。。。


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【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

ですってぇ~。。。

デンマンさんの言う事を信じたからって、すぐに あたくしが結婚できるはずがありませんわァ~。。。

あなただってぇ、そう思うでしょう?

ええっ。。。 「そんな事は、どうでもいいから、もっと他に面白い話をしろ!」

あなたは、そのように あたくしにご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。

分かりましたわ。

じゃあ、話題を変えて 天の川の不思議に迫るクリップを お目にかけますわ。。。

 


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どうでした?

ええっ。。。 「夜眠れなくなるから、そういう動画は見せるな! 気分直しに何か他に もっと面白いことを話せ!」

あなたは、あたくしに向かって、更にご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。!

分かりましたわァ。。。 あなたが、そうおっしゃるのだったら、まずジューンさんの次の写真をご覧になってくださいまし。。。

 


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千夜一夜物語の衣装を着たジューンさんに魅せられて、女性に成りすます男性が たくさん居るのでござ~ますわァ!

ええっ。。。 信じられないのですかァ?

じゃあ、ちょっと次のYouTubeのクリップを見てくださいまし。。。

 


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いかがでござ~ますかァ~?

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では。。。

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じゃあ、またねぇ~。。。


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『ハマガソ』

『歴史ロマン@バンコク』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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歴史ロマン@バンコク

 

歴史ロマン@バンコク

 

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デンマンさん。。。 ルンルン気分で楽しそうな写真とアニメを貼り付けましたけれど バンコクで どなたかが 歴史ロマン を楽しんでいるのでござ~ますかァ~?


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そうなのですよ。。。

バンコクに住んでいるタイ人の方ですか?

いや。。。 実は、日本人でバンコクの大学に留学している女性が僕のブログにアクセスしたのです。。。 次のリストを見てください。。。

 


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『拡大する』

『忘れられた歴史ロマン』

 

これはライブドアの僕の「徒然ブログ」の日本時間で1月25日の午後10時33分から翌日26日の午前2時50分までの「生ログ」です。。。 赤枠で囲んだ個所に注目して欲しい。。。

あらっ。。。 1月25日の午後10時41分に、タイのGOOGLEで検索して『忘れられた歴史ロマン』を読んだネット市民がいたのですわねぇ~。。。

そうなのです。。。 実は、バンコクに住んでいる田島小百合さんが読んだのです。。。

また、いつものようにIPアドレスを調べて小百合さんが読んだことを突き止めたのですかァ~?

そうです。。。

 


(ip9293b.gif)

 

。。。で小百合さんはバンコクで何をなさっているのでござ~ますか?

バンコク大学の国際部(英語だけで授業を行う)で東洋史を専攻しているのですよ。。。

 


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。。。で、小百合さんは、どのようにして記事を見つけたのですか?

次のように検索したのです。。。

 


(gog00126a.gif)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

あらっ。。。 小百合さんは 歴史ロマン 宮田由佳里 徒然 と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

でも、どういうわけで「宮田由佳里」をキーワードの中に含めたのでござ~ますか?

実は、記事の中に出てくる宮田由佳里さんは仙台の女子高時代の小百合さんのクラスメートなのですよ。。。

マジで。。。? ちょっとできすぎているのではござ~ませんかァ~?

真実は小説よりも奇なり! と昔の人は言いましたからねぇ~。。。 このような信じがたいことがネットでは起こるのですよ。。。

バンコク大学で東洋史を勉強している小百合さんが『忘れられた歴史ロマン』の記事の中に“歴史ロマン”を見つめたのでござ~ますか?

そうです。。。 卑弥子さんも、改めて読んでみてください。。。

 

藤原仲麻呂は、あの有名な藤原不比等の孫なのですよう。

その事が歴史ロマンと関係するのでござ~♪~ますか?

大いに関係するのですよう。 実は、藤原氏には藤原家を起こした中臣鎌足から伝わっている家宝の“バイプル”があるのですよう。

どのようなものでござ~♪~ますか?まさか、藤原氏がキリスト教徒だと言うのではないでしょうね?

かつて、僕は記事に書いたので詳しい事は、すぐ下のリンクをクリックして読んでみてください。

 


(machiavelli.jpg)

■ 『マキアベリもビックリ!

