カワウソ見たい

 

カワウソ見たい

 


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デンマンさん。。。 今日はどういうわけでカワウソなのですか?

真由美ちゃんはカワウソ見たことがありますか?

もちろん、ありますわ。。。 スタンレー公園で何度も見かけましたわァ~。。。

実は、バンクーバーにやって来てスタンレー公園で 直(じか)にカワウソを見たい人がいるのですよ。。。

誰ですか?

ちょっと次のリストを見てください。。。

 


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『拡大する』

『カワウソ@スタンレー公園』

 

これはライブドアの僕の「徒然ブログ」の日本時間で9月27日の午後8時35分から翌日28日の午前4時13分までの約8時間の「生ログ」の一部です。。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。。。

あらっ。。。 9月27日の午後9時にYAHOOで検索して『カワウソ@スタンレー公園』を読んだネット市民がいたのですわねぇ~。。。

 


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『カワウソ@スタンレー公園』

 

実は、ベルギーの首都・ブリュッセルに滞在している落合彩香 (おちあい さやか)さんが読んだのですよ。。。

また、いつものようにIPアドレスを調べて彩香さんが読んだことを突き止めたのですか?

そうです。。。

 


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この上の写真の女性が落合彩香さんですか?

そうです。。。

この彩香さんは、もしかして次の記事に登場した女性ではありませんかァ~?

 


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『こんにちわ@ブリュッセル』

 

よく判りましたねぇ~。。。

ブリュッセルと言えば、世界的に有名なゴディバの本店があるので上の記事を読みましたわァ。。。

 


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残念ながら上の記事にはチョコレートが出てこなかったけれどねぇ~。。。

でも、映画のお話は面白かったですわァ~。。。 で、彩香さんはブリュッセルからカナダにやって来るのですか?

そうです。。。 ヨーロッパの目ぼしい観光名所は、ほとんど訪ねたので現在 叔父さんの家で半ば休養しているのですよ。。。 帰りは大西洋を越えてアメリカに飛んで、ニューヨーク、シアトルを見てからバンクーバーにやって来るそうです。。。

ロスやサンフランシスコには寄らないのですか?

すでに何度か西海岸は訪れたそうですよ。。。

バンクーバーは初めてなのですか?

そうらしい。。。 真由美ちゃんが登場する『カワウソ@スタンレー公園』を読んで、ぜひバンクーバーにやって来たいと思ったそうです。。。

どこがそんなに気に入ったのですか?

次の箇所を読んで、ぜひバンクーバーへ行ってみたいと思ったそうですよ。。。


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あらっ。。。 スタンレーパークをジョギングで一周したのですかァ~?

最近は、億劫(おっくう)になって、ジョギングすることはないですよ。。。 

じゃあ、スタンレーパークへ行って何をするのですか?

あのねぇ~、Seawall(遊歩道) を歩いて1周しながら、疲れた所で休憩して バンクーバー市立図書館で借りた本を読むのですよ。

 


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あらっ。。。 デンマンさんは、赤字で書いてある Seawall(遊歩道)を歩いて一周するのですか?

そうです。。。

そうですってぇ~。。。、一周すると約8キロメートルを歩いたことになりますよねぇ~。。。 マジで“手ぬき”じゃなく。。。 “足抜き”しないで 8キロメートルを歩くのですかァ~?

そうです。。。 2時間半から3時間ぐらいかけてゆっくりと歩くのですよ。

上の地図に ”9 o’clock Gun” というのが出てますけれど、これは鉄砲ですか?

午後9時に時報を知らせる大砲(Nine o’clock Gun)ですよ。。。

 


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。。。で、どこで休憩するのですか?

ウェットスーツを着た銅像が見えるところで、たいていお昼のサンドイッチを食べながら本を読むのですよ。

 


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Girl in a Wetsuit

 

どうしてウェットスーツの少女を見ながらサンドイッチを食べるのですか?

上の像を見ていると、ジューンさんが重なって 僕に微笑(ほほえ)んでくれるのですよ。。。(微笑)

 


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デンマンさんは白日夢を見ながら。。。妄想をたくましくするのですわねぇ~。。。

うへへへへへ。。。 いけませんかァ~。。。? でもそれだけじゃないのですよ。。。 僕になついたカワウソが顔を見せるのですよ。

 


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マジで、デンマンさんを覚えているのですか?

僕が時々エサをやるので、またもらえるかと思って近寄ってくるのですよ。

 


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でも、エサをやってはいけないことになってるのでしょう?

だから、誰にも見られないようにこっそりとエサをやるのですよ。

カワウソと遊んでから どうするのですか?

2時間ばかり本を読んでから、おもむろに歩き出して Coal Harbour の方へ歩いてゆくのです。

私もコール・ハーバーの辺りが気に入りましたわ。。。

ほおォ~。。。、それは、どういうわけで。。。?

デンマンさんに連れて行ってもらった Lift Bar & Cafe がとてもよかったのです。


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のんびりとブランチをいただきながら あたりの景色を眺めて、癒されましたわ。

あの辺りは20年ぐらい前は 昔の“石炭受け入れ港 (Coal Harbour)”の面影が色濃く残っていて、うら寂しい場所だったのですよ。

 


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この上の写真のような場所だったのですよ。。。 Coal Harbour の近辺を8年ほど前に再開発していたとは耳にしていたけれど、まだその場所を訪れたことがなかったのです。 それで真由美ちゃんと一緒に辺りをそぞろ歩いたわけなのですよ。

デンマンさんもLift Bar & Cafeに立ち寄ったのは初めてだったのですか?

そうです。。。 今では、まるで昔の面影はありませんよ。。。 フランスのコートダジュールの港町に来たような印象を持ちましたよ。

 


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それに、近くに Convention Centre ができたのですよ。

出来てから、デンマンさんは一度も訪ねたことがなかったのですか?

僕も初めてでした。。。 その奇抜なエコ・デザインに たまげましたよ。

 


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しばらく見ないうちにウォーターフロントがすっかり変わってしまいました。


『カワウソ@スタンレー公園』より
(2016年3月13日)

なるほどォ~。。。 落合彩香さんはスタンレーパークとコールハーバーのウォーターフロントに魅せられたのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

私も、しばらくぶりにスタンレーパークへ行きたくなりましたわァ~。。。 散歩してからウォーターフロントのリフトで美食を楽しみたいです。。。 デンマンさん。。。、ウィークエンドに一緒に行きませんかァ?

いいですねぇ~。。。 僕も久しぶりに、のんびりしようと思います。。。 


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【デンマンの独り言】


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ところで、真由美ちゃんは、ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

2016年の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


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上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


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If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


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『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


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『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』


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『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』

『行田物語 ケネディ暗殺』

『行田物語 病院食』

『行田物語 お股の花々』

『晩香坡物語 ジャズ』

『行田物語 悪夢』

『行田物語 社長』

『行田物語 棺桶に入るまで』

『宝田百合子@インド』

『行田物語 ちゃぶ台』

『行田物語 アカギレ』

『行田物語 にぼし』

『ノーベル賞がなぜ?』


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『トゥーランドットとかぐや姫』

『ゲソとワケギ』

『シェフ バベット』

『まんじゅう@富岡』

『ん?トゥーランドット』

『女の子の夢』

『イヴォワールのレストラン』

『151歳の誕生日』

『お皿をぺろぺろ』

『ポップス@蕎麦屋』

『検便と回虫』

『スコーンとプディング』

『スコーン姉妹』

『ピラミス 美術館』

『明治屋 圧力ジャム』


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『雁とがんもどき』

『グルメブーム』

『行田物語@ナポリ』

『栗餅』

『日本で再会ね』

『コロッケパン』

『日本のパン文化』

『小女子』

『カエルジュース』

『152歳の誕生日』

『かぐや姫フィーバー』

『クスクス笑わないで』

『セビチェ』

『ラーメンブーム』

『自然治癒力』

『カナダ紀行カナダ事情』

『猫カフェと癒し』

『ポメロ』


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こんにちわ@ブリュッセル

 

こんにちわ@ブリュッセル

 


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(brussel03.jpg)


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デンマンさん。。。 どういうわけで急に ブリュッセルを持ち出してきたのですか?


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実は、ヨーロッパを旅行中の落合彩香 (おちあい さやか)さんがベルギーの首都・ブリュッセルに立ち寄って「徒然ブログ」にアクセスしたのですよ。。。

 


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この上の写真の女性が落合彩香さんですか?

そうです。。。 叔父さんがブリュッセルに住んでいるので、しばらく滞在して街を見物しているのですよ。。。

 

 


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彩香さんは、どの記事にアクセスしたのですか?

ちょっと次のリストを見てください。。。

 


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『拡大する』

『category:世界の平和・貧困をなくす』

 

これはライブドアの僕の「徒然ブログ」の日本時間で9月24日の午前6時31分から翌日25日の午前2時22分までの約20時間の「生ログ」の一部です。。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。。。

あらっ。。。 9月24日の午前8時50分にGOOGLEで検索して「世界の平和・貧困をなくす」カテゴリーのページを開いたのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

 


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『拡大する』

『category:世界の平和・貧困をなくす』

 

。。。で、どの記事を読んだのですか?

トップに出てきた次の記事です。。。

 


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『博士の異常な愛情』

 

彩香さんは どのようにしてカテゴリーのページを見つけたのですか?

次のようにして検索したのです。。。

 


(gog90925b.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

彩香さんは 世界の平和 貧困をなくす 徒然ブログ 入れて検索したのです。。。

彩香さんは、日本に居る頃から「徒然ブログ」の常連さんだったのですか?

そうです。。。

でも、どうして お笑いのページじゃなくて、お堅いカテゴリーのページを開いたのですか?

あのねぇ~、実は、彩香さんは日本で反戦平和を訴える市民団体のメンバーなのですよ。。。 それで、最近、「徒然ブログ」にどんな反戦記事が書いてあるのだろうか?。。。 そう思いながら検索したというわけですよ。。。

でも。。。、でも。。。、『博士の異常な愛情』の中に反戦を訴えるような文章が出てくるのですか?

もちろん、出てきますよ。。。 ちょっと読んでみてください。。。


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『拡大する』

『実際のページ』

デンマンのコメント

Sep 03, 2019

Directed, produced and co-written by Stanley Kubrick in 1964 loosely based on Peter George’s thriller “Red Alert (1958)”, this political black comedy satirizes the Cold War fears of a nuclear conflict between the Soviet Union and the United States.

Superb and memorable are the performances of Peter Sellers as wheelchair-bound Dr. Strangelove and Slim Pickens as Major T. J. “King” Kong, the B-52 Stratofortress bomber’s commander and pilot who rides on the H-bomb like a mad cowboy.

Don’t miss this best political satire of the century!

 


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1958年に発表されたピーター・ジョージのスリラー「レッドアラート」にヒントを得て、1964年にスタンリー・キューブリック監督がシナリオ共同執筆し制作されたこの映画は、ソ連とアメリカの核紛争に対する冷戦の恐怖を風刺した政治的なブラックコメディです。

車椅子のストレンジラブ博士を演じるピーター・セラーズと、T.J.キング・コング少佐を演じるスリム・ピキンズの演技は絶妙で、映画を見終えても長く記憶に残ります。

コング少佐はB-52ストラトフォートレス爆撃機の司令官兼パイロットであり、熱狂したカウボーイのように水素爆弾にまたがって落下してゆくのでした。

20世紀の最高の政治風刺映画をお見逃しなく!

