クラシック鑑賞 9

 

クラシック鑑賞 9

 


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デンマンさん。。。、最近、クラシックにハマっているのですかァ~?


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僕はクラシックは、どちらかと言えば苦手なんだよ。。。

それなのに、どういうわけで、最近オイラと たびたびクラシックを鑑賞するのですか?

オマエは不満なのォ~?

いいえ。。。 デンマンさんと共にクラシックを鑑賞することができるなんてぇ~、天にも昇るような気持ちですよ。。。 この際、スキップして喜んでもいいですか?

あのさァ~、いくらなんでも、それはオーバーじゃないのォ~? オマエが以前のようにスキップして喜んだら、この記事を読みにやって来たネット市民の皆様が呆れて他のブログへ飛んでしまうのだよ!

分かりました。。。 じゃあ、スキップして喜びたいのですけれど、デンマンさんが そのように言うのであれば、じっと我慢したいと思います。。。で、いったいどのクラシックの曲を鑑賞するのですか?

オマエが“前奏曲集”の中で書いていた記事から選んだのだよ。。。 ちょっと読んでごらんよ!

11.2 Robert Schumann

バスに乗り込んだ途端、ハーーイ、Mister Ota、Helloオーオ!、という女の子の大声が一番後ろの席から聞こえた。見ると、我が家の隣のChristineが、腕を170度ぐらいに大きく振って、にこにこしている。他の乗客は、いっせいに私を見ている。彼女が高校生のときであった。そして、その後、大学に進んでドイツ文学を専攻した。それ以来、しょっちゅうドイツに行っている。今でも、まったく、彼女は天真爛漫である。
それが、彼女の母親、Victoriaの悩みの種なのだ。なにせ、三ヶ月と言って出て行って、一年以上、半年と言って、一年半も家に帰って来ないのである。大学も除籍になりかかったことがある。叱っても、娘の返事は、<Don’t worry>だそうだ。そして、Victoriaは、Masahiro、 今月の電話代いくらかかったと思う?$5,000以上よ、とこぼしていた。Christineがcollect callで掛けてよこすからであろう。その挙句、先日は、金送れ、と言ってきたので、喧嘩してしまった、としょげていた。私は、Victoria. I envy you, ‘cause you ‘ve got chance to support your daughter financially and can still afford to do so、と言って慰めるしかなかったが、本当を言うと、少し可笑しかった。
そのVictoriaが、Christineがドイツから帰ってきた、と言って、おみやげのCD、<Fritz Wundelich、 Portrait einer unsterblichen Stimme>を私にかしてくれた。その中に、R. Schumannの<<Dichterliebe>>(Op. 48)からの三曲が入っていたのである。このLiederzyklusには、すれ違いも含めて、様々な経緯があった。
まず、私が高校生の頃に、H. Heineの<Im wunderschönen Monat Mai>のtextに出会い、それこそ偶然に、Schumannの曲を聴く機会があった。私は、五月生まれであるので、そのことには、あまり意味は無いのかも知れないけれど、少しだけうれしかった。この曲の、まだ充分に開いてない木々の若葉が、暖かいけれど、少しうす寒いような五月の微風にゆれているような感じが好きであった。
次は、私のスキーの相棒とスキー宿に泊まったとき、私と同じく、既に社会人となっていた彼が、夜、ドイツ語の勉強をしているのを眼にしたのである。その時に、彼が開いていたtextのページに、偶然また、<Im wunderschönen Monat Mai>を見たのであった。聞いてみると、彼は五月生まれではなかった。私は、そのことには、あまり意味は無いのかも知れないけれど、少しだけ内心得意であった。そして、Schumannの作品について話をした。後日、彼は、太田さん、あのSchumannの音楽は、本当にいいですね。あの曲は、本当に五月の感じだ、と言っていた。
そして、カナダに来てから後にFMで聴いて、それを思い出したのである。そして、<<Dichterliebe>>の全曲を求めてdown townに出かけたのであるが、適当なLPが見あたらなかった。それで、このCDを聴くまでは、そのまま二十年余も忘れていた次第である。しかし、Wunderlichの声は、私がこの作品に求めていた声であったので、また、私は<<Dichterliebe>>全曲のCDを買いに出かけたのである。だが、家に戻ってきたときには、私の手には、J.S. Bachの<<
Trio-Sonaten>>のCDがあった。私が、<<Dichterliebe>>全曲を聴いたことがあったかどうかが、いまひとつ、さだかではなく、迷ったからである(草子地:私は、レコード収集のmaniaではありたくない。それ故に、一度には一枚、乃至はone setしか求めないことにしている。それに、その程度の自制があったほうが、すみからすみまで神経の行き届いたcollectionになるのではないか、と自負もしているのである)。Victoriaには、もう一週間CDを借りといていいか、と頼んでみた。そうしたら、彼女は、彼女がドイツから帰ってくるまで3週間いい、と言ってくれたのである。今度は、Victoria自身がドイツに行くことになった。そして、帰ってきたときには、今度は、私が借りていたのと同じCDを、おみやげに、私に、くれたのである。そんな次第で、<<Dichterliebe>>全曲については、本文に譲ることにする。以下が、そのCDに入っている三曲である:

Im wunderschönen Monat Mai,

Im wunderschönen Monat Mai, Im wunderschönen Monat Mai,
Als alle Knospen sprangen, Als alle Vögel sangen,
Da ist in meinem Herzen Da hab’ ich ihr gestanden
Die Liebe aufgegangen. Mein Sehnen und Verlangen.

Aus meinen Tränen sprießen

Aus meinen Tränen sprießen Und wenn du mich lieb hast, Kindchen,
Viel blühende Blumen hervor, Schenk’ ich dir die Blumen all’,
Und meine Seufzer warden Und vor deinem Fenster soll klingen
Ein Nachtigallenchor. Das Lied der Nachtigall.