藤原氏のバイブルとは?』

 

。。。んで、そのバイブルがどうしたのでござ~♪~ますか?

仲麻呂は非常に頭の良い人だったのですよう。当然のことだけれど、仲麻呂は藤原家に伝わる“バイブル”に従って権謀術策を使い正一位になり太政大臣になった。

でも、「藤原仲麻呂の乱」で殺されてしまいましたわ。

その通りですよう。

サルも木から落ちる

弘法も筆の誤り

上手の手からも水が漏る

まさに、完璧な人は居ないと言う事ですよう。仲麻呂は自分の術策に溺れてしまったのですよう。

それで、その事と歴史ロマンがどのように関係しているのでござ~♪~ますか?

実は、父親よりも四男の藤原朝狩の方が頭が良かったのではないか?僕は、そう思っているのですよう。

なぜ。。。?

ちょっと朝狩の略歴を読んでみてください。

 

藤原朝狩 (あさかり)


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別名: 恵美朝狩。
出生不詳。
天平宝字8年9月18日(764年10月21日))殺される。
藤原仲麻呂の四男。母は陽候女王(新田部親王の娘)。

天平宝字元年(757年)従五位下陸奥守となる。

天平宝字3年(759年)朝狩は正五位下へ進む。この頃陸奥鎮守将軍に任ぜられる。

天平宝字4年(760年)仲麻呂は太師(太政大臣)となり、陸奥守兼鎮守将軍であった朝狩も陸奥国での功績(荒蝦夷を導いて天皇に順化させ、無血で雄勝城〔おかちのき〕を完成させた)が認められ、従四位下に叙される。
仁部卿、東海道節度使となる。

天平宝字6年(762年)、仲麻呂は正一位となり位人臣を極め、同年、朝狩は兄の真先、訓儒麻呂とともに参議に任じられ、親子4人が公卿に列する異例の事態になる。

しかし、孝謙上皇が弓削道鏡を寵愛し、仲麻呂が淳仁天皇を通じてこれを諌めたところ、上皇が激怒して天皇から政権を奪い、孝謙上皇・道鏡派と淳仁天皇・仲麻呂派の対立が起きる。

天平宝字8年(764年)9月、仲麻呂は反乱を計画するが、密告により発覚。
孝謙上皇側に先手を打たれて仲麻呂一族は平城京を脱出。
朝狩もこれに従う。

仲麻呂が長年国司を務めた勢力地盤である近江国の国衙に入って再起を図ろうとするが、官軍に先回りされ阻まれた。
仲麻呂一族は八男の辛加知が国司の越前国を目指すが、官軍が越前国衙へ急行して、まだ事変を知らぬ辛加知を斬り、国境の関を固めてしまう。
仲麻呂一族は近江国高島郡に退き、三尾の古城に拠って官軍に抵抗するが敗れ、朝狩を含む仲麻呂一族はことごとく殺された。(藤原仲麻呂の乱)


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

陸奥国での功績に注目してください。

藤原朝狩は荒蝦夷(あらえびす、あらえみし)を導いて天皇に順化させ、無血で雄勝城〔おかちのき〕を完成させたのですわねぇ~。

そうなのです。 つまり、僕が言おうとしているのは、朝狩の方が父親の仲麻呂よりも“バイブル”に忠実に術策を使い、戦わずにして荒蝦夷(あらえびす、あらえみし)を導いて天皇に順化させ、無血で雄勝城〔おかちのき〕を完成させたのですよう。その手腕はすごいと思いますよう。

それ程、荒蝦夷(あらえびす、あらえみし)と仲良くする事は大変な事だったのでござ~♪~ますか?

実は、蝦夷(えみし)は、もともと平和を愛する人たちだったのですよう。この人たちの平和愛好精神について、僕は記事を書きました。 読んでみてください。

 


(aterui6.gif)

『なぜ、蝦夷という名前なの?』

『平和を愛したアイヌ人』

 

でも、どうして征伐しなければならなかったのでござ~♪~ますか?

一部の渡来人の身勝手から、そうしたのです。

その渡来人って。。。?

