怨霊の歴史

 

怨霊の歴史

 


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デンマンさん。。。 今日はオバケのお話で あたくしをお呼びになったのでござ~♪~ますか?


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オバケとはちょっと違うんだけれどねぇ~。。。

怨霊ってぇ、オバケのよなものではござ~ませんかァ~。。。 たとえば、あの有名な“お岩さん”とか。。。

確かに、日本でオバケと言えば、まず“お岩さん”のオバケが3本の指に入るかも知れません。。。

四谷怪談


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四谷怪談(よつやかいだん)とは、元禄時代に起きたとされる事件を基に創作された日本の怪談。
江戸の雑司ヶ谷四谷町(現・豊島区雑司が谷)が舞台となっている。

基本的なストーリーは「貞女・岩が夫・伊右衛門に惨殺され、幽霊となって復讐を果たす」というもので、鶴屋南北の歌舞伎や三遊亭圓朝の落語が有名である。
怪談の定番とされ、折に触れて舞台化・映画化されているため、さまざまなバリエーションが存在する。

 

あらすじ

四谷在住の御先手鉄砲組同心の田宮又左衛門のひとり娘である岩は、容姿性格共に難があり中々婿を得ることができなかった。

浪人の伊右衛門は、仲介人に半ば騙された形で田宮家に婿養子として岩を妻にする。

田宮家に入った伊右衛門は、上司である与力の伊東喜兵衛の妾に惹かれ、また喜兵衛は妊娠した妾を伊右衛門に押し付けたいと思い、望みの一致したふたりは結託して、岩を騙すと田宮家から追う。

騙されたことを知った岩は狂乱して失踪する。

岩の失踪後、田宮家には不幸が続き断絶。

その跡地では怪異が発生したことから於岩稲荷がたてられた。


出典: 「四谷怪談」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

お岩さんの恨みで田村家の跡地ではお岩さんのオバケが出てくるようになったのでござ~ますわァ。。。 だから、“お岩さん”はりっぱな「怨霊」ですわよう。。。

怨霊


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怨霊(おんりょう)とは、自分が受けた仕打ちに恨みを持ち、たたりをしたりする、死霊または生霊のことである。

生きている人に災いを与えるとして恐れられた。

憎しみや怨みをもった人の生霊や、非業の死を遂げた人の霊。

これが生きている人に災いを与えるとして恐れられている。

霊魂信仰の考え方では、霊魂が肉体の中に安定しているときその人は生きていられる、と考える。

怨みや憎しみなどの感情があまりに激しいと、霊魂が肉体から遊離して生霊となり災いを与える、と考える。

戦死、事故死、自殺などの非業の死をとげた人の場合は、霊肉がともにそろった状態から、突然、肉体だけが滅びた状態になる、とされる。

したがって、その人の霊魂は行き所を失い、空中をさまよっていると考えた。

これらの霊が浮遊霊である。

平安時代の書物にさかんに現れる物の怪(もののけ)、中世の怨霊や御霊、近世の無縁仏や幽霊などは、いずれもこうした浮遊霊の一種とみることができる。

怨霊を主題とした講談や物語などがあり、こういったフィクションなどでは様々な設定で描写されることもある。


出典: 「怨霊」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

確かに、卑弥子さんの言うことは もっともです。。。

。。。で、どういうわけで、急に「怨霊」を取り上げたのでござ~ますか? 最近は、幼い子供でも、“オバケ”など信じませんわよう。。。

でも、漫画の『ゲゲゲの鬼太郎』は子供たちの間で人気がありますよう。。。 子供は、妖怪が好きなのですよう。。。

デンマンさんも子供時代に 『ゲゲゲの鬼太郎』にハマッたのでござ~ますかァ~?


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いや。。。 僕は子供時代から、オバケだとか、妖怪だとか、怨霊というものを馬鹿にして 全く信じませんでした。。。 だいたい、昔はお月さんには ウサギが居て餅つきをしていたなどという子供騙しの話がありましたからねぇ~。。。  ロケットで人間が着きに行くような時代に、月でウサギが餅つきをしているなどと、『ゲゲゲの鬼太郎』にハマッている子供でも 誰も信じませんよう。。。

確かに、月世界にウサギがすんでいるなどと、最近の子供たちは信じないかもしれませんわ。。。

僕にとって、オバケだとか、妖怪だとか、怨霊というのも、“月に住んでいるウサギ”と全く同じで信じてないのですよ。。。


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それなのに、どういうわけで怨霊を取り上げたのですか?

あのねぇ~、最近の人は 怨霊など信じないと僕は信じていたのですよ。。。 でもねぇ~、けっこう信じている人たちが現在でも居るのですよ。。。 ちょっと驚いたのです。。。

いったい、どなたが信じているのでござ~ますか?

たまたまバンクーバー市立図書館で借りていて本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

平将門の怨霊


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大正12年(1923)9月の関東大震災で、大蔵省の庁舎はことごとく焼け落ちた。
将門塚の古蹟保存碑も激しい振動で倒れてしまった。

復興の過程で池は埋められ、それまで前方後円墳の墳丘の形をよくとどめていた将門塚は、完全に取り崩された。
更地となった跡地には大蔵省の仮庁舎が建てられた。

将門の祟りが噂され出したのはこのころからであった。
大正15年6月に若槻礼次郎内閣の大蔵大臣となったばかりの憲政会所属の速水聖爾(はやみせいじ)が9月に急逝し、現職の課長ら職員十数人が次々に死亡。
さらに、塚の上に立てた仮庁舎での転倒事故が続出したことから、将門塚を破壊した祟りだといううわさが広まったのである。

昭和3年(1928)、塚のあった位置に建つ建物をわざわざ取り壊して将門塚を復元し、時の大蔵大臣三土忠造(みつちちゅうぞう)以下幹部職員列席のもと、神田神社社司による慰霊祭が営まれた。

だが、それも空しかった。
昭和15年(1940)6月20日、突然の暴風雨が東京を襲い、午後10時、大手町の逓信省航空局に雷が落ちた。
落雷により火災が発生し (略) 大手町一帯に燃え広がったのである。 (略)
人的被害も甚大で、消火作業中の警防団員二人が殉職したのをはじめ、重軽傷者は107人に及んだ。

この火災に震え上がったのが、大蔵省関係者だった。
この年は、平将門が討たれた天慶3年(940)からちょうど1000年目にあたる。
急遽、(略)「南無阿弥陀仏」の板碑を模刻して建立。
ふたたび神田神社の社司を招いて、厳粛に慰霊祭が執行されたのである。

昭和18年、大蔵省が霞ヶ関に移転すると、跡地は都有地となった。(略)
戦後、占領軍はこの場所に巨大なモータープール(駐車場)を造成し始めたが、占領軍の命令で将門塚をブルドーザーで壊そうとした日本人が転落して死亡する事故が発生。(略)
このときは神田神社の氏子の代表がGHQに出頭して事情を説明し、何とか塚の破壊は免れている。

 (中略)

将門塚周辺は再開発ラッシュである。
三井不動産は、大手町の三井物産本社ビル、旧プロミス本社ビル(旧長銀ビル)など3棟を再開発し、41階と30階の超高層ビル2棟を建てる計画を発表したが、敷地の一角にある「将門の首塚」は計画に含まれず、周囲は緑地にするようだ。


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三井不動産の広報によれば、将門塚を「神聖で大切な場所と認識している」という。
将門信仰は、今も脈々と生きているのかもしれない。

 (93-96ページ)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


『地図と愉しむ東京歴史散歩 地下の秘密篇』
著者: 竹内正浩
2016年10月25日 第1刷発行
発行所: 中央公論新社

あらっ。。。 平将門さんのことは あたくしも存じ上げておりますけれど、将門さんの怨霊が祟って これほど多くの人間が亡くなったということは初耳でござ~ますわァ~。。。 

実は、僕も歴史のことについては、かなり詳しいつもりで居たのだけれ、将門さんの怨霊が祟って これほど多くの人間が亡くなったということは初耳だったのですよ。。。

でも。。。、でも。。。、デンマンさんのことですから、絶対に信じないのでしょう?