 

博士の異常な愛情 または私は如何にして

心配するのを止めて

水爆を愛するようになったか

 


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この映画は、スタンリー・キューブリック監督、ピーター・セラーズ主演で、1963年制作・1964年に公開されたアメリカ・イギリス合作の映画である。
日本語題は一般的に『博士の異常な愛情』と略称される。

あらすじ

アメリカのバープルソン空軍基地の司令官リッパー准将が精神に異常をきたし、指揮下のB-52戦略爆撃機34機にソ連への核攻撃(R作戦)を命令したまま基地に立て篭もった。

巻き込まれたイギリス空軍のマンドレイク大佐は将軍の閉じこもる執務室から出られなくなり、リッパー将軍の話相手となる。
出撃した爆撃機にはそれぞれ第二次世界大戦で使用された全爆弾・砲弾の16倍の破壊力がある核兵器が搭載されていた。

バープルソン空軍基地の状況とB52出撃を知ったアメリカ政府首脳部(マフリー大統領、軍高官、大統領科学顧問のストレンジラヴ博士など)は、機密情報の塊であるペンタゴンの戦略会議室にあえてソ連大使を呼び対策を協議する。

ソ連首相とのホットラインで、ソ連は攻撃を受けた場合、自動的に爆発して地球上の全生物を放射性降下物で絶滅させる爆弾(皆殺し装置、終末兵器の一種)が実戦配備されていることが判明する。

公開しなければ威嚇の意味をなさない兵器をなぜ公開しなかったのかと迫るストレンジラヴ博士に、ソ連大使は「近日公表する予定だった。首相は人を驚かすのが趣味だ」と説明した。

 


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この協議が続いている間にも爆撃機は進撃を続けていた。

爆撃機の一般通信回路は敵の謀略電波に惑わされないためにCRM114とよばれる特殊暗号装置に接続されていて、この装置は通信をまったく受け付けない。
そのため爆撃機を引き返させることは不可能である。
例外として三文字の暗号を送信することによってこの装置を解除できる。
その暗号はリッパー准将しか知らない。

アメリカ政府はリッパー准将から無線通信の暗号を聞き出すために、将軍の基地に近い所の空挺部隊を動員するが、将軍が基地内のアメリカ兵に戦時体制の指令を出していたため、味方同士による戦闘が開始される。

リッパー准将はマンドレイク大佐に、水道水フッ化物添加は共産主義の謀略だという陰謀論を延々と話すが、その後いよいよ兵士が准将の執務室に迫ってきたという時、大佐に日本人から拷問を受けた話を聞き、自分は耐えられそうもないと言ってバスルームで自殺してしまう。

その後、リッパー准将の話を分析したマンドレイク大佐によって爆撃機のCRM装置の暗号が解読される。
大佐はコカコーラの自販機を撃ち抜かせて電話代を手に入れて大統領に暗号を通報し、撃墜を免れた爆撃機は攻撃を中止して基地へ引き返しはじめた。

しかしコング少佐の機は対空ミサイルの爆発が原因でCRMの機密保持装置が作動し暗号装置が破壊され、帰還命令を受信出来ない。

その上、低空飛行により燃料を浪費して当初の目標地点への攻撃ルートでは脱出する燃料がなく、最も近いミサイル基地への攻撃に切り替え、ソ連への核攻撃を行う。

断線によって爆弾の投下口が開かない非常事態に、熱血漢のコング少佐は核爆弾にまたがりながら配線を再接続するが、故障が直るや否や爆弾は投下されてしまい、コング少佐はカウボーイよろしく爆弾にまたがったまま落ちてゆく。

 


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皆殺し装置が起動し、人類を含む全生物が10ヶ月以内に絶滅することに一同が暗澹とする中、選抜された頭脳明晰な男性と性的魅力のある女性を地下の坑道に避難させることにより人類を存続させうるとストレンジラヴ博士は熱弁し、興奮のあまりドイツ時代に立ち返り「総統!私は歩けます!」と絶叫する。

ラストはヴェラ・リンが歌う第二次世界大戦時代の流行歌『また会いましょう』の甘いメロディが流れながら幕を閉じる。

 


出典: 「博士の異常な愛情」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

 

つまり、上の映画はデンマンさんのコメントに書いてあるように、反戦を唱(とな)えた20世紀の最高の政治風刺映画だと言うのですか?

その通りですよ!

彩香さんも上の記事を読んでDVDを借りて映画を見ようと決めたのですか?

そうです。。。 信じられませんか?

信じられます。。。 信じないと、どうせ “信じる者は救われる!” とデンマンさんから言われそうですから。。。 うふふふふふふ。。。


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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたも、デンマンさんの言う事が信じられますか?

ええっ。。。 「そんなことはどうでもいいから、他に何か面白いことを話せ!」

あなたは、そのように わたしにご命令なさるのですか?

分かりましたわ。。。 じゃあ、面白い動画をお目にかけますわ。。。

ワンワンちゃんが人間の言葉をしゃべります!

 


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ええっ。。。? 「そんな馬鹿バカしい動画など、どうでもいいから、何か他に面白い話をしろ!」

あなたは、また そのような命令口調で わたしに強要するのですか?

わかりましたわァ。。。

では、たまには日本の歴史の話も読んでみてくださいなァ。

日本の古代史にも、興味深い不思議な、面白いお話がありますわァ。

次の記事から興味があるものをお読みくださいねぇ~。。。


天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

ところで、他にも面白い記事がたくさんあります。

興味のある方は次の記事も読んでみてくださいね。

 


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『宮沢りえと床上手な女』

『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』


(nopan05.png)

『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』

『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』


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『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』

『エリュトゥラー海案内記』

『伊藤若冲 ランブータン』

『知的快楽』


(teacher9.jpg)

『シャフリ・ソフタ』

『閨房でのあしらい』

『漱石とグレン・グールド』

『女性の性欲@ラオス』

『美学de愛と性』

『女の本音』

『にほん村からの常連さん』

『日本初のヌードショー』

『可愛い孫』

『ネットで広まる』

『なぜブログを書くの?』

『アルゼンチンから』

『潮吹き』

『ヨッパライが帰ってきた』


(ken203h.jpg)

『後家殺し』

『奇想天外』

『下女のまめは納豆』

『オペラミニ』

『三角パンツ』

『サリーの快楽』

『ラーメン@ゲブゼ市』

『安心できない@病院』

『ブルマー姿@自転車』

『女性の性欲研究』

『頭のいい馬』


(miya08.jpg)

『トランプ@マラウイ』

『きれじ』

『コッペパン』

『くだらない話』

『大蛇が破裂』

『グルーヴ』

『タスマニアデビル』

『女と反戦』

『裸女に魅せられ』

『素敵な人を探して』

『カクセンケイ』

『博士の異常な愛情』

『パレートの法則』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


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(spacer.png+betty5de.gif)
(hiroy2.png+betty5d.gif)
『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事


平成の紫式部、橘卑弥子でござ~ます
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『卑弥子の源氏物語』

『平成の紫式部』

■ めれんげさんの『即興の詩』

■ めれんげさんの『極私的詩集』

Jagel - Soft Japanese Bagel
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■ “JAGEL – Soft Japanese Bagel”


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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


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■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』


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バターミルクビスケット

 

バターミルクビスケット

 

(cookies10.jpg+balloons2.gif)


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(valent6.gif)


(sayuri5.gif)

 


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件名: おはようさん!

昨日も雨で今日も雨ですよ!

でも、僕の心は晴れ上がってます!

きゃははははは。。。

FROM: denman 9876@gmail.com
TO: sayuri1234@outlook.com
date: Sep 22, 2019, 1:29 PM
日本時間: 2019年9月23日 (月曜日) 午前5時29分

 

今朝も雨が降ってますよ。

でも、ジーンケリーになったつもりで

ルンルン気分でバンクーバー市立図書館までスキップしてやって来ました。

 


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今、図書館の外を見たら傘をさして人が歩いているよ!

雨の話は退屈だろうから、今朝 僕が朝食に食べた
Buttermilk Biscuits の話を。。。

たまたま、安売りマーケットへ買出しに行ったら、
入り口のすぐ近くに セールのカートの上に
このButtermilk Biscuitsの袋が 20袋ぐらい並んでいたのですよ!

4個入って2ドルでした。

日本でビスケットと言うと、固いお菓子だけれど、
よく見ると、小さなパンみたいなんだよね。

バターミルク ビスケットと言うから、うまそうじゃない!

なんとなくクロワッサンを思い出して、2ドルなので 試しに 1袋買ったのですよ。。。

こんな感じですよ!

 


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オーブンで暖めてサワークリームをつけて食べました。

とっても、とってもうまかった!

きゃははははは。。。

小百合さんと一緒に食べたかったですよ! (微笑)

ACE bakery という会社のビスケットです。

 


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『会社紹介ページ』

 

では、今朝は、僕の青春の思い出の曲を聴きながら

ルンルン気分でコーヒーを飲んで

マフィンを食べてね。。。

 


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今、上の曲を聴きながら このメールを書いてますよ!

じゃあ、今日も一日ルンルン気分で過ごしてね。

バイバ~♪~イ。。。

 


(byebye2.gif)


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そう、ジーンケリーになったつもりで

図書館へスキップしながら

行ったわけなの…

途中で、ひっくり返らなくてよかったね

うふふふふふふ…

 


(sayuri2.gif)

FROM: sayuri1234@outlook.com
TO: denman 9876@gmail.com
date: Sep 22, 2019, 7:23 PM
日本時間: 9月23日(月曜日) 午前11時23分

 

こちらは台風でしたが

日本海にそれて、でも今日は蒸し暑い

 


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そうね 何気ない日常をメールして くるのがイイね

「はいーー、読んで読んで」と いらない広告のように

押し売りでは返信も送る気が薄れます

 

ところで、10月帰省するのですよね。

ついでと言っては なんですけれど、

車のエアコンにつけてチェリーの香りを出す

芳香剤を買ってきて欲しいのです。

 


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ロンドンドラッグで売っていると思います。

香りはいろいろとあるようです。

ラベンダーも好きですけれど…

 


(lavenda2.jpg)

 

現在はチェリーの香りにハマッてます。

 


(cherry05.jpg)

 

宜しくお願いします。

 


(sayuri15.gif)

小百合より

 


(kato3.gif)

件名: チェリー香りの芳香剤

見つけて買ってゆきますねぇ~

FROM: denman 9876@gmail.com
TO: sayuri1234@outlook.com
date: Sep 23, 2019, 11:27 AM
日本時間: 2019年9月24日 (火曜日) 午前4時27分

 

はい、はい、はい。。。

その通りですよ!


(sayuri55.gif)

 

そうね 何気ない日常をメールして

くるのがイイね

そうです。。。そうです。。。

読んで読んでと

いらない広告のように押し売りでは

返信も送る気が薄れます

はい、はい、はい。。。

そう思いますよ!

でも、今日の記事は読んでねぇ~。。。

きゃはははははは。。。

 


(lotus300.jpg)

『レンコンの挟み揚げ』

 

レンコンのはさみ揚げは、子供の頃、よくお袋が作ってくれました。。。

小百合さんも、子供のために作りましたか?

 

9月19日の木曜日、すぐそこのチャイナタウンの​駅のそばのT&Tに行ってきましたよ!

 


(skychina2.jpg)


(tt01.jpg)

 

1時間ぐらいかけてじっくりと店内を徘徊しました!

やっぱり活気があるよね。。。

東南アジア系、中国系のカナダ人がほとんどでした!

日本の製品もあったよ!

米とかお菓子とか。。。

でも、やっぱり安くないよね。。。

 


(tt02.jpg)

 

僕のマンションの近くの安売りスーパーのほうが安い!

卵12個で$2.80なのに、

T&Tでは同じものが最低でも$4.50するのですよ!

豆腐も安いものをおいてない!

サワークリームも安売りスーパーよりも1ドルぐらい高い!

ついでだから、チーズスティックとクロワッサンとディナーロールとサラダとコーヒーを買ってきました。。。

 


(cheesesticks.jpg)


(salad80.jpg)

 

これ、うまかったよ!

でも、チーズスティックは写真のものとはちょっと違って、もっと野生的でごつい棒状でした!

そして、駅のそばの石のベンチに座って、

本を読みながらそれらを食べて夕食にしました!

 


(skychina3.jpg)

 

楽しかったよ!

きゃはははははは。。。

 


(cocotart2.jpg)

 

これを買おうとしたけれど、写真の品物はセールスなのですよ。。。

実際のものは5ドルで売ってたので、やめました!

ココナッツバンは、あのチャイナタウンの新城ベーカリー・レストランでは2ドル80ぐらいですよ!

 


(newtown3.jpg)

『新城と映画』

 

T&Tってぇ、思ったより高かった!

マンションに帰ってから、僕の買ったものをレシートを見て調べたら、

すべてがセールスで安く売っていたものでした!

きゃはははははは。。。

 

今日も雨なんだよねぇ~。。。

傘を差して、今日もジーンケリーの歌を口ずさみながら図書館にやってきました!

じゃあ、今日もルンルン気分で

蒸し暑さに負けずに元気に過ごしてね。。。

バイバ~♪~イ。。。

 


(laughx.gif)


(denman01.gif)


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~~

あなたも、デンマンさんのように少しでも安いものを買いあさるタチですかァ?