Wenn ich deine Augen seh’

Wenn ich deine Augen seh’,
So schwindet all’ mein Leid und Weh;
Doch wenn ich küsse deinen Mund,
So werd’ ich ganz und gar gesund.
Wenn ich mich lehn’ an deine Brust,
Kommt’s über mich wie Himmelslust
Doch wenn du sprichst: Ich liebe dich,
So muss ich weinen bitterlich.

(Textdichter: Heinrich Heine (1797-1856))

蛇足(コーダ):
<Im wunderschönen Monat Mai>は、独唱、ピアノともに主音で終止していない。<Aus meinen Tränen sprießen>は、独唱は、主音で終止しないが、残っている伴奏が主音で終止する。<Wenn ich deine Augen seh’>は両方が主音で終わるが、So muss ich weinen bitterlichとは、Christineだって、よせやい、と言うであろう。


49-50ページ
『前奏曲集―私はアマチュアである-作品 1の2』より

振り返ってみると、デンマンさんと共にクラシックを鑑賞するなんて今年になってから6度目のことですねぇ~。。。

確かに、そうなんだよ! でもさァ~、オマエの上の文章は とにかく読みづらいのだよ! おそらく、この記事を読み始めたネット市民の皆様の半分以上が、オマエの読みづらい文章を途中まで読んで 他のブログへ飛んでしまったと思うよ!

それほどオイラの文章は悪文でしょうか?

オマエの文章ほど読みづらい悪文を 僕は他に見たことがない!

マジで。。。?

僕には、到底、オマエの文章を最後まで読む気になれず、仕方がないから次のように楽しく、面白く読めるように編集し直したのだよ。。。 オマエも読んでごらんよ。。。

11.2 ロベルト・シューマン


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    (1810 – 1856)

 

バスに乗り込んだ途端、“ハー♪ーイ、太田さ~♪~ん”という女の子の大声が一番後ろの席から聞こえた。

見ると、我が家の隣のクリスティンが、腕を170度ぐらいに大きく振って、にこにこしている。


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他の乗客は、いっせいに私を見ている。

彼女が高校生のときであった。
そして、その後、大学に進んでドイツ文学を専攻した。
それ以来、しょっちゅうドイツに行っている。
今でも、まったく、彼女は天真爛漫である。

それが、彼女の母親、ビクトリアの悩みの種なのだ。
なにせ、三ヶ月と言って出て行って、一年以上、半年と言って、一年半も家に帰って来ないのである。
大学も除籍になりかかったことがある。

叱っても、娘の返事は、「心配しないで…」だそうだ。
そして、ビクトリアは、「マサヒロ(将宏)、今月の電話代いくらかかったと思う?$5,000以上よ」、とこぼしていた。

クリスティンがコレクトコールで掛けてよこすからであろう。
その挙句、先日は、金送れ、と言ってきたので、喧嘩してしまった、としょげていた。

「ビクトリア、私は貴女がうらやましいよ。 なぜなら、娘を経済的に助けてあげるチャンスが持てたということだし、またそれができるんだから…」、と言って慰めるしかなかったが、本当を言うと、少し可笑しかった。

そのビクトリアが、クリスティンがドイツから帰ってきた、と言って、おみやげのCD、<フリッツ・アンダーリッヒ – 永遠の声の肖像>を私にかしてくれた。
その中に、シューマンの<<詩人の恋>>(Op. 48)からの三曲が入っていたのである。

この連作歌曲には、すれ違いも含めて、様々な経緯があった。

まず、私が高校生の頃に、ハインリヒ・ハイネの<美しい5月に>のテキストに出会い、それこそ偶然に、シューマンの曲を聴く機会があった。
私は、五月生まれであるので、そのことには、あまり意味は無いのかも知れないけれど、少しだけうれしかった。
この曲の、まだ充分に開いてない木々の若葉が、暖かいけれど、少しうす寒いような五月の微風にゆれているような感じが好きであった。

次は、私のスキーの相棒とスキー宿に泊まったとき、私と同じく、既に社会人となっていた彼が、夜、ドイツ語の勉強をしているのを眼にしたのである。
その時に、彼が開いていたテキストのページに、偶然また、<美しい5月に>を見たのであった。

聞いてみると、彼は五月生まれではなかった。
私は、そのことには、あまり意味は無いのかも知れないけれど、少しだけ内心得意であった。
そして、シューマンの作品について話をした。

後日、彼は、「太田さん、あのシューマンの音楽は、本当にいいですね。 あの曲は、本当に五月の感じだ」、と言っていた。
そして、カナダに来てから後にFMで聴いて、それを思い出したのである。

そして、<<詩人の恋>>の全曲を求めてダウンタウンに出かけたのであるが、適当なLPが見あたらなかった。
それで、このCDを聴くまでは、そのまま二十年余も忘れていた次第である。

しかし、フリッツ・アンダーリッヒの声は、私がこの作品に求めていた声であったので、また、私は<<詩人の恋>>全曲のCDを買いに出かけたのである。
だが、家に戻ってきたときには、私の手には、バッハの<<トリオ・ソナタ>>のCDがあった。

私が、<<詩人の恋>>全曲を聴いたことがあったかどうかが、いまひとつ、さだかではなく、迷ったからである。

(草子地:私は、レコード収集のマニアではありたくない。それ故に、一度には一枚、乃至は1セットしか求めないことにしている。それに、その程度の自制があったほうが、すみからすみまで神経の行き届いたコレクションになるのではないか、と自負もしているのである。)

ビクトリアには、「もう一週間CDを借りといていいか?」、と頼んでみた。
そうしたら、彼女は、「彼女がドイツから帰ってくるまで3週間いい」、と言ってくれたのである。

今度は、ビクトリア自身がドイツに行くことになった。
そして、帰ってきたときには、今度は、私が借りていたのと同じCDを、おみやげに、私に、くれたのである。
そんな次第で、<<詩人の恋>>全曲については、本文に譲ることにする。以下が、そのCDに入っている三曲である:

Im wunderschönen Monat Mai,

als alle Knospen sprangen,

da ist in meinem Herzen

die Liebe aufgegangen.