あれっ。。。 卑弥子さんには僕の心が読めるのですかァ~?

もちろんでござ~ますわァ。。。 デンマンさんとも長いお付き合いでござ~ますから。。。 で、デンマンさんは、怨霊でないとしたら、亡くなった人たちは、なぜ立て続けに亡くなったのでござ~ますか?

あのねぇ~、怨霊の歴史は、なにも将門さんから始まったわけじゃない! 古い話で最も有名な怨霊はツタンカーメンの怨霊ですよ。。。

王家の呪い


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王家の呪い(おうけののろい、curse of the pharaohs)とは、エジプト王家の墳墓を発掘する者には呪いがかかる、という信仰である。
ファラオの呪い、ツタンカーメンの呪いとも呼ばれる。

1920年代のエジプトにおいて、王家の谷でツタンカーメンの墳墓を発掘してミイラをとりだしたカーナヴォン卿および発掘に関係した数名らが、発掘作業の直後次々と急死したとされる出来事からこうした伝説が生まれた。

現在まで語り継がれているが、墓の開封に立ち会った人で実際に急死したのはカーナヴォン卿だけであり、そのカーナヴォン卿も発掘以前に髭を剃っていた時に誤って蚊に刺された跡を傷つけたことにより熱病に感染し、肺炎を併発したことが死因であることが確認されている。

何らかのガスが墳墓に溜まっていて、墳墓をあばいた時にそれを吸った影響ではないか、と見なす人もいた。
たとえばアーサー・コナン・ドイルもそれに類した見方を好んだ一人で、王の墳墓を荒らす墓荒らしを懲らしめるために致死性のカビのようなものが意図的に配置されていたのではないかと見なした。
現在では古代エジプト墳墓の空気も調査されているが、有毒なガス、カビの存在は確認されていない。

ツタンカーメンの墓の発掘に直接携わった者で1年以内に亡くなったのはカーナヴォン卿だけである。
呪いの真相については、ハワード・カーターと独占契約を結んだタイムズに対抗した他の新聞社が、発掘関係者が死亡するたびに「王家の呪い」と報じたことが原因である。


出典: 「王家の呪い」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ツタンカーメンの墓を暴(あば)いた呪(のろ)いで カーナヴォン卿が亡くなったと言う話はエジプトに関心がある人は、誰でも知っていると思うのですよ。。。 でもねぇ、上の説明にもあるよう、墓の開封に立ち会った人で実際に急死したのはカーナヴォン卿だけであり、そのカーナヴォン卿も発掘以前に髭を剃っていた時に誤って蚊に刺された跡を傷つけたことにより熱病に感染し、肺炎を併発したことが死因であることが確認されているのですよ。。。

つまり、怨霊のために亡くなったと言う伝説には、必ず科学的に説明がつく理由があると、デンマンさんは主張するのでござ~ますかァ?

そうですよ。。。 あのねぇ~、我々人間には、昔から話を面白くしようとする好奇心があるのですよ。。。 だから、お月さんとウサギの話ができたのです。。。

では、将門の怨霊によって速水聖爾(はやみせいじ)が9月に急逝し、現職の課長ら職員十数人が次々に死亡したという事実を デンマンさんはどのように説明なさるのでござ~ますかァ?

簡単なことですよ。。。 速水聖爾さんは、脳梗塞で急死したのですよ。。。

では、その後で続いて亡くなった現職の課長ら職員十数人の死は、どのように説明なさるのでござ~ますかァ?

ツタンカーメンの場合でも、「発掘に関係した数名らが、発掘作業の直後次々と急死したとされる出来事」があったけれど、墓の開封に立ち会った人で実際に急死したのはカーナヴォン卿だけなのですよ。。。 つまり、その他の人たちの死は、言わば話に付いた“尾びれ”や“背びれ”なのですよ。。。 そのようにして、話が出来上がり、世の中の人たちの興味や好奇心をそそったわけです。。。 つまり、そうやってメディアが記事で取り上げて新聞や雑誌の売り上げを伸ばすわけですよゥ。。。

分かりましたわ。。。 んで、平将門の怨霊も新聞社や雑誌社が売り上げを伸ばすために、“怨霊の話”を記事にしたということですか?

その通りです。。。 時間軸に沿って現職の課長ら職員十数人の死を並べれば、それぞれに病気や事故で亡くなっているのです。。。 平将門の首塚が無かったとしたら、その人たちの死は全く誰もが気にも留めなかったかもしれない! だけど、新聞社や雑誌社は、売り上げが伸びるので、そういう話を記事に書いたわけですよ。。。

つまり、 「四谷怪談」のお話も、当時のマスメディアが売り上げを伸ばすために、デッチあげたお話なのでござ~ますかァ?

そうですよ。。。 お月様とウサギと同じようにして出来上がった話ですよ。。。

でも。。。、でも。。。、それでは身も蓋もないじゃござ~ませんかァ!

だから、怨霊を信じたい人は信じればいいのですよ! 信じたくない人は信じなくてもいいのですよ! 思想・信条の自由があるのだから。。。 人間の尊厳を支える基本的条件です。。。 また民主主義の前提です。。。 信教の自由、学問の自由、表現の自由、言論の自由とつながるものです。。。 国際法では市民的及び政治的権利に関する国際規約として、また、日本では日本国憲法第19条で思想及び良心の自由として保障されているのですから。。。

でも。。。、でも。。。、それでは木で鼻をかむようではござ~ませんかァ?

だから、「四谷怪談」を信じるのも「将門の怨霊」を信じるのも卑弥子さんの自由ですよ。。。 僕は卑弥子さんの自由を奪うつもりはありません。。。

でも。。。、この記事を読んでいるネット市民の皆様が不満そうなお顔をしていますわァ~。。。

僕の責任じゃありません。。。 文句があるなら、新聞社と雑誌社に問い合わせてください。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

デンマンさんは、ときどき夢も希望も無い事をおっしゃるのですわよう。。。

確かに、つきにロケットを飛ばして、お月様とウサギのお話は馬鹿バカしいものになりました。。。

だから、せめて「四谷怪談」や「将門の怨霊」のお話ぐらい、そっとしておいて欲しいものですわァ~。。。

あなただってぇ、そう思うでしょう?

とにかく、デンマンさんが つまらない事を言ったので話題を変えて楽しいお話をいたしますわねぇ~。。。

実は、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”が殿方の注目を集めているのでござァ~ますわよう。

うふふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。


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どうでござ~ますかァ?

この魅力によって あたくしの人気が出てきたのだと思うのですわァ。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

プリキュアにまつわるお話も、大変興味深いですけれど、

他にも いろいろな面白いお話がござ~ますわァ。

たまには、日本古代の面白いお話にも関心を示してくださいまし。

あなたのために古代史の記事を用意しましたわァ。

ぜひ お読みくださいねぇ。

では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


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『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』


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『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

『ペルシャ人の楊貴妃』

『ん?佐伯今毛人』

『文学と歴史とウソ』

『百人一首ミステリー』

『芭蕉と遊女再び』

『映画とロマン@仙台』

『源氏物语中的性描写』

『忘れられた歴史ロマン』


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『おばさんパンツ@サンホセ』

『聖徳太子のチューター』

『オナラの曲芸』

『死海』

『漱石とオナラ』

『絵里香さん』

『美女とオナラ』

『アンバパーリー』

『ゆっくりと愛し合う』

『見ちゃだめ!』

『二重マチ付きズロース』


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『麻生元総理』

『ネットのバカ女を捜して』

『額田王の歌』

『聖女と娼婦』

『済子女王@萌える』

『ん?堀内亜里?』

『松平春嶽が黒幕?』

『旅行者的早餐』

『なぜ蝦夷なの?』

『プリキュアとヒトラー』

『戦争絶対反対よね』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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日本の神話

 

日本の神話

 


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デンマンさん。。。 最近、あんさんは日本の神話に興味をもちはったん?