ええっ。。。 「そんなことは どうでもいいから他にもっと面白い話をしろ!」

あなたは、あたくしに そのようにご命令なさるのでござ~ますかァ~?

分かりましたわァ。。。 あなたがそのようにおっしゃるのであれば、

元旦にバンクーバーで第99回寒中水泳があったのでござ~ますわよう。

その模様をお見せしますわねぇ~。。。

 


(polswim03.jpg)


(polswim01.jpg)


(polswim02.jpg)


(polswim04.jpg)

 

ええっ。。。 「寒中水泳など つまらんから、もっと面白い話をしろ!」

あなたは、さらに、そのような強い口調で あたくしにご命令なさるのですかァ~?

分かりましたわァ~。。。

個人的なお話ではありますけれど、

次の検索結果を見てくださいまし。。。

 


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

「卑弥子 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわよう。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわァ。

 


(buttdimp5.jpg)

 

どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

 

ところで、小百合さんが なぜ「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのか?

ご存知でござ~♪~ましょうか?

なぜ。。。?

実は簡単な事なのですわよう。

 


(sayuri80.jpg)

 

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわァ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。

 


(suikyu9.jpg)

 

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

 

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

 

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

日本のハーブティーは、なんといっても桜湯だそうですけれど、


(sakurate.jpg)

カナダ、アメリカ、イギリスではハーブティーとして

ローズティーが好まれています。

普通、ローズヒップティーと呼ばれます。

ローズヒップ(rose hip)とは

バラ科バラ属の植物の果実。

つまり、バラの実です。

ローズヒップ生産のため、バラの特定品種、

特にRosa canina(ドッグ・ローズ)が栽培されています。

ハイビスカスとブレンドしたハーブティとして飲用されることもあります。

また、ローズヒップオイルは食用油として、

ジャム、ジェリー、マーマレードにも用いられるほか、

スキンケアにも用いられます。

こんなエピソードがありました。

第二次世界大戦中、

イギリスはドイツ海軍Uボートの海上封鎖により

オレンジの輸入がストップしたのです。

ビタミンCの補給ができなくなったのです。

それで、英国の学童たちは生垣に生えている

ローズヒップの採集を命じられました。

ローズヒップティーにして飲んで

ビタミンCを補給したのですって。。。


(rosehip.jpg)

なんだか信じられないようなお話ですよね。

ところで、英語の面白い話を集めました。

時間があったら覗いてみてください。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。


(chirashi.jpg)


(bravo.gif)

ジュンガル

 

ジュンガル

 


(jongara2.jpg)


(sylvie702.jpg)


(sylviex.jpg)

ケイトー、今日は『津軽じょんがら節』の話をするわけぇ~?


(kato3.gif)

シルヴィーも、上の予告編を観て興味を持ったァ~?

なんだか、ワクワクするような映画じゃない。。。 でも、タイトルにはジュンガルと書いてあるじゃない!? どういうこと。。。?

あのねぇ~、実はバンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

遊牧民の時代の終わり

 


(jungar2.jpg)

『拡大する』

 

東アジアでは17世紀中ごろ、清朝が中国全土の主となりました。
一方草原地帯では、ジュンガルという遊牧国家が拡大を続けていました。

2000年にわたり続いてきた農耕民と騎馬遊牧民の戦いは、いよいよ最後の局面を迎えることになります。

清が銃や大砲を備えた歩兵の大軍で侵攻してきたのに対し、遊牧民であるジュンガルも、火気を用いて迎え討ちました。

しかし、火力の戦いは物量で決まります。
数億の人口を背景とした清に対抗する術はなく、ジュンガルは18世紀中ごろに滅び去りました。

ユーラシアを疾駆した遊牧民の時代は、こうして幕を閉じました。
しかし、このときにはすでに世界史の表舞台は内陸を離れ、海へと移っていたのでした。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


84ページ 『学びなおすと世界史はおもしろい』
著者: 太田竜一
2015年8月25日 初版発行
発行所: ベレ出版

『津軽じょんがら節』とは全く関係ないじゃない? それとも、何か関係があるわけぇ~?

何か関係があるんじゃないか? 「ジュンガル」という遊牧国家の名前を聞いたときに僕はそう思ったのですよ。。。

でも、そもそも、どういうわけでこの国を取り上げる気になったわけぇ~?

あのねぇ~、僕は世界史には、かなりの関心があるのですよ。。。 自分では「世界史オタク」だと思っている。。。

その事と「ジュンガル」が、特に関係があるのォ~?

上の本をすべて読んで、その中で自分の知らない国名や出来事は出てこなかったのですよ。。。 ただ一つを除いては。。。

その唯一つが「ジュンガル」だというわけぇ~?

そうです。。。 たぶん他の別名で知っているのではないか? そう思って『ウェキペディア』を調べたら、次のように書いてある。

ジュンガル

 


(jungar3.jpg)

    ジュンガル盆地

 

ジュンガル(準噶爾)は、17世紀から18世紀にかけて現在のジュンガル盆地を中心とする地域に遊牧民オイラトが築き上げた遊牧帝国、およびその中心となったオイラトの一部族。

オイラト部族連合に属し、一時期はオイラトの盟主となって一大遊牧帝国を築き上げた。
ジュンガル帝国の滅亡後、このような遊牧帝国が2度と生まれなかったため、最後の遊牧帝国とも呼ばれる。

 

名称

「ジュンガル」、「ジューンガル」とはモンゴル語で「左手、左翼」を意味するジェギュン・ガル (jegün-γar) からきている。
伝統的な遊牧国家は南面して中央、右翼(baraγun-γar、西方)、左翼(jegün-γar、東方)の三部構造をとっており、オイラトのドルベト (オイラト)(モンゴル語版、ロシア語版、中国語版、英語版)部政権において左翼(東方)を担っていた者たちが「ジュンガル」と呼ばれるようになった。

 

汗国という名称

ソ連のズラートキン(ロシア語版)(露: И.Я.Златкин)が著した『ジュンガル・ハン国史』(露: История Джунгарского ханства、1964年)を始めとして、ジュンガルの国をハン国(汗国)あるいはハーン国とする例が多いが、これは誤りである。

そもそもジュンガルの部族長の称号は「ホンタイジ」であり、「ハーン」ではない。
例外としてガルダン・ハーンのみが「ハーン」号を帯びているが、ジュンガルで「ハーン」号を使用したのは彼が最初で最後であり、他はすべて「ホンタイジ」号を採用している。

 

起源

エムチ・ガワンシャラブの『四オイラト史(ロシア語版)』(1737年)において、「ドルベト、ジューンガルの一族は天から出た。管(チョルゴ)状の樹の下に幼児がおり、その樹液を吸って育ったので、その子孫をチョロースという」とあり、ウイグルの誕生説話に類似していることから、ウイグルの後裔と考えられるが、その住地から考察してナイマン部族の後裔と推測される。

ジュンガルの系譜によると、15世紀にモンゴル高原の覇権を握ったオイラトのトゴン・タイシ、エセン・ハーンの後裔とされる。

 

ジュンガルの登場

1619年頃、モンゴルのハルハ部のアルタン・ハーンのウバシ・ホンタイジ(英語版)はロシア皇帝(ツァーリ。当時はミハイル・ロマノフ)に使節を送り、「カルムィクのカラクラ・タイシャがモンゴルとロシアの間にいて、使節の往来を妨げているので、カラクラ・タイシャの部族を両方から挟撃しましょう」と申し出た。

この「カルムィク」というのはテュルク語で「留まった者たち」を意味する「カルマーク (qalmāk)」がロシア側で訛った言い方であり、イスラム教に改宗しなかった「オイラト」を指す。
「カラクラ・タイシャ」というのはジュンガルの始祖である「ハラフラ(英語版)」を指す。

アルタン・ハーンの申し出はモスクワ当局によって却下されたが、1620年頃に攻めてきたオイラトのトルグート部,ジュンガル部をアルタン・ハーン自身で撃退した。
この時、ジュンガル部長であったハラフラは妻子を奪われ、他のオイラト諸部とともにシベリアのロシア領内に逃げ込んだ。

1623年、四オイラト(英語版)連合軍はハルハ部のアルタン・ハーンであるウバシ・ホンタイジを殺し、モンゴルの宗主権から脱した。
このことはオイラト語の英雄叙事詩『ウバシ・ホンタイジ伝』でも詠われている。

 

バートル・ホンタイジ

1636年、オイラトのホシュート部長トゥルバイフはチベット仏教ゲルク派の要請に応じて、青海に割拠するカルマ派のチョクト・ホンタイジを討伐した。

翌年、チョクト・ホンタイジを殲滅したトゥルバイフはダライ・ラマ5世から「持教法王」の称号を授かり、グーシ・ノミーン・ハーン(国師法王)となると、青海遠征に同行したジュンガル部長ホトゴチンに「バートル・ホンタイジ」の称号を授けて中央アジアのオイラトを任せるとともに、自らはチベットを統一してチベット王の位に就いた(1642年)。

中央アジアのオイラト諸部の盟主となったバートル・ホンタイジは、ロシアと盛んに使節を交わし、交易をおこなったため、ロシア史料に頻繁に登場することとなった。

 

ガルダン・ハーン

1653年、バートル・ホンタイジが亡くなると、息子のセンゲ(英語版)が領民の半分を相続して後継者となった。
しかし、センゲの異母兄たちはこれを恨んで相続争いを起こし、1670年にセンゲを殺害した。
時にセンゲの弟であるガルダンは13歳のころからチベットに留学していたが、10年の留学の末に帰国すると、兄の仇を討ってジュンガル部長となった。
1671年、ダライ・ラマ5世はジュンガル部を平定したガルダンに「ホンタイジ」の称号を授けた。

1675年、ガルダンは舅でホシュート部長であるオチルト・ハーン(中国語版、ロシア語版、英語版)と衝突し、翌年オチルト・ハーンを捕虜とした。
これにより、それまでオイラト部族連合の盟主であったホシュート部に代わり、ジュンガル部がオイラト部族連合の盟主となった。
ダライ・ラマ5世はガルダンに「持教受命王」の称号を授け、ゲルク派の擁護者として全オイラトのハーンに認定した。しかし、ジュンガル部でハーン位に就いたのは彼が最初で最後である。

1678年、ガルダン・ボショクト(受命)・ハーンはハミとトルファンを征服し、1680年にはカシュガル、ヤルカンド、ホータンといったオアシス都市を征服してタリム盆地を支配するモグーリスタンのハーンと黒山党(カラ・タグルク、イスハーキーヤ)のホージャをイリに幽閉した。

ガルダンは黒山党と対立する白山党(アク・タグルク、アーファーキーヤ)のホージャをヤルカンドに据えて毎年莫大な貢納を取り立てた。
こうしてタリム盆地を支配する一方、1681年以降西方遠征にも着手し、カザフ草原のカザフ人やキルギス人を攻撃した。
1684年にはタシュケントとサイラムを占領し、1685年にはアンディジャンに遠征した。

 

清との戦争

1688年、ガルダン・ハーンは東モンゴリア(外モンゴル)のハルハ部に侵攻を開始する。
ハルハ部の内紛に乗じてガルダンの弟を殺したハルハ左翼部のトシェート・ハーンを討つべく、モンゴル高原に侵攻した。
ガルダンは迎え撃つトシェート・ハーンを破り、仏教寺院エルデニ・ジョーと左翼のチェチェン・ハーンを攻撃、その地を略奪した。

トシェート・ハーンと弟のジェブツンダンバ・ホトクト1世は南の内モンゴルへ逃れ、清の康熙帝に庇護を求めた。
ガルダンは2人の引き渡しを要求したが、清が応じなかったため、遂に清と衝突することとなった。

ガルダンは南へ進軍中の1690年9月、北京北方300キロのウラーン・ブトン(ウラン・ブトン、ウランプトゥン、遼寧省赤峰市)で清軍と衝突する(ウラーン・ブトンの戦い)。
ジュンガル軍はロシア製の大砲を装備していたが決着がつかず、ガルダンは漠北へ退いた。

1693年にはハミのダルハン・ベク、アブド・アッラーらはジュンガルの搾取を嫌い、清に接近した。

またハルハ部のトシェート・ハーンらが康熙帝に臣従を誓ったため、モンゴル族すべてが清の支配下に入ることとなり、ハルハ部の故地を奪還するという大義名分を得た康熙帝は1696年、ジュンガル親征を開始し、ガルダンをジョーン・モド(チャオモード、昭莫多)で破った。

敗走したガルダンは1697年4月4日にアルタイ山脈北のコプトで病死した。
ガルダンの息子タンチラはハミに亡命したがアブド・アッラーによって捕らえられ、清に渡され、翌年ハミ地区は清の版図となった。


出典: 「ジュンガル」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

遊牧民オイラトというのは聞いたことがある。。。 確か、司馬遼太郎の西域の話の中に出てきたと思う。。。 でも、「ジュンガル」という言葉は記憶から完全に抜け落ちていたのですよ。。。

それで、この「ジュンガル遊牧国家」と『津軽じょんがら節』が関係あると思った理由はどういうことよ?