 

Im wunderschönen Monat Mai,

als alle Vögel sangen,

da hab´ ich ihr gestanden

mein Sehnen und Verlangen.

Aus meinen Tränen sprießen


夢のように美しい5月・・・

つぼみがいっせいに弾ける5月に、

ぼくの胸に花開いたのは、

あのひとへの愛でした。

 

夢のように美しい5月・・・

小鳥がいっせいに歌い出す5月に、

ぼくは打ち明けました。

あのひとへの憧れの想いを。

 

Aus meinen Tränen sprießen

Viel blühende Blumen hervor,

Und meine Seufzer werden

Ein Nachtigallenchor.

 

Und wenn du mich lieb hast, Kindchen,

Schenk’ ich dir die Blumen all’,

Und vor deinem Fenster soll klingen

Das Lied der Nachtigall.


僕の涙は外に出て

たくさんの若々しい花となり

そして 僕のため息は

ナイチンゲールの歌声となる

 

そして もし君が僕を愛してくれるなら 可愛い人よ

君にこの花を すべて贈ろう

そして君の窓の前で

ナイチンゲールの歌を響かせよう

 

Wenn ich in deine Augen seh’

So schwindet all’ mein Leid und Weh;

Doch wenn ich küsse deinen Mund,

So werd’ ich ganz und gar gesund

 

Wenn ich mich lehn’ an deine Brust,

Kommt’s über mich wie Himmelslust;

Doch wenn du sprichst: Ich liebe dich,

So muss ich weinen bitterlich.


(デンマン注: 上の歌曲は明らかにハイネの次の詩からインスピレーションをゲットしたに違いない!)

僕が君の目を見つめると

僕の苦しみや悲しみは すべてなくなる

僕が君の口にキスすると

僕はすっかり元気になる

 

僕が君の胸に寄りかかると

まるで天国にいるような気持ちになる

でも 君が「愛している」と言うと

僕は ひどく泣いてしまう

歌詞は ハインリヒ・ハイネ (1797-1856) による。

 

蛇足(コーダ):

 

<美しい5月に>は、独唱、ピアノともに主音で終止していない。

<僕のあふれる涙から>は、独唱は、主音で終止しないが、残っている伴奏が主音で終止する。

<君の瞳に見入る時>は両方が主音で終わるが、「僕は ひどく泣いてしまう」と言うと、クリスティンだって、「よせやい」、と言うであろう。


49-50ページ
『前奏曲集―私はアマチュアである-作品 1の2』より

『前奏曲集』より

デンマンさん。。。、オイラの家内や娘以外の女性を取り上げたのは初めてですねぇ~?

たまには、オマエが家族に見放された 孤独で寂しい老人ではないことを ネット市民の皆様にも知って欲しいと思って、上の記事を取り上げたのだよ。。。

オイラは久しぶりにビクトリアとクリスティンの母娘の在りし日の姿を思い浮かべながら、涙が出るほど愉快で懐かしくなりましたよゥ。。。 上の記事を取り上げてくれたデンマンさんに対して、オイラは感謝の気持ちでいっぱいです。。。

ふ~♪~ん。。。

オイラが上の文章を久しぶりに読んで マジで懐かしんでいるのに、デンマンさんは、なんだか、そっけない反応を示すのですねぇ~。。。

あのさァ~、クリスティンがバスの後ろ座席から 腕を170度ぐらいに大きく振って、ニコニコしながらオマエの名前を大声で呼んでいるシーンは、微笑ましいと言うか? いかにもカナダ育ちの白人の女子高生らしいと思うのだよ。。。

。。。でしょう?! デンマンさんも、この情景を想像すると、オイラが女性にモテルということが、ありありと理解できるでしょう?

オマエは女性にはモテナいのだよ!

だってぇ~、上のエピソードでは オイラがクリスティンにモテテいるじゃありませんかァ!

それは、モテルという事とは全く関係ないのだよ!

どういうことですか?

あのさァ~、オマエが書いた次の小文を読んでごらんよ!

 

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。
家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。

私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

 

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。


【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家


56-57ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)

デンマンさん! んもおおおォ~! いったい何度引用すれば気が済むのですかあああァ~。。。 今日こそは、この小文をデンマンさんが引用しないと思いながら、オイラは実は、ホッとしていたのですよゥ。。。

だけど、オマエが「自分は女性にもてるでしょう!」というような、馬鹿げた事を言うから、僕は敢(あ)えて 上の小文を引用したのだよ!

なぜですかァ~?

あのさァ~、もし隣の家族がドイツ移民の家族じゃなくて、オマエと同じような 日本人の家族だったら、絶対に、上のようなエピソードにはならないのだよ!

なぜ。。。?

なぜなら、日本語で近所づきあいをすると、オマエは必ず、衝突するのだよ。。。

どうして。。。?

どうしてってぇ~、そもそも、オマエがカナダに移住しようと決めたのは、オマエが日本で働いていたソフトウェア会社での人間関係のもつれが原因なんだよ!

マジで。。。?

マジでってぇ~、オマエが僕に、そのように話したのだよ。

忘れました。。。 覚えてません!