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ん。。。? めれちゃんは、わてが日本の神話に興味を持っていると思うたのかァ~?

そやかて、タイトルにそう書いてますやん。。。 それに、あんさんは、古代の日本の歴史について、ようけい記事を書いてますやん。。。

確かに、わては少しは日本の神話に興味を持ってるけど、実は、日本の神話に興味を持っている外人が わてのブログにやって来たのやがなァ~。。。

マジで。。。?

ちょっと次のリストを見て欲しいねん。。。


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『拡大する』

『「月岡芳年」タグのページ』

これはライブドアの わての『徒然ブログ』の2月6日の午後11時46分から7日の午前3時14分までの約3時間半の「生ログ」やねん。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。

あらっ。。。 長たらしいURL からやって来て『徒然ブログ』の「月岡芳年」タグのページを読みはったのやねぇ~。。。

月岡 芳年(つきおか よしとし)


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生年: 1839年4月30日(天保10年3月17日)
没年: 1892年(明治25年)6月9日

日本の画家。幕末から明治前期にかけて活動した浮世絵師である。
姓は吉岡(よしおか)、のちに月岡。本名は米次郎(よねじろう)。
画号は、一魁斎芳年(いっかいさい よしとし)、魁斎(かいさい)、玉桜楼(ぎょくおうろう)、咀華亭(そかてい)、子英、そして最後に大蘇芳年(たいそ よしとし)を用いた。

河鍋暁斎、落合芳幾、歌川芳藤らは歌川国芳に師事した兄弟弟子の関係にあり、特に落合芳幾は競作もした好敵手であった。
また、多くの浮世絵師や日本画家とその他の画家が、芳年門下もしくは彼の画系に名を連ねている。

歴史絵、美人画、役者絵、風俗画、古典画、合戦絵など多種多様な浮世絵を手がけ、各分野において独特の画風を見せる絵師である。
多数の作品があるなかで決して多いとは言えない点数でありながら、衝撃的な無惨絵の描き手としても知られ、「血まみれ芳年」の二つ名でも呼ばれる。
浮世絵が需要を失いつつある時代にあって最も成功した浮世絵師であり、門下からは日本画や洋画で活躍する画家を多く輩出した芳年は、「最後の浮世絵師」と評価されることもある。

昭和時代などは、陰惨な場面を好んで描く絵師というイメージが勝って一般的人気(専門家の評価とは別)の振るわないところがあったが、その後、画業全般が広く知られるようになるに連れて、一般にも再評価される絵師の一人となっている。


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出典: 「月岡芳年」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

月岡 芳年は幕末から明治前期にかけて活動した浮世絵師やのねぇ~。。。 そやけど、この絵師は日本の神話の絵も描きはったん?

いや。。。 わての知る限り、日本の神話の絵は描いておらんでぇ~。。。

それやのに、どないなわけで「月岡芳年」タグのページを読みはったん?

めれちゃんの質問に答えるには上のリストのURL をクリックしてみる必要があるねん。

上のURL をクリックすると どないなページが出てきよるのォ~?

次のページが表示されるのやがなァ~。。。


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『拡大する』

『実際のページ』

あらっ。。。 これは英語のページやんかァ~。。。

そうやァ~。。。 『魔女と異教』というサイトのページやねん。。。

つまり、あんさんのブログにやって来やはった外人さんは、このページを読んで その中のリンクをクリックして 「月岡芳年」タグのページを読みはったわけやのォ~?

そういうこっちゃァ。。。 実は、このページはカナダのトロントに住んでいるオリヴィアさんという日系カナダ人が書いたページやねん。。。 なんと、金光教の準取次者/巫女(associated priestess)さんやがなァ~。。。

金光教


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金光教(こんこうきょう)は、日本の新宗教。

教派神道連合会に属し、戦前の神道十三派の一つ。

安政6年(1859年)、備中国浅口郡大谷村にて赤沢文治(川手文治郎)、後の金光大神(こんこうだいじん)が開いた創唱宗教である。

同じ江戸時代末期に開かれた黒住教、天理教と共に幕末三大新宗教の一つに数えられる。

現在の本拠地は岡山県浅口市金光町大谷である(旧町名由来の金光町という地名は金光教の本部があることから付けられた)。

祭神は天地金乃神(てんちかねのかみ)と生神金光大神(いきがみこんこうだいじん)である。

教主は金光平輝(こんこうへいき、五代金光様)、教務総長は西川良典(にしかわよしのり)である。

日本を中心に約1600の教会・布教所、45万人の信者を有する。

 

著名人の信徒

市川猿之助 (歌舞伎役者)
市川右團次 (歌舞伎役者)
伊藤昌哉(政治評論家)
扇千景
小川洋子
小田原大造
片岡孝太郎 (歌舞伎役者)
桂かい枝
かんべむさし
甲本ヒロト (ミュージシャン)
坂田藤十郎 (歌舞伎役者)
サトウサンペイ
品川祐 (お笑い芸人) – 親の実家が金光教信者。
杉田二郎
鈴木清一 株式会社ダスキン創業者
砂川しげひさ
中村鴈治郎
十七世中村勘三郎 (歌舞伎役者)
十八世中村勘三郎 (歌舞伎役者)
中村吉右衛門 (歌舞伎役者)
七世中村芝翫 (歌舞伎役者)
八代目中村芝翫 (歌舞伎役者)
九代目中村福助 (歌舞伎役者)
西村朗 – 実家は神仏への信心が深く、神道においては金光教を信仰していた。
日枝久
牧野省三
松木安太郎 (サッカー解説者) – 名前が、玉水教会初代教会長湯川安太郎にちなんでいる。
三田寛子
吉見一起 (プロ野球中日ドラゴンズ) – 金光大阪高校出身。
萬屋錦之介


出典: 「金光教」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あんさんがトロント大学に行っていた時の同級生やのォ~?

いや。。。 わてにはオリヴィアという名の同級生はおらんかったでぇ~。。。

それやのに、どないなわけで あんさんが書きはった 「月岡芳年」タグのページのリンクが貼ってあるのォ~?

わても不思議に思って調べてみたのやけど、上のページのどこにも 「月岡芳年」タグのページのリンクが見当たらん。。。

それやのに、どないして外人さんは、あんさんのブログにやって来やはったん?

そやから、わても不思議に思って じっくりとページを見渡したのやァ~。。。

それで。。。?

そしたら、次の絵に見覚えがあった。


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『実際のページ』

sourceという言葉にリンクが貼ってあって、ここをクリックすると「月岡芳年」タグのページへ飛ぶねん。

。。。で、その外人さんというのは、どなたはんやのォ~?

ジョージア州のアトランタに住んでいるリンダ・ピロスキーさんやがなァ~。。。


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あらっ。。。 上の写真の女性がリンダ・ピロスキーさんやのォ~?