あのねぇ~、かつて僕は次の記事を書いたのですよ。。。


(taishi01.gif)

 

聖徳太子の一族に

ペルシャ人が居たの?

 

ここで考えなければならないことは、これらの高度の文化を、一体、大和朝廷の誰が受容できたのであろうか?と言うことです。
語学の素養もない、外国文化に触れたこともない一般の官吏ではまず無理です。
つまり、これらの高度の文化を受け入れることができるのは語学の素養もあり、外国文化に触れたこともある東漢人(やまとのあやひと)や今来漢人(いまきのあやひと)などの渡来人です。

この人たちを掌握していたのは一体誰か?
蘇我氏です。
従って、蘇我氏の中にもまた語学の素養があり、外国文化に明るい人たちがたくさん居ないと、彼らを掌握し切れません。
このことからも、蘇我氏が渡来系の氏族であったということがよく分かります。

上に述べたような理由で蘇我氏のもとには渡来人がたくさん集まってきます。
渡来人の中には、もちろんペルシャ人も居ました。
当然のことながら、蘇我氏を頼って行ったでしょう。

ここで、前のページからの本題に入ります。
聖徳太子の母親はペルシャ人だったのか?

 


(pergal.jpg)

 

当時ペルシャ人をハシ人と呼び、波斯人と書きました。
太子の個人教授の一人である覚袈(かくか)がペルシャ系の人ではないかという推測は、太子の母が穴穂部間人(あなほべのはしひと)と書かれている事と、大いに関係があります。
間人(はしひと)とは波斯人(はしひと)でペルシャ人のことではないか!と、言うわけです。

太子が赤い髪の毛をしていたと言う伝承があります。
この伝承に真実が隠されているのではないか?
もしそうだとするなら、太子の母親がペルシャ人であると言う事も決して荒唐無稽な事ではありません。

 


(shotoku03.gif)

 

聖徳太子の父は用明天皇、母は蘇我稲目の孫娘です。
この稲目の父は高麗(こま)で、高句麗からやってきたのですが、実はこの人がペルシャのサカ族の出身だと言う研究家も居ます。

しかし、そんな遠いところにペルシャ人を持ってゆかなくてもよいのです。
私はその説よりも、むしろ穴穂部間人の母親、つまり小姉君(おあねぎみ)がペルシャ人の血を受け継いでいるのではないか、とみています。

もし当時、ペルシャ人が日本へやってきて、どの一族を頼りにするかといえば、当然、飛ぶ鳥を落とす勢いの蘇我氏の元を訪れたことでしょう。
その頃、渡来人を掌握していたのが蘇我氏だからです。
ペルシャ人の中には、蘇我氏との絆を確固なものにするために、蘇我稲目に娘を側室として差し出す親も現れたでしょう。
そのようにして穴穂部間人が生まれた、と考えるわけです。

小姉君の父はたしかに稲目なのですが、母親の出自について日本書紀は沈黙しています。
なぜ沈黙する必要があるのか?
その答えを出すには誰が日本書紀を書いたかが分かれば簡単です。

天武天皇の息子の舎人親王が編集長だったと言うように書かれていますが、彼はむしろ発行人であり、実際に編集に当たっていたのは藤原不比等です。
藤原氏は、元、中臣氏ということで、日本古来の氏族となっていますが、不比等のおじいさんの御食子(みけこ)は百済からやって来ました。
従って、自分たちが「よそ者」であるということを書きたくなっかたように、穴穂部間人の出自についても沈黙していたのです。

では、なぜ、不比等は自分の名前を編集長として書紀に書かなかったのか?
それには、これまた事情があります。
そのことについてはこのページ (『壬申の乱』は天智帝暗殺で始まった) で説明しています。

しかし、この説を採ると、飛び越えねばならないハードルがあります。
どういうことかというと、実は、小姉君の母親が物部氏出身と思える節があるのです。

というのは、当時の皇子・皇女は一定の年齢まで母方の実家で養育されるのが普通でした。
そして育った土地の名前をつける慣習がありました。
飛鳥で育った大王の娘なら飛鳥皇女と呼ばれるわけです。

すると穴穂部間人皇女の穴穂も地名に由来することになります。
大和周辺に穴穂の地名は河内と奈良の石上にあります。
皇女がどちらで育ったか分りませんが、どちらも物部氏の領地なのです。

つまり小姉君は蘇我稲目の娘であると同時に、物部氏の娘でもあったのです。
しかも穴穂部間人皇女は物部の土地で成長しました。

しかし、ご存知のように、仏教をめぐって蘇我氏と物部氏は対立し、それまでの史上最大の戦闘を繰り広げました。
したがって、このようなことがあり得るだろうかと、あなたは疑問に思うかもしれません。

ところが、それ以前、朝廷で権力を握っていた大伴氏を退けるため、蘇我氏と物部氏は手を握り合ったことがあります。
どういうことかというと、小姉君は、蘇我氏と物部氏が宮中で勢力を伸ばす方策として、互いに婚姻関係を結んでいた当時の産物ということになります。
「友情の証」として、蘇我稲目かあるいは彼の父親の高麗が自分の側室の中から美しいペルシャ人の娘を物部の氏の長者に与えたのでしょう。

このようなことは、この当時よくあることでした。
軽皇子(後の孝徳天皇)が小足姫(おたらしひめ)を中臣鎌足(藤原鎌足)に与えたのもこのような例です。
このことについては、このページ (藤原鎌足と軽皇子) で述べています。

そのお返しに、今度は、物部氏がペルシャ人の女性から生まれた娘を蘇我稲目の側室として与えたわけです。
その娘から生まれたのが小姉君だというわけです。

したがって、小姉君の体内にはペルシャ人の血が4分の1流れていたわけです。
彼女の娘が穴穂部間人皇女です。
確証があるわけではありませんが、これが事実とするならば、聖徳太子には、16分の1のペルシャ人の血が流れていたことになります。
太子が赤い髪の毛をしていたという伝承は、このことによって説明がつきます。

また、後に推古天皇を生む堅塩媛(きたしひめ)と小姉君の間の確執も、このことによっていっそう良く理解することができます。
つまり、この腹違いの姉妹は共に欽明天皇の後宮に入ります。

ところが、若くてきれいな小姉君へと天皇の愛は傾いてゆきます。
それも分かるような気がします。
エキゾチックなペルシャ人の血を引いている小姉君は、天皇の目には、さぞかし魅惑的に映ったことでしょう。

しかし、堅塩媛(きたしひめ)にしてみれば我慢のならないことです。
このようなことを身近に見て来た娘の豊御食炊屋姫(とよみけかしきやひめ)も、当然、この混血児の叔母のことを良く思うはずがありません。
母親からずいぶんとグチをきかされたことでしょう。
この豊御食炊屋姫が推古帝です。

推古天皇は、後年、この小姉君の血を引き継いでいる皇子(聖徳太子も含めて)が天皇になることを極力避けようとしています。
推古帝の身になってみると、2重の意味でこのような皇子を排除したかったでしょう。
先ず「よそ者」の血が流れているということ。

しかも、この混血児の叔母のために、自分の母親がつらい目にあってきたということ。
このように考えてゆくと、つまり小姉君にペルシャ人の血が流れているとすれば、このあたりの事情が非常にすっきりと説明できます。

しかし、これだけに止まりません。
なぜ、聖徳太子は厩戸王子と呼ばれたのか?

母親の穴穂部間人皇女が宮中を見回るうちに、馬屋の前で産気づき、そこで出産したからという逸話が日本書紀などに見られます。
これはキリストの生誕を彷佛とさせます。
しかし、納得ゆくような説明が見当たりません。

ここで、聖徳太子の母親にペルシャ人の血が混じっていたこと、また彼女の回りにペルシャ人を含めて、多くの渡来人が居たことを考えると、このことも、非常にうまく説明がつきます。
では、次のページでもっと詳しくこのことを見て行こうと思います。


『聖徳太子の家庭教師』より
(2008年7月15日)

つまり、聖徳太子の一族にペルシャ人が居たので、キリストの伝説を知っていた。。。 それで聖徳太子は厩戸王子と呼ばれるようになった、というわけねぇ~。。。

そういうわけです。。。

でも、その事と「ジュンガル」がどのように関係しているというわけぇ~?

「ジュンガル遊牧国家」が清によって滅ぼされたので、その難民が中国の北方地方を経由して日本に流れてきたのですよ。。。 ベトナム難民が日本へやって来たこともあるので、可能性がないわけではない。。。

 


(boat001.jpg)

 

ベトナムから難民がやって来たのだから、清に敗れた「ジュンガル遊牧国家」から難民が日本へ逃れてきても可笑しくないわねぇ~。。。 それで。。。?

つまり、清に滅ぼされた「ジュンガル遊牧国家」の難民の一部は中国の北方の草原の道を通って最終的に津軽に到着したのです。。。

 


(mapgras2.jpg)

 

要するに、『津軽じょんがら節』は、もともと清に滅ぼされた「ジュンガル遊牧国家」の難民の哀愁の歌が基になっている。。。 それで なまって「津軽ジュンガル節」が「津軽じょんがら節」になったというわけねぇ~。。。?

そういうことですよ!

。。。で、日本の学界ではケイトーの説は認められたわけぇ~?

もちろん、認められてません。。。

事実はどうなのよ。。。?

かつて、『津軽じょんがら節』の事で僕が記事を書いたので読んでください。。。

“たかが音楽、されど音楽、

 それ以上でも以下でもない。”

 

津軽じょんがら節は津軽民謡の代名詞のようなものですが、
元は新潟・十日町市の「新保広大寺」という唄だと言われています。

これは広大寺の和尚・白岩亮端の時代に起きた農地の耕作権をめぐる土地争いが原因で、
広大寺の和尚を追い出すために歌った「悪口唄」でした。

それが越後で大流行し、やがて越後瞽女(ごぜ)のレパートリーとなります。
これが全国に流行するのですが、それが津軽化したものが「じょんがら節」です。

津軽でも民衆の心に長く記憶される事件が起こりました。
慶長2(1597)年、南津軽郡浅瀬石城主・千徳政氏が、大浦為信に滅ぼされたのです。

しかし、政氏の死後も為信は追討をやめず、ついに政氏の墓まで暴こうとします。

 


(joue006.jpg)

 

その戦いで炎上した千徳氏の菩提寺・神宗寺の僧・常椽(じょうえん)は、
それを抗議する意味をこめて本尊を背負って、
上川原に身を投げたと言います。
すさまじい話なんですよね。
こうした悲劇を歌った口説節が、じょんがら節であると言います。

つまり、民衆の中から沸き起こった歌なんですよね。
11代にわたって津軽の東の山根に繁栄した千徳家が滅亡。
落城とともに神社・仏閣がすべて焼き払われる。

この時千徳家代々の菩提寺である神宗寺に奉仕していた常椽和尚が、
先祖代々の位牌を背負って逃げた。

ところが、捕らえられそうになったので
白岩の断崖から浅瀬石川(上川原)に身を投じて一生を終えたのです。

年を経た夏に、川原で遊んでいた子供達が常椽和尚の変わり果てた遺体を砂の中にみつけ、
村人が相談して墓をつくり、ねんごろに弔ったと言われています。

その後、その場所を常椽川原(じょうえんがわら)と呼ぶようになったそうです。
それから毎年、お盆には常椽川原に集まり供養をし、
代々の城主をはじめ先祖の霊を慰め、
常椽和尚を偲ぶために即興で歌われたのが「津軽じょんがら節」の始まりだと言われています。

常椽川原もいつしか上川原(じょうがわら)となり、更には「じょんがら」と言われるようになったわけです。

つまり、“民衆の創造性”から生まれた唄というものは、
もともとのクラシックのようにorder-madeではなかったのですよね。

民衆の中から沸き起こった歌。
血と汗と涙。。。
そのような苦労の中で民衆の口により歌い継がれて現在の我々にまで知られるようになった。

現在の僕が、あれだけハマッタ“乙女の祈り”を聞いてもジーンとこないのに、
“津軽じょんがら節”を津軽三味線で聴く時、僕の魂はゆさぶられる。
それは、やはり、この唄が血と汗と涙の中で民衆によって受け継がれてきたからではないのか?