都合が悪くなると、オマエは、そのように惚(とぼ)けてしまうのだよ! とにかく、何の不自由もなく、コミュニケーションが取れる場合には、つまり、日本人同士の人間関係では、オマエの場合、たいてい破綻するのだよ。。。 その事に関しては、これまで僕が書いた記事の中にも、いくつかの具体例が書かれている。。。 この僕とオマエの関係がいい例だよ。。。

つまり、デンマンさんがオイラとの良好な人間づきあいを ぶち壊したと言いたいのですねぇ~。。。

そうじゃないのだよ! オマエがブチ壊したのだよ。。。 僕がトロントに住んでいる頃、オマエは「付き合いづらい男」だという、もっぱらの噂だったのだよ。。。 「デンマンさんは、太田さんとの付き合いが よく長く続きますねぇ~」と不思議がられていたのだよ。。。

マジで。。。?

それで、僕は上の記事を読みながら、ハタと思い当たった。

どのように。。。?

コミュニケーションが不完全な場合には、オマエの人間関係は良好なのだよ! なぜなら、オマエはドイツ語も不十分だし、英語も不十分なのだよ! つまり、意思疎通が十分にできないことを自分で納得している。。。 要するに、劣等感を持っている。。。 そのような場合には、オマエは相手に対して とっても素直になれる。。。 そのような態度が、例えば、ビクトリアやクリスティンに良い印象を与えたのだよ。。。

つまり、オイラの語学力が不十分でコミュニケーションが良く取れない場合に限って、オイラは相手に対して良い印象を与える、とデンマンさんは主張するのですか?

その通りだよ!

つまり、この事を言うために、わざわざシューマンを取り上げたのですか?

そうだよ。。。 それに、僕は先日も言ったはずだよ! オマエが昨今、自分史などを書いている人がいる、と聞いているが、いい気なものだと書いていた。 ところが、上の文章に見るように、オマエも意識せずに「自分史」を文章の中に散りばめていたのだよ! オマエは、むしろ僕以上に家族や隣人を通して自分自身の事を 無意識に語っていたのだよ!

要するに、デンマンさんは オイラの家族が崩壊していることや、オイラのコミュニケーション能力が劣っていることをネットで広めようとしているのですか?

いや。。。 別に、オマエの家庭が崩壊していることや、コミュニケーション能力が劣っていることをネットで広めようとしているわけじゃない。

じゃあ、何ですかァ~?

オマエが劣っている部分を オマエの奥さんがサポートして これまで良くやってきたと感心しているのだよ。。。

マジで。。。?

だいたい、オマエのような世間知らずで、独断と偏見で何事も判断しようとする男が 娘二人をカナダの大学の医学部に通わせ、現在、二人ともアメリカの総合病院で働いている小児科医の女医さんにさせることなど まずできないのだよ!

できました。。。

だから、それは心の優しい、オマエを支えてくれた良妻賢母な奥さんがいたからなんだよ!

つまり、父親としてのオイラの存在は 飾り物だったとデンマンさんは言うのですか?

そうだよ。。。 オマエがせっせと大型コンピューターのメインテナンスの仕事をして給料を家に入れていたから、奥さんは、仕方なしにオマエと離婚せずに一緒に居たのだよ!

要するにオイラは エサを運ぶ単なる働きアリだったとデンマンさんは言うのですか?

そうだよ。。。 オマエは、不満そうだねぇ~。。。?

当たり前田のクラッカー! 不満ですよう!


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そのギャグは、オマエが言うんじゃなくてぇ、僕が言うためのものなんだよ!

要するに、オイラがクラシックのオタクで、父親としては失格だと、デンマンさんは言いたいのですか?

いや。。。 僕は、そこまでは言ってないのだよ。。。

じゃあ、どう言う訳で、シューマンを取り上げたのですか?

オマエが次のハイネの歌詞を書いたからだよ。

僕が君の目を見つめると

僕の苦しみや悲しみは すべてなくなる

僕が君の口にキスすると

僕はすっかり元気になる

 

僕が君の胸に寄りかかると

まるで天国にいるような気持ちになる

でも 君が「愛している」と言うと

僕は ひどく泣いてしまう

この歌詞がどうだと言うのですか?

この歌詞を読みながら、僕は初恋の頃を思い出したのだよ。。。

マジっすかああァ~。。。?

こういう真面目な時に僕は冗談など言わないよゥ。。。

それで。。。?

上の歌詞を読みながら、次の歌がオツムに思い浮かんできたわけだよ。。。

それで、オイラが書いたシューマンを取り上げたのですか?

そうだよ。。。 オマエは白けてるねぇ~。。。

当たり前でしょう! 馬鹿バカしい!


(laugh16.gif)

【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

デンマンさんは太田さんについて

ずいぶんとコケにした記事を書いて

ネット上にアップしたので、

太田さんも次のサイトで抗議録を公開したのです!


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんは、これに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち 忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)

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『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


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クラシック鑑賞 4

 

クラシック鑑賞 4

 


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デンマンさん。。。、最近、クラシックにハマっているのですかァ~?


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僕はクラシックは、どちらかと言えば苦手なのだよ。。。

それなのに、どういうわけで、最近オイラと たびたびクラシックを鑑賞するのですか?

オマエは不満なのォ~?

いいえ。。。 デンマンさんと共にクラシックを鑑賞することができるなんてぇ~、天にも昇るよな気持ちですよ。。。 この際、スキップして喜んでもいいですか?

あのさァ~、いくらなんでも、それはオーバーじゃないのォ~? オマエが以前のようにスキップして喜んだら、この記事を読みに来たネット市民の皆様が呆れて他のブログへ飛んでしまうのだよ!

分かりました。。。 じゃあ、スキップして喜びたいのですけれど、デンマンさんが そのように言うのであれば、じっと我慢したいと思います。。。で、いったいどのようなクラシックの曲を鑑賞するのですか?

オマエが“間奏曲集”の中で書いていた記事から選んだのだよ。。。 ちょっと読んでごらんよ!