その渡来人の血筋を引き継いでいるのが藤原鎌足や藤原不比等ですよう。

でも、藤原朝狩は荒蝦夷(あらえびす、あらえみし)と仲良く出来たのですわね。 どうしてでござ~♪~ますか?

もともと、争いが嫌いな性格だったのでしょうね。 父親と違い、威圧的、攻撃的な性格ではなかったのですよう。 とにかく、その功績によって正五位下の藤原朝狩は従四位下に叙せられたのですよう。 つまり、2階級特進したのですよう。

でも、藤原朝狩のした事は、それ程特筆するような事だったのでござ~♪~ましょうか?

そうなのです。 藤原朝狩が造営した雄勝城〔おかちのき〕の略歴を見ると良く分かりますよ。

 

雄勝城〔おかちのき〕


(okachinoki.png)

 

現在の雄勝郡域内に、雄勝城と同時代の遺構は見つかっておらず、その造営地は現在も不明である。
記紀から推定されている雄勝城の造営地は、「雄物川流域沿岸地で、出羽柵と多賀城の経路上にあり、かつ出羽柵より2驛手前の距離の土地」である。
現時点で発見されている城柵遺跡でこの条件に一致するものは払田柵跡のみである。

現在、横手市雄物川町での発掘調査が進められており、払田柵から出土したものと同等のものが出土している。
今後、これらの雄勝村周辺遺跡の発掘調査が進むにつれ、古代雄勝城造営地が徐々に明らかにされていくものと期待されている。

 

略歴

天平宝字3年(759年)
雄勝城の造営が行われた。

所轄郡司、軍毅、鎮所の兵士、馬子ら8,180人が春から秋にかけて作業にあたったので、これらの者は淳仁天皇より税の免除が認められた。
また、雄勝に驛が置かれた(雄勝驛のほか、玉野、避翼、平矛、横河、助河、嶺基にも驛が新設された)。

天平宝字3年(759年)9月27日
坂東八国(下野国、常陸国、上野国、武蔵国、相模国、下総国、上総国、安房国)と越前国、能登国、越中国、越後国の4国の浮浪人2,000人が雄勝柵戸とされた。
また、相模、上総、下総、常陸、上野、武蔵、下野の7国が送った軍士器を雄勝桃生の2城に貯蔵した。

天平宝字4年(760年)1月4日
孝謙天皇により雄勝城造営を指揮した按察使鎮守将軍正五位下の藤原朝狩が従四位下に叙せられた。
このほか、陸奥介鎮守副将軍従五位上の百済足人、出羽守従五位下小野竹良、出羽介正六位上百済王三忠が1階級進級となった。

天平宝字4年(760年)3月10日
没落した官人の奴233人と婢277人の計510人を雄勝城に配して解放し良民とした。

天平神護元年(767年)11月8日
雄勝城下の俘囚400人余が、防衛にあたることを約束し内属を願ったためこれを許した。

宝亀7年(776年)2月6日
陸奥国から20,000の軍を発して山道・海道の賊を討伐するよう言上があったため、出羽国に4,000の軍を発して雄勝道から陸奥の西辺を討伐するよう命じた。

宝亀11年(780年)
賊に襲われ、雄勝・平鹿の2郡の百姓は業を失った。
散り散りになった民衆を集め、郡府を再建し口分田を支給する。

延暦20年(801年)
雄勝城の鎮守府兵士の兵糧として、毎年越後国と佐渡国から大量の米と塩が輸送される。

元慶2年(878年)
雄勝城は10道が交差する要衝の地であり、出羽国の要害となっている。

元慶5年(881年)2月26日
雄勝郡、平鹿郡、山本郡の百姓の調庸が再開されることとなる。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

藤原朝狩が雄勝城〔おかちのき〕を造営してから、父親が原因で起こった「藤原仲麻呂の乱」で朝狩が殺されるまで、雄勝城周辺の情勢は平穏だった。しかし、後任者が圧制をやり始めたのが分かる。

どうして分かるのでござ~♪~ますか?

776年と780年に「賊に襲われた」と書いてあるけれど、周辺の荒蝦夷が圧政に耐えかねて、また暴れだしたのですよう。

分かりましたわ。でも、その事と歴史ロマンがどのように関係しているのでござ~♪~ますか?