芸能プロダクションがミーハーの歌手を育てて広めたわけでもない。
そうやって金儲けをするために歌われてきたわけではない。

テレビやラジオで宣伝して広めたわけでもない。
演奏会や、音楽会を開いて広めたわけでもない。
紅白歌合戦があったわけでもない。
レコード会社が儲かるからと言ってレコードに録音したわけでもない。


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  太田将宏

 

私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。

しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。

この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えない、という気持ちである。

つまり、太田さんが言うところのこの汚染されきった世界こそ、
すぐ上に書いた芸能プロダクションであり、
テレビやラジオの功利主義であり、
演奏会や音楽会の商業主義であり、
紅白歌合戦と言う馬鹿騒ぎであり、
レコード会社の儲け主義ではないだろうか?

僕が“津軽じょんがら節”を聴いて魂をゆさぶられるのは、
“民衆の創造性”に僕の心の琴線が触れたからだと僕は信じています。

本尊を背負って、上川原に身を投げた常椽(じょうえん)和尚の無念な気持ち。
その和尚に同情を寄せる村人たち。
その中で和尚を悼(いた)み偲ぶ唄が生まれ、その悲劇と共に民衆に歌い継がれてゆく。
僕は、このような悲劇のことは何も知らない。

しかし、その悲劇性と、農民の気持ちが、この歌の響きの中に、旋律の中に込められている。
そして、その唄が津軽三味線で奏(かな)でられるとき、僕の魂をゆさぶる。

そういうことだと思うのですが。。。
あなたはどう思いますか?

次のリンクをクリックして、柴田三兄妹の“津軽じょんがら節”を聴いてみてください。


『ん? クラシックと津軽じょんがら節?』より
(2006年7月9日)

つまり、常椽和尚を偲ぶために即興で歌われたのが「津軽じょんがら節」の始まりだったのねぇ~。。。

そういうことのようです。。。 でもねぇ~、僕は『津軽じょんがら節』を聴くと、清に滅ぼされた「ジュンガル遊牧国家」の難民が、はるばる 草原の道 をたどって津軽にたどり着いて歌った哀愁の唄声が聞こえるのですよ。。。


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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

デンマンさんは自分で記事を書いていながら、すっかり忘れていたようですわァ~。。。

ええっ。。。 「そんなことは、どうでもいいから、他に、もっと楽しいことを話せ!」

あなたは、そのように強い口調で私に命令するのですか?

分かりましたわ。

シルヴィーさんが出てくる面白い記事は たくさんあります。。。

次の記事の中から面白そうなものを選んで読んでください。


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『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』

『真紀子落選(2013年1月14日)』

『野火(2013年1月18日)』

『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』

『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』


(sunwind2.gif)

『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

『その検査、ムカつく!』

『宮沢りえと床上手な女』


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『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』

『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』


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『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』

『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』

『やっぱり、セックス』

『セックス風呂具村』

『CIAの黒い手再び』


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『アダムとイブは何を食べたの』

『舞踏会 明子』

『波乱の人生』

『国際化だよね』

『イングナさんを探して』

『美しい日本語 チェーホフ』

『横の道@ニコライ堂』

『また塩野七生批判』

『日航スチュワーデス』


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『クレオパトラ@塩野批判』

『テルモピュライの戦い』

『思い出の蓮』

『角さんと天罰』

『ラーメン@リガ』

『角さんと天罰がなぜ?』

『南京事件と反知性主義』

『あけびさんの卒論』

『愛は降る星の彼方に』

『サイバー戦争』

『エロくて、ごめんね』

『モバイル社会とガラケー』

『元老のアメリカ』

『ケネディ家の呪い』

『欧米を敵に回す』

『ソフィアからこんにちわ』

『ドイツが原爆をロンドンに』

『いまだに謎』

『さらば大前研一』


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『空飛ぶスパイ』

『愛情はふる星@ベトナム』

『ヒラリーと塩野七生』

『ケネディ夫人@インドネシア』

『究極の大前研一批判本』

『フェルメールの謎』

『女に文句を言う女』

『あなたの祖国』

『宮沢りえ@韓国』

『正しい戦争』

『ゴールデンシャワー』

『死刑廃止』

『かまびすしい』

『今、新たな戦前』

『クレオパトラ@アラビア』

『政府は嘘をつく』

『犬と人間と戦争』

『未来予測』

『知られざる悲劇』

『量子活動家』

『アンネの運命』

『10次元の世界』

『ポーランドの犬』

『熟女ヌード@デンマン』

『ロッキード事件の真相』

『政府と役人と嘘』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ。


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ィ~ハァ~♪~!

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人生とは

 

人生とは

 

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デンマンさん。。。 最近、改めて 人生とは 何か?ということを考えてみたのですか?


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いや。。。 そういう事を考えたところで、どうにも成るものではないと悟っているので、考えてないよ。。。 オマエも考えてないだろう?

オイラは考えてますよ。。。

どうして考えてるのォ~?

デンマンさんもご存知の通り、オイラは家庭的な問題を抱えているのですよ。。。

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。
家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。

私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。


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Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。


【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家


56ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)

なるほどォ~。。。 オマエは奥さんと日本語が通じなくなってから何年にもなるので、最近やっと第2の人生について考え始めたというわけかァ~?

そうです。。。 いけませんか?

いや。。。 実に素晴しいことだよ。。。

でも、デンマンさんは第2の人生まで放棄しているのですか?

いや。。。 僕はすでに第2の人生を始めているのだよ。。。

つまり、こうしてブログを書くことがデンマンさんの第2の人生なのですか?

そうだよ。。。 オマエは急に侮辱的な視線を僕に向け始めたねぇ~?

やっぱり、オイラの目の中に侮辱的な光が輝いて見えますかァ~? うへへへへへへへ。。。 ところで、デンマンさんが人生について考えてないとしたら、どういうわけで 人生とは というタイトルにしたのですか?

その質問に答えるには、まず次のリストを見て欲しいのだよ。。。

 


(liv90921a.png)


『拡大する』

『category:人生とは何か?』

 

これはライブドアの僕の「徒然ブログ」の日本時間で9月20日の午後9時9分から翌日21日の午前2時40分までの約5時間半の生ログの一部なんだよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。。。

あれっ。。。 9月20日の午後10時1分にGOOGLEで検索して「人生とは何か?」のカテゴリーのページを開いたネット市民がいたのですねぇ~。。。

そうなのだよ。。。

 


(livcat558.jpg)


『拡大する』

『category:人生とは何か?』

『胸が苦しく懐かしい』

 

もしかしてリストの写真の かわゆい女の子がそのカテゴリーのページを開いたのですか?

そうなのだよ。。。 実は、シンガポールで暮らしている陣内香織 (じんない かおり)さんが読んだのだよ。。。

 


(girl518b.jpg)

 

また、IPアドレスを調べて香織さんがカテゴリーのページを開いたことを突き止めたのですか?

そうだよ。。。 

 


(ip7068b.png)

 

。。。で、香織さんはシンガポールで何をしているのですか?

実は、シンガポール国立大学(National University of Singapore)で環境工学を専攻しているのだよ。。。

環境工学ってぇ、どういうことを勉強するのですか?

一口で言えば環境問題を技術的に解決したり、環境を向上させたりする方法を探ろうとする工学の一分野だよ。。。

 


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最近、地球温暖化が問題になっているので、香織さんは最先端をゆく分野に挑戦しているのですねぇ~。。。

そういうことだよ。。。

 


(nus001.jpg)

 

。。。で、香織さんは どのようにしてカテゴリーのページを見つけたのですか?

次のように検索したのだよ。。。

 


(gog90921a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

「人生とは何か 徒然ブログ」 と入れて検索したのですねぇ~。。。 つまり、香織さんは「徒然ブログ」の常連さんなのですか?

そうなのだよ。。。 留学する前から「徒然ブログ」の常連さんなんだよ。。。

。。。で、香織さんは、どの記事を読んだのですか?

次の記事を読んだのだよ!

 


(incept20.jpg)

『信じて跳べ』

 

つまり、香織さんは上の記事を読んで自分の人生について、ある確信を持つことができたのですか?

そういうことだよ。。。

ちょっと話ができすぎているのではありませんかァ~?

つまり、僕が適当に話をデッチ上げていると、オマエは誹謗・中傷するわけぇ~。。。?

別に誹謗・中傷するわけじゃありませんけれど、いったい上の記事のどこに香織さんの人生について、ある確信を持たせるような強力な文章が出てくるのですか?

次の箇所だよ。。。 オマエも読んでみたらいいよ。。。


(leap001.jpg)

 

キェルケゴールは「不条理ゆえに我信ず」と言い切り、信仰に飛び込むと決意した。
彼は実際に愛する婚約者を捨てて生涯を神の哲学に捧げた。

「リープ・オブ・フェイス」は盲信を正当化する考えとして批判される一方、最初の実存主義的な宣言ともされている。
キェルケゴールはたまたまキリスト教徒として信仰を選んだが、そうでない人間にとっても論理を超えて飛躍すべき瞬間はあるはずだと。

考えているばかりでは何も始まらない。
イチかバチかで行動しなければ人は変わらない。

つまり、「現実主義者」と名乗る馬鹿も
イチかバチかで行動を起こして第2の人生を歩みださない限り
「クズの廃人」として一生を無駄に終えることになる。

 

つまり、あの馬鹿が、第二の人生を踏み出すように 信じて跳べ と言うために、オイラを呼び出したのですかァ~?

その通りだよ! あの馬鹿も必ず喜ぶはずだよ!


(smilerol.gif)


わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

やはり、仏のデンマンさんは

すばらしいです。。。

 


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『現実主義者 馬鹿の見本』

 

オイラが友達もなく、40ヅラさげて

結婚もできずに

狭い部屋に閉じこもっているにも拘らず

一生懸命に記事を書いて

第2の人生を踏み出して

オイラがまともな人間になるように

太田さんと一緒に応援してくれるのです!

もしかすると、村上春樹に代わって

今年の秋にはノーベル文学賞がもらえるかも…

 


(gohou99.jpg)

 

オイラは偏差値30台のクソ大学を

卒業して以来、初めて

生きる喜びを感じています!

もうこうなったら、恥も外聞もなく

天にも舞い上がる気持ちで

スキップしたいと思います。


(smilejp.gif)

わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンルン ランランラ~♪~ン

もう一つおまけに

ルンルンルン ランランラ~♪~ン

ああァ~、うれしいなあああァ~。。。

 


(foolw.gif)


馬鹿ですよねぇ~。。。

自分で馬鹿を振りまいているのですよ!

この「現実主義者」は底抜けの

おめでたい愚か者です!

どうして これほどまでに人間は

馬鹿になりきれるのかァ?

僕には、もう付き合いきれません!

明日になれば、この愚か者は

今日のことはすっかり忘れて

また、同じ下らないコメントを書くのですよ!

とにかく、“井の中の蛙”ですから。。。

でも、もしかすると、この馬鹿は

芸能界に入ったら伸びるかもしれません!

おバカ番組に出て

笑いを振りまくと思うのですよ。。。


『信じて跳べ』より
(2018年7月10日)

つまり、考えているばかりでは何も始まらない。 イチかバチかで行動しなければ人は変わらないという箇所に、香織さんは共感を持ったのですか?

そういうことだよ。。。 実は、香織さんはコンピューター・サイエンスを専攻しようか? それとも環境工学を専攻しようか? 迷っていたのだよ。。。 でも、上の記事を読んで環境工学を専攻することに決めたと言うのだよ。。。

ちょっと話ができすぎているのではありませんか?

つまり、僕の言う事が信用できない、とオマエは愚かな事を言うわけぇ~?