1.14 Gian Carlo Menotti (1919 – 2007)

一昔前までは、夕餉時には、誰でも、他家に電話を掛ける事を、それとなく差し控えたものだった。それが今日この頃では一体なんだ。私が、たまたま、家に居る折などに、家内が夕食の支度に忙しい時に、或は、夕食中に、ところ構わずに電話が鳴り響く。急用でもないのにも拘らずに、こうした事をすることは、相手に対して無礼だ、とは思わないのだろうか。特に、日本人の主婦に多い。
家内は、こちらが側が、今、電話で話をするのに適当な状態にあるかどうかなどは、相手方は知る由も無い、などと言って連中を弁護するばかりか(草子地:知らないのだったら掛けるな、と私は言いたい。知らないから掛ける、というmentalityが私には気に入らない。)、けっこう長電話を続ける事すらある。
私が日本にいたときには、電話と自動車とTVは持たない主義であった。それらを使用する人々の平均的なmentalityを信じていないからである。それがどうだ、今は、ここカナダでは、女房や娘どもに妥協したので、それら全部があるのだ(草子地:その後は、留守番電話とPCと皿洗い機を持たない主義に後退したのであるが、今、PCを使ってこれを書いている。残念である)。
G.C. Menottiの<<The Telephone>>を聴きながら、ふと、電話にかかわるfetishismらしきものは、女性に特有なのではないか、と考えた。我が娘も、明日、学校で合うにきまっている友だちに、長々、長々、長々と電話での話を続けている。
Menottiのオペラは、何故か、昨今、流行らない、と思っていたら、先日、FMでこれを放送していたのである。Pathosも何も無い、典型的なアメリカ人の、他愛も無い台本と、それにつり合った音楽で、批判精神も全く無く、opera bouffeなどという上等な作品では決してない。取柄と言えば、せいぜい、唱われている英語が易しい、というぐらいのことか。私は、この批判精神の無さ、というか、登場人物のBen個人に矮小化した喜劇のあり方に、作品の底の浅さを感じるのである。この、僅か二十分余りの寸劇オペラは、あの有名な<<The Medium>>をfill-up する為に書かれた、とのことである(草子地:私のLP(Columbia Y2 35239)も同様である)。フランス語で<L’ Amour à Trois>と副題がつけられていたそうであるが、皮肉にも、その気が利いたsubtitleが、この作品の限界を表現していると思う。この無害な作品に目くじらを立てることもない、などと言う人がいたならば、私は、そんな人と付き合いたくはない。この世の中、無害であることほど有害であることは無いからである。
考えてみれば、こちらとしても、無理してまで、相手の都合で、相手の話に付き合う義務も必要も無いのである。自分の家に居るのである。今は、誰とも話す気持ちになれない、いや、君とは話す気持ちが無い、という事ですら、本来は、理由として充分であるはずである。実は、いつか、それを言った時、Then、 when can I speak?と聞き返した阿呆がいた。こちらが相手の話に応じることを、あちらが勝手に前提とした態度である。Never! と言って、電話を切った。相手の(私の)時間を貰えるかどうかを、まず最初に尋ねることの方が先決であり、最小限(草子地:最大限ではない。心の優しい私は、ひとに多くを期待しない。)の礼儀であろう。そうした無神経な人間は、これは、日本人とは限らない。しかしながら、こちらの社会にいて、こちらの連中のすることに、無批判に迎合して、過剰にそれに倣うのもまた、私の家内を含めて、日本人の女に多いのは、私の非公式な統計によると確かなようである。これは、電話だけとは限らない。
どの道でも、まずは、第一に歩行者の為にあるはずである。本来は、歴史的には新参者の自動車の為ではない。自動車などを運転する連中の粗雑さ、横暴さは歩行者の立場から見ると目に余る。まるで雲助ではないか。それ故、私は五十歳を過ぎるまで、ここカナダでの自動車運転免許証を取らなかった。さらに、本当を言うと、日本の免許証は学生時代に取ってあった。それは、取る事が目的であって、自動車なんぞを運転する事が目的ではなかったのである。出来さえすれば、しなくともよいのである。貴族の趣味である。
同様に、誰にとでも、相手と話をする為には、まずは、会見の手続きをしてから面談するのが基本であろう。それを省略する序でに、最低限の礼儀までを省略する輩が多すぎる。今さっき、また、電話が鳴った、この間奏曲を中断して、電話を取ると、開口一番、どこかのおばさんが、Mr. Ota, Can you speak English? ときた。You should’ve asked me if I was available to talk、 first、と言って電話を切った。See?

蛇足(コーダ):
ことは、電話だけではない。私は、電燈なんぞを発明した人を殊更に憎む。何故ならば、そのおかげで、夜も長く働き続けなければならなくなったからである。今は夜、私は、これを電燈の下で書いている。大体、電気などと得体の知れないもの(物?波動?)は使用しないにこしたことは無いのであるが。


32-33ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より

振り返ってみると、デンマンさんと共にクラシックを鑑賞するなんて今年になってから2度目のことですねぇ~。。。

確かに、そうなのだよ! でもさァ~、オマエの上の文章は とにかく読みづらいのだよ! おそらく、この記事を読み始めたネット市民の皆様の半分以上が、オマエの読みづらい文章を途中まで読んで 他のブログへ飛んでしまったと思うのだよ!

それほどオイラの文章は悪文でしょうか?

オマエの文章ほど読みづらい悪文を 僕は他に見たことがないよ!

マジで。。。?