そうやァ~。。。

そやけど、IPアドレスを調べやはっても アクセス者の名前まではゲットできへんのやでぇ~。。。

あのなァ~、リンダさんは、次の小文を読んで「たいへんに“面白い”お話を伺うことができました」というメールを書いて寄越したのやがなァ~。。。


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ところで内侍所(ないしどころ)の神鏡というのは、むかし天照大神が天岩戸に閉じこもろうとなされた節、どうぞして自分の姿かたちを写しておき、子孫に見せてやりたいという御心から、御鏡を鋳造された。

最初のものは気にいらないというので、さらに二つめの物を造りかえられた。

最初にできた御鏡は、紀伊国日前(きいのくにひのまえ)、国懸(くにかかす: 和歌山市秋口)の社(やしろ)にまつられた。

二番目の御鏡を、御子(みこ)の天忍穂耳尊(あまのにいほみのみこと)に授けられ、「同じ御殿のうちに置きなさい」と仰(おお)せられた。

 

さて天照大神が天岩戸に閉じこもられ、天下がくら闇となったので、八百万代(やおよろずよ)の神々がより集まり、岩戸の口で御神楽(みかぐら)を奏したところ、天照大神が感心され、岩戸を細めにひらいて見物なされた時、神々の顔が互いにほの白く見えたことからして、面白いという言葉がはじまったと聞いている。


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(デンマン注:読み易いように改行を加えました。
イラストはデンマン・ライブラリーより)


187ページ 『平家物語(下)』
2004年10月20日 初版発行
現代語訳: 中山義秀
発行所: 河出書房新社

ホンマかいなァ~。。。

めれちゃんは、疑り深いのやなァ~。。。

そやかて、リンダさんは日本語がよめへんやろにィ~。。。

あのなァ~、実は、リンダさんはアトランタにあるジョージア州立大学の文学部で日本文化と日本語を専攻しておるねん。


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ホンマかいなァ~。。。?

めれちゃんは、マジで猜疑心が旺盛なのやなァ~。。。 あのなァ~、昔の人は“信じる者は救われる!”と言うたのやでぇ~。。。 そやから、めれちゃんも わての言うことを信じてルンルン気分で幸せになったらええやん。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

いつものように、“信じる者は救われる!” がオチでした。

あなたの デンマンさんの言うことを信じてルンルン気分で 幸せになってくださいねぇ~。。。

それにしても、あたくしまでが記事に登場してしまいました!


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デンマンさんが、かな~♪~りボインにコラージュしてデッチ上げたのでござ~ますわァ。。。。

うふふふふふふ。。。

では、そのお話は、このくらいにして、あなたのために素晴らしいニュースをお届けしますわぁ~。。。

最近 あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”がネットで人気が出ているのでござ~ますわァ~。。。

ええっ。。。 信じられないというのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


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どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

ところで、話は変わりますけれど、

かつて、レンゲさんの親友の めれんげさんは 一生懸命にブログを更新していたのでした。

でも、時には、他のことに夢中になって、会費を滞納したことがあったのでござ~ますわァ。。。

そのために、サイトを削除されてしまったのです。

それでも、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよねぇ~。。。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。

でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


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(surfing9.gif)

メチャ面白い、

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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』


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『愛はスミレの花のように』

『思い出の夕顔』

『スミレの花咲く頃』

『クリスマスのコメント』

『消え行く愛など無く』

『ひとりかも寝む』

『レモンと性と愛』

『少女と下着の秘密』

『いとしき言葉』

『無我の愛と自我の愛』

『めれちゃんde人間失格』

『愛@文明開化』

『愛と共感とストレス』

『愛欲と空海』

『きみはやさしく』

『愛の擬人法』

『めれちゃんと南方熊楠』


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『愛はスミレの花よ』

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『加賀の千代』

『千代に再会』

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『結婚するの?しないの?』

『浜美枝と宮沢りえ』

『きみのぬくもり』


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『壁に耳 障子に目』

『もう一つの世界』

『肥後ずいきブーム?』

『阿部定ブーム?』

『ノルウェイの森』

『大奥女中の淫らな恋』

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『皆さん、ありがとう』

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『yapoo家畜便器污』

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『死に誘われて』

『愛と心の構造なのね』

『愛の心が広まる』

『いとしき言霊』

『カミュを読みたい』


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こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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年賀状@富岡

 

年賀状@富岡

 


(nenga2018.jpg)


(sayuri812.jpg)

 


(kato3.gif)

2018年の年賀状ありがとう!

きゃははははは。。。


(stars.gif)

From: barclay1720@aol.com
To: sayuri876@yahoo.co.jp
Date: Fri, Jan 12, 2018 at 5:22 PM

いつもメールでやり取りしているので
まさか小百合さんから年賀状が来るとは思いませんでした!

うれしいなあああァ~。。。
では、スキップして喜びたいと思います。。。。

 


(smilejp.gif)

 

小百合さんからの年賀状は、確か初めてですよう!
きゃははははは。。。

1月2日に富岡を訪れたそうで、あれっ。。。と、ちょっとビックリしましたよ!
貫前神社へ初詣に行ったのですか?
三男を連れてゆきましたか?

あるいは軽井沢の帰りに寄ったとか?
あの“焼きまんじゅう”を食べましたか?

このまんじゅうのことでは1月9日に記事にも書きました。


(iwaiya02.jpg)

『まんじゅう@富岡』

 

小百合さんも懐かしみながら読めると思うので、ぜひ読んでみてね。。。

2017年は母親と弟(喜代司)が亡くなりました。
良い年とは言えませんでしたが。。。、

しかし、そのおかげと言ってはなんですが、
お通夜と葬式で 長い間会えなかった親戚の皆さんと会うことができて、
僕の人生にとって 実り多い年になりましたよ!


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“人間万事塞翁が馬”

 

昔の人は言いましたが、
確かに悪い事ばかりが続くわけではありません。。。

悪い事の後には良い事があり、その後には、また悪い事がくる。。。、
そしてその後には また良い事が起こる。。。
人生とは、そんなものですよねぇ~。。。

ところで、小百合さんが、最近、妙に不吉なことを言いますよねぇ~。。。

「私も来年のあいさつが出来るか?」と、年賀状に書いてある!

去年 小百合さんに会った時にも、なんだか不吉なことを言いましたよ。。。


(sayuri5.gif)

私からメールの返信が無いからと言って 

ブログに非難するような事を

書かないでねぇ~…

私が亡くなった時には、

デンマンさんには

連絡がゆかないのだから…

 

ちなみに、叔母は癌を患っていると言うのですよ。。。
初めは叔母は隠していたのだけれど、最近は癌だと自分で認めるのです。
でもねぇ~、癌を疑っていた僕ですが、会って話していると、元気そうで、とても癌だとは思えない!

ところが、最近になって、叔母は、ずいぶんと葬式に出たようなのです。。。
だから、だいぶ心細くなってきたようです。。。
それで、僕にも手紙を書いて、近況を伝えてきたのです。。。

そのことで、記事も書いたのですよ。。。


(jbeauty114.jpg)

『おもいきり生きてね』

 

読めば判るように、叔母は かなり気弱になっています。
でも、意外に芯は強い人です。。。

僕の母親もそうでした!
だから、叔母も しぶとく生き抜くと思います。

小百合さんも、気弱なことを言ってますが、芯は強い人なのですよ。
自分では病気体質だと思っているかもしれませんが、
小百合さんは健康そのものです。

病気は気からと言います。
つまり、ストレスのない生活を送り、しゃきっとした気持ちで生きるならば、寿命を全(まっと)うできるものです。
僕は、そう信じています。

それで、カナダにやって来てから30年、薬を飲んだこともないし、医者に診てもらったことも無い!
いたって、健康そのものです。。。

もちろん、何が起こるかわからないので、15年ほど前から、毎年 遺書を更新して、
行田に帰省するときに、三男の正造さんにコピーを一部保管してもらっています。

 


(sayuri22.jpg)

では、正月休みには 軽井沢でスノボでもして 体を鍛(きた)えてください。。。
でも、無理はしないようにねぇ~。。。

じゃあ、寒さに負けないで 元気にルンルン気分で過ごして下さいね。

ところで、「たかた食堂」で また あのカレーを食べましたか?
もう一度次の記事を読んで懐かしんでください。

 


(currying8.png)


(sayuri201.jpg)

『伽哩夫人』

 

新年になってから、バンクーバーは 雪が降ってません。
少し風邪気味でしたが、厚着をしてバンクーバー図書館に毎日元気よく通っていたら、4日目には完全に治りました。
風邪は、日ごろの生活パターンを乱さずに治すのが僕の流儀です。

ところで、春先にでもバンクーバーにやって来るといいですよ。
小百合さんの健康のためにも。。。

最近では 粉の入った缶やビンも機内に持ち込み禁止になりました!
粉も液体もダメです!
気をつけてね。
もちろん、機内に持ち込まずに預ければ大丈夫だけれど。。。

小百合さんが バンクーバーにやって来る時には
パンパシフィックホテルの海の見えるレストランで
クレームエペスを一緒に食べましょうねぇ~。。。

きゃははははは。。。


(din001.jpg)

では、バンクーバーの空を思い浮かべながら
アイリッシュ・クリーム・コーヒーを片手に
ルンルン気分で、今日一日を楽しんでね。

また会う時まで。。。
じゃあねぇ~。。。


(denman01.gif)


(byebye2.gif)


(sayuri55.gif)

デンマンさん。。。 私からの年賀状を受け取って、それほど感動したのですか?