別に、信用しないわけじゃないけれど。。。

信用しようとしてないじゃないかァ~!

だってぇ~、あの「馬鹿の見本」は、いまだに信じて跳んでないじゃありませんかァ~!

そこだよ! 香織さんは信じて跳んで、現在シンガポールに留学して環境工学を勉強している。。。 ところが、あの馬鹿は、スキップして喜んでも翌日には、すっかり忘れて、また愚かなコメントを書き回って、人生の貴重な時間を無駄に過ごしているのだよ。。。

つまり、香織さんを引き立てるために、あの馬鹿を持ち出してきたのですか?

そうだよ。。。

でも、あの「馬鹿の見本」がスキップして喜ぶのを見ると、深刻な話が お笑いになってしまうのですよ。。。 こういう真面目な話の時に、あの「馬鹿の見本」を持ち出さないでください。。。 お願いします。。。


(foolw.gif)

【レンゲの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたも、あの「馬鹿の見本」の現実主義者が喜んでスキップするのを見ると、デンマンさんの話が信用できないように聞こえますかァ~?

ええっ。。。 「そんなことは、どうでもいいから、もっと他に面白い話しをしろ!」

あなたは、私に、そのような口調で命令するのですか?

分かりましたわ。。。 それではソプラノ歌手の高島一恵さんの次の歌を聴いてしみじみと泣いてくださいねぇ~。。。

 


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ええっ。。。 「歌は、もういいから、他にもっとも面白いことを話せ!」

あなたは、そのような命令口調で あたしに強要するのですかァ~?

分かりましたわ。。。

これまで、太田さんはデンマンさんに さんざ馬鹿にされたので

そのお返しをしたのですわァ。

だから、太田さんは次のサイトで抗議録を公開したのです!


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんはこれに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)

あなたが絶対、

見たいと思っていた

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■ 『クラシックとじょんがら』

■ 『百姓と貴姓』

■ 『宇宙は永遠か?』

■ 『利口な女狐』

■ 『村上春樹 小説と音楽』

■ 『世界で一番悪い国』

■ 『クラシック 馬鹿の見本』

■ 『92歳のピアニスト』

■ 『カラヤンと高島一恵』

■ 『春の祭典』

■ 『バッハと後妻』

■ 『マーラーと妻』

■ 『ベートーヴェンの永遠の愛人』

■ 『バッハと後妻を探して』

■ 『乳牛にモーツアルト』

■ 『こんにちわ@ダブリン』


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『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


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Call Girl Mystery

 

Call Girl Mystery

 


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Kato. . . Did you go to Paris recently and play with a high-priced call girl?


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Oh no, I am such a poor guy as, if I play with a high-priced call girl, I’ll go broke and become homeless.

Don’t be so pessimistic! Cheer up! . . . In any case, how come you’ve brought up a call girl?

Well . . . I recently borrowed a book from Vancouver Public Library and came across the following part. . .

 

The Dark Side of Paris

 


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“Zoom in”

 

Édouard Manet, sometimes referred to as the father of modern painting, is often spoken of as an impressionist, but he has never participated in an impressionist exhibition.
Rather, he was a painter who refused to exhibit at the Impressionist Exhibition.
At that time, the Impressionists were exposed to intense criticism because their novel painting methods were not recognized from the mainstream artists. . .

The theme chosen by Manet is a water-front leisure activity that was popular on the banks of the Seine at the outskirts of Paris, as the original title “Bathing” represents.
However, in the conservative audience at that time, the direct gaze toward the audience and the realistic nude body was too radical. . .

In this era, a plausible reason and/or excuse of “historical painting” was still necessary to draw the nude.
The above painting, however, appeared too shocking and too realistic as a real naked woman.
Critics and spectators condemned this work as “bad” and “immoral”. . .

They saw the dark side of the second imperial era in France, that is, the world of prostitution. . .

By the way, many high-priced courtesans worked in Paris during the 2nd Imperial period, but a strict moral view of social conducts prevailed.

 


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As a result of the invention of photos, some people imagined pornography on the market.
In times when paintings were supposed to be “noble”, Édouard Manet came to impose the reality on people.

The composition of the above painting is similar to the copperplate print “Judgement of Paris” produced by Marcantonio Raimondi (ca.1480 – ca.1534) based on Raphael’s drawing.
It seems obvious if you look at the three people in the lower right. . .

 


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The contrast between the male and female nudes is similar to that of “Concerto campestre” at the Louvre, which is now known as Titian’s work, but at that time people supposed that Giorgione (1476/78-1510) painted it. . .

 


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By the way, the current title “Lunch on Grass (Le Déjeuner sur l’herbe)” was renamed after Monet’s “Lunch on Grass” (1865-66) during the 1867 solo exhibition.

 


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(Pages 90-96)


Van Gogh’s Mental State

 

At the end of January 1890, a son was born to his brother Theo and Johanna.

Van Gogh, delighted with the birth of a nephew named the same Vincent Willem, began to work on a “Almond Blossom” as a gift. . .

 


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On July 6th, Van Gogh went to Paris on a day trip and learned about Theo’s economic hardship.
Theo, who had also sent money to his Dutch family after his father died, told Van Gogh that he could not expect a stable income like before because he was thinking about setting up his own business after leaving Goupil & Cie, where he was in charge of management.
Awkward and heavy air drifted through Theo’s family.

At that time, Theo, who was not born strong, was not in good health.
The couple was exhausted with care for the sick baby, and his wife Johanna was so tired that she fell sick.

The remittance to Van Gogh spurred the suffering and fatigue of Theo and cast a dark shadow on the marital relationship.
Faced with the plight of his brother and his wife, Van Gogh came to realize that he couldn’t rely on Theo any more.

Now van Gogh understood that Theo considered his family more important than van Gogh. . .

Aware of being too late to start a new life, van Gogh got troubled and began to get sick mentally. . .

Van Gogh devoted himself to the paintings as if to escape from loneliness and fear. His mental state clearly reflects on the “Wheatfield with Crows” drawn at this time.

 


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(Pages 119-121)

(Note:red characters are emphasized by Kato.
Photo from Denman Library
Translated by Kato)


SOURCE: 『人騒がせな名画たち』
著者: 木村泰司
2018年10月5日 第1刷発行
発行所: 株式会社 マガジンハウス

I see. . . There were many high-priced courtesans in Paris during the 2nd Empire period, huh?. . .

That’s right. . .

. . . So when was the second imperial era?

Please read the following a Wikipedia article about the second imperial era. . .

Second French Empire

 

The Second French Empire was the regime of Napoleon III from 1852 to 1870, between the Second Republic and the Third Republic, in France.

 


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Historians in the 1930s and 1940s often disparaged the Second Empire as a precursor of fascism.
That interpretation is no longer promulgated and by the late 20th century they were celebrating it as leading example of a modernizing regime.

Historians have generally given the Empire negative evaluations on its foreign-policy, and somewhat more positive evaluations of domestic policies, especially after Napoleon III liberalized his rule after 1858.

He promoted French business and exports.
The greatest achievements came in material improvements, in the form of a grand railway network that facilitated commerce and tied the nation together and centered it on Paris.

It had the effect of stimulating economic growth, and bringing prosperity to most regions of the country.
The Second Empire is given high credit for the rebuilding of Paris with broad boulevards, striking public buildings, and very attractive residential districts for upscale Parisians.

In international policy, Napoleon III tried to emulate his uncle, engaging in numerous imperial ventures around the world as well as several wars in Europe.

Using very harsh methods, he built up the French Empire in North Africa and in Southeast Asia.
Napoleon III also sought to modernize the Mexican economy and bring it into the French orbit, but this ended in a fiasco.
He badly mishandled the threat from Prussia, and by the end of his reign, Napoleon III found himself without allies in the face of overwhelming German force.


Source:“French Second Empire”
Free encyclopedia “Wikipedia”
 


Cafés and restaurants

Thanks to the growing number of wealthy Parisians and tourists coming to the city and the new network of railroads that delivered fresh seafood, meat, vegetables and fruit to Les Halles every morning, Paris during the Second Empire had some of the best restaurants in the world.
The greatest concentration of top-class restaurants was on the Boulevard des Italiens, near the theaters.
The most prominent of these at the beginning the Empire was the Café de Paris, opened in 1826, which was located on the ground floor of the Hôtel de Brancas.
It was decorated in the style of a grand apartment, with high ceilings, large mirrors and elegant furniture.
The director of the Paris Opéra had a table reserved for him there, and it was a frequent meeting place for characters in the novels of Balzac.
It was unable to adapt to the style of the Second Empire, however; it closed too early, at ten in the evening, the hour when the new wealthy class of Second Empire Parisians were just going out to dinner after the theatre or a ball.
As a result, it went out of business in 1856.

The most famous newer restaurants on the Boulevard des Italiens were the Maison Dorée, the Café Riche and the Café Anglais, the latter two of which faced each other across the boulevard.
They, and the other cafés modelled after them, had a similar arrangement.
Inside the door, the clients were welcomed by the dame de comptoir, always a beautiful woman who was very elegantly dressed.
Besides welcoming the clients, she was in charge of the distribution of pieces of sugar, two for each demitasse of coffee.
A demitasse of coffee cost between 35 and 40 centimes, to which clients usually added a tip of two sous, or ten centimes.
An extra piece of sugar cost ten centimes.
The floor of the café was lightly covered with sand, so the hurrying waiters would not slip.
The technology of the coffee service was greatly improved in 1855 with the invention of the hydrostatic coffee percolator, first presented at the Paris Universal Exposition of 1855, which allowed a café to produce 50,000 demitasses a day.

The Maison Dorée was decorated in an extravagant Moorish style, with white walls and gilded furnishings, balconies and statues.
It had six dining salons and 26 small private rooms.
The private dining rooms were elegantly furnished with large sofas as well as tables and were a popular place for clandestine romances.
They also featured large mirrors, where women had the tradition of scratching messages with their diamond rings.
It was a popular meeting place between high society and what was known as the demimonde of actresses and courtesans; it was a favorite dining place of Nana in the novel of that name by Émile Zola.

 


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Source:“Paris during the Second Empire”
Free encyclopedia “Wikipedia”

Tell me, Kato, in the Japanese history, what happened during that period.

It was around the end of the Edo period before the Meiji Restoration. . . Commodore Matthew Perry of the United States Navy came to Japan with a 4-ship fleet in 1853, and played a leading role in the opening of Japan to the West with the Convention of Kanagawa in 1854, which in turn led Japan to the beginning of the Meiji Restoration. . .

I see, but how come you focus on Call Girl in Paris?

Well, in those days, even at the end of the Edo period in Japan and later during the Meiji Restoration, a great number of prostitutes entertained men in regulated brothels as well as private brothels. . . So did courtesans in Paris.

I wonder if van Gogh had something to do with a sex worker or a brothel.

Yes, he did. . . Van Gogh lived with an ex-prostitute during the Hague era.

The Hague (1882-183) era

 


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Mauve took Van Gogh on as a student and introduced him to watercolour, which he worked on for the next month before returning home for Christmas.
He quarrelled with his father, refusing to attend church, and left for The Hague.

In January 1882, Mauve introduced him to painting in oil and lent him money to set up a studio.
Within a month Van Gogh and Mauve fell out, possibly over the viability of drawing from plaster casts.

Van Gogh could afford to hire only people from the street as models, a practice of which Mauve seems to have disapproved.
In June Van Gogh suffered a bout of gonorrhoea and spent three weeks in hospital.

Soon after, he first painted in oils, bought with money borrowed from Theo.
He liked the medium, and spread the paint liberally, scraping from the canvas and working back with the brush.
He wrote that he was surprised at how good the results were.

By March 1882, Mauve appears to have gone cold towards Van Gogh, and stopped replying to his letters.
He had learned of Van Gogh’s new domestic arrangement with an alcoholic prostitute, Clasina Maria “Sien” Hoornik (1850–1904), and her young daughter.
Van Gogh had met Sien towards the end of January 1882, when she had a five-year-old daughter and was pregnant.

 


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“Sorrow” depicting Sien

April 1882 The Hague sketch (black chalk)

 

She had previously borne two children who died, but Van Gogh was unaware of this; on 2 July, she gave birth to a baby boy, Willem.
When Van Gogh’s father discovered the details of their relationship, he put pressure on his son to abandon Sien and her two children.