朝狩は多賀城の大改修も任されたのだけれど、その時建てた石碑の次の文章をもう一度読んでみてください。

 


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多賀城から京(奈良の平城京)に至るには、武蔵までは南西方向に歩いてゆき、さらに西に向かって歩いてゆく。その距離は1500里。

蝦夷国(えみしのくに、かいのくに)の西の国界(くにざかい)までは、南西方向に120里。

常陸国(ひたちのくに)の西の国界までは、「蝦夷国の西の国界」から南に向かって歩き、さらに西に向かって歩き、その距離は412里。合計で532里である。

下野国(しもつけのくに)の西の国界までは、「蝦夷国の西の国界」から南西方向に274里。合計して394里である。

靺鞨国(まっかつのくに)の西の国界までは、西に歩いてゆき日本海に至る。海を渡り、さらに西へ歩いてゆく。その距離は3000里である。

 

これは藤原朝狩が書かせたものですよう。

上の靺鞨国(まっかつのくに)とは、一体どこにある国なのでござ~♪~ますか?

ウィキペディアの説明を読んでみてください。

 

靺鞨(まっかつ)


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靺鞨とは、中国の隋、唐時代、勿吉(もつきつ)の表記が変化したものと考えられる。
以下に記すように単一民族集団ではない。

靺鞨の中では、次の7部が特に強大であった。
現在の地理との同定は諸説あり、下記の例はあくまで一説である。

1) 粟末部 – 現在の吉林市
2) 白山部 – 粟末部の東南、現在の吉林省敦化、延辺
3) 伯咄部 – 粟末部の北、現在の拉林河流域
4) 安車骨部 – 伯咄部の東、現在の依蘭県以東
5) 拂捏部 – 安車骨部の東
6) 号室部 – 拂捏部の東、現在の綏芬河流域
7) 黒水部 – 安車骨部の東北、現在の同江から伯力までの黒竜江両岸

上記7部の外、思慕、郡利、窟説、莫曳皆、虞婁、越喜、鉄利のような小部族が、外満州(現在の黒龍江以北とロシア沿海地方)に居住していた。

総じて言えば、靺鞨は、高句麗に服属し、後に渤海を建国した南の粟末靺鞨(ぞくまつまっかつ)と、後に遼国、金国、清国を建国した女真族の黒水靺鞨(こくすいまっかつ)に二分される


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

つまり、靺鞨(まっかつ)部族たちの国という意味ですよう。この場合、粟末靺鞨(ぞくまつまっかつ)が立ち上げた渤海という国と、その北の黒水靺鞨(こくすいまっかつ)部族たちが立ち上げた国ですよう。この国は「黒水靺鞨」と呼ばれていたようです。

藤原朝狩は、この国の人たちと交易するつもりだったのでござ~♪~ますか?

まず間違いなく、そのつもりだったろうと思います。荒蝦夷(あらえびす、あらえみし)を導いて天皇に順化させ、無血で雄勝城〔おかちのき〕を完成させたやり方を見ると、容易に彼のビジョンが見えてきますよう。

そうでしょうか?

渤海(ぼっかい)【698年建国ー926年滅亡】は、当時、日本と交流するようになっていた。

どうしてでござ~♪~ますか?

7世紀前半になると日本と新羅の関係が悪化した。それで日本は渤海が興(おこ)る前の高句麗と外交関係を強化したのですよう。

同盟を結んで新羅を牽制しようとしたのでござ~♪~ますか?

そうです。その当時、高句麗の東に粛慎(しゅくしん)国がありました。日本ではこれを「みしはせ」と呼んでいた。阿倍比羅夫(ひらふ)の遠征記録を見ると粛慎(みしはせ)が出てきます。当時の大和朝廷が、粛慎と高句麗へ接近を図ろうとしたのですよう。そう言う訳で、高句麗は日本へ使節を18回も送り込んでいます。