(kato3.gif)

だってぇ~、メールでは、たびたびやり取りしてきたけれど、年賀状を小百合さんからもらったのは初めてですよ。。。

でも、こうして記事で取り上げるなんて ちょっとオーバーではありませんかァ~?

あのねぇ~、小百合さんから年賀状を受け取っただけだったら、僕は何も、こうして小百合さんを呼び出したりしませんよ。。。

じゃあ、どういうわけで呼び出したのですか?

不吉なことを書いていたからですよ。。。 「私も来年のあいさつが出来るか?」と、年賀状に書いてある! まさか僕の叔母のように 癌を宣告されたわけではないでしょう!?

はっきりと宣告されたわけではないですけれど、なんとなく予感のようなものを感じたのですわァ~。

あのねぇ~、それは小百合さんの思い過ごしなのですよ。

デンマンさんは、どういうわけで そのようなことをおっしゃるのですか?

だってぇ~、小百合さんは去年の11月16日に例によって 行田にやって来て Neco にカレースープを食べに僕を連れだしたのですよ。。。


(neco002.jpg)


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そう言われてみれば、確かに そうでしたわァ~。。。 でも、その事と癌が何か関係しているのですか?

あのねぇ~、小百合さんは、僕よりも早く食べ終わって、僕がゆっくり食べていると、僕の分まで食べたそうに ゴクリと生唾を飲み込みながら眺めていたのですよ。。。

まさかァ~。。。?

やだなあああァ~、その時の事を忘れてしまったのですかァ~?

覚えてますわァ~。。。

だったら、話は簡単ですよ。。。 癌にかかって余命がいくばくもない人は カレースープをあれほど速く食べ終わらないのですよ。。。 しかも、もしですよ。。。「私も来年のあいさつが出来るか?」と、マジで心配になっていたら、カレースープなど食べる気にもならないのですよ。。。

つまり、私は健康そのものだとデンマンさんは断定するのですか?

そうですよ。。。 “病気は気から。。。” と昔の人は言ったのですよ。。。 今から振り返ってみると、カレースープを食べた後で 次の歌を聴いたのがよくなかったのです。。。


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歌を聴きながら小百合さんがショボンとしていたのを、僕はそれとなく眺めながら、ちょっと気になっていたのですよ。。。

あらっ。。。 私は、それほどショボンとしていましたか?

カレースープをあれほど早く食べ終わった後だから、それほど心配ないとも思ったのです。。。 でもねぇ~、そのあとで、また小百合さんは次の歌を聴いたのですよ。。。


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この歌を小百合さんがしみじみと聴きながら涙を浮かべていたので、僕はヤバイと思ったのですよ。。。

どうしてですかァ~。。。?

どうしてってぇ~、やだなあああァ~。。。 この歌を聴いた後で別れたのですよ。。。 僕はバンクーバーに帰らなければなりませんでしたからねぇ~。。。

そのような事があったかしら。。。?

小百合さん。。。 急に記憶喪失症になったような真似をしてもダメですよゥ。。。 その後で、小百合さんは正月休みに軽井沢の別荘で小説を読んだでしょう?

どうして。。。、どうして。。。、そのようなことまで デンマンさんには分かるのですかァ~?

あのねぇ~、小百合さんとも長い付き合いですよ。。。 小百合さんが考えていることぐらい 太平洋を挟んでいても、分かるものなのです。。。 軽井沢の別荘で小説を読んで、人生のはかなさを感じたのですよ。。。 それで、なんだか急に11月に僕と訪れた富岡が懐かしくなったわけです。

それで軽井沢からの帰りに 私が富岡に立ち寄ったとデンマンさんは思うのですか?

そうです。。。


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『拡大する』


(tomioka99.png)

『拡大する』


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。。。で、私がどの小説を読んだとデンマンさんは思っているのですか?

堀辰雄の「風立ちぬ」ですよ。。。

堀辰雄と“死のかげの谷”

堀辰雄にとって「幸福の谷」は、幸せそうには見えなかったのですわ。

。。。で、どのように見えたのですか?

夏は確かに観光客がやって来て、多少は賑(にぎ)わうのですけれど、冬になると人影もなく寂しい谷になってしまうのでござ~♪~ますわ。それで「死のかげの谷」と呼んだ方がよさそうだ、と書いているのでござ~♪~ます。

ほおォ~。。。そうですか?

デンマンさんだって、「風立ちぬ」をお読みになったのでしょう?

読んだけれど、僕にとって、それ程思い出に残るような作品ではなかったのですよう。

どうしてでござ~♪~ますか?デンマンさんが気に入るような夢とロマンのお話でござ~♪~ますわ。

でもねぇ、主人公の男の妻は死んでいるのですよう。ロマンチックと言うよりも、悲しみが小説の底流に滲(にじ)んでいる。僕は20代の頃に読んだのだけれど、ルンルン気分の恋愛に惹かれる若い男には、実に悲しい、やるせない話と思えて、あまり好きになれなかった。卑弥子さんは、そういう悲しい話が好きなのですか?

あたくしは悲しいお話だとは思いませんでしたわ。むしろ男性に、それほどまでに思われている女性がうらやましいと思えましたわ。だから、あたくしもデンマンさんに、いつまでもいつまでも懐かしく思い出されるような女にならねばならないと努力しているのでござ~♪~ますわァ~。ォほほほほ。。。

(半分白けながら。。。) うん、うん、うん。。。見上げた心がけですよう。そんな事よりは「幸福の谷」の話ですよう。

んも~~。。。デンマンさんには、繊細な女心が全くお分かりにはならないのでござ~♪~ますわね?

あのねぇ~、脇道にそれると、この記事がまた長くなるのですよう。「幸福の谷」がテーマなのだから、余計な事はなるべく言わないでくださいよね。

分かりましたわ。「幸福の谷」に戻ればよろしいのでしょう。。。確かに夏は木漏れ日が漏れて、それなりに避暑地らしい雰囲気があるようでござ~♪~ますわ。でも、冬は人影もなく本当に寂しい厳寒の谷になるのでござ~♪~ます。しかも、堀辰雄が小説を書いていた当時は、冬になると水道もとまり、木造の建物は防寒対策もほとんどとられていなかったと言う事です。

ほおォ~。。。卑弥子さんは、そこまで調べたのですか?

そうでござ~♪~ますわ。あたくしも、いつの日にかデンマンさんと二人で「幸福の谷」を訪れるのでござ~♪~ますもの。。。おほほほほ。。。

ほらァ~。。。また、卑弥子さんは余計な事を言うのですよう。。。でもねぇ、言っておきますが、今年の秋ではないですよう。来年の秋ね。

分かっておりますわア。

それで、堀辰雄がどうしたと言うのですか?