僕には、到底、オマエの文章を最後まで読む気になれず、仕方がないから次のように楽しく、面白く読めるように編集し直したのだよ。。。 オマエも読んでごらんよ。。。

1.14 ジャン=カルロ・メノッティ

(1919 – 2007)


(menotti2.jpg)

 

一昔前までは、夕餉時には、誰でも、他家に電話を掛ける事を、それとなく差し控えたものだった。
それが今日この頃では一体なんだ。

私が、たまたま、家に居る折などに、家内が夕食の支度に忙しい時に、或は、夕食中に、ところ構わずに電話が鳴り響く。
急用でもないのにも拘らずに、こうした事をすることは、相手に対して無礼だ、とは思わないのだろうか。
特に、日本人の主婦に多い。


(phone02.gif)

家内は、「こちらが側が、今、電話で話をするのに適当な状態にあるかどうかなどは、相手方は知る由も無い」、などと言って連中を弁護するばかりか(草子地:知らないのだったら掛けるな、と私は言いたい。知らないから掛ける、という考え方が私には気に入らない。)、けっこう長電話を続ける事すらある。

私が日本にいたときには、電話と自動車とテレビは持たない主義であった。
それらを使用する人々の平均的な考え方を信じていないからである。

それがどうだ、今は、ここカナダでは、女房や娘どもに妥協したので、それら全部があるのだ。
(草子地:その後は、留守番電話とPCと皿洗い機を持たない主義に後退したのであるが、今、PCを使ってこれを書いている。残念である)。

ジャン=カルロ・メノッティの<<電話、または三角関係>>を聴きながら、ふと、電話にかかわる異常な執着らしきものは、女性に特有なのではないか、と考えた。


(telgal02.jpg)

 

我が娘も、明日、学校で合う(デンマン注: 些細なことですが、これは“会う”です!)に

きまっている友だちに、

長々、長々、長々と電話での話を続けている。


(phones2.jpg)

 

ジャン=カルロ・メノッティのオペラは、何故か、昨今、流行らない、と思っていたら、先日、FMでこれを放送していたのである。
ペーソスも何も無い、典型的なアメリカ人の、他愛も無い台本と、それにつり合った音楽で、批判精神も全く無く、「ハッピーエンドで終わり、いくつかのセリフが話されるオペラ」などという上等な作品では決してない。
取柄と言えば、せいぜい、唱われている英語が易しい、というぐらいのことか。

私は、この批判精神の無さ、というか、登場人物のベン個人に矮小化した喜劇のあり方に、作品の底の浅さを感じるのである。
この、僅か二十分余りの寸劇オペラは、あの有名な<<霊媒>>の空(あ)きを埋めるために書かれた、とのことである。
(草子地:私のLP(コロンビア・レコード Y2 35239)も同様である)。


(medium2.jpg)

フランス語で<三角関係>と副題がつけられていたそうであるが、皮肉にも、その気が利いたサブタイトルが、この作品の限界を表現していると思う。

この無害な作品に目くじらを立てることもない、などと言う人がいたならば、私は、そんな人と付き合いたくはない。
この世の中、無害であることほど有害であることは無いからである。

考えてみれば、こちらとしても、無理してまで、相手の都合で、相手の話に付き合う義務も必要も無いのである。
自分の家に居るのである。
今は、誰とも話す気持ちになれない、いや、君とは話す気持ちが無い、という事ですら、本来は、理由として充分であるはずである。

実は、いつか、それを言った時、”Then、 when can I speak?”と聞き返した阿呆がいた。
こちらが相手の話に応じることを、あちらが勝手に前提とした態度である。
“Never!” と言って、電話を切った。

相手の(私の)時間を貰えるかどうかを、まず最初に尋ねることの方が先決であり、最小限(草子地:最大限ではない。心の優しい私は、ひとに多くを期待しない。)の礼儀であろう。
そうした無神経な人間は、これは、日本人とは限らない。

しかしながら、こちらの社会にいて、こちらの連中のすることに、無批判に迎合して、過剰にそれに倣うのもまた、私の家内を含めて、日本人の女に多いのは、私の非公式な統計によると確かなようである。
これは、電話だけとは限らない。

どの道でも、まずは、第一に歩行者の為にあるはずである。
本来は、歴史的には新参者の自動車の為ではない。
自動車などを運転する連中の粗雑さ、横暴さは歩行者の立場から見ると目に余る。
まるで雲助ではないか。

それ故、私は五十歳を過ぎるまで、ここカナダでの自動車運転免許証を取らなかった。
さらに、本当を言うと、日本の免許証は学生時代に取ってあった。

それは、取る事が目的であって、自動車なんぞを運転する事が目的ではなかったのである。
出来さえすれば、しなくともよいのである。
貴族の趣味である。

同様に、誰にとでも、相手と話をする為には、まずは、会見の手続きをしてから面談するのが基本であろう。
それを省略する序でに、最低限の礼儀までを省略する輩が多すぎる。
今さっき、また、電話が鳴った。

この間奏曲を中断して、電話を取ると、開口一番、どこかのおばさんが、”Mr. Ota, Can you speak English?” ときた。

“You should’ve asked me if I was available to talk, first.(私に話す時間があるかどうか?初めに聞くべきだったのです。)”と言って電話を切った。

“See? (私の言うことがお分かりかな?)”

 

蛇足(コーダ):

 


(ireba03.jpg)

ことは、電話だけではない。

私は、電燈なんぞを発明した人を殊更に憎む。


(ireba03.jpg)

何故ならば、そのおかげで、夜も長く働き続けなければならなくなったからである。

今は夜、私は、これを電燈の下で書いている。

大体、電気などと得体の知れないもの(物?波動?)は使用しないにこしたことは無いのであるが。

 

赤字はデンマンが強調。)


21-22ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より

『間奏曲集』より

オマエは、音楽に対することばかりじゃなく、すべてのことに対して ネガティブな見方をするのだよ!

やっぱり、ネガティブな事ばっかり言ってると 人から嫌われるものなのでしょうか?

当たり前だろう! 当たり前田のクラッカ~!


(maeda01.jpg)

デンマンさん、こういうクラシック鑑賞という真面目な時に 100年も前のギャグを飛ばさないでくださいよ! そんな昔のギャグなど覚えている人は1000人のうちで一人か二人ですよ!

とにかく、ネガティブな事ばっかり言ってると家族にもマジで嫌われるのだよ!