日本は高句麗とお友達になった訳でござ~♪~ますわね。

そうです。おそらく卑弥子さんもそうだと思うけれど、学校の日本史では、その当時の東北より北の地域の活動は勉強しなかったと思うのですよう。

そうですわ。アイヌ人を日本人が征伐に行ったぐらいの事しか知りませんわ。

そうでしょう!でも、実は、上の地図を見ても分かるように、東北以北でも活発に活動している人々は居たのですよう。例えば、そのころサハリンには流鬼(りゅうき)と呼ばれる人たちが住んでいた。この人たちは大和朝廷と同じように唐の貞観14年(舒明12年、640年)に長安に朝貢使節を派遣しているのですよう。19年後の斉明5年(659年)には、蝦夷国(えみしのくに、かいのくに)の使節が大和朝廷(倭国)の遣唐使に随行して長安を訪れています。

そのような事は日本史で勉強しませんでしたわ。

当然の事だけれど、渤海は「蝦夷国(かいのくに)」とも交流を持っていた。

日本海をいろいろな国の船が行き来したのでござ~♪~ますわね。

そうですよう。だから、藤原朝狩が生きていたら、「蝦夷国(かいのくに)」、「流鬼(りゅうき)国」、「渤海」、「黒水靺鞨」と活発に交流したと思うのですよう。 そのために朝狩は父親の命令で東北地方に送り込まれたのだと僕は思っているのですよう。

つまり、東日本連合王国の構想を朝狩が抱いていたとデンマンさんは思っているのですか?

そうですよう。 それが僕の言いたかった歴史ロマンですよう。 うししししし。。。

宮田 由佳里(みやた ゆかり)さんも この歴史ロマンに興味を持ったのでござ~ますか?

もちろんですよ。。。

 

 

デンマンさんの

“歴史ロマン”は

とっても面白いと

思いましたわ。。。

 

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宮田 由佳里(みやた ゆかり)さんも こうして「面白い」と言ってくれたのですよ。。。 だから、卑弥子さんも 信じてねぇ~。。。


『忘れられた歴史ロマン』より
(2017年6月30日)

 

現在、バンコク大学で東洋史を勉強している小百合さんと宮城学院女子大学で文学と歴史を勉強していた宮田 由佳里さんは、いまでもメールをやり取りしながら交流を続けているのでござ~ますかァ?

そうなのですよ。。。 小百合さんが東洋史の歴史ロマンについてタームペーパー(Term paper)を書くということを聞いて、由佳里さんがかつて読んだ僕の記事が参考になるだろうと、メールに書いて知らせたのですよ。。。

それで、小百合さんがGOOGLEで検索してデンマンさんの記事を見つけたのでござ~ますか?

そういうことです。。。

ちょっとできすぎているのではござ~ませんかァ?

だから、言ったでしょう! 昔の人は 真実は小説よりも奇なり! と言ったのですよ!


(foolw.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

ですわよう。。。

あなたも、デンマンさんの“歴史ロマン”が面白いと思いましたか?

ええっ。。。 「そんな事は、どうでもいいから、もっと他に面白い話をしろ!」

あなたは、そのように あたくしにご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。

分かりましたわ。

じゃあ、話題を変えて 天の川の不思議に迫るクリップを お目にかけますわ。。。

 


(milkyway2.jpg)

 

どうでした?

ええっ。。。 「夜眠れなくなるから、そういう動画は見せるな! 気分直しに何か他に もっと面白いことを話せ!」

あなたは、あたくしに向かって、更にご命令なさるのでござ~ますか?

いけすかないお方ァ~。。。!

分かりましたわァ。。。 あなたが、そうおっしゃるのだったら、まずジューンさんの次の写真をご覧になってくださいまし。。。

 


(senya020b.jpg)

 

千夜一夜物語の衣装を着たジューンさんに魅せられて、女性に成りすます男性が たくさん居るのでござ~ますわァ!

ええっ。。。 信じられないのですかァ?

じゃあ、ちょっと次のYouTubeのクリップを見てくださいまし。。。

 


(xdress02.jpg)

 

いかがでござ~ますかァ~?

男性が女装していると思いますかァ?

あたくしは、素直に信じることができませんわァ~。。。

どうですかァ~? けっこうなものでしょう!?

いつまでも見とれていても仕方がありませんわよゥ。

あなたのために古代史の面白い記事を用意しました。

ぜひ お読みください。

では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

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