「風立ちぬ」を書き上げた堀辰雄は、初めの予定では「幸福の谷」と書くつもりだったそうでござ~♪~ますわ。 でも、冬の厳しい谷の様子を見て、最終章の題を「死のかげの谷」としたのでござ~♪~ますう。

ほおォ~。。。さすがは京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している卑弥子・准教授だけの事はありますよねぇ~。読みが深いですよう。僕は、改めて卑弥子さんの文学的な才能を見直しましたよう。

このぐらいの事は、その辺で遊んでいるミーちゃんハーちゃんでも分かりますわよう。

つまり、卑弥子さんは、冬は「幸福の谷」ではなく「死のかげの谷」だと言いたいのですね?


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【デンマン注】 地図の中の“幸福の谷”は誤って記載されています。
実際は「同志社シーモアハウス」のすぐ上(北)の道です。


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そうでござ~♪~ますわ。しかも夏場だって、それ程、幸せそうではないのでござ~♪~ますわ。

それはどう言う訳ですか?

だいたい、あの近辺にある別荘の庭はコケで覆われているのでござ~♪~ますわ。あの谷の付近だけではござ~♪~ませんわ。軽井沢って、どこもかしこも苔で覆われていますわよう。住むには湿気との戦いなんだそうですわ。

ほォ~。。。卑弥子さんは、そんなことまで調べたのですか?

だってぇ~。。。いつの日には、あたくしとデンマンさんと二人して「幸福の谷」に行くのですものォ~、うふふふふ。。。だから、しっかりと下調べをしておこうと思い立ったのでござ~♪~ますわ。

なるほどォ~。。。ごもっともな事ですよう。。。で、卑弥子さんが調べる限り、思ったほど幸せそうじゃないので、僕と一緒に「幸福の谷」に行くのを断念した。。。そう言う訳ですね?

もちろん、デンマンさんとご一緒に行きますわよう。

でも、卑弥子さんにとって「幸福の谷」は「死のかげの谷」なのでしょう?

だから、あたくしはデンマンさんが「死のかげの谷」を一人でお散歩している間、すぐそばの万平ホテルのカフェテリアでお待ちしていますわ。


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【デンマン注】 実は、この写真はジョン・レノンではなく、アラン・ドロン

キャア~!すてきィ~。。。そいでぇ、ジョン・レノンがお気に入りだったと言うローヤルミルクティーを飲みながら、デンマンさんがぜひ食べたいと言っていた木の実のタルトをあたくしもいただくのでござ~♪~ますわ。


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つまり、花より団子ですね?

いいえ、団子だけではござ~♪~ませんわ。あたくしはホテルの中を散策したいのでござ~♪~ますわ。レトロな雰囲気に満ち満ちていてシックで素敵なのでござ~♪~ますう。


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こういう時代がかった雰囲気が卑弥子さんは好きなのですか?

そうでござ~♪~ますわ。「大正デモクラシー」の頃の自由でのびのびとしていて、それでいて古風な感じがメチャいいのでござ~♪~ますわ。

そういうところは京都生まれの京都育ちの影響でしょうね。

。。。んで、「幸福の谷」のあと、どこへ行くのでござ~♪~ますか?


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小百合さんの別荘がある近くに「ささやきの小径(こみち)」と呼ばれている散歩道があるのですよう。


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これがその小径でござ~♪~ますか?

そうですよう。 中央を流れている“せせらぎ”は矢ケ崎川です。堀辰雄の小説「美しい村」にも登場する小径ですよ。

ずいぶん狭い散歩道ですわね?

左右には別荘や木立が続き、小鳥のさえずりが聞こえてきます。なんとなくロマンチックな感じがするでしょう?ここを小百合さんと二人で散歩したいのですよう。うしししし。。。

あたくしとは。。。?

来年の秋ですよ。だから、今年の秋には邪魔をしないでくださいね?

どうして「ささやきの小径」なのでござ~♪~ますか?

実は、他にも呼び名があるのですよう。「アカシアの小径」、「恋人たちの小径」。。。なんとなく分かるでしょう?愛する人と甘くささやき合いながら散歩する小道ですよう。

つまりデンマンさんは、この小径を小百合さんと夢とロマンをささやきながら散歩するのでござ~♪~ますか?

そうですよう。いけませんか?

。。。んで、あたくしとは。。。?

来年の秋ね。だから、今年の秋は邪魔をしないでね。

んも~~、いちいち余計な事を言わないでくださいましなァ。。。んで、どうしてこの小径が特別なのでござ~♪~ますか?

実は、この小径にも英語の名前があるのですよう。サナトリウム・レーンと言うのですよう。

なぜ、そういう名前が付いているのでござ~♪~ますか?

大正10年に軽井沢避暑団、現在の軽井沢会、の要請で療養所が造られた。この療養所が「軽井沢サナトリウム」と呼ばれるようになったのですよう。

その療養所が「ささやきの小径」のそばにあったのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。イギリス人のニール・ゴードン・マンロー博士が病院長だった。だから、この人の名前を取って「マンロー病院」とも呼ばれたのです。このマンロー博士は、人類学者としても有名で、アイヌ研究の第一人者として日本では良く知られていた。

日本人もその療養所で治療を受けたのでござ~♪~ますか?

そうですよう。特に肺結核治療が得意と言われ、堀辰雄や土井晩翠なども通院して治療を受けたのです。堀辰雄の小説「美しい村」でも、このサナトリウムはたびたび登場しています。小説の中で「レイノルズ先生」として登場するのが、実はこのマンロー博士なのですよう。

。。。んで、今でもその療養所はあるのでござ~♪~ますか?

残念ながら建物は取り壊されてしまった。だから、もう見ることはできません。雲場池(くもばいけ、別名、スワンレイク)の近くにある外人墓地ではマンロー博士が今も静かに眠っていますよう。

「ささやきの小径」には、何かロマンチックなエピソードでもあるのでござ~♪~ますか?

堀辰雄の小説「美しい村」では、実際の婚約者だった矢野綾子との想い出が綴られているのですよう。なかでも、サナトリウムのあった道を2人で腕を組んで散歩するシーンは幻想的に書かれています。堀辰雄はこの道に沿って並ぶアカシア並木を愛したと言うことですよ。

それで別名「アカシアの小径」でござ~♪~ますか?

たぶんね。。。堀が「美しい村」を書いた当時、そのアカシアは背丈ほどだったらしい。現在は、上の写真でも分かるようにアカシアが成長してアーチのようになっていますよう。

。。。んで、デンマンさんも堀辰雄と矢野綾子の真似をして、恋人同士のように小百合さんと「ささやきの小径」を甘くささやきながら散歩するのでござ~♪~ますか?

そうですよう。いけませんか?

。。。んで、あたくしとは。。。?

来年の秋ね。だから、今年の秋は邪魔をしないでね。


『軽井沢文学散歩』より
 (2008年12月12日)

あらっ。。。 どうして私が「風立ちぬ」を読んだと判ったのですかァ~?

だから言ったでしょう! 小百合さんとも、長い付き合いになりますからねぇ~。。。 どの小説を読みそうか? 小百合さんの心の中を覗くことができる僕にとって、小説の名前を当てることぐらいたやすいことなのですよ。

。。。で、その小説を読んで、私が気弱になって 藪医者の言う事を真に受けて癌になるかもしれないと心配し始めたと、デンマンさんは主張するのですか?

それ以外に考えられないでしょう!?


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【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。

あたくしもデンマンとご一緒に「幸福の谷」を訪れる予定だったのでござ~ますわァ~。。。

ところが、「来年の秋にねぇ~。。。」と、いつも先延ばしにされて、いまだに「幸福の谷」を訪れてないのでござ~ますゥ。

ふんとに、デンマンさんはお約束を守らないのですわァ~。。。

困ったお人ですわァ~。。。

ところで、小百合さんが なぜ「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのか?