マジで。。。? その証拠でもあるのですか?

オマエは自分でも 次のように書いてたじゃないかァ!

 

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。
家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。

私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

 

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。


【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家


56-57ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)

デンマンさん! んもおおおォ~! いったい何度引用すれば気が済むのですかあああァ~。。。

オマエが「証拠を見せろ!」と言ったから、くどいとは思ったけれど引用したのだよ!

オイラは、それほどネガティブなことばかり言っているとは思いません。。。

オマエは独断と偏見でそう思っているだけで、客観的に見るとオマエはネガティブなことばかり言っているのだよ!

でも、食事中に下らない電話がかかってきたら、デンマンさんだってぇ ムカつくでしょう!?

もちろんん、そういうことはあるよ。。。 だから、僕は食事中には電話は一切とらないことにしているのだよ! オマエのように「私に話す時間があるかどうか?初めに聞くべきだったのです」と言って電話を切ったら、相手は完全にムカつくのだよ! 相手は、もう2度とオマエに電話をかけない! そこで、人間関係は終わるのだよ! そういう時には、初めから電話を取らないのだよ! そうすれば、オマエも相手もムカつかずに済むじゃないかァ!

でも。。。、でも。。。、オイラは礼儀として電話を取ってしまうのです!

あのなァ~、食事中と思われる時に電話をかける相手こそ 礼儀を無視しているのだよ! だから、そういう時は電話を受ける必要もないのだよ! オマエは音楽ばかりじゃなく、他人事に必要以上にネガティブな考え方、あるいはネガティブな感情を抱いて、一人でムカついているのだよ!

デンマンさんには、そのような事はないのですかァ~?

僕は相手に対して批判することはあるけれど、ムカついて気分を害することはめったにない!

でも。。、でも。。。、最近、あの悪名高い愚かな現実主義者に対して ムカついて相手を罵倒して、高い目線から記事をたくさん書きまくっているじゃありませんかァ!

あのさァ~、僕は決して 愚かな現実主義者に対して ムカついて記事を書いているわけじゃない! 僕の信条はあくまで次のようなものだから。。。


(foolw.gif)

“批判のないところに進歩なし!”

“愛なき批判は空虚にして

批判なき愛は盲目なり”

つまり、デンマンさんは優しい心で あの悪名高い現実主義者を批判しているのですかァ~?

その通りだよ! だから、あの愚かな現実主義者が いつも最後にはスキップして喜ぶのだよ!


(smilerol.gif)


わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

やはり、仏のデンマンさんは

すばらしいです。。。

最後には、オイラを煽(おだて)て

生きる喜びを感じさせてくれるのです!

引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺

偏差値30台のクソ大学を卒業して

無職のまま40歳を越してしまいましたが

初めて生きる喜びを感じています。

もうこうなったら、恥も外聞もなく

天にも舞い上がる気持ちで

スキップしたいと思います。


(smilejp.gif)

わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンルン ランランラ~♪~ン

もう一つおまけに

ルンルンルン ランランラ~♪~ン

ああ、うれしいなあああァ~。。。

オマエが 現実主義者のことを持ち出したので 気づいたのだけれど、オマエも現実主義者も家族とうまくいってないのだよ!

マジで。。。?

ちょっと次のやり取りを読んでごらんよ!


(woman80.png)

36 teresaさん、お邪魔いたします。

>現実主義者さん

もうそろそろ、切り上げ時を迎えてもよさそうな頃しょう?

いつまでも、いつまでも、
人様の板で、そのような意見交換を求めないで下さい。

もう、満足でしょう?

あとは、ご自分の板で、どうぞ。

関心がある人が居れば、自然と、
現実主義者さんのブログに集まるでしょうから、

あとは、そういう方々と意見交換して、高めて下さい。

(teresaさん、横から失礼致しました。)

 

まいら

2016-03-18 19:01:30


引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺

37 ケッ!

>まいら

現実に何一つ反映されん虚しいことを撒き散らした挙げ句に説教までするか。

俺が現実述べて虚しいことを虚しいと言ったら、俺の方が「ホラ吹き」「思い込み」「鏡の中の世界の人間」扱いか!

明らかに嘘っぱちな言い分を俺が「嘘っぱちだ!」と突っ込んだら、俺の方が「お前の方が嘘っぱち」と言われんといけねぇのか!

アメブロだけじゃねぇ!Yahoo!ブログとかでもそうだ!

デンマン注:

この愚かな現実主義者は“滝川事件”や“イジメ自殺”の記事を見つけると、どこにでも出向いて、嫌がらせのコメントを書き込みます!

オマエは、どこのブログでも 嫌われているのに、バカやり続けている おめでたいアホなのだよ!

俺が現実言ったら、相手は「誰か反論してきたけど、俺は考え変える気は無いもんね」「加害者はロクな人生歩めんのが現実なのに、何で嘘っぱち扱いする?」と流してきやがんだ!

なんて世の中だ!

どうせ今、大津の自殺強要事件の学校周辺が学校の近所の神社を舞台とする「ちはやふる」って映画の話題で大盛り上がりだ。ンな時期に虚しいこと言いのドヤ顔なんか見たくもねぇわ!!

 

現実主義者

2016-03-18 20:41:27



(gyoza90.png)

38 無題

>現実主義者さん

鼻息荒くなに独りでブイブイいってんだか?

バッカじゃね?

友達いないっしょ?

 

餃子

2016-03-18 21:07:49



(find2.gif)

39 無題

>現実主義者

お前はヤクザか?

お呼びでないよ

シッシッ

 

目撃者

2016-03-18 21:21:42


引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺

41 ハッ!

>餃子

どうせ俺は自分のオヤジやオフクロ、ジジババとも話合わねえよ。

俺と違って、楽観論ゴリ押し人間ばっかなんだからさ。

デンマン注:

バカ言え! オマエこそ 正月早々 バカやり続けている おめでたい楽観主義者じゃないかア!