Vincent at first defied him, and considered moving the family out of the city, but in late 1883, he left Sien and the children.

Poverty may have pushed Sien back into prostitution; the home became less happy and Van Gogh may have felt family life was irreconcilable with his artistic development.
Sien gave her daughter to her mother, and baby Willem to her brother.
Willem remembered visiting Rotterdam when he was about 12, when an uncle tried to persuade Sien to marry to legitimise the child.
He believed Van Gogh was his father, but the timing of his birth makes this unlikely.
Sien drowned herself in the River Scheldt in 1904.


Source:“Vincent van Gogh”
Free encyclopedia “Wikipedia”

In late 1883, van Gogh left Sien and went to Paris, didn’t he?

That’s right. . . He stayed in Paris, but after all, Paris was a difficult place for van Gogh to live. So, he moved to Arles, southern France, and started living there. . .

So, in Arles, did Van Gogh get involved with a sex worker?

That’s the mystery I’m talking about. . .

What do you mean?

As the above book tells you, van Gogh became mentally sick. . .

Why is that?

Well. . . , van Gogh received a letter that informed him that his brother Theo was engaged with Johanna, and van Gogh understood that his financial assistance would be cut off. At the same time, Gauguin told him that he couldn’t live together and would leave. Van Gogh was so profoundly depressed with this double problems that he cut his left ear with his razor on the spur of the moment. . .

 


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It looks like van Gogh cut his right ear. . .

At first I thought so when I saw the above picture. . . But the Wikipedia article says he cut his left ear. . . You know what? Van Gogh painted it while looking at him in the mirror. . . In other words, he simplay painted what he saw in the mirror, that is, the opposite image of the real thing.

I see. . . So what happened to the cut ear?

Out of all things and choices, Van Gogh wrapped the ear in paper and handed it over to a girl in a brothel he had visited several times. . .

So van Gogh gave it to his favorite sex worker, didn’t he?

That is the mystery. . . Actually, there is a documentary that delves into this mystery. . .

Kato, did you see this documentary?

Yes, I did. . .

 


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“Zoom in”

“Actual page”


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Kato’s Comment

Produced and directed by Jack MacInnes in 2016, this 56-minute documentary delves into the mystery of what really happened on the night of Dcember 23, 1888, in the French town of Arles.

Vincent van Gogh cut his ear and delivered it in person to a girl called “Rachel” in the nearby brothel.

Why did he do it?

Amazing and intriguing!

 

I see. . . So van Gogh gave the ear to a girl called “Rachel”, huh? But you seem to intentionally write a girl, instead of prostitute or hooker. . . Why is that?

So this is Call Girl Mystery.

Kato, are you kidding? Is this a pun or something?

Actually, this girl’s real name was Gabrielle and she was nicknamed “Gabi”.

Was “Rachel” the name used at the brothel?

Yes, it was, but she wasn’t working as a sex worker.

Why not?

This girl was 19 at the time and died in 1952 at the age of 80. . . Bernadetta Murphy in the above documentary actually visited her grandson and learned that the girl called “Rachel” at the brothel worked as a cleaning girl. . .

In other words, instead of sleeping with her, van Gogh was rather in a friendly relationship with this girl, huh?. . .

I guess so. . . Obviously, van Gogh liked this girl and might have had a pleasant chat with her at times. . . Van Gogh cut his ear and then walked to this brothel nearby, and handed it to this girl and said, “I want you to cherish it.” . . .

 


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Amazing! . . . She might’ve been shocked to death when she found a bloody ear wrapped in a piece of paper. . . Couldn’t van Gogh think of her feelings when she would find his bloody ear wrapped in a paper?

He did it because he was mentally sick. . . If van Gogh had been in a normal mental state, he wouldn’t have done it!

Why did van Gogh cut his ear in the first place?

Good question! . . . Whenever somebody hears this story, he or she will have the same question! . . . Actually I had the same question when I heard this story for the first time.

Don’t waste my time. . . Please tell me why. . .

Well . . . , Diane, probabaly you know that van Gogh had once thought of becoming a pastor. . . Whenever he found his spare time, van Gogh translated Bible chapters into English, French, and German. Van Gogh also prayed for a long time at the table, did not eat meat, and went to the Jansen Church, Catholic Church, Lutheran Church on Sundays as well as the Dutch Reformed Church. . .

In other words, van Gogh was a devout Christian, huh?

You’re telling me, Diane. . . In the Bible, there is a story about cutting a ear. . .

Oh yeah?. . . Tell me about it. . .

The above documentary explains that Van Gogh naturally knew the Biblical story, in which the apostle Peter had resisted the centurion who tried to arrest Jesus and cut his ear. . .

 


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Kato, are you saying that, recalling the above story, van Gogh cut his own ear on the spur of the moment?

The above documentary seems to interpret the incident that way. . .

Kato, what do you think about it?

Well . . . , Van Gogh seemed in a big trouble because he would have no or little economic assistance from Theo in the near future. . . At that time, because of the difference in opinions, Gauguin told van Gogh that he would leave Arles. Thus, van Gogh plunged into a fathomless depress.

In other words, van Gogh mentally went beyond the limit, huh?

I think so. . . Van Gogh can’t hate Theo. . . He had no courage to cut Gauguin’s ear with a razor. . . At this point in time, he might have come up with the Biblical tale of ear-cutting and came to realize that he himself was to blame, and he cut off his ear on the spur of the moment!

So, eventually he blamed himself and cut off his ear as the spostle Peter did to the centurion, huh?

I can’t think of anything else!


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【Himiko’s Monologue】


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Are you interested in the life of Vincent van Gogh?

There is a famous movie titled “Lust for Life”.

Kirk Douglas plays brilliantly as Van Gogh in an unforgettable performance.

 


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How do you like the above trailer?

Are you tired of reading and viewing the crazy artist?

Well… here’s a mood-changing tune just for you.

Gess what?… You can now laught to the last tears.

 


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  Mr. Mathane

 

In any road, I expect Kato will write another interesting article soon.

So please come back to see me.

Have a nice day!

Bye bye …


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If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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“JAGEL”

“JAGEL Again”

“Say NO!”

Happy Gal in Canada

Roof of Vancouver

Aftershock

Whiplash

Sex Appeal

Better Off Without Senate

Fire Festival

Sweets@Paris

Scary Quake

MH370 Mystery

Putin’s Way

Trump @ Vancouver

Otter & Trump


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Changeling

Fiddler on the Roof

Flesh and Bone

Maiden’s Prayer

Romeo & Juliet

Trump @ Joke

Halloween in Shibuya

Trump Shock

Happy New Year!


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Life or Death

Way to Millionaire

Adele Hugo

Middle Sexes

Romance@Madison

Hacksaw Ridge

Eight the Dog

Halloween@Shibuya

Chef Babette


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Ramen Boom

from Korea

Omakase@Sushi

Crocodile Meat

Killer Floods

Climate of Doubt

Glory of Death

Big Mystery

Hitler and Trump

Hot October

2018 BC Ballot

Bach Collegium Japan

Dolly the Sheep

Golden Shower

Cleopatra

Strange Love

Quartet

Unknown Tragedy

World War B.C.

Mystery of Dimension


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Hi, I’m June Adams.

Kato is a real movie lover, who tries to watch 1001 movies.

As a matter of fact, he has already accomplished his goal.


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『Actual List』


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Kato watched “The Arabian Nights” or “One Thousand and One Nights” as his 1001th movie.

You might just as well want to view it.


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The stories in “the Arabian Nights” were collected over many centuries by various authors, translators, and scholars across West, Central, and South Asia and North Africa.

The tales themselves trace their roots back to ancient and medieval Arabic, Persian, Indian, Egyptian and Mesopotamian folklore and literature.

In particular, many tales were originally folk stories from the Caliphate era, while others, especially the frame story, are most probably drawn from the Pahlavi Persian work Hazār Afsān which in turn relied partly on Indian elements.

What is common throughout all the editions of the Nights is the initial frame story of the ruler Shahryār and his wife Scheherazade and the framing device incorporated throughout the tales themselves.

The stories proceed from this original tale.

Some are framed within other tales, while others begin and end of their own accord.

Some editions contain only a few hundred nights, while others include 1,001 or more.


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ところで、愛とロマンに満ちた

レンゲさんのお話をまとめて

『レンゲ物語』を作りました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

『愛とロマンのレンゲ物語』


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『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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猫カフェと癒し

 

猫カフェと癒し

 


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デンマンさん。。。 今日はどういうわけで猫カフェと癒しというタイトルにしたのですか?

それに答えるには、まず次のリストを見て欲しいのですよ。。。

 


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『拡大する』

『猫と癒し』

 

これはライブドアの 僕の「徒然ブログ」の日本時間で8月24日の午後8時39分から翌日25日の午前1時17分までの約4時間半の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。。。

あらっ。。。 8月24日の午後9時11分にGOOGLEで検索して『猫と癒し』を読んだネット市民がいたのですわねぇ~。。。

そうです。。。

 


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『拡大する』

『猫と癒し』

 

。。。で、どのように検索して上の記事を見つけたのですか?

次のように検索したのです。。。

 


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

あらっ。。。 猫カフェ 猫と癒し 徒然ブログ と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そうです。。。 実は、『猫と癒し』を読んだのは水戸市に住んでいる井出朋美 (いで ともみ)さんなのです。。。

。。。で、朋美さんは水戸市で何をなさっているのですか?

茨城大学の教育学部で先生になるために勉強しているのですよ。

 


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あらっ。。。 朋美さんは、チアダンスのメンバーなのですかァ~?

そうです。。。

学生生活を楽しんでいるのですわねぇ~。。。

真由美ちゃんもまた学生生活に戻りたくなったのではありませんかァ~?

そうですわねぇ~。。。 社会人になって働き始めると、自由時間がたくさんあった学生生活が懐かしくなります。。。

。。。でしょうねぇ~。。。 パン職人・ベーグル職人は、まだ夜が明けないうちから仕事だからねぇ~。。。

いつものようにIPアドレスを調べて朋美さんがアクセスしたと突き止めたのですか?

そうです。。。

 


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。。。で、朋美さんは『猫と癒し』を読んで癒されたのですか?

いや。。。癒されたと言うよりも、僕に好物の「チーズ入り裂(さ)きイカ」をもらった猫が1年以上も経っているのに、僕のことを忘れずにいたことを知って驚いたと言うのですよ。。。

猫の記憶

僕になついた野良猫が居たのですよう。小百合さんのすぐ上のメールを読んで、僕は懐かしく思い出したのですよう。あの野良猫こそは“たなぎ猫”だと思ったのです。

どう言う訳で。。。?

野良猫だから飼い主が居る訳ではない。お袋に聞いたら実家のガレージの棚の上で夜を明かすことが多いと言うのですよう。


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それで、この上の野良猫がデンマンさんに、なついたのでござ~♪~ますか?

この猫は、とっても警戒心が強いのですよ。野良猫って、たいていそうだけれど、この猫がどうして警戒心が強いかと言うと、僕の親父(オヤジ)が猫が嫌いなのですよう。野良猫が家の中に上がりこまないように、僕の親父は猫を見れば、飲み残しのお茶をぶっ掛けたりするのですよう。だから、僕の姿を見ると親父だと思って一瞬逃げ出しますよう。でも、2度目に振り向くと、いつもの怖い男とはちょっと違うようだと思うのか?遠くから確かめるような目つきをして、僕をじっと見ているのですよう。

それで。。。?

僕は犬や猫とは波長が合う目つきをしているのですよう。人間だって、この人とは気が合う、と言うことがあるでしょう?僕は犬や猫とは仲良くなれるようなフェロモンでも出しているのではないか?うへへへへ。。。そう思うことさえありますよ。怖そうな犬が他の人には吠えても、僕には吠えない。。。そういう事を僕は何度か経験していますよう。

それで、その野良猫は、どういうきっかけでデンマンさんになついたのですか?

僕が帰省していた時に、この野良猫に餌付(えづ)けしてみたのですよう。

それで、すぐにデンマンさんになついたのでござ~♪~ますか?

一週間ぐらいは、僕の手からは食べませんでしたよ。


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これはねぇ、“なかよし”と言う名の「チーズ入り裂(さ)きイカ」なんですよう。たまたま八戸市の知り合いがお土産に持って来たものですよう。イカなら猫も食べると思ったし、チーズだってミルクを固めたものですからね。ミルクは猫の好物でしょう。だから、「チーズ入り裂きイカ」ならば、絶対に猫ならばハマる、と思ったのですよう。

ハマりました?