ご存知でござ~♪~ましょうか?

なぜ。。。?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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(linger65.gif)

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(fragran11.jpg)

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■ 『タイからバレンタイン』

■ 『たまご麺@バレンタイン』

■ 『愛犬とゴッド』

■ 『ザ・バレンタイン女』

■ 『週刊誌deヌード』

■ 『愛と天の夕顔』

■ 『ジェミマおばさんのシロップ』

■ 『夏日に、お帰りなさい』

■ 『コイ、鯉、恋がいっぱい!』

■ 『スープカレーなのね』

■ 『忍城時代まつり』

■ 『夜道のルート66』

■ 『上を向いて歌おう』

■ 『霧積温泉のロマン』

■ 『元気が一番!』

■ 『行田のスープカレー』

■ 『パンツとブラジャーと餃子』

■ 『軽井沢を文学散歩する』

■ 『ばァ~の面影』

■ 『バレンタイン@行田』

■ 『軽井沢タリアセン夫人@遠藤家』

■ 『桃の節句@天国』

■ 『古代米カレー』

■ 『愛のジェローを探して』


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■ 『コーヒーと愛の香り』

■ 『愛の馬車道』

■ 『亀姫と香芽子さん』

■ 『愛の夕顔を探して』

■ 『ケネディ暗殺の謎』

■ 『行田物語 ピラミッド』

■ 『由梨さん@コルシカ』

■ 『黒い行田市長』

■ 『ヒシしようよ』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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■ 『天の川de思い出』

■ 『天の川の思い出』

■ 『行田物語 古代蓮』

■ 『チーズ@シルクロード』

■ 『ラーメン@バクー』

■ 『行田物語 饅頭』

■ 『ぶんぶく茶釜だよ』

■ 『ぶんぶく阿波踊り』

■ 『食欲の秋です』

■ 『カレーdeパリ』

■ 『パワースポット』

■ 『日本男児@パワースポット』

■ 『タケモトピアノ 苦情』

■ 『母と暮せば』

■ 『国道17号バイパスの奇跡』

■ 『伽哩夫人』


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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


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デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


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九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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まんじゅう@富岡

 

まんじゅう@富岡

 


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みゆきちゃん、元気ですか?

吹上の「自遊空間」で書いてます。


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From: barclay1720@aol.com
To: miyuki9876@yahoo.co.jp
Date: Mon., Nov. 6, 2017 10:55 AM

昨日は軽井沢タリアセン夫人とユネスコの国際遺産に

登録された富岡製糸場に行ってきました。


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上信電鉄の古い電車に乗って、まるで明治時代にタイムスリップしたようでした。

無人駅がたくさんあって、駅に止まると運転手が車内に出てきて切符を集めるのには驚きました。

カナダでは考えられないことです。。。

富岡町では役所の観光案内所が無料で

自転車を貸し出していて、

それに乗って、タリアセン夫人と一緒に

上州一ノ宮の「」まで遠乗りしてきました。


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面白かったですよ!

きゃははははは。。。

 

10月28日の土曜日には北鴻巣の多佳子さんの家にお邪魔しました。

(デンマン注:多佳子さんはデンマンの6歳年上の叔母)


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本人は癌で治療を受けていると言ってましたが、
外見は元気そのものでした。。。
癌で治療を受けているとは、とても思えませんでした。

多佳子さんは久しぶりに僕に会えたので、気持ちが張っていたのかもしれません。
僕がまだ1歳にもならない頃に、お袋におんぶされて犬塚の実家に帰ると、
7歳の多佳子さんが、赤ちゃんの僕を見て、どうしてもおんぶしたいと言ったそうです。

仕方なく、女児の多佳子さんの言うままに、お袋は 僕を彼女の背中におんぶさせたそうです。。。
うれしくなって、多佳子さんは隣近所に僕を見せて回ったそうです。。。


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「この子は赤ちゃんのくせに、若い衆の顔をしてるねぇ~」と言われたそうです。。。
僕は、赤ちゃんの頃からふけて見えたのでしょうか?
きゃははははは・・・

土曜日には 8時間も話し込んでしまったと、多佳子さんが後で言ってましたが、
考えてみると、多佳子さんとは長い長い付き合いになります。

外見では元気そうに見えても、無理して僕と話していたのかも知れません。。。
もっと早めに切り上げて帰るべきだったのでしょう!

みゆきちゃんの話が出て、
「加代子が“卵かけご飯”ってぇ何?・・・て訊いたのよねぇ~」と多佳子さんが話し出しました。。。

(デンマン注:加代子さんは多佳子さんの長女)

何でも、犬塚の実家で一緒になった時に、
みゆきちゃんがお母さん(とも子さん)に「“卵かけご飯”を食べた」とか「“卵かけご飯”を食べたい」とか言ったらしい。。。

(デンマン注:とも子さんはデンマンの従妹)

加代ちゃんは“卵かけご飯”を食べたことがなかったらしいのですよ。。。
“卵かけご飯”など、誰もが知っている常識だと思えるのだけれど、
九条家では“卵かけご飯”を子供たちに食べさせたことがなかったらしい!?


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不思議というか、面白い話を聞いたように思いました。

ところで、「ダイアン物語」で次の記事を英語で書きました。

 


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『Halloween@Shibuya』

記事の最後に行田市の田んぼアートが
ギネスブックに登録されたYouTubeが出てきますよ。
みゆきちゃんも楽しみながら見られると思うから、ぜひ見てね。。。

あと3年で、東京オリンピックです。
これからは、マジで 英語を話せる人が求められると思います。

英語ができると オリンピックに向けて、
みゆきちゃんの人生にも明るい兆(きざ)しが見えてきますよ。

英会話の能力を生かすならば、オリンピックのときに
素晴らしいチャンスが巡ってくるかも知れません。

ボランティアでオリンピックを手助けするのも面白いでしょう!?


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そのためにも、暇ができたら英会話の勉強に励んでねぇ~。
きっと、何かいいことがありますよ。

それでは、みゆきちゃんも、現在の幸せをかみ締めながら、
いつまでも健康で元気にいてください。

そして、1日 1日 ルンルン気分で 
後悔のないように ポジティブに暮らしてねぇ~。。。
人間の一生なんて、マジで短いものです!

お互いに、元気で、楽しく、愉快な面を見つめながら、
この人生を大いに、充実したものにしましょうねぇ~
きゃははははは。。。

では、バンクーバーの思い出にふけりながら
楽しい夢を見てね。

時間があったら電話ください!
じゃあねぇ~。。。


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『上州散策』より
(2017年11月6日)

デンマンさん。。。 どういうわけで、みゆきちゃんに出したメールを持ち出してきたのですか?


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あのねぇ~、軽井沢タリアセン夫人の小百合さんと富岡へ行ったのだけれど、面白いものを食べたのですよ。。。

面白いものって、どんなものですか?

“焼きまんじゅう”ですよ。。。


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上信電鉄の上州富岡駅で降りてから 富岡製糸場に行く道筋に「岩井屋」という店があるのだけれど、その店先に“上州B級グルメで賞をもらった焼きまんじゅう”という暖簾(のれん)が目にとまったのですよ。。。

それで小百合さんと一緒に“焼きまんじゅう”を買って食べたのですか?

そうです。。。 いけませんか?

別にかまいませんけれど、小百合さんも食べたいとおっしゃったのですか?

いや。。。 小百合さんは、あまり食べたがらなかった。。。 でも、僕が珍しそうに見ていたので、仕方なく付き合ったのですよ。。。

。。。で、お味はどうでした?

富岡地方では“焼きまんじゅう”は、さして珍しいものではないらしい。。。 店によって味が少しづつ違うらしいのですよ。。。 「岩井屋」の焼きまんじゅうは、まんじゅうにデンガクの甘い味噌ダレを付けて焼いたような味でした。

でも、どういうわけで、メールにも書いてない“焼きまんじゅう”を取り上げたのですか?