 

現実主義者

2016-03-18 22:41:43


引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺

42 あのなぁ

>目撃者

どうせ俺らは、こうした事件に声上げるなんかバカ見て、

被害者や遺族は排除やら抑圧やらの標的にされて、

「被害者の命は端っからゴミ」の烙印押されてしまいな世の中に生まれてきてんだろ。

それを言ったら「ヤクザ」かよ!

 

現実主義者

2016-03-18 22:46:44


引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺

54 連投すみません

俺は、自分の家の中がもう既に、この大津や橿原の事件みたいな事例に声上げるとかいった行為が鼻で笑われてしまいな環境なんです。

俺の家族ってのは、俺以外は揃いに揃って口開けばすぐ「そんなことない!」の大合唱、楽観論のゴリ押し、俺が「それは違うだろ!」と言ったら「何でお前にそこまで言われなきゃいけないんだ!」と泣き出す…。

で、中でも祖父はそれが特にタチが悪く、口開けば御伽噺みたいなことばかり言い、挙げ句には如何なる事件も「勝手にマイナスとか思ってるだけ」「ポジティブにとるようにすればいいだけ」、言うこと何もかもが平行線で完全に自分の世界に溺れてて、おまけに祖父はあれで昔、実際に小学校の校長だったんです。

つまり、俺の家族の中に既にいるんです。

校内で何か起きたとしたら、当事者に対して自分の勝手な価値観のゴリ押しかましたり、対応のことで抗議があったとしたら「校長や教委がそんなにバカか!」「何であんたらにそこまで言われなきゃいけないんだ!」と被害者を抑圧したりしてたのがバレバレな人間が…。

 

現実主義者

2016-03-21 00:58:48



(gyoza90.png)

57 無題

>現実主義者さん

あなたもその{俺以外の家族}と全く同じ性格だよ。読めばわかる。

押し付け感ぱないね。怒るし泣き言いうし人の意見に反対するし。

毒付いた次は身の上話して同情引くという“いつもの手口”やねえ?

不惑の年なんやからさあ自分で解決しなさいな。

さて次はどんなストーリーかや?パチパチ

大爆笑しながら見てるで

 

餃子

2016-03-21 05:37:43


『またしても〝虐め自殺〟を市教委が隠蔽〜奈良県橿原市、中1女子自殺事件』のコメント欄より

赤字はデンマンが強調のため!)

『現実主義者@5ちゃんねる』にも掲載。
(2018年1月18日)

上のスレッドに出てくる「現実主義者」は 確かに家族とうまくいってないですね。。。 「俺は自分のオヤジやオフクロ、ジジババとも話合わねえよ」と、書いてます。。。

。。。だろう? オマエは他人に対して常にネガティブな事ばっかり言って 人から嫌われる。。。 それで、家族ともうまくやってゆけない。。。 この愚かな「現実主義者」は自分に対してネガティブな事ばっかり言ってる。。。

たとえば。。。?

この「現実主義者」は偏差値が30台のクソ大学を卒業しているので仕事に就けないで、無職で狭い部屋に引きこもり 自分が生きる価値がない人間のクズだと認めながら、自分を卑下(ひが)し、僻(ひが)んで 家族の暖かい助言に対して、ネガティブな事ばっかり言って 人から嫌われる。。。 それで、仕方がないからネットで 滝川イジメ自殺事件や、それに関連する掲示板やブログを探してはコメントを書き込む。

孤立して、孤独で寂しいのですねぇ~。。。

そうなのだよ。。。 それで意見が対立した者には、毒付いて 次には身の上話して同情引くという“いつもの手口”を続けているわけだよ! 

デンマンさん! オイラと この愚かな男と一緒にしないでください! オイラは、これでも早稲田大学理工学部の数学科を優秀な成績で卒業して 30歳で 小さなソフトウェア会社の課長になり それでカナダに移住したのですよ。。。

確かに、偏差値ではオマエと、愚かな現実主義者とは比べものにならない! でもなァ~、家族とうまくやってゆけないところが、共通している。。。 なぜか?

なぜですか?

それは、オマエも愚かな現実主義者も、ネガティブな見方、考え方に囚(とら)われているのだよ! オマエは社会や他人や音楽に対してに常にネガティブな見方や考え方に始終している! 愚かな現実主義者は、自分に対して常にネガティブな見方、考え方に囚(とら)われているのだよ! この現実主義者が異常なのは、自分が生きる価値がない人間のクズであることを認めてながら、決してより良い まともな人間になろうという努力を一切せずに、同情を求めてネットを徘徊してコメントを書いている。 同情してくれないものには毒ずき、同情を示してくれる者には甘える。。。 要するに、箸にも棒にもかからない、悲惨で可哀想な孤独な人間なのだよ!

つまり、クソ大学と早稲田大学を排除すると、オイラも この愚かな現実主義者も “同じ穴の狢(むじな)” だとデンマンさんは主張するのですか?

いや。。。 僕は何も結論めいた事を言ってないよ。。。 オマエが、この記事のエピソードをまとめてくれたのだよ! ありがとう。。。 


(laugh16.gif)

【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

これまで、太田さんはデンマンさんに さんざ馬鹿にされたので

そのお返しをしています。

だから、太田さんは次のサイトで抗議録を公開したのです!


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんはこれに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)

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■ 『悪名と名声』

■ 『嘘を書く日記』

■ 『増長慢』

■ 『自然に耳を傾ける』

■ 『老人極楽クラブ』

■ 『伯母と叔母』

■ 『民主主義とロックンロール』

■ 『後奏曲集@危険』

■ 『女3人で姦しい』

■ 『クラシック鑑賞 1』

■ 『クラシック鑑賞 2』

■ 『クラシック鑑賞 3』


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『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


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