ハマりましたよう。僕の姿を見ると「チーズ入り裂きイカ」が食べられると思って寄って来るようになりました。10日目には僕が体を触っても逃げないようになりましたよう。

つまり、その野良猫はデンマンさんを飼い主に決めたのでござ~♪~ますか?

自分の用事がある時だけ、降りてくる…

でもねぇ、小百合さんも上のように書いていたけれど、「チーズ入りさきイカ」を食べ終わると、どこかへ行ってしまいますよう。んもお~。。。食べる時だけ僕になつく勝手な野良猫なのですよう。まさに「たなぎ猫」だと思いましたよう。

結局、デンマンさんを飼い主だとは思わなかったのでござ~♪~ますわね?うふふふふ。。。

この時は、僕が8年ぶりに実家に帰った時で、野良猫の“ミーちゃん”に餌付けをやっていた時に、菊ちゃんがたまたま通りかかったのですよう。「虫の知らせ」とでも言うのでしょうね。

菊ちゃんがまだ生きていた頃のお話でござ~♪~ますか?

そうなのですよう。菊ちゃんは奇病にかかって40代で亡くなってしまいました。本当に可哀想でした。菊ちゃんも懐かしかったのでしょうね。ニコニコしながら、すぐに僕のところにやってきましたよう。やはり、僕だって「たなぎ猫」よりは菊ちゃんの方がずっと可愛いですよう。


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アキィーヤは、とおい。。。とおいとこから。。。きちゃったのォ~?

(僕がカナダに居ることはお袋から聞いていたらしいのです。)

うん、そうだよ。カナダと言う国なんだよう。菊ちゃんには分からないだろうなぁ~。。。どう?カナダって、どこにあるか知ってるゥ~?

と~♪~おい。。。と~♪~おいとこよねぇ~。。。

うん、うん、うん。。。。そうだよ、そうだよう。ずっと遠いところにあるんだよう。ちょうど地球の裏側なんだよ。分かるゥ~?

チキュウに裏があるのォ~

うん、うん、うん。。。あるんだよう。地球は丸いからね。

どうちて丸いの?平らでちょう?丸いとすべってちまうわ。うふふふふ。。。

そうだよなぁ~。。。うへへへへ。。。確かに丸いと滑ってしまうよなぁ。。。うしししし。。。菊ちゃんがネンネしている時に、僕は起きているんだよう。うへへへへ。。。

どうちて、あたしがネンネしている時にアキィーヤは起きているのォ~?

だから、地球は丸いからだよ。

チキュウは平らでちょう

うん、うん、うん。。。確かに菊ちゃんの目には平らに見えるよなぁ。間違いないよう。菊ちゃんは間違った事を言ってないよう。うへへへへ。。。地球が丸いか平らか?は菊ちゃんにとって重要じゃないから、どうでもいいんだよ。とにかく、菊ちゃん、お茶でも入れるから上がりなよ。

そう言う訳でしばらくぶりに会った菊ちゃんのために僕がお茶を入れることにしたのですよう。

デンマンさんは何年ぶりに菊ちゃんにお会いしたのでござ~♪~ますか?

10年ぶりぐらいですよう。知恵遅れの人ってあまり年をとらないのですよね。当時、菊ちゃんは40才になろうとしていたのだけれど、僕の目には小学生の頃見た菊ちゃんと、ほとんど変わりがなかったですよう。

それで、この時に何か面白いお話があるのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。

菊ちゃんを応接間に通して僕が台所でお茶を入れようとしていたのだけれど、とにかく、懐かしいのか、僕の後についてくるのですよう。応接間に座ってていい、と言うのに。。。

だって、菊ちゃんはデンマンさんのお嫁さんに成りたいと思っていたから、やっぱり会えてうれしかったのでござ~♪~ましょうね。


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うん、うん、うん。。。確かにそうでしょうね。僕も、菊ちゃんに会えて本当に懐かしかったですよう。

それで、どのような事があったのでござ~♪~ますか?

お袋はちょうど町内会の会合に出席していて留守でしたよ。僕はヤカンを見つけて水道の蛇口から水を入れてコンロにかけようとしたのだけれど、菊ちゃんが面白そうに笑うのですよう。

デンマンさんが、何か面白い事でも言ったのでござ~♪~ますか?

菊ちゃんが面白がるような事は何一つ言ってないのですよう。

。。。んで、菊ちゃんは、いったい何を面白がったのでござ~♪~ますか?

それが、僕には全く見当がつかないのですよう。“菊ちゃん、何がそんなに可笑しいの?” 仕方ないから尋ねましたよう。

そうしたら。。。?

「フータ。。。フータ。。。」と言って笑っているのですよう。

初め、何の事を言っているのかさっぱり分からない。でも、菊ちゃんが指差したのでヤカンの蓋(ふた)の事を言っているのがようやく分かったのですよ。

どう言う事だったのでござ~♪~ますか?

僕はヤカンの注ぎ口から水を入れていたのですよう。

蓋を取らずにでござ~♪~ますか?

蓋を取らずにですよう。なぜなら僕がバンクーバーで20年以上使っているヤカンには次のように蓋がないのですよう。


(kettle22.jpg)

あららあああぁ~。。。ほんとでござ~♪~ますわねぇ~。。。おほほほほ。。。でも、これってマジですか?

もちろん、マジですよう。僕が画像ソフトで蓋を消してしまった訳ではないのですよう。本当に蓋のないヤカンなのですよう。

それでデンマンさんのご実家にあったヤカンは、どのようなものだったのでござ~♪~ますか?


(kettle23.jpg)

蓋がちゃんと付いているのですよう。どちらも、沸騰するとピーっと音を出すヤカンです。

日本には蓋の無いヤカンなんて売ってないと思いますわ。

僕もそう思いますよ。日本人は清潔好きですからね。水垢が溜まるから、絶対にヤカンを掃除したいと思うでしょうね。だから、蓋の無いヤカンなんて作ろうと思う人も居なければ、買う人も居ないと思うのですよう。

それなのにデンマンさんは、蓋の無いヤカンを買ったのでござ~♪~ますか?

そうですよ。蓋の無いヤカンと言う発想が面白いでしょう。。。ヘぇー、こんなものを本当に作る人が居るんだあああぁ~。。。僕は可笑しかったり、感心させられたりで。。。気に入って買ったのですよう。

どこで。。。?

カナダのイエローナイフですよう。もう20年以上前ですよう。


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(yellowk2.jpg)

イェローナイフ 人口約2万

ところ変われば品変わる

それ以来、蓋の無いヤカンをデンマンさんはバンクーバーで20年以上も使っているのでござ~♪~ますか?

そうですよ。習慣というものは恐ろしいものですよう。注ぎ口から水を入れていたので、蓋を取ろうという気持ちになりませんでした。菊ちゃんの目にも、信じられないような愚かな事を僕がやっているように見えたでしょうね。うしししし。。。

それで、野良猫のミーちゃんはどうなったのでござ~♪~ますか?

その翌年、僕がバンクーバーから実家に帰省すると、まだガレージの棚を寝床に決めて住んでいましたよゥ。しかも、驚いた事に僕を覚えているのですよ。また「チーズ入り裂きイカ」がもらえるかと思って寄って来ましたよ。可愛いものですよう。

八戸市の「チーズ入り裂きイカ」はあったのでござ~♪~ますか?

もちろん、すべて食べつくしてありませんでした。仕方がないから近くのスーパーまで行って、似たようなチーズ入りの裂きイカを買ってきましたよう。

。。。んで、それからは毎年デンマンさんが帰省するとミーちゃんは覚えていて、デンマンさんのところにチーズ入りの裂きイカをおねだりに行ったのでござ~♪~ますか?

ところが、しばらく見なかったのですよ。その間に菊ちゃんは奇病で亡くなってしまった。

菊ちゃんの奇病って。。。どのような病気だったのでござ~♪~ますか?

腎臓が急に悪くなったようです。僕も良くは分からないのだけれど、体に害を及ぼすアンモニアを腎臓が人体には無害の尿素にするようです。ところが菊ちゃんの腎臓はアンモニアを無害な尿素に変える機能が急に失われてしまった。それで人体に害を及ぼすアンモニアが体中に回ってしまって菊ちゃんの命を奪ってしまったのですよ。まだ治療方法がなくて奇病の一つになっているそうです。

まだ40代の若さで亡くなってしまったのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。可哀想に。。。

。。。んで、野良猫のミーちゃんは、それ以来デンマンさんの前に姿を現わさなかったのですか?

ところが、去年の11月に帰省した時に、僕が応接間のソファに座りながらテレビニュースを見ていたら、ガラス戸の外の縁台にちょこっと座っているのですよう。

間違いなくミーちゃんだったのですか?

間違いありません。見知らぬ猫だったら、まず僕を警戒するから、あんなにすぐ近くにやってきませんよう。1メートル半ぐらいの距離でした。しかも、その場所は、チーズ入りの裂きイカをおねだりするスポットだったのですよう。つまり、ミーちゃん以外には知らないスポットです。

でも、デンマンさんと会うのは1年のうちでたったの1ヶ月。しかも、最後に会ってから、かなりの月日が経っていたのでしょう?

そうなのですよう。僕はなんだか、背筋がぞォーとしましたよう。

なんだかお化けでも見たような話し方ですわねぇ~?おほほほほ。。。

夜だったら、僕はマジで猫が化けて出てきたのかと思ったでしょうね。

何時頃だったのでござ~♪~ますか?

お昼のニュースを見ていたのですよう。だから、お化けではないのですよう。でも、猫の記憶力に僕はビックリしましたよう。

年をとって、なかなか自分ではネズミのような食べ物にありつけないので、エサをくれるデンマンさんのことを思い出したのでしょうね。


『猫ちゃんの出迎え』より
(2009年11月17日)

デンマンさんは“たいていの人間には「怖そうで、とっつきにくい男」だと思われる”と言いましたけれど、菊ちゃんには なつかれているではありませんか!

あのねぇ~、菊ちゃんは普通の人ではないからですよ。。。 知恵遅れの人というのは、鋭い直感というか?。。。 本能的に人を見分けるような感覚があるような気がするのですよ。。。 外見に惑わされず、人の気持ちを嗅覚的に察するような。。。

そうでしょうか?

僕は猫とか犬とか。。。、人間でも“純朴で素朴な人”には好かれるのですよ。。。

じゃあ、もしかすると 私は“純朴で素朴な人”なのかも。。。?

いや。。。 僕と真由美ちゃんが親しく付き合えるのは、血のつながりですよ。。。 つまり、血縁です。。。 真由美ちゃん血の中にも、僕の血の中にも猫や犬に好かれるような遺伝子が含まれている。。。 つまり、犬や猫に好かれる気質を持っているのですよ。


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【デンマンの独り言】


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ところで、真由美ちゃんは、ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

2016年の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


(polar10.jpg)

上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


(hand.gif)

If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


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『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


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『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』


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『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』

『行田物語 ケネディ暗殺』

『行田物語 病院食』

『行田物語 お股の花々』

『晩香坡物語 ジャズ』

『行田物語 悪夢』

『行田物語 社長』

『行田物語 棺桶に入るまで』

『宝田百合子@インド』

『行田物語 ちゃぶ台』

『行田物語 アカギレ』

『行田物語 にぼし』

『ノーベル賞がなぜ?』


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『トゥーランドットとかぐや姫』

『ゲソとワケギ』

『シェフ バベット』

『まんじゅう@富岡』

『ん?トゥーランドット』

『女の子の夢』

『イヴォワールのレストラン』

『151歳の誕生日』

『お皿をぺろぺろ』

『ポップス@蕎麦屋』

『検便と回虫』

『スコーンとプディング』

『スコーン姉妹』

『ピラミス 美術館』

『明治屋 圧力ジャム』


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『雁とがんもどき』

『グルメブーム』

『行田物語@ナポリ』

『栗餅』

『日本で再会ね』

『コロッケパン』

『日本のパン文化』

『小女子』

『カエルジュース』

『152歳の誕生日』

『かぐや姫フィーバー』

『クスクス笑わないで』

『セビチェ』

『ラーメンブーム』

『自然治癒力』

『カナダ紀行カナダ事情』


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