あのねぇ~、たまたまバンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

饅頭屋町


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『拡大する』

 

町内の一角に門を開いていた六角堂よりも著名な饅頭屋があったため、そのようによばれることになったのであろう。
その存在は、すでに応仁・文明の乱後の延徳3年(1491)の史料(『蓮成院記録』8月24日条)に「三条六角堂の西側の店饅頭屋次郎」として確認できるが、江戸時代後期にその縁者が語ったところによれば、その由緒とは次のようであった(『饅頭屋町文書』)。

すなわち、饅頭屋町の饅頭屋は、南北朝時代の禅僧「大照国師(禅師か)」(龍山徳見)が「唐」(中国)より日本へ「帰朝」したさい、「同道」したかの国の「林和靖(りんわせい)」(林浄因)が「烏丸三条下ル町にて家作住居」し、その「一子」が「はじめて饅頭をこしらえ」て以来、「代々饅頭ならびにふくさ渡世」をおこなってきた「日本饅頭濫觴(はじまり)の家」である、と。

残念ながら、このことを裏付ける同時代の史料は残されていない。
しかしながら、江戸時代前期に成立した地誌『京雀』の「まんぢうやの町」のところにも「この町の饅頭屋は日本第一番饅頭のはじめなるよし」とみえることからすれば、同じような由緒が戦国時代にも語られていた可能性は高いであろう。

もっとも、現在の饅頭屋町には、饅頭屋は存在しない。
それは、饅頭屋町に伝えられた『饅頭屋町文書』によれば、江戸時代後期の寛政10年(1798)に当主が「急病」でなくなり、「絶家」となってしまったためであったという。

 


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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
地図はデンマン・ライブラリーより)


56-59ページ 『戦国時代の京都を歩く』
著者: 河内将芳
2014(平成26)年3月1日 初版発行
発行所: 株式会社 吉川弘文館

あらっ。。。 おまんじゅうというのは、京都で初めて作られたのですか? 知りませんでしたわ。。。

現在では、初めて饅頭を作った店はないのだけれど、町名として京都に残っているくらいだから、まず間違いないですよ。。。

つまり、この事を言うために“焼きまんじゅう”を持ち出してきたのですか?

いや。。。 そればかりではないのですよ。。。 京都で“まんじゅう”が初めて作られてから 富岡で“焼きまんじゅう”が作られるようになるまで、どのようにして関西から関東に“まんじゅう”が広まったのだろうか?

そのことにデンマンさんは興味を持ったのですか?

そういうことです。

それで、突き止めたのですか?

そうなのですよ。。。

マジで。。。?

あのねぇ~、僕はけっこう歴史の本を読んでいるのですよ。。。 たまたま郷土史を読んでいたら次の箇所を見い出した。

成田氏の文化


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成田氏の祖は藤原鎌足(614-669年)に始まり、13代行成(972-1027年)の子忠基を初祖とし、その15代親泰(1464-1524年)が延徳3年(1491年)に忍城を築城すという。 (略)

成田氏の文化程度と財宝は驚く程で、如何にその勢力が大きかったか想像出来る。
氏長は特に学芸を愛して連歌の道は、その史上に残る人であった。

当時の連歌の第一人者“宗長”も永正6年(1509年)忍城に来たことが『宗長日記』に出ているし、天正13年(1585年)兼如も来ている。
兼如は家康の連歌の師となった人である。
天正15年(1587年)氏長はたくさんの連歌師を招き、春日神社で大連歌会を行い、奉納連歌百韻をかかげたとあるのをみても、成田氏の文化程度を知ることが出来る。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


201-203ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

つまり、1491年に現在の行田市にあった忍城を造った成田親泰は成田氏の15代目だったのです。。。 しかも、成田氏の祖先は藤原鎌足だというのですよ。。。 つまり、成田氏は藤原氏の血筋を引いていたのです。。。

それで、関東にありながら成田氏の文化程度と財宝は驚く程だったのですか?

そういうことです。。。 つまり、当時の行田は“小京都”だったのですよ。。。 だからこそ、当時の連歌の第一人者“宗長”も永正6年(1509年)忍城に来たのです。。。

でも。。。、でも。。。、そのことと“まんじゅう”がどのような関係にあるのですか?

あのねぇ~、天正15年(1587年)氏長はたくさんの連歌師を招き、春日神社で大連歌会を行ったのですよ。。。


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   神楽殿


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『拡大する』

今でも春日神社は行田市の谷郷にあるのです。。。

あらっ。。。 そうなのですか? 母の実家が行田市にあるにもかかわらず、私は知りませんでしたわァ。。。

当時の様子が絵にも描かれている。


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成田氏長は、このようにして たくさんの連歌師を招き、春日神社で大連歌会を行ったのですか?

そういうことです。。。 連歌会が終われば、参加者を歓迎するために 当然、お祝いの夜店などを出すわけですよ。。。


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これは、現在も続いている春日神社のお祭りです。。。 この時に、当時の連歌の第一人者“宗長”の従者の吾作さんが京都で習い覚えた“まんじゅう”を作って、参加者に食べさせたというのです。

それで、“おまんじゅう”が関東に広まったのですか?

そういうことです。。。 僕の祖先の加藤次郎佐衛門も、そのときの連歌会に出席していた。。。 この次郎さんは加藤家の当主の弟で、つまり、次男坊だったために 当時は30才過ぎても部屋住みの居候(いそうろう)をしていたのです。。。 ノー天気な人だったけれど、書、絵画、連歌の道に長(た)けていたばかりじゃなく、食道楽でもあった。。。 それで、“まんじゅう”に非常に興味を持って吾作さんから、その作り方を教わったのですよ。。。

マジで。。。?

真由美ちゃんは僕の言うことが信じられないのですかァ~?

だってぇ~、今から 510年も昔のお話でしょう!?

真由美ちゃんは僕が書いた次の記事を読んだことがないのですねぇ~?


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『デンマンの祖先は百済からやって来た』

まだ読んでませんでした。。。

1度でいいからぜひ読んでみてください。。。 実は、僕の祖先は百済の王族の血を引いているのですよ。。。 白村江(はくすきのえ)の戦い(663年10月)で敗れて日本へ逃げてきたのです。。。 徳川時代には忍城下で“木のくりもの屋”をしていたのだけれど、それ以前は、後北条氏に仕えていた騎馬武者だった。。。 要するに、成田氏の忍城に出仕していたのです。

あらっ。。。 そういう加藤家の歴史があったのですか?

そうです。。。 次郎さんは16代加藤家当主の弟だった。。。 でも、吾作さんに“まんじゅう”の作り方を教えてもらってから、それにハマって “まんじゅう”を作って諸国を渡り歩いたというのです。

それで、“まんじゅう”が行田から それほど離れてない富岡にも広まったのですか?

そういうことです。。。 つまり、真由美ちゃんがパン職人・ベーグル職人としてバンクーバーで頑張っているのも、僕の祖先の加藤次郎佐衛門さんと、少しは縁があるということですよ。。。


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【デンマンの独り言】


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真由美ちゃんは僕の従妹(今田 とも子)の娘です。

ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

去年(2016年)の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


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上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


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If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


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『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


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『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


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『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』


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『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』

『行田物語 ケネディ暗殺』

『行田物語 病院食』

『行田物語 お股の花々』

『晩香坡物語 ジャズ』

『行田物語 悪夢』

『行田物語 社長』

『行田物語 棺桶に入るまで』

『宝田百合子@インド』

『行田物語 ちゃぶ台』

『行田物語 アカギレ』

『行田物語 にぼし』

『ノーベル賞がなぜ?』

『トゥーランドットとかぐや姫』

『ゲソとワケギ』

『シェフ バベット